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第一話 王都へ

 翌朝、私は家族に見送られて城を出た。


 目指すは王都。

 ――シュトルムラント王国・王都シュトルムシュタット。


 王国の中央に位置し、辺境であるレッドヴァルト領からはかなり離れた場所にある。王都以前に、隣の貴族領の領境すら乗り物がなければ一苦労の距離だ。


 なので、まず領境まではレッドヴァルト領の『名物』で行く事にする。


 城下町に出て、私は懐から小さな笛を取り出すと、思いきり吹いた。

 音こそは鳴らないものの、()()には聞えているらしく、()()はもの凄い勢いでどこからともなく走ってくる。


 魔犬アイシー。

 そう呼ばれる、レッドヴァルト領特有の魔物。


 いわゆる心臓が最初から『魔石』の、人に友好的なタイプの魔物だ。

 あまりに人々の生活に溶け込み過ぎて、領内の誰もが彼らを魔物だとは思っていない。そんな優しい魔物だった。


 その種族名がほのめかすように、領民からはタクシー代わりに使われている。

 体高は人の身長以上で、元の世界でいえばサラブレッド並のサイズ。


 それでいて、ずんぐりとした体形で、フサフサとした柔らかい毛を蓄えている。

 愛嬌のあるつぶらな瞳に、いつも垂れた舌。

 その人なつっこい面影は、彼らが魔物である事を忘れさせてしまう。


 領民からは『ただの大型犬』程度に思われているけれど、れっきとした魔物。

 魔犬だ。


 犬笛で呼ばれたらどこへでも駆け付け、報酬さえ貰えばどこまでも依頼者を運ぶ。報酬は彼らの餌。特に生肉を好む。

 その日の糧を自分で働いて稼ぐ、勤労なワンコだ。


 ただし、報酬を支払えないと噛み付いてくるといった困った習性もある。

 ……まあ、甘噛みだけど。


 甘噛みとはいえ、頭を丸呑みするように噛み付かれると、顔中涎(よだれ)まみれになってしまう。彼らを雇う時は、ちゃんと報酬の餌があるかどうかを確認する必要がある。


 ――ワンワンワン、と吠えながら駆けてくるアイシー。


 傍まで来ると、巨体を下げて頭を垂れる。撫でてやると、喜んでその大きな尻尾を振った。そんなアイシーの背に跨って、私は行き先を告げる。


「北の領境へ――!」


 頼んだ途端、もの凄いスピードを出して、街道を駆け抜けるアイシー。

 振り落とされないようにしがみ付きながら、後ろへと吹き抜ける風を肌に感じて、疾走感を楽しんだ。



    §  §  §  §



 隣領――キルシェンフェルト領の馬車乗り場まで、アイシーの背に乗ったままで来てしまうと、その巨体を見て御者たちがひっくり返った。


 このアイシーというワンコはレッドヴァルト領にしかいない。

 領から出れば、彼らはどこからどう見ても魔物。他領の人々からは恐れられてしまう。……こんなに可愛いのに。


「ご苦労様――」


 そう告げて報酬の肉を、少々たっぷり目に渡す。

 すると、アイシーは嬉しそうな顔を見せて一声吠え、またどこかへと走り去っていってしまった。


 驚かせてごめんなさいと皆に謝って、改めて王都まで乗せて欲しいと依頼する。


 下手な馬より速いから、本当は王都までアイシーで行きたかったんだけど、魔物に乗ったままで王都に来たら、多分私たちが討伐されてしまう。

 そこでキルシェンフェルト領からは、馬車に乗りかえないといけない。


「あなたも王都まで? 私もご一緒させて戴いてよろしいでしょうか?」


 私の目的地が王都だと聞いた他のお客さん――私と同い年か、少し年下の女の子。身なりの良さや物腰から、貴族か……それとも大商人の娘さんだろう。


 両手で持てあまし気味に、布に包まれた長い大荷物を抱えている。


 そんな彼女が、相乗りを申し出てきた。

 相乗りをすれば料金は半分。確かにお得だから、断る理由もない。

 私は二つ返事で承諾する。


 早速、二人で馬車に乗り、王都へと向かった。

 このキルシェンフェルト領から、さらにいくつもの領を跨がないと王都には辿り着けない。


 その行程は、およそ二週間弱。

 八百キロもの距離を馬車に揺られないといけなかった。


 それだけの行程を乗り続けると……どうしても退屈してしまうから、二人で、時には御者も交えて三人で話をしながら、旅路をゆく。


 そうでもしないと馬車の乗り心地がちょっと……揺れるし、座席も硬いからお尻が痛くなる。それらを忘れるためにも会話を楽しんでいた。


 こういう所も、フカフカしているアイシーの方が良いんだけど、あっちは魔物だから比べても仕方がない。


「私はアリサ。あなたは?」


「リカ・キルシェンフェルトと申します。キルシェンフェルト男爵家の三女です」


 なるほど、この領のご令嬢だったわけね。

 毎日森を駆けずり回っていた私と違って、品の良さがにじみ出ている。

 これこそ貴族のご令嬢……といった感じだ。


「騎士学校に行くため、王都へ向おうと思っております。三女ともなりますと、縁談も酷いものばかりで、自活のために仕方なく……」


「え……、あなたも騎士学校へ?」


「まあ、あなたも?」


 王都に着いた後の目的地まで一緒だったなんて、なんていう偶然。

 彼女が持っていた長い荷物も、両手用の大剣だったと聞いた。

 冒険者になるための大義名分だった騎士学校が、少し楽しみになってきた。



    §  §  §  §



 馬車は二日も進むと、領境の町を出て次の町へと着く。


 なんでも、ここから先は治安が悪いので、冒険者の護衛を頼むのだとか。

 少しは腕に覚えがあるから、私が護衛をしましょうか……と提案をしたんだけれど、お客さんを危ない目にあわせる訳にはいきませんと断られた。


 御者の話によると、長距離を行く馬車の料金が高いのは、そういった諸経費も含まれているからだとか。


 それなりに腕利きと言われる冒険者を三人程雇い入れ、彼らも一緒に馬車に乗る。一人は御者台の隣に、もう一人は荷台に、最後の一人は座席で私達を守るような位置に。


 やや大所帯気味で数日馬車を走らせると、話に聞いた通りで……まあ、案の定というか予想通りというか。


 お約束を絵に描いたような山賊が、馬車の前に派手に立ちはだかった。

 ……その数、ざっと十二人。


 これが正義の味方なら、戦隊を追加戦士付きで二戦隊も組めてしまう。

 でも、悲しい事に彼らは山賊。戦隊でいえば敵戦闘員や怪人のポジションだ。


「ここは通行止めだ、通りたかったら通行料を払いな!」


「金と食いモンと女を置いていけ!」


 山賊には初めて遭遇したんだけど、本当にこういうセリフで襲ってくるんだなあ……と感心した。


「お(かしら)ァ、女が二人もいますぜ。こりゃ楽しめそうですなぁ……へっへっへ」


 何を、どう楽しむつもりなのか。へっへっへじゃないわよ冗談じゃない……なんて考えながらリカを見ると、彼女は恐怖で完全に固まってしまっている。


 青ざめた顔で体はがくがくと震え、その手に持った大剣はただのお飾りに。自分で身を守る事は出来なそうだ。


「ヒィ……そのお二人は大事なお客さんなんです。許して下さい!」


 御者は怯えながらも必死に私たちを守ろうとしてくれている。

 冒険者はというと……それそれが武器を構えるも、不利な状況に尻込みをしていた。


 ここを通る旅人や馬車が冒険者を雇うなら、山賊だってそれ以上の徒党を組む事は簡単に想像出来たはず。しかし、私を含めた誰もがその事を忘れていた。


「馬鹿か? こんな上玉放っておけと言われて、はいそうですかと聞けると思ってんのか?」


 下卑た笑いを浮かべて、下っ端らしい男が手の甲で涎を拭った。


 私にとって、魔物と比べれば山賊なんて、何人来ようが敵じゃない。それこそ、悪の組織の戦闘員のように簡単に倒せるけど……今は、青くなっているリカを護るのが最優先。リカに寄り添って、庇うように抱きしめる。


 馬車の周りを陣取る山賊は、せっかく雇った冒険者にお願いしよう。



    §  §  §  §



 戦闘が開始され、数分後。

 やっぱり、不利な状況どころの騒ぎではなかった。


 三対十二。後ろでさぼっているお(かしら)とやらと、馬車を覗き込んで私たちが逃げないよう監視している涎の下っ端を除いても、三対十。

 その戦力差は歴然だった。


 追い詰められていく冒険者たち、傍から見ても分かる大ピンチ。

 既に全員が深手を負っている。


「ねえ、リカさん。自分の身は自分で守れる?」


「……え?」


 震えている彼女の答えは聞かずに、扉を蹴り開けて馬車の外へと躍り出た。

 彼女が襲われるよりも早く、山賊を全員片付ければ問題ない。


 扉の向こうにいた下っ端が、急に開いたそれに弾かれて無様に尻餅をつく。

 私は思いきりその男を踏み付けて、気絶させる。


「お待たせ。私が相手よ!」


「ぐっへっへ……お嬢ちゃんが相手してくれるのかい? 楽しませて貰うぜ……」


 奥にいるお頭とやらが、何を勘違いしたのか私を舐め回すように見ると、いやらしい目つきでそう言った。


 私はお頭の下品な言葉を無視して、構えを取ると、気合を込めて叫んだ。


「《剣創世(ソード・ジェネシス)・刃引きの(けん)!》」


 ――私の手の中に、長剣が現れる。


 長い呪文の詠唱は必要なくなったとはいえ、特殊な剣を出すには魔法名の宣誓が必要だ。創り出したのは刃引きの剣。


 あばらの数本は折れると思うけど、死なないで済むんだから感謝して欲しい。


 一番近い男に狙いを定めて、一気に駆け寄って剣を叩き付ける。

 胴を強打すると、わずか一撃で気絶した。


 返す刃でさらにもう一人……いや二人!

 冒険者一人を挟撃している二人の山賊を突いて、薙ぎ払う。


 私はそのまま、怯んだ山賊を次々と倒していく。

 反撃を試みる山賊もいたものの、所詮は小悪党。

 角オオカミと比べて随分と鈍い攻撃を躱して、鳩尾に叩き込むのは容易だった。


 一息つく間に、山賊はお頭とやらを除いて全滅した。


「す……すげえ……」


 冒険者の一人が、口を開く。

 いや、すげえって言ってる暇があったら手伝ってよ?


「もう、あなただけのようね?」


 私は、お頭とやらに剣を向けて言い放った。


 お頭は大きな図体に似合わない姿で、地面にへたり込んだ。

 その股からは、彼の肝の小ささの証が漏れ出て水溜りを作っていた。


 多分、私は相当に残念そうな顔をしていたのだろう。

 山賊の頭と言ったら、戦隊で言えば怪人。それと戦えないなんて、肩透かしもいいところ。


 それでも――。


「ありがとう、ありがとう!」


「あれだけの数を一瞬で……!」


「こんなに強いお嬢さんが居たなんて……お嬢さん、一緒に冒険をしないか?」


 口々に冒険者達から褒め讃えられてしまった。


 数が多いといっても、狼より弱い烏合の衆。冷静に対処すれば突破出来るし、私にとっては褒められる程の相手じゃないと思った。


 とりあえず、山賊全員を縄で縛って、数人を荷台へ。

 次の街で自警団に突き出す事にした。

 残りの山賊の回収は、その街の自警団に任せよう。


 自警団に突き出すと、山賊には賞金がかけられていたらしく、なんだか馬車代が軽く浮いてしまう程のお金を貰ってしまった。……本来なら稼げるはずのお金を私が奪ってしまい、冒険者たちに申し訳ないと思う。


 三人の冒険者とは次の街で別れ、馬車の旅を続ける事になった。

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