第八十九話 全滅
――二日後。
冒険者たちは皆、武器や防具の手入れ、薬や魔法の準備も整えて、ボスとの戦いに挑もうとしている。参加者は全員、万全といった状態だ。
今回の作戦には、なんとあのブルーンたちも加わる事になった。
「Cランクの癖にあんだけ迷惑かけたんだから、お前たちも行くよなあ?」
なんて言いながら強引に肩を組む、作戦隊長……『Aランク』冒険者のクライマーさんが力技で説得をして、彼らの参戦が決まったんだとか。いつも私を困らせている連中だけど、今回だけは少し同情する。
それで私は、というと……。
「今回、アリサさんは見学ですわ。私に考えがありますの」
ジルにこんな事を言われて、同行はするけど参戦はしないという話に。
作戦隊長には既にジルが根回し済みで、私は見ているだけになってしまった。
別に『剣聖』だって事を自慢するつもりはないけれど、よく『剣聖』を参加させない事に同意させたなあと感心する。腑に落ちないけど、きっと何か深い考えがあるんだと思って、私もジルに従う事にした。
「何、『剣聖の姫君』が見てるってだけでも、心強いよ」
何もしないという選択肢を選んだ私に、笑いながら声をかけてくれる作戦隊長。それでもまだ、罪悪感は心の奥に残っている。だからこそ私はこう返した。
「もし……本当にピンチになったら、私が助けに入りますから」
「尚更心強いな。これで百人力だよ」
この後、あんな惨状を見る事になるとは、この時の私は知らなかった。
§ § § §
ボス討伐隊が大樹の根本に到着する。
その数、なんと八パーティ、総勢三十一名。ブルーンたちも足して三十五名だ。見学の私たちは頭数には入っていない。
まず最初にこの討伐隊がする事は、『木登り』だった。
ボス部屋である大樹の頂上まで登りきる……という話。
何故かこの大樹には『洞』や『瘤』が沢山出来ていて、木登りが苦手な人でも登りやすくなっている。
登りにくい場所には、先人たちが残した杭や小剣が刺さっていて、それに足をかければ簡単に登れた。
「おそらく穴とか出っぱりは、管理者がわざと作ったんじゃねーかな。誰も登れませんでした……じゃ、迷宮として機能しねーもんな」
一緒に登りながら、そんな事をカナが教えてくれた。
「だけどよ、よく見てみろ。ホラ、鉄鎧やデッケー武器持った奴が一人もいねーだろ? 重いもん装備したままじゃ落ちちまう。そーやってボスにたどり着く前に、上手くふるいにかけてる……って訳さ」
確かに、戦斧や斧槍、両手剣といった重量武器を装備してる人は一人もいない。本来なら鉄鎧を身にまとうタンク職の人ですら、木で作った即興鎧を着ている程だ。
管理者の魔族も、色々と考えているんだ。
それにしても……そんな無駄話をしながら、息一つ乱れていないカナは凄い。
私だって結構疲れてしまっているのに。
他の冒険者たちは皆、もう完全に息が上がっている。
そんな疲れた所に、狙ったように洞穴が開いている。何十人かが入っても座れるような、大きなくぼみになっていた。
皆、ここで一休み。
それぞれが保存食や水袋を出して、空腹や喉の乾きを癒す。
「ホラ……な? 何故か丁度いートコに、こんなもんがあるだろ?」
これって、命がけの迷宮というより、ただのアスレチックじゃ……?
「言ったろ? 迷宮は、人間たちに適度に発散して貰うための施設だって。まー、たまに無茶して死んじまう奴もいるが、そう言うのは諦めるしかねーよな」
私の表情を察して、カナが笑いかけながら疑問に答えてくれた。
迷宮で死ぬのって、無理した結果の自業自得だったんだ……複雑な気分。
休憩を十分にとった後、作戦隊長の号令でまた木登りが始まる。
これは、ボスに着くまでにかなりの体力を消耗しそう。
§ § § §
途中、洞の中に小さな魔物がいてそれと戦ったりはしたけど、木登りの最中に攻撃してくる敵はいなかった。
おかげで、全員が無事のままで頂上に到着。皆、かなり疲れていたけど。
頂上は、切り株のように切られた平坦な場所になっていて、一万本以上の年輪が神秘的な模様を描いていた。木で出来た広大な円形広場……それが、この階層の『ボス部屋』だった。
切り株のすぐ下からは四方八方に枝が伸び、その先端には沢山の葉を蓄えている。それぞれ一本一本が、やや斜め上に伸びた大木のようだった。
その頂上では、ジルが先に到着して待っていた。疲れた表情は一切ない。
「ジル……なんで……!?」
そういえば一緒に登る人たちに、ジルの姿はなかった。一体いつ、どうやってここに来たんだろう。驚く私に近寄って、ジルはそっと耳打ちする。
「……竜の羽を出して、裏から飛んできましたの。だって、この格好ですもの。後続の皆さんに下着丸見せで登る……なんて、はしたない事出来ませんわ……」
納得したけど、それこそ魔力の無駄遣いじゃ?
「これは無駄遣いではありませんのよ。必要経費、ですわ」
必要経費なんだ……。
とにかく全員無事に到着。後はボスの登場を待つだけとなった。
――少し待つと巨大な枝の端、葉の茂みの中からひょこっ、ひょこっと顔を出す可愛らしい魔物たちの姿が見えた。カナ程度の小柄な少女。そんな裸の少女たちが沢山姿を現した。
「え……、これがボス……?」
ただの女の子である事に驚きを隠せないでいると、その数は数十人に増えた。数でいえば、冒険者と互角かそれ以上。……でも、どこをどう見ても、ただの小柄な少女たちでしかない。
こんなカナみたいに可愛い女の子たちが、そんな怖ろしい魔物なの……?
「やっぱり……ですわね」
ジルが、冷や汗を垂らしながら呟いた。
「妖花――アルラウネですわ!」
彼女たちが少女なのは上半身だけだった。その全身をさらけ出すと、腰から下は二メートルもの大きな花。しかし、真紅に艶めくその花弁は、少女の可憐さを強調する美しいドレスのようにも見えた。
少女……いや、アルラウネは花のすぐ下から生えている、根と蔦を器用に足のように使って枝を渡ってきた。その内、一体だけが広場へと踊り出る。
他の数十体は、おとなしく枝で待っていた。その姿は、まるで言いつけられて素直に親を待つ少女のようで、とても可愛らしい。
……これが、『一体が代表として』……って奴ね。
「上半分に見える裸の女は擬態。下心を出して近付いた男を、その食人花で喰らうという怖ろしいモンスター……いえ、魔物ですわ……」
「アルラウネかよ……確かに強敵だな……」
カナの表情まで強ばっている。
「……アリサ、見た目に騙されんなよ? ありゃ、人間を油断させるためにあーなってんだ」
小さいけどそんなに怖い相手なんだ……。
焦ったカナの横顔が、どれだけのものであるかを物語っていた。
「お分かりですわね、アリサさん。今回は見学だけ……様子見ですわよ。なんとなく予想はしてましたけど、本当にアルラウネでしたなんて……」
「予想してたなら、教えてくれたらよかったじゃない」
「あれだけの情報では、確信が持てなかったんですの。間違った予想を立てて、最悪の事態に……という事だけは、避けたかったものですから」
「なるほどね……」
「まあ、ご覧なさい。その怖ろしさがすぐに分かりますわ」
私たちは両手を上げて、敵意がないという姿勢を見せ、他のアルラウネが待機している枝へと登った。彼女たちは、すんなりと私たちを受け入れた。
やがて、三十五対一の戦いが始まる。
「これから始まるのは、一方的な蹂躙劇ですわ……」
ジルが指を噛みながら、そう独りごちた。
§ § § §
――戦いが始まってからわずか数分。
冒険者たち三十五人は、全て倒れ伏していた。本当に一方的……そして、何が起きて彼らが全員倒れたのか、私にも理解が出来なかった。