第九十〇話 集団戦
わずか数分――。それが、Aランクも含めた三十五人もの冒険者が全滅するまでの時間。本当に、あっという間の出来事だった。
§ § § §
――切り株中央にはアルラウネ。そこに向かって前衛の冒険者が突進する。
全員Cランク以上の戦士たちで、それぞれが幾多の危険な冒険を乗り越えてきた精鋭揃いだ。
前衛が走ってくる中、アルラウネが姿勢を低くした。そして、両手を広げて伸びをしたかと思うと、ばふっ……という大きな音を立てて、彼女の体から黄色い粉が噴出した。
その粉は切り株のほぼ全域に広がり、後衛までも含めた冒険者全員がそれを浴びた。浴びていないのは、枝で観戦をしている非戦闘員のアルラウネと私たちだけ。
誰もが粉を吸い込んでむせてしまい、動きを止めた。
「花粉……ですわね」
ジルが《千里眼》の魔法で分析しながら、解説した。
「これは、なるほど……ですわ」
「花粉……? 何が、なるほどなの?」
もしかして、花粉が勝てない理由とか……まさか。
首をかしげて見つめる私に、ジルは切り株の中央を指差した。
「見ていれば分かりますわ。それに、ほら……!」
ジルの語勢が少し強くなる。ジルに促されてそちらを見ると、凄まじい攻防が繰り広げられていた。
十人以上もの前衛が代わるがわる、さまざまな角度からアルラウネに得物を振るうも、その全てを花の下から伸びた蔦が打ち払う。蔦が鞭のように自在にしなって、攻撃を受け流している。
彼我の力量差は圧倒的だった。まるで達人が、戦いを憶えたばかりの剣士に稽古でもつけているかのよう。彼らの攻撃のことごとくが払われ、受けられていた。
アルラウネ自身は、中央から一步も動いていない。にもかかわらず、あれだけの戦士たちの猛攻を全て、いとも簡単に止め切ってしまっている。この魔物……見た目とはうらはらに、想像以上の強さを持っている。
「攻撃してるのは冒険者側だけど、本当に一方的ね」
「あれが、アルラウネですわ」
「確かに『怖い魔物』ね……」
「次にあれと戦うのは、アリサさんですわよ。きちんと憶えておきなさい」
ジルの『考え』というのは、この事だった。つまり、私にアルラウネの手の内を見せて、改めて対策を練らせるつもりだ。私たちが話している間にも、その戦いは続いている。
「ウオオオオッ! 必殺、大回転槍術ッ!!」
困ったちゃん冒険者のブルーンとドリーンが、彼らの奥義を披露する。
両手に持った二本の槍を、体の前で回して迫っていく技だ。
高速で回転してる槍を、鞭状の蔦で返すのは難しい……かと思ったら、アルラウネは簡単に回っている槍を絡め取り、ぽいっと向こうへ捨ててしまった。それは力量とか実力とか、そういった言葉以前の問題だった。
「ああーっ! 俺の槍がああぁぁーっ!」
情けない姿で、自分たちの槍を取りにいく二人。
§ § § §
戦士たちの猛攻の中、詠唱が完了した後衛が中級魔法を放つ。
中級魔法は詠唱時間が長い替わりに、非常に威力が高いという特徴を持つ。
それで、前衛が無駄だと知りつつも、絶え間なく攻撃をしかけていたんだ。詠唱が終わった瞬間に、前衛がアルラウネから飛び退く。流石、高ランク冒険者。連携もばっちりだ。
紅蓮の炎による柱が、空を切り裂くような竜巻が、そして天空から突き刺さる雷がアルラウネを襲う。これだけの魔法を受けたら、この魔物だって無事では済まないだろう。
炎や雷によって上がった煙が晴れると、そこには焼かれて真っ黒になった塊があった。
「……やったか?」
ブルーンが呟く。
その言葉と同時に、黒い焦げがぽろぽろと落ちる。
中から出てきたのは無傷の花弁。それが蕾のように体を包んで守っていた。
その蕾がゆっくりと開くと、可憐な少女が傷一つ負っていない姿で現れた。
中級魔法ですら、決定打になっていない――。絶望し、膝を折る魔法使いたち。
それでも戦意を失わない何人かが、下級魔法を何度も連発する。しかし、それらは蔦で軌道をそらされて、一発も本体に当たる事がなかった。
前衛の戦士たちがアルラウネの手前まで戻り、攻撃を始める。
ことごとく返されると分かっていても、挑んでしまった以上はその手を止める事は出来ない。
「ねえ、カナ……カナなら、あの防御を越えれる?」
「中級魔法《火炎放射》でも、焼きつくせねえ花弁か……。やってみねーと分かんねーけど、その前にアタシが蔦で吹っ飛ばされちまう」
「そっか……」
カナでも攻略が難しいだなんて。彼女たちが怖れられる理由が少し分かった気がする。……私だって、あの蔦を抜けて剣を届かせるのは難しい。
何より、アルラウネはあれでも手加減をしているのが分かる。観客として見ているおかげだけど、彼女は何本もある蔦の内、たった一本しか使っていない。今まで十人以上の相手を、ほんの数分の一の力でいなしていた事になる。
私たち三人が挑むとしても、やってみるまで分からない……賭けとしか言えない状態だった。
それでも、あれに勝てなければ次の階層へは進めない。
私は、ただこの戦いの行く末を見守る事しか出来なかった。
§ § § §
そして、戦いは唐突に終わりを告げた。
アルラウネはずっと防戦だけで、受け流す事しかしなかったはずなのに……急にばたばたと冒険者たちが倒れ始める。前衛だけでなく、遠くにいる後衛まで次々に倒れていく。
何か攻撃を繰り出したという気配はない。
私の目でも捉える事が出来ない程の高速攻撃、無詠唱魔法、それとも別の何か?
全く分からない。ただ、突然に三十五名全員が倒れてしまっていた。
まるで手品でも見ているかのようで、私には何が起きたのか本当に分からなかった。ジルの方を見ると、彼女は首を横に振って一言だけ呟いた。
「あとでご説明しますわ……」
ジルだけは、その謎の攻撃の正体が分かっているようだった。
八パーティ、三十五名による集団戦……ジルが言うところの『レイド戦』は、こうして終わりを告げた。
§ § § §
――広い切り株の中央で、可愛らしい勝者……アルラウネが鎮座している。
枝から降りてきた別のアルラウネたちが、倒れた冒険者を担ぎ上げて運び始めた。彼女たちの足である『根』の部分は、この大樹を垂直に這う事が出来るようで、かたつむりのように大樹の幹を這って降りている。
今までもこうやって、村の手前まで運ばれたのだろう。流れ作業のように、敗北した冒険者たちが次々と運ばれていく。
最後の一体が私たちの横を通り過ぎる時、カナに向かって会釈をした。
この世界で、迷宮を管理するのは魔族。つまり魔族であるカナは、アルラウネたちにとって、敬意を示す相手だという事だ。
両手を上げただけで敵意がない事を信じて貰えたのは、それが理由だろう。
冒険者を元の村へと帰し、戻ってきたアルラウネたちが枝葉の茂みへと収まる。それを見届けた私たちは、足場に気をつけながら大樹を降りる。
帰って対策を練らないと……。
私は大樹の幹に足をかけながら、次の戦いに思いを馳せていた。