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第九十七話 蜘蛛Ⅲ

 ――迫りくる、合計十八本の鋭い鉤爪。


 絶対絶命。


 その数では、避けきる事は到底不可能。ただでさえ素速い魔物が《三連撃》を使って、三倍もの速さで攻撃を繰り出しているから、跳んで逃げる事も出来ない。完全に八方塞がりだ。


「きゅうっ!」


 私の危機に、アルラウネが叫ぶ。

 アルラウネ……。


 そうだ、アルラウネみたいな盾があれば……!


 以前、複数の敵と戦った時に、沢山の剣を出してバリケードにした事を思い出す。もしかしたら、あれなら受け切れるかもしれない!


「《剣創世(ソード・ジェネシス)》っ! ……とにかく沢山の剣っ!」


 これではまだ足りない。上からの攻撃には、これ以上の数が必要だ。


「……もっと沢山っ!!」


 追加で宣言し、頭が焼け切れてしまいそうになるくらい、多くの魔法陣を頭の中で描き上げる。そして、その全ての魔法陣を空中へと投射した。


 どさどさと落ちてくる剣が鉄の塊となって、十八連撃を受け止めた。


 目を丸くして、驚く大アラクネ。


「流石は『剣聖』……やりますわね。この《三連撃》を防いだのは、アリサ様が初めてですわ……」


「アリサさんは、ただの『剣聖』ではありませんわー。今は『剣聖の姫君』と呼ばれてますのよー」


 外野から声が聞こえる。


 そちらを見ると、ジルが体育座りで私たちの戦いを観戦していた。

 いつの間にか胸の《次元収納(アイテムボックス)》から、お酒やおつまみまで出している。完全に野次を飛ばす見物客だ。


 一騎打ちを手伝え……とは言わないけど、緊張感ってものが……。


「そうですのね、『剣聖の姫君』……流石ですわ!」


 大アラクネも、わざわざ言い直さなくていいから!



    §  §  §  §



 かの大アラクネも、たった二本の後肢で巨体を支え続けるのは困難だったらしく、ようやく全ての脚を床につけた。低く大きな音が鳴り、床には足の数だけひびが入る。


 その間に、私は剣の山から二本の剣を引き抜く。


 即興で大量に出した剣とはいえ、これも魔法剣。切れ味は普通の剣よりも鋭い。これなら、また攻撃の手が四つに戻った大アラクネと対等に戦える。


 剣で出来た壁の脇を抜け、大アラクネの下へと走り込む。


 初めてのこちらからの攻撃。通りこそしないものの、受けさせる事が出来た。勢いに乗せて、もう片方の剣で切りつける。それも受け止められたけど、今の主導権は私だ。


 次々と四本の脚に、私の二刀を受けさせる。


 ――いける!


 そう思った矢先、大アラクネの表情に余裕があると気付く。

 その瞬間――。


 右手の剣が弾き飛ばされていた。


 私の視界に映るのは、五本目の脚。そう、このアラクネは短い間なら、後脚を攻撃に使う事が出来る。優勢だと思い込んでいた私は、すっかりそれを忘れていた。


 そして、手数が半分に減った私のもう一本の剣も、いつの間にか弾かれていた。


「さあ……また、武器がなくなりましたわよ。今度こそ、どう戦うおつもりですの?」


 大アラクネは攻撃の手を止め、私を前肢で指しながら言った。

 じりじりと迫る大アラクネ。少しずつ後ろに下がる私。


 背中にちくりと痛みを感じ、振り向くとそこには大量の剣の山。私が創り出した壁が、今度は私を窮地に追いやっていた。


「もう、後もありませんわよ? 武器もない、後もない。もう降参されてはいかが?」


 勝利を確信し、官能的な微笑を湛える大アラクネ。

 けれど、降参はしない。私にはまだ、もう一つだけ奥の手があった。


「……武器なら、まだあるわ」


「うふふ、どんな武器ですの?」


「……《剣創世(ソード・ジェネシス)・忍刀》――隠れ丸、疾風丸!!」


「カクレマル……ハヤテマル?」


 私の手元に、二振りの忍者刀が現れる。

 右手の隠れ丸を大アラクネに向け、左の疾風丸は受けに備えて横に構える。


「まさか……そんな小さな剣で、ワタクシに敵うと思っていますの!?」


 その小さな二刀を見て舐められたと感じた大アラクネは、逆上して四本の脚を力任せに突き込んできた。


 私はそのことごとくを受け流す。長剣(ロングソード)と忍者刀、重さの差はわずか数百グラム。その数百グラムが振りの速さを左右する。


 四本の脚を受け切ってもまだ余裕がある。


「くっ……! 《二連撃》っ……!」


 スキル名を叫び加速する大アラクネ。しかし、来ると分かっている攻撃は全部受け止める事が出来る。純粋な速さだけでなく、長年剣を振ってきた経験と勘で、どこから来るのか、どこを狙っているのかが予測出来るからだ。


「何故……何故ぇ……っ」


 どれだけ鋭い連続攻撃を打ち込んでも受けきられ、そして今度は自分が後退させられている事に気付いた大アラクネは、焦って何故と口走っていた。


 その焦燥からくる隙を見逃さず、一気に巨大な胴体の下を駆け抜ける。

 それと同時に、二刀の忍者刀で左右四本の軸足を切りつけた。


 私が通り過ぎた後には四本の筋が走り、その線にそって後肢がずれて倒れる。

 支える脚を失った大アラクネの体は、地響きを立てて崩れ落ちた。


「……ワタクシの、負けですわ」


 動く事が出来なくなった大アラクネが敗北を認める。

 本当にぎりぎりだったけれど、これで決着。


「私の……勝ちね」


 私も入れて四勝。

 これで堂々と、鋼の扉をくぐる事が出来る。



    §  §  §  §



 アラクネたちも含めた全員を、ジルが《治癒(ヒール)》で治してくれた。一番酷い状態だったのは、人間の姿で思い切り吹き飛ばされたジル。


 ……まあ、こればっかりは自業自得だと思う。


 そして、アラクネたちが重い扉を開ける。

 その奥で待っていたのは、『ボス』と呼ぶのに相応しい強大な魔物だった。

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