第百七話 接戦
いくつもの魔法陣が完成し、カナが突進してくる。
その重い一撃を受けると、カナが体を半回転させて足で円を描きながら、横薙ぎの一撃を繰り出す。
サイドフリップ――空中側転でなんとか躱す事が出来たものの、もう一度翻ったカナが円を完成させつつ、逆の手でもう一撃。それを、私が伏せて避けるともう一回転。二重円の魔法陣が完成してしまう。
「《火炎縛鎖》……!」
出来たばかりの魔法陣から、炎の鎖が飛び出して私を狙う。
四本の鎖が私の両手、両足を縛る。
「《火球》……《火炎放射》!」
魔法名を唱え終わったカナが横へと避ける。先程描いていた三つの魔法陣から、爆音を伴って大きな《火球》が二つと、極太の紅炎が私に向かって飛んできた。
「それは本当に……死んじゃうってば!」
私の四肢を繋ぎ止める鎖を、無理矢理力で引きちぎって、三つの業火を避ける。
……ぎりぎりだった。さっきのカナの言葉じゃないけど、危なかった。
私の両手足から、ぶすぶすと焦げる音と匂いがして、火傷の痛みが走る。避けた先の壁面がそれぞれの炎の形にえぐれて、二つの《火球》は丸いクレーター状になり、《火炎放射》にいたっては大穴が穿たれていた。
「ちょっと、カナ……殺す気?」
「ああ、殺す気だぜ。そうでもしねーと勝てねーしな。それにアリサだったら、こんぐらい『余裕』で躱すだろ?」
余裕なんてある訳ないじゃない。あんなのに当たったら、本当に死ぬから。
「それに、アタシには刻印があるからな。アリサは死なねーよ」
「もうっ、呪いを便利に使わないでよ!」
カナのお腹に刻まれた奴隷刻印。その呪いで、カナは私に危害を加えられないようになっている。とは言っても、奴隷が主人の鍛錬に付き合えないと困るので、試合や模擬戦は出来るようになっているらしいけど。
だから、カナが「この程度じゃアリサは死なねー」と思っている程度の魔法なら、ばんばん飛んでくる仕組み。そう、即死級の魔法が。
それって本当に、主人に危害を加えられないって言えるの?
そうこう考えている間にも、カナはまた足で魔法陣を描いて行く。
もし、これを阻止しようと私が突っ込んだら、両手の短剣で受け止められて魔法陣が完成。至近距離で炎の直撃を受けてしまう。
近付くに近付けず、カナの魔法の完成と突進を待ってから応戦。
短剣と魔法の波状攻撃が来る。
そしてまた、距離を取ったカナによって魔法が準備され……の繰り返し。状況は悪くなる一方だ。
思い切って、私は魔法剣を投げ捨てる。
「あははっ……! アリサ、もう降参か?」
「まさか……。行くよ、カナ……。《剣創世・大斬刀》……刃引き!」
「デッケー剣で来たか!」
手元に現れたのは大斬刀。
複数の巨大魔法と同時にカナが来るなら、カナごと全部を薙ぎ払う作戦だ。
私は大斬刀を大きく振りかぶって身構えた。
「《火球》! 《火炎放射》!」
「効かない! ……うおおおぉぉぉっ!!」
力の限り大斬刀を振り回すと、二つの火球は真一文字に割れ、放射された紅炎は剣の腹でせき止められた。激しい圧力を感じながらも、そのまま振りきって紅炎の方向をそらした。
「化けモンかよ……。《火炎放射》の炎を曲げたなんて話、聞いた事ねーぜ」
「失礼ね。普通の人間よ」
「どの口で、それを言ってんだ……?」
今回はこうなる事を予期していたのか、カナは突進しては来なかった。
替わりに、私が《火炎放射》と迫り合いをしている間に、また魔法陣を描き終わっていた。今度は三つではなく、二つ。
「もう、波状攻撃は効かないわよ?」
「ああ、そーだな……。じゃ、これはどーだ? 《火炎付与》!」
カナが叫ぶと同時に、二本の短剣が炎をまとった。ただ刀身が燃えるだけの魔法ではない。炎が長剣並の長い刃となって、燃え盛っている。
「じゃ、行くぜ? 《加速》……!」
自分に支援魔法を唱えたカナは、凄まじい速度で間合いを詰めた。
走る……というよりは、消えて、また目の前に現れたように見えた。
既にカナの動きも攻撃も、目では追えていない。その気配の方向に受ける剣を置くしかない。
金属同士が激しくぶつかり合う音が鳴って、その衝撃で手が痺れる。これで、一本目をなんとか受けるのに成功した事が分かった。
次は二本目が来る。
大斬刀では間に合わない。右手だけ大斬刀から外し、瞬時に剣を創る。一回だけ受け止めればいい、その代わり――速く。加速したカナに追いつけるくらい、速く。
右手に、初めて《剣創造》で造った時のような、いびつな剣が出来上がって二本目を受け止める。
「マジかよ……。アタシの《加速》すら止めれるってか?」
「マジよ」
カナの二刀を、全身に裂帛の気合いを込めて弾く。
「はああぁぁっ!!」
大斬刀を捨て、もう一本。今度は普通の魔法剣。刃引きにしている暇はない。
数歩退いたカナに迫り、私は二刀を交互に振るう。
今度はカナが、私の攻撃を受ける側になった。
「やっぱ凄ーな、アリサは」
「カナこそ」
守りに徹しながらも、足では円を描く。
私の怖れていた、至近距離からの魔法。カナは自分を巻き込んで放つつもりだ。
「させない!」
魔法名を唱えようとするカナの、首の鎖を掴んで引っぱり込む。
カナは、バランスを崩して私の方へとよろけた。そこに渾身の頭突き。カナの集中が途切れ、魔法陣が消えていく。
「いてて……アリサ、ずりーよ!」
「そんなの、いつまでも付けてるからよ。これが終わったら、王都に行って取って貰うからね!」
私の言葉を聞いて、嬉しそうな申し訳なさそうな、複雑な表情を見せるカナ。
これは気遣いなんかじゃなくて、友達がそんなの付けてたら『みっともない』ってだけだからね!
私は心の中でそう、照れ隠しの言い訳をした。
そしてまたも、魔法剣と炎の剣のぶつかり合いが始まる。
最初は優勢だった私が、時間を追うごとに次第に受け手に回っている。
――《加速》の分だ。
互いの疲れに伴い、《加速》がじわじわと効いてくる。
あえて鍔迫り合いに持ち込み、体当てで強く弾いて体を離した。
「カナだってずるいじゃない。《加速》なんて使って」
「それも、アタシの実力の内……だろ?」
「そうね……じゃあ、私も……《剣創世・忍刀》――隠れ丸、疾風丸!」
私にの両手には、軽く鋭い二振りの刀が現れる。
速さが足りないなら、速さを創ればいい。これが、私なりの奥の手だ。
「それだよ……。その新しい剣を持ったアリサと闘ってみたかったんだ!」
「じゃあ、願ったり叶ったりじゃない。全力全開、本気でいくから!」
「応!」