第百九話 宝
巨大な鋼の扉を開けて、私たちは宝物庫へと入る。
中は石レンガで出来た部屋で、ボス部屋程ではないけれど結構な広さがあった。その一番奥に大きな宝箱が置いてある。
「これも偽宝箱なんて事は、ないよね?」
「迷宮最後のお宝部屋だぜ? 流石にそれはねーだろ」
おそるおそる宝箱を開けると、そこにはまばゆいばかりの金、銀、銅貨が大量に入っていた。一体、何千……何万枚入っているんだろう。一、二、三……と数え始めた私の肩に、ジルが手を置いて止める。
私がジルに従って宝箱から離れると、ジルは叫んだ。
「《竜の千里眼》――!」
《竜の千里眼》――ジルの必殺……なのかどうかよく分からない必殺魔法で、遠くのものを見たり、能力を数値化して見たり出来る魔法だ。数値が分かるという事は、きっと金額も分かるんだと思う。
「銅貨や銀貨も金貨に換算して、およそ金貨三千枚分ですわ!」
「金貨三千枚!? という事は……」
三千人もの兵と戦った時の報酬は、金貨三十枚。なんとそれの百倍。
この世界の金貨は、大体日本円にして一万円。一万円が三千枚だから……。
「「三千万円!!」」
私とジルは、互いの両手を合わせて同時に叫んだ。
三千万円。前の人生ではただの女子高生だった私には、想像も出来ない金額だ。
見た事もないような大金に、二人で子供のようにはしゃいだ。
あまり物欲はない方だけど、あれも買えるこれも買えると夢が膨らむ。
もしここが日本だったら、戦隊のDVDやブルーレイを全部揃えて、今年の戦隊のおもちゃを全部コンプリートして、それにプレミアがついた懐かしの戦隊グッズを沢山買って……。それでも、まだお釣りがきてしまう。
凄い。まあ……ここは異世界だから、そんなものは売ってないんだけど。
ジルは、あれも食べれますわ、これも食べれますわと涎を垂らして、今夜のディナーの算段を始めた。『A5ランク』なんて、この世界では聞かない言葉まで口にして、カナに不思議がられている。
色々と妄想をして喜ぶ私たちを、カナの一言が現実に引き戻した。
「凄ーな。三千枚もありゃ、聖女サマが一年くらい食えるぜ」
ジルの食欲。……彼女が普通に食べているだけで、一日金貨十枚が飛ぶ。ジルの食費三百日分と考えると、なんだかとても少ない気がした。
あれ……金貨三千枚だよね、三千万円だよね? と、自問自答しても、頭の中で返ってきた答えは『ジルの食費、一年分未満』だった。しょんぼりとする私とジル。それに比べて、カナは嬉しそうに笑っている。
§ § § §
銀貨や銅貨が大量にあるせいで、全部で十万枚近くある硬貨をジルの胸へとしまう。《次元収納》――なんでも胸にしまえる、ジルの必殺魔法だ。問題点……というか、制限は『彼女の私物しかしまえない』事。
つまり、《次元収納》に入れてしまうと、彼女個人のものになる。
とりあえず、しばらくジルにはこれで食費を支払って貰おう。
宝物庫には、他にも剣や鎧といった武具が沢山あったけど……。
「魔法の武具ですけど、どれも+1ですわね。アリサさんもカナさんも、この程度の武器はいつでも創れますし、私の錫杖は大量に魔法がかかっていますもの……正直な話、不要ですわね」
ジルが一蹴した。確かに私たちには、もう既に武器はある。カナもジルも鎧は着ない派だし、私の服はミスリル製だ。必要性は感じないので、置いていく事にした。
「さてと……どうやって帰るかだけど……」
「ああ、こーいった迷宮なら、お宝部屋から直通で帰れる『抜け道』があるはずだぜ?」
「へー、そんな便利なものがあるんだ」
「探してみよーぜ」
さて、手分けをしよう……と思ったところで、アルラウネが鳴き声をあげる。
「きゅうっ! きゅーう!」
部屋の奥を指差して、ぴょんぴょんと跳ねている。
流石は階層ボス。迷宮には詳しい。
隠し扉、というには少々目立つ扉。どちらかというと、壁と見た目を合わせただけ……という感じ。入ってすぐは分からないけれど、宝を入手し終わって一息つくと分かるような、そんな扉があった。
「ありがとう」
アルラウネの頭をなでて労い、アルラウネの先導で扉の奥を進む。
長い、とても長い階段を昇ると、今度は水平に通路が続き、それも抜けると岩で出来た扉……というには、無骨な巨岩があった。
その巨岩に触れると、すっと開いて人が通れる隙間が出来る。
アルラウネを含めた全員がそこを通ると、轟音を立てて巨岩が閉まった。周囲を見渡すと、そこは一階層の行き止まり。
この行き止まりは、迷宮を全て攻略した人専用の隠し扉になっているらしい。
「へー、ここがこんな風になってたなんてね……」
「面白ーだろ? それに一度通ると、ホラ」
カナが全力で岩扉を押すが、びくともしない。
「もう二度と、お宝部屋には戻れねーって仕組みだ」
「よく出来てるのね」
あとは勝手知ったる一階層。いくつかの通路と部屋を抜けて、入り口へと戻る。
久しぶりの日光。今の私たちの目には少し眩しい。
「「「到着ー!」」」
三人で入り口の前にへたり込む。
沢山の困難を越えて、迷宮を踏破した。
入り口には、まだ入る準備をしている冒険者や、途中で引き返してこれから帰る冒険者、それに近所の子供たちが沢山いた。
「どうしたんだ? 何をそんなに疲れてるんだ?」
そう聞いてきた戦士に、私たちが迷宮を全て攻略し終わった事を告げると、その場にいた全員が沸く。口々に私たちを褒め讃え、胴上げまでしてくれた。
この迷宮は、完全攻略者が今までに一人もいなかったらしく、私たちが初攻略者として記録に残るという話にまでになった。
宝を見せて欲しいという冒険者に、宝箱を見せると大いに驚かれ、その金額の多さに、羨望の眼差しを向けられた。まだ、魔法の武具が宝物庫に残っていると教えると、誰もがそれらに期待を寄せた。
「何ヶ月もしない内に、金も補充されてるはずだぜ? 迷宮ってのは、そー言うモンだからな」
カナの言葉を聞いた皆が、金貨三千枚の夢に心踊らせた。
そしてもう一度、皆で私たちを賞賛した。
「当然ですわ! 彼女こそ、かのレッドヴァルト辺境伯が長女にして、自らも伯爵位を持つ……」
ジルが長い口上を始める。
「……今代の剣聖、『剣聖の姫君』アリサ・レッドヴァルトですわ!」
その口上を聞いて、更に沸き立つ冒険者たち。剣聖様万歳、剣聖の姫君万歳と、賛美の声は大きくなる。一通り、皆の祝う声を聞いたところで、私たちは帰りの支度を始める。
「さてと、帰ろっか」
「そうですわね」
「だな」
三人で顔を見合わせ、迷宮前の馬車乗り場へ。
……と、その前にアルラウネだ。
「あなたも、私たちと一緒に来る?」
語りかけると、彼女は首を横に振って奥を指差し、迷宮に帰ると主張した。そして、寂しそうにきゅう……と鳴く。
最後に頭をなでてあげると、少し涙ぐみながら、アルラウネは可愛い笑顔を見せる。何度も飛び跳ねて、手を振りながら見送ってくれた。
「必ず、また逢いに来るからね」
約束をして、私たちは迷宮を後にした――。