第百一話 五階層Ⅰ
セルケトに通されて鋼の扉を抜けると、下へと続く長い階段。
この下が五階層。先程まで見学をしていたアルラウネもついて来ている。
「きゅう、きゅーう!」
むしろアルラウネの方が大喜びで、私たちの先を行っている。
やがて、階段を降りた私たちを待っていたのは……一階層のような洞窟。
ごつごつとした岩肌の、炭鉱のような坑道が続いている。
階層に着いて早々、最初の敵と遭遇。
私たちの背丈程もある、大きめの蛇。それが、壁沿いにうねりながら近付いて、ある程度の距離になったところで飛び込んできた。
一刀のもとに斬り伏せると、三つになった蛇が地面に落ちる。
三つ……。アルラウネの蔦もまた、蛇を攻撃していた。
「ありがとう」
アルラウネの頭をなでて、また先を目指す。
§ § § §
今までの階層とは違った狭い坑道を進むと、次から次へと蛇がやって来る。
クサリヘビにガラガラヘビ、マムシにニシキヘビ、それにキングコブラにアナコンダ。蛇ばかりのフルコースだ。
途中にあったいくつかの大部屋では、大量に毒蛇が落ちてくる罠の部屋や、ティタノボアが守る部屋があった。ティタノボアは、地球の歴史上にもいた、全長十五メートル近くもある大ヘビの中の大ヘビ。
体重が一トン以上もあるこの怪物に、私たちはかなり苦戦を強いられたけど、なんとか撃破した。
「蛇、蛇、蛇……蛇ばっかり。この階層も、女の子向けじゃないわね」
「え……? 可愛らしいと思いますけど?」
私の言葉に、ジルが予想外の答えを返す。
最初は合点がいかなかったけれど、よく考えてみたら彼女も爬虫類。その事を思い出すと、妙に納得させられた。
「毒蛇や巨大蛇までいるってのに、聖女サマは珍しーコト言うよな。普通、こー言うのは、女ならキャーキャーって言って怖がるもんだろ」
「えっ……珍しいですか?」
カナはジルの正体を知らない。体の一部を本当の姿に変える力も、竜を奉る『竜神教』の聖職者だから出来る奇跡魔法だと思っている。
親友であるカナに隠し事をするのは嫌だけど、かといって私が勝手に正体を明かすのも悪い。……きっとジルはこの事を楽しんでいて、正体を明かす瞬間を見計らっているんだろう。本当に意地の悪い『聖女様』だ。
私は、軽くお茶を濁すだけにしておこう。
「まあ、キャーキャー言わないのは、私もカナもだけどね」
「そーだな」
私の言葉に、カナが可愛らしい声で笑う。
私とカナの二人は、『赤の森』で散々森の魔物を狩っていたから、蛇なんて逆にお手のもの。あの森には『角蛇』なんて魔物もいたからね。
「それにしても、本当に蛇だらけね……」
「私、なんだか……この階層のボスが、分かってしまった気がしますわ」
「奇遇だな、アタシもだ」
「えっ……? ジルもカナも、もうボスがどんな魔物か分かるの?」
坑道を歩きながら、カナが驚いた顔をして私を見詰めた。
なんで分からないんだ……という顔をしている。
ジルまで、やれやれといった身振りをして呆れている。アルラウネは……分かったから褒めてと飛び跳ねていた。もしかして、分からないのは私だけ?
ジルが軽くため息をついた後、私に説明をしてくれた。
「アリサさん、一階層目のボスは何でしたかしら?」
「えっと……サテュロスよね」
「ええ。では、サテュロスの特徴は?」
頭の中で、サテュロスの姿を思い浮かべてみる。
サテュロス――半人半羊の魔族。上半身が人の姿で、下半身は羊。
可憐な女の子たちで、ぴょんぴょん飛び跳ねる姿が可愛かった。
「思い出しましたわね。では、二階層は?」
「人魚……」
「三階層は?」
「アルラウネ」
呼ばれたと勘違いしたアルラウネが、ぴょんぴょん跳ねる。
頭をなでると、満足してきゅうと鳴いた。
「先程の四階層は……? これで、もうお分かりですわね?」
「えっと、セルケト……よね?」
巨大な蠍女。人間の部分も大きかった。
間延びした喋り方のおっとり屋さん。その口調に反して、怖ろしい強さで私たちを苦しめた。
「……それがなんで、次のボスが分かる事になるの?」
ジルとカナが頭を抑えて、苦悩する。
私、また何かやっちゃった――?
「アリサさん、よろしいですか? 全部、半人半獣なんですのよ」
「……あっ!」
「やっと、お分かりになりましたわね」
ジルが『もの覚えの悪い子を見る先生』のような目で、私を見て言った。
いや、私はけっして『もの覚えの悪い子』なんかじゃないから!
話しながら歩く内に坑道が広くなり、六メートル程の幅と高さになる。
奥に、おそらく大部屋の入り口と思われる扉があり、その扉が勝手に開くと、中から大きな魔物が現れた。
にょろにょろと地面を這ってくる六、七メートルはある大蛇。その頭の代わりには、美しい女の上半身が付いている。二又に分かれた舌だけが、その上半身唯一の蛇部分。長い舌を何度も口から出し入れして近付いてきた。
半人半蛇。これが、この階層のボス……?
「ほら、ボスのお出ましですわ……って、どうして『ボス部屋』から出てきてますの!?」
「だよな? 普通、『ボス部屋』からボスが出てくるなんて話、聞かねーぞ」
ジルに続いて、カナまでもが混乱している。
半人半獣を見るのに慣れてしまった私は、恐怖心もなく二人に尋ねる。
「……で、なんて魔物?」
「ラミアだ!」「ラミアですわ!」
カナとジルが同時に答えた。
§ § § §
ラミア――半人半蛇の怪物。
「Aランクの恐ろしい魔物ですわよ。その強さは、アルラウネやアラクネと同等。私、また奥の手を使わないといけないのかしら……」
「こりゃあ、注意してかからねーと、アタシたちは次の瞬間……丸呑みだぜ?」
なんて二人が言っている間に、状況が悪化する。
開いている扉の奥から、一体、また一体と同じ魔物が出てきた。その全てが五メートル以上の長さで、それぞれに女の体が付いている。またたく間に、十体以上に増え、私たちの周りを囲い始めた。
……いや、囲われているのは私たち、ではなかった。
私、カナ、アルラウネは無視して、ジルだけに群がっている。
爬虫類同士の共感みたいなものでも感じているのかな……?
ジルは数体のラミアに担がれると、奥へと連れて行かれてしまった。
「あーれー! 助ーけーてえぇーっ!」
ジルの叫ぶ声が小さくなっていき、全てのラミアが部屋へと戻るとバタンと扉が閉じる。呆気にとられていた私たちは、呆気にとられて動けないでいた。
しばらくして我に返るなり、急いでその部屋へと駆け込む。
「いけない! ジルを助けなくちゃ!」