第三話 試験開始
――騎士学校、入学試験当日。
王国各地から、沢山の馬車がこの入学試験のために到着する。
王都には騎士学校と魔法学校の二校があって、どちらも今日が試験日となっている。
騎士学校は、王国を守る騎士を目指す者が門を叩く。
そう言ってしまうと聞こえはいいんだけど、その実は、貴族の次男坊や三男坊といった、長男が家督を継ぐと無職になってしまう令息たちが職にあぶれないための救済校。
騎士にさえなってしまえば、どんな穀潰しでも職と箔がつくという仕組みになっている。
他には、私みたいな結婚したくない貴族令嬢。
騎士爵を欲しがる商人や、比較的裕福な平民の子女も入学する。
魔法学校は、この世界では微妙に不便な『魔法』を研究する所。
正直、現段階では学者や、好事家な貴族たちの道楽学校になっている。
まれに役立つ新魔法が開発されるけれど、詠唱時間などの問題で実用化に至る魔法はわずかだった。
騎士学校の門前に次々と馬車が到着し、煌びやかな衣装をまとった貴族の令息令嬢が降りてくる。誰も彼も大小の差はあれど、顔に疲労の色が見え隠れしている。
まあ、乗り心地の悪い馬車にずっと揺られてた訳だから、仕方がない。
私とリカは、数日早く到着していたため、万全な状態で試験に挑む事が出来た。
そんな些細な事でも、流石ですお姉様と感謝されてしまう。
はしゃぐリカを落ち着かせ、高い壁に囲まれた大きな門に一歩を踏み出した。
さあ、騎士学校の入学試験が始まる!
§ § § §
事前に通達されていた、第二演習場と呼ばれる場所に到着。
何の演習に使うのだろうと思うような広い敷地に、十体程度の木偶が立てられている。木偶は、元の世界の剣道における打ち込み台みたいなもので、立てた丸太に鎧を着せて人に見立てたものだ。
それらがぽつんと寂しく配置されていた。
受験者はその演習場に、到着順に整列。
試験要綱にはその事が書いてあり、『整列の仕方も試験の一部である』とも明記されている。
ちゃんとこの羊皮紙に目を通して、その通りにすれば試験は受かる……と思える程、懇切丁寧に試験内容と注意点が書かれている。
あとで教官に聞いた話では、『相手は貴族の子女なので、どんな馬鹿も受かるようにしてある』という事らしい。
しかしどの世にでも、その『どんな馬鹿でも受かる試験』の要綱も読まないで来てしまう困ったちゃんは存在する。当然、この試験にもその困ったちゃんが来ていた。
読まないだけならまだしも、貴族と平民の隔たりがあるこの国で、親の地位を笠に威張り散らす。……そんな悪童が三人、後ろからやってきて『前列の良い場所』を陣取ろうと、割り込んできた。
「どけ、どけぇ! グロセレンフリーデン子爵が嫡男、シュナイデン・ヴィント・グロセレンフリーデン様であらせられるぞ!」
「子爵御曹司のお通りだ、道を空けろぉ!」
二人の取り巻きを引き連れて、いかにも性格の悪い貴族の息子ですという風体の少年がふんぞり返って歩いてくる。
「どかんか、この平民ども」
身なりのあまり良くない受験生を文字通りに蹴散らしながら、試験会場へと向かってくる。彼らの頭の中では、身なりの良くないイコール平民なんだろう。
当然、私も蹴とばされる。
……はずが、寸前で避けると、逆に文句を言われてしまう。
「シュナイデン様の一の子分、ハイ男爵家が次男、ヴァイサ・ハイ様の攻撃を避けるとは何事だ! もう一度蹴りを受けろ、この平民女が!!」
激昂する、『一の子分』ヴァイサ。
地団駄を踏んで、私を何度も指差した。
「どけと言うから、どいただけなんだけど……」
「口答えするな、この平民女が!! 黙って蹴られてろ!」
どうやら、彼の怒りに油を注いでしまったらしい。
これ以上言い訳をしても更に怒らせるだけだし、暴力に暴力で……なんて、試験会場でやったら、試験前に失格というのが目に見えてる。
ここは素直に、私の身分を明かす。
「私も一応、貴族なんだけど……」
「そんな粗末な格好をした貴族が、いてたまるか! 貴族を騙るは重罪だぞ。今、ここで断罪してやる!!」
ヴァイサと名乗った男が、背負っていた大剣を抜く。
両手で構えるも、剣の重さに負けてふらふらとしている。
確かリカも大剣を持って来ていたけど、受験者のほぼ全員が大剣を背負ってきている。試験要綱には『大剣でなければいけない』なんて、どこにも書いてなかったけど、流行りか何かだろうか。
とりあえず私も、リカやヴァイサたちに倣って名乗る事にした。
「えっと……レッドヴァルト家が長女……? アリサ・レッドヴァルト? ……なんだけど……」
こういった貴族の名乗り口上なんて初めてで、しどろもどろになりながら家名を告げる。すると、ヴァイサが吹き出し、ふんぞり返っていた子爵やもう一人の取り巻きも、腹を抱えて笑い出した。
「はぁ? レッドヴァルト? どこの田舎貴族だ?」
「長女にそんな貧相な服を着せる家なんて、どうせたいした事のない貧乏貴族に決まってますよ!」
「そんなの貴族といわんだろ!」
家名だけを宣言して、爵位を言い忘れた事が災いし、田舎貴族だと馬鹿にされてしまった。
彼らが笑っている横で、笑いを堪えたり、我慢出来ずに吹き出した者が半分。
彼らの言う田舎貴族を真に受けたのか、それとも、平民に混じって黒パンを食べる貴族として有名な家を嘲笑ったのか。
レッドヴァルト家と聞いて、血の気が引いてしまって、後ずさる者が半分。
魔族との戦争に終止符を打った家として、レッドヴァルト家は、南方では有名だとジーヤが言っていた。
真っ青な顔をしている人たちは、その武勲を知っているのだろう。
リカまでもが驚愕し、一歩、二歩と退いてしまっていた。
「レッドヴァルト? アリサお姉様は、あの辺境伯のご長女でいらっしゃったんですか!?」
え……今このタイミングで、かしこまっちゃうの?
せめてリカにだけは、普通に接して貰いたかったんだけど……。
まあ、さっきまでの時点でも「お姉様」と赤ら顔で呼ばれて、必要以上にくっつかれていた訳だけど。
それにしても、この両極端な反応。
せめて、そこの三人が真っ青組に入っていれば話が早かったのに。
そんな事を思っていると、後ろから大きな声が聞こえる。
「そこまでだ! 剣を引け!」
§ § § §
はっきりとした滑舌の、よく通る男性の声。
皆がその声に振り向くと、そこには三十代くらいの体格の良い男性が、腕を組んで立っていた。
その男性はもう一声、私たちに向かって怒鳴りつける。
「試験場での喧嘩はご法度。お前ら全員、失格にするぞ!」
彼は背負っていた大剣を抜き、地面に勢いよく突き立てて威圧した。
「その場に、整列!」
彼の有無を言わせぬ雰囲気と、力強い号令に従って皆が整列をし始める。
整列が終わったところで、彼は指差しをしながら受験生の数を数えた。
そして数え終わると、最前列より前に出て高らかに名乗った。
「よく来たな、今年の受験生たちよ。私が試験官のアーサー・G・ゼクスだ!」
騎士学校の教官にふさわしい出で立ちで、その言葉には説得力がある。
いかつい面差し、短い金髪の無造作ヘア、白地に赤のラインが入った鎧兜。その中央には緑色の宝石がはめ込まれており、鎧の下にはしっかりと作り上げられた筋肉がある事が見て取れる。
正に騎士……といった風貌をした男性だ。
「さて、残念な事に今年も試験前に喧嘩沙汰があった。試験前で気が立っているのは分かるが、騎士を目指す者が理由もなく剣を抜く事は感心出来ない」
試験官のお説教が始まった。今年も、という事は毎年恒例なんだろうか。
「無論、この件は減点対象とする。そこの二人は二点減点だ!」
採点基準の説明がまだだけれど、私は二点分も不利になったらしい。
あそこは素直に蹴られておけば良かったのかな……いや、それはないでしょ。
なんとはなしに考えていると、困ったちゃんがまた波風を立てた。
「こっ……この平民女が生意気を言うから!」
ヴァイサだ。
試験会場で試験官に逆らうなんて度胸があるのか、それともただの馬鹿なのか。
私だってちゃんと名乗ったのに、勝手に平民って事にしてるし。
まあ、平民として見て貰った方が楽なんだけど……元は日本の一般市民だしね。
「ん? もっと減点されたいのか?」
「い……いえ……」
減点という言葉の効果は凄まじく、ヴァイサも沈黙した。
アーサー試験官、ナイス。
「では、試験の説明を始める。いいな?」
説明の一言で、誰もが試験官に注目する。
「試験は三つ。一つ目はこの木偶を使っての命中精度試験……このように」
試験官が剣を振り下ろすと、木偶に当たって衝撃音が鳴り響く。
「木偶に十回中三回、当てれば合格だ。あ、そこのお前らは二点減点だから五回だ。いいな?」
減点ってそういう意味だったんだ。
それよりも、あんな止まっている的に十回中三回?
普通目を瞑ってても、十回中十回当たるよね。三回って一体……。
「二つ目は模擬戦。適当にペアを組んで、勝った方が合格」
あ、これは分かりやすい。
「……そして、三つ目は『スキル』の試験だ。それぞれの戦闘スキルを披露して貰う。スキルの発動が確認出来たら合格」
スキル……? 何なのそれ?
そんなの初めて聞いたんだけど。
要綱にだって『騎士らしく戦えるかの実技試験』としか書いてなかったよね?
まさか『騎士らしく』の部分に、その『スキル』が含まれているとか……?
スキルなんて知らないのに、どうしよう……。