第百十話 祝勝会
馬車に乗って一日。
コバック村へと戻った私たち。
色々あって魔石は使い切ってしまったから、魔物の皮や肉といった素材だけをギルドへと売却する。
「お待たせしました……金貨三百枚です。初迷宮でこの戦績は凄いですね!」
ジルがせっせと集めた素材は、全部で金貨三百枚。
私が命がけで三千もの兵を倒した時の、なんと十倍。凄い金額のはずだし、ギルドの受付のお兄さんも凄く褒めてくれたんだけど……。
ジルの食費一ヶ分。
そう考えると、どうしても虚しさが胸をよぎった。
これだけは、私の親友を恨むしかない。私はちらりと、カナの方を見つめる。
『凄ーな。三千枚もありゃ、聖女サマが一年くらい食えるぜ』
カナの言ったその一言が、私の脳裏で蘇る。そのカナと目が合うと、彼女はにこにこと笑っている。
私は、大きく深いため息をついた。
「はい、ジル。三百枚だって」
そして、大きめの袋に入れられた金貨をジルに手渡す。
換金された金貨は、素材を集めたジルの懐へと帰っていく。
「これでしばらくは、お肉が食べ放題ですわ!」
この聖女、本当に全部食費にするつもりだ……!
§ § § §
――その夜。
早速、ジルの豪遊が始まる。
「ステーキ二十人前と、豚団子の串焼き三十本、お願いしますわ!」
「え……、二十人前?」
「そうですわ。今まで遠慮していましたもの! ここで食べなければ、損というものですわ!」
今までの十人前をぺろりと平らげるあれでさえ、遠慮をしていたなんて。どうやら私は、真竜の胃袋を甘く見ていたようだ。
迷宮の報酬が、次々とジルの胃袋へと消えていく。
「あと、煮込み野菜のスープも十人……いえ、大鍋ごと持ってきて下さいな!」
もう既にこれは、お互いの労をねぎらう『打ち上げ会』ではなくなっていた。
大食いバトル、そんな言葉さえ浮かんでくる程の食欲。カナまで目を丸くして、その光景を見つめている。
そういえば日本に住んでいた頃、妹が大食いバトルの番組をきゃっきゃと喜んで観ていたなあ……。消えていく料理を横目に、昔を思い出して現実逃避する私がいた。
「アリサさんも、カナさんも、注文しませんの?」
「私たちはいいよ。見てるだけでお腹一杯」
「あ……ああ……」
カナはお祭りのような時には食べるけど、特別に大食漢って訳でもない。いつもは人並み程度。私も運動をする女の子にしては、あまり食べない方だ。
それでも今回のこれは、明らかに私たちの食欲をゼロへと減衰させていた。
うず高く積まれる皿、皿、皿。
これを見て、食欲が湧く人がいたら見てみたい。
私とカナは積まれていく皿を見つめながら、ちびちびとミルクを飲んでいた。
「おっ……姉ちゃん、いい食いっぷりだねえ」
この村を拠点とするフルプレートの冒険者がジルに話しかけた。今回の迷宮攻略で馬車に同乗していなかったから、私たちが何者かを知らないようだった。
「ええ! 今日は迷宮初攻略の祝勝会ですのよ!」
「へえ、女だてらに迷宮かい。何階層まで攻略したんだい?」
「全階層ですわ」
その言葉を聞いて、目をぱちくりとさせる冒険者。女三人で全階層制覇なんて、まあ……普通は、誰も信じないよね。
彼はもう一度、ジルに聞き返す。
「え、何階層だって?」
「全階層制覇ですわ!」
「嘘だろ? 冗談なら、たちが悪いぜ?」
「いえ、本当ですわ。何しろ、パーティのリーダーは、レッドヴァルト辺境伯の長女にして……」
よくこんな長い肩書きを、毎回すらすらと間違わずに言えるなあ、と感心する。ジル自身のならともかく、私のだよ?
私なら絶対、途中で噛んでしまう自信がある。
何より半分以上、私自身が憶えていない。こんな事もあったよね、と聞かれたら思い出す程度で、自己紹介のたびにすらすらと出たりはしない。
「……『剣聖の姫君』アリサ・レッドヴァルトですわ!」
しかも、後半にしれっと『迷宮全階層攻略の猛者』まで追加されている。一体どこまで、私の肩書きを延ばすつもりなんだろう……。
「『剣聖』のパーティですもの、迷宮完全攻略くらいは朝飯前ですわ!」
胸を張って、高らかに宣言するジル。
この長い解説を聞き終わった、隣の冒険者……だけでなく、ホール内の全員がジルの解説に喝采を上げる。
そして私を見るなり、賞賛の嵐をよこした。
「『剣聖』様が、この村に来てるなんて!」
「なんと『剣聖』様は、こんなにも若くて美しいのか!」
「俺、迷宮の入り口で見てたぜ! あの瞬間は凄かったなぁ……胴上げとか始まってさ」
「ジャッカ迷宮初の全攻略者が、こんなうら若き乙女だったとは……!」
この村に常駐する冒険者、私たちと馬車で帰った冒険者、それにギルド職員までもが、次々に私たちを褒め讃える。
そこにジルが一言。
「今日は完全制覇のお祝いに、私の奢りですわ! じゃんじゃん、飲んで下さいませ!」
調子に乗って、言ってはならない言葉を口走ってしまったジル……。
この場にいる全員に奢る。かなり気前がよく見えるけど、ただでさえ大食いですり減っているお金が更に大きく減る。
私たちの迷宮攻略の目的、それは生活費を稼ぐ事。
これを、一晩でどれだけ散財するつもりなんだろう……?
§ § § §
「ううー……。私とした事が、夕べは飲み過ぎましたわ……」
ジルは二日酔いになった頭を押さえながら、昨日の事を思い出そうとしていた。
そこに、ホール係のギルド職員が現れる。
「お客様」
「なんですの?」
「昨日の料金、しめて金貨三百枚になります」
あれからジルの奢りという話を聞きつけて、入れかわり立ちかわり、沢山の人たちがやって来た。別の宿屋にいた冒険者や、村の衛兵、それに村民までもが総出で。彼らは思う存分、飲み食いをして満腹になって帰っていった。
ジル個人の飲食代も凄い金額に。金貨三百枚というのも納得出来てしまう。
素材で稼いだお金が、一晩で吹き飛んでしまったジル。
丁度、宿泊部屋から降りてきた私たちは、それを見て見ぬふりをした。
……自分で払ってね、ジル。