第百十三話 精霊色
「カナさん、この世界の魔法には五つの属性がある事はご存知ですわね?」
「ああ、土、風、水、雷、炎……だな」
「その通りですわ」
ジルの説明が始まった。
この世界の五属性。私も出逢ったばかりの頃に、カナから教わった記憶がある。
例えば、私の得意な属性は『土』で、《剣創世》の元となった魔法《剣創造》は『土』の魔法となっている。剣を構成する鉄は、土から採掘されるから。
女神様――『創世の女神』様が、名前に『創世』を付け加えたから、ひょっとしたら『女神』属性かも知れないけど。
《火球》を得意とするカナの属性は多分、『炎』かな?
……なんて事を考えている間にも、ジルの説明は続く。
「属性ごとに、『魔素』というものがありまして……。まずは、それをお見せしますわね……《魔力可視化》!」
《魔力可視化》は、大気中の魔力である『魔素』を見えるようにするジルの魔法。実用性はいまいちよく分からないけど、とても綺麗な魔法だ。
彼女が魔法を唱えると、周囲に色とりどりの淡い光球が現れる。
ただ、私が初めて見せて貰った時と違って、光球の数はとても少ない。
多分、カナが大きな魔法を使って、『魔素』が枯渇しているせいだと思う。
「おお、凄えー!」
それでもカナには初めての事で、光球を見て驚き、手で掴まえようとして追いかけ始めた。まるでタンポポかシャボン玉のように、カナの手に触れると、ふわりと光球が避けてしまう。更にそれを追うカナ。とても可愛らしい光景だ。
「これが『魔素』ですわ。属性に合わせて五色あるのが、見えますかしら?」
「えーと、緑、ピンク、青、黄色……それに赤があるな」
「それが属性。色と属性が対をなしていますわ。……もっとも、カナさんはこの属性を魔法陣の力で、無理矢理炎に変換して使い尽くしてますけど」
「へー……そー言う仕組みだったんだな。アタシ、なんとなく使ってたから全然知らなかったぜ」
なんとなくで、あんな凄い魔法を使ってたんだ。……カナ、恐るべし。
「ところで聖女サマ」
「なんですの?」
「見たトコ、『魔素』っつうの? 魔力がちょっぴりしかねえけど……大丈夫なのか?」
「あ……そうでしたわ……。もう……限、界……」
ジルが真横に、ぱたりと倒れた。
そうよね。これだけ『魔素』が少ない状態なら、そうなるよね。
§ § § §
私たちは、ジルが起きるまで一旦休憩。
こことは違う異世界からやって来た、この世でたった一体の真竜。彼女は大気中の『魔素』を吸収して、その生命を維持している。周囲の『魔素』が少なくなれば、このように倒れてしまう。
世界の法則に無理矢理合わせて生きている彼女の生態は、面白いけれど……とても不便そうだ。
しばらくして、ようやく目を醒ましたジルが説明の続きを始める。
「ええと……どこまでお話しましたかしら? そう、色。……色ですわね」
「だな」
「全ての『魔素』には精霊が宿っていますの。つまり、先程の色は『魔素』自体が放つ色ではなくて、精霊の色ですわ。そろそろ、大気中の『魔素』も回復してますわね……」
ジルは空中に手をかざし、もう一度『魔素』が見えるようになる魔法を使う。
「《魔力可視化》」
「おおーっ! 凄え……凄えーっ!!」
大気中に沢山の光が浮かび、カナが興奮する。
まるでおもちゃを与えられた子猫みたいに、飛んだり跳ねたりしている。
「つまり、この『色』が重要になりますの。カナさんの髪の色は?」
カナが前髪を摘みながら上を見上げ、私もつられてカナの頭を見つめた。
黄色。まるで小鳥の羽根のような鮮やかな黄色だ。
「これは、精霊が祝福を与えているために起こる現象ですわ。この世界の髪の色は……アリサさん、お分かりですわね?」
「えーと……金とか銀とか、それに茶色……かな?」
「そうですわ。普通は、濃淡こそあれアリサさんのような金、私のような銀。それ以外は、ブラウンや亜麻色。ですが、特別に祝福を受けた人間だけが、色とりどりの髪色を示しますの」
「「へー……!」」
驚くカナ。吊られて私も驚く。
それと同時に、私は王子の髪を思い出す。
王子――我が国の王太子は、海のような深い青色の髪。あの髪も精霊の祝福?
「それじゃ、王子は……」
「あれは、水の精霊の祝福ですわ。王族は、祝福を受けた子供が産まれやすい傾向にありますの」
「そうなんだ」
「……で、カナさんですけど。貴女の祝福は黄色ですから、雷……ですのに、炎系ばかりお使いになってますわよね?」
《火球》に、《火炎放射》……。《炎柱》……《火炎縛鎖》……それに、《炎の世界》
言われてみるとその通りで、カナの得意魔法は全部火に関するもの。先刻も、私はカナの属性は『炎』じゃないかと考えていた。
「そういや、そーだな」
カナもそう思っていたらしく、そう呟いていた。
「アタシの場合、こまけー事がどーにも苦手でな……。雷系は繊細な操作ってのが必要で、威力は出るんだけどそれがな……」
「カナ……。カナは細かい魔法陣だって、十分描けてるじゃない」
「そーか? まあ、魔法陣ってのは『慣れ』だかんなあ……」
慣れだけで、あんな細かいものを戦いながら描いてたなんて。
性格は大雑把なのに、どうしてあんな緻密な戦い方が出来るのか、ずっと不思議で仕方がなかったけど。
「じゃあ、雷系にも慣れればいいんじゃない?」
「そんなもんかあ……?」
「そんなもんよ。威力が出るなら、これからは雷、使ってみない? 少ない魔力で威力が出るなら、ジルも倒れないで済むし」
今は、カナが強めの魔法を使うたびに、ジルが倒れてしまっている状態。これからも三人で旅を続けるなら、不便な事この上ない。
「そうと決まれば、行きますわよ!」
「「どこへ?」」
「冒険者ギルドですわ。高ランクモンス……魔物の討伐依頼に向かいますわよ!」