第八十八話 村Ⅱ
「……許さない! 決闘よ、表に出なさい!」
カナを侮辱したこの四人を、私は許さない。
酒場の外を指差して、四人を表へ向かわせる。
私たちに合わせて、他の冒険者たちも外へ出てきた。彼らは野次馬兼、見届け人といったところだろう。
「へへっ……奴隷なんか連れてる女に、負ける気はしねぇぜ……」
ブルーンが言った。
彼の声に、他の三人も頷く。
「つべこべ言わないで、かかって来なさいよ。私の親友を侮辱した報いを受けさせてあげるから……!」
「へっ……奴隷持ちの犯罪者が、なんかほざいてやがるぜ」
……とは暗殺者、キキューンの言葉。
確かに奴隷は違法。だけど、私が一緒にいるのは奴隷じゃない、親友だ。
運悪く、帝国に捕まってしまっただけ。私だって、早く彼女を奴隷から解放してあげたいのに。
「あんな奴隷を使わねぇと冒険も出来ねぇような軟弱者にしては、一端の口を叩くじゃねぇか……。かかってくるのはお前の方だ、『剣聖』!」
ドリーンだ。よりによって、カナを物扱い。頭の中でぷつんと何かが切れた音がして、私はドリーンへと駆け込んだ。それを見た周囲からは、どよめきが溢れる。
「うあああぁぁぁっ! 《剣創世・刃引き》っ……!」
ドリーンに魔法剣を突きつけようとした私に、ブルーンの声が聞こえる。
「おっと、いいのかよ? 決闘だってのに、『剣聖』様がスキル宣言を待たなくて。それって、騎士道に反するんじゃねぇのかよ?」
私は、首元数センチのところでぴたりと動きを止めた。
「かかったな! おらっ!!」
ドリーンが私の腹を全力で蹴飛ばした。
斬撃に強いミスリルの服といっても、打撃による衝突は消し切れない。
私は吹き飛ばされ、地面を転がる。
姿勢を立て直そうとする私に、ブルーンが走ってきて私の脇腹を蹴る。更に駆けつけたドリーンが蹴り、また転がった私をブルーンが蹴る。
二人は、私をサッカーボールのように蹴り続けた。
腐ってもCランクの冒険者、蹴りの威力は一般人と比べものにならない。
それに、私が反撃の体勢を整える前に、次の蹴りが来る。
残りの二人は、この間にスキル宣言。《神速》《剛腕》といった、持続時間のあるスキルを使い、体を強化した。
思う存分二人で蹴った後は、強化した二人とバトンタッチ。そいつらが私を蹴っている間に、やはり身体の強化を済ませる。
そして、強化された四人が私を四方から蹴り続けた。やがて、蹴り疲れたところで、とどめとばかりに腕や足、それに腹へ剣や槍で刺し、私から離れた。
「アーッハッハッハ! 『剣聖』なんて大した事なかったなぁ!」
「ああ、これで『剣聖』の称号は俺たちのものだな!」
「これで、俺たちの勝……ち……?」
「な……な……なんだとぉ……!?」
よろけながらも立ち上がる私の姿を見て、目を見張る四人。
こんなの、真竜化したジルの一撃に比べたら、蚊が刺した程度だ。
それに、私の服はミスリル製。普通の武器での斬撃、刺突は通らない。
衝撃で骨の二、三本にひびは入っているかも知れないけれど、そんなの気にならない。
……まあ、本当はかなり痛いんだけど。
「なっ……!? あれで立ち上がんのかよ……」
「『化けモン』だ……」
「致命傷のはずだぞ……?」
「ありえない、ありえない、ありえない……」
四人に一瞬、怯えの表情が浮かぶ。
しかし、その怯えを振り払って、彼らは即座に攻撃へと転じた。
「「「うおおおおおおっ!!!」」」
正面から、同時に四人が斬りかかってくる。
駆け寄る四人に、私は三発ずつお見舞いした。
合計十二発。私の親友を貶めた報いだ。次にカナを馬鹿にしたら、当然これだけは済ませない。
四人は呻き声すら上げる間もなく気絶し、走った勢いのまま後ろへ転がっていった。
「す……すげえ……。今の、見えたか?」
「私なんか、一瞬剣が光っただけに見えたよ……」
「Aランクの俺ですら、最後まで目で追えなかったぞ……三発、四発……いや、もっとだ……」
野次馬たちが驚きに目を見開く。
これでも、骨をやってて動きが鈍い方なんだけど……。
証拠にほら、カナもジルも、大したことないって目で見ている。
それでも……。
「おおおおおっ!!! 『剣聖の姫君』の勝利だああーっ!!!」
誰かが叫び、それに呼応して野次馬全員に叫びが広がって、私を取り囲む。
思い切り蹴られまくっていた私を持ち上げて、胴上げが始まった。
……ちょっと、痛いってば。
「流石は、『剣聖の姫君』!」
「『剣聖』の剣技、初めて見ました!!」
「あんなに凄まじい技が、この世にあったなんて……!」
口々に皆が、私を讃える。
私は、カナが貶された仇を取っただけなんだけど……。
§ § § §
胴上げが終わった後、ブルーンたち四人を叩き起こして、カナに謝罪させた。
「奴隷に頭下げるなんてよぉ……」
「人間に負けたような魔族に下げる頭なんか……」
なんて、ぶつぶつと文句を言っている。
そこで私は、カナの実力を四人に見せてやる事にした。
「カナ、あれを見せてやって」
「あれかぁ……でも、聖女サマがよー……」
聖女サマ……カナがジルを気遣って渋った。
カナが本気で撃つ《火球》は、周囲の魔力である『魔素』を全部使いつくす。その『魔素』で生きているジルは、それによって気絶してしまう……でも。
「ジルの事は気にしないで」
「分かったよ」
カナが呪文詠唱をして適当なところで止めると、三メートル程の……ちょっと私でも対処が難しいような、大きな《火球》が出来上がる。
「こんなもんでいーか?」
カナの手の上で、巨大な《火球》がいくつもの紅炎を巻き上げて、ゆっくりと回っている。それを見たブルーンたち四人は、腰を抜かしてしまった。
「……見た? カナは人間に負けるような、やわな魔族じゃないの」
《火球》を指差して、私は言う。
「本当は人間なんか簡単にやっつけれるけど、人を傷つけないって『狩猟者』の決まりと、その優しさにつけ込まれただけなの。分かった?」
四人は、カナに何度も頭を下げて謝った。
そして、村や他の冒険者に迷惑をかけないと約束をした。
これでブルーンたちの件は、一件落着。
またボス攻略に全力を注げる。
§ § § §
騒動が片付いて、私とジルがボス攻略の相談を始める。
私はあの後、ジルの《治癒》で怪我を治して貰い、完全復活。
「もう、途中で剣を止めるなんて手加減さえしなければ、こんなMPの無駄遣いなんかしなくて済みましたのに。今度こんな真似したら、治してあげませんわよ!」
なんて怒っていた。あと……《火球》の件でも、めちゃくちゃ怒られた。
私たちは酒場で食事をしながら、フォークやナイフを振ってああでもないこうでもないと、ボスへの対策を巡らせる。カナも一応参加しているけれど、どうも力押しの作戦ばかりだから、そこは私とジルで却下した。
ややふてくされ気味のカナを横目に、攻略の話する私とジル。
……すると、先程まで野次馬だったAランク冒険者がやって来て、私に告げた。
「明後日、もう一度俺たちで守護者に挑戦する。参加パーティは八団体。どうかな、『剣聖の姫君』も参加してくれないかな?」
「レイド戦、ですわね……」
ジルが、彼の提案に一言口を挟む。
レイド戦という、聞き慣れない言葉に首を傾げながらも、彼は話を続けた。
「『レイドセン』というのはよく分からんが……もし倒せれば、このまま階層を突破。出来なくても、次のヒントくらいにはなるだろう。どうだい?」
それを聞いて、私たちは二つ返事でボス戦への参加を決定した。