第百八話 踏破
ここからは、二刀対二刀、速度対速度の戦いに変わった。
私たち二人は、互いの剣がほとんど見えていない。受け止めた時にやっと相手の剣が見える。避けきった時に風切り音で理解する。そんな戦いだった。
九年間、組手をしていたからこそ分かる剣筋や癖。それで判断して、目よりも先に体を動かす。一手でも読み違えれば、そこで敗北が確定する。
攻守が何度も入れ替わり、私の連撃をカナが全て避けると、一息の隙を突いてカナが猛烈に斬り込んでくる。これを全て受け止めて、カウンターで放った突きをカナが紙一重で避け、また私を攻める。
会話が発生するのは、間合いを取って同時に飛び退いた時と、互いの二本の剣を、二本の剣で受け止め切った時だけ。
「とんでもねえな。《加速》なしでこれかよ……全く見えねーぜ」
「カナこそ、剣どころか体ごと見えないし……。いつの間にか後ろにいるなんて、ずるくない?」
《加速》で剣速だけでなく脚力までも増幅したカナが、後ろに回り込んで斬りかかり、目ではなく気配で察して、受け切った瞬間に交わした言葉がこれだった。
二刀と二刀の押し合いになり、顔を間近にしながら話す。
「ずるくねーよ。アリサが最初にやってた戦法だぜ?」
私が初めて《加速》を使って、ゾディアックの金色男を倒した時の戦い方だ。それを憶えていて、今このタイミングで使ってくるなんて思わなかった。
ぎりぎりと刃同士がこすれ合う音が聞こえ、少しずつ押され気味になっていく。力比べでは、人間である私の方が圧倒的に不利。
「ここで降参したら、怪我しないで済むぜ?」
「冗談……《剣創世・とにかく沢山の剣》!」
《剣創世》しか使えない私が、唯一使える防御魔法。
大量の剣がすぐ頭上から振ってくる。これを避けるには体を離すしかなく、またこのバリケードのせいで、カナの次の攻撃の方向も絞られる。
ただ、今回はカナの方が一枚上手だった。左右、もしくは大回りで後ろから来ると思っていたカナは、剣の山を飛び越えて上から短剣を振り下ろしてきた。
それを受けると、その勢いを利用してカナは後ろへ。
私は振り向きながら無理な体勢で、後ろからの二刀を止める形になった。
「こんなに沢山、剣が作れるとか……アリサこそ、ずりーだろ」
「ずるくないわ。これって、カナが教えてくれた魔法じゃない?」
「……こんなとんでもねー数をいっぺんに作る方法なんて、教えてねーよ」
もう一度弾け飛び、互いの体が大きく離れる。
「なあ、アリサ。このスピードじゃ魔法陣は描けねえ……そう思うだろ?」
「まさか……」
「その、まさかよ」
どうやら私は、魔族の動体視力と集中力を甘く見ていたらしい。
カナが足を踏み鳴らすと、赤い光が地を走り、複雑な魔法陣が浮かび上がる。
「上級魔法って奴を見せてやるよ……」
魔法陣が出来上がった時点で、まだ魔法名を唱えてもいないのに、小さな火柱が床のいたる所から吹き上がっている。
その魔力の動きに気付いたバフォメットは、上空高くへと飛んで回避した。アルラウネも寝ているジルを蔦で引っ張り、部屋の外へと逃がす。
「行くぜ……! 《炎の世界》!」
カナの叫びと同時に、部屋全体が燃え上がる。
その名の通り、視界内の全てが炎に包まれた。
「きゃああああっ!」
私は後ろへと飛び退いたけれど、それでは足りず獄炎の世界に包まれてしまう。
炎の中で、カナが高らかに笑う。
「あはははは! これならどーだ!!」
しかしこの魔法、上級というだけあって大気中の魔力、『魔素』の消費が相当激しいらしい。この灼熱地獄のような炎は、数秒で消えてしまった。
大怪我はさせないって約束を完全に忘れている。
戦いの興奮から、目の前にいる敵を殺す魔族の本能が現れてしまっていた。
奴隷刻印、ちゃんと仕事して!
炎が止み、獄炎の中から無事な私が現れたのを見て、カナが驚く。
私も驚いていた。――剣聖の衣装。ミスリルで編まれているこれは、斬撃や魔法を吸収する能力があった。この魔法を受けるまで、私も忘れていた。衣装で守られている部分は、熱さを感じるだけで済んでいる。
とっさに片マントで頭を隠したおかげで、火傷をしたのは手首や太ももだけで済んだ。……髪は燃えてしまって、変にショートになっているけど。
火傷で激しい痛みをともなう足を無理矢理動かして、カナへと駆け込み、隠れ丸、疾風丸で交互に斬りつける。
カナはなんとかこれらを受けきるも、上級魔法でも無事だった事への動揺と、本当に私を殺す魔法を撃ってしまった事への後悔から、動きが鈍っている。
悪いけど、そこを一気呵成に攻め込ませて貰う。
私は次々と忍刀を繰り出す。カナは受け手に回り、少しずつ後退していく。
しかし、すぐに動揺から立ち直るカナ。押していた私の攻撃が受け切られ、少しずつ私が劣勢になる。
――そして、私の二本の刀が、カナの短剣によって弾き飛ばされてしまった。
勝利を確信したカナ。
そこにわずかな隙が生じた。
私は無詠唱の魔法剣を創り出し、振りかぶった短剣よりも速く、カナの喉元にそれを突きつける。勿論、寸前でぴたりと止めて。
王子や先代剣聖に勝てた最後の一手、偶然の技だ。
「参った……。アタシの負けだ」
迷宮の最終ボス戦は、私の勝利で幕を閉じた。
§ § § §
戦いが終わって、ジルを起こしに行く。
部屋の外にいたジルは、一眠り……どころか、完全に気絶していた。
カナがあれだけ大量に『魔素』を使った後だもの、『魔素』で生命を維持しているジルがこうなってしまうのは、当然の事だった。
「起きて、ジル。終わったよ!」
大声で呼んでも、体を揺すっても起きそうにない。
そこに、アルラウネが蔦で私の肩を叩き、きゅうと鳴いて主張する。
私に任せろ、と言っているよう。
「じゃあ、任せるね」
私の返事を聞くと、アルラウネはもう一度きゅうと鳴き、仰向けに寝かせているジルの上に這い上がる。
そして、どすんどすんとジルの上でジャンプを始めた。何度も腹を殴打されるジル。いくら小さくて軽いとはいえ、こんなに何度も飛び乗られたら、目も醒めるというもの。
「……ぐえっ!」
聖女らしからぬ呻き声を上げて、ジルが起きる。
私はアルラウネによくやったと頭をなでてやり、ジルに語りかけた。
「ジル、終わったよ」
「あら……そうですの? お疲れさまですわ」
適当に労をねぎらうつもりだったジル。
「……って、どうしましたの、その火傷! それに、あんなに長かった髪まで……模擬戦じゃなかったんですの?」
私の火傷に気付いて、顔が真っ青になる。
私の手や太もも、髪をなでながら驚いてしまっている。
「そのつもりだったんだけど……つい、本気出し過ぎちゃって」
「つい、じゃありませんわ! もう、皆さん誰も彼も、私に豪華なディナーを食べさせるつもりは、ありませんのね。……まったく!」
ジルは愚痴を言いながらも、残ってるわずかな魔石を取り出して砕く。
ジルの魔力が回復し、《再生》の奇跡魔法で火傷を治してくれた。焼け落ちた髪まで元に戻してくれるという、おまけ付きで。
「うわ……髪まで治った」
「最高位の聖職者ですもの。当然ですわ」
カナもジルも、こんな魔法が使えて凄いなあ。私が生まれ変わる前、女神様が『魔法が飛び交い』と言っていた通りになった。私も、何か新しい魔法を憶えたくなってきた。
……それよりも、今はカナだ。
《炎の世界》――本来のボスであるバフォメットはともかく、アルラウネの機転がなかったらジルまで死んでいた魔法を使うなんて。私はカナに正座をさせてお説教をする。
これには、流石のカナもしゅんとしていた。
「じゃ……気を取り直して、お宝部屋に行くとすっか!」
立ち直るのが早いのはカナの美点だけど、本当に反省しているの、カナ?
私たちは最後の『宝物庫』へと足を踏み入れた。