第八十七話 村Ⅰ
カナを奴隷契約から解放する可能性が見つかった――。
それが私たちの希望の光になった訳だけど、その前にすべき事があった。
この迷宮の攻略。
まずここを出ない事には、王都には向かえない。
そのためにも、私たちは階層ボスの情報収集を始めた。
三日かけて、この階層に留まる冒険者からボスの話を聞いて回った。彼らの話によると、階層ボスは大体こんな特徴らしい。
『植物系だが、動物系の特徴も兼ね備えていた』
……キメラかな?
『何体もいたが、一体が代表として攻撃してきた』
多分、二階層の人魚と同じで、おそらく魔物側も犠牲を少なくしたいと考えているんだろう。
『大樹の頂上にいる』
戦うには、あの大樹を登る必要がある……。
それは骨が折れそう。
『人間と同程度の大きさだった』
そんなに小さくて、たった一体なのに何度挑んでも敵わない……?
何より、数十人がかりで苦戦する理由がどうしても分からない。
カナみたいに、小さいけれど常識外な力を発揮するタイプとか?
『いつの間にか全員気絶させられた。気がつくと、また村の前に運ばれていた』
この情報が一番重要だった。ボスは、冒険者たちを殺す気がない……という事。
役に立ちそうな情報はこの程度。それ以外は盛ったような話や、どうでもいい話ばかり。とりあえず、ジルにどんな魔物か聞いてみたけど、それだけの情報では魔物の特定は難しいとの事。
そして、三人で対抗策を相談したけど……。
「気絶させるモンスターですか……。アリサさんのように、刃引きの武器を使うモンスターとか?」
「それは、ないと思うわ」
ジルの予想を、私が否定する。
そこにカナが新たな意見を述べる。
「じゃあ、素手でこー、後ろから当て身を食らわすタイプか?」
「魔物の当て身なんて食らったら、普通死ぬでしょ」
カナの意見も却下。そして、私も予想を立てる。
「じゃあさ、《睡眠》の魔法で眠らせてくる……とかは?」
「ないですわ」
「ねーな」
「「「うーん」」」
結局は、ぶっつけ本番で戦う事になった。
気絶攻撃に十分注意をする。それだけは、三人で意見が揃った。
§ § § §
この三日間、私たちがしていた事が情報収集だけかというと、そうでもなかった。迷宮の中にある冒険者村だけあって、多くの怪我人がいた。
ジルの出番だ。
三日間で全員の怪我や、魔物から受けた毒を治す。
失った四肢まで元に戻すという獅子奮迅振りで、冒険者たちからの尊敬と崇拝を一身に集めていた。
勿論、布教活動も忘れてはいない。
「こんな所で信仰心を集められるなんて、思ってもみませんでしたわ!」
流石はジル、ちゃっかりしている。まあ、嬉しそうで何よりだけど。
今度の敵は、ジルが真竜に戻る必要があるかも知れない。そう考えると、どれだけ信仰心……魔力を集めても足りないおそれがあった。
§ § § §
ボスとの戦いに備えていると、四日目の朝に突然異変が起こった。
宿屋の酒場スペースが騒がしい。
ここはよくある形式の宿屋で、一階が酒場、二階が宿泊部屋になっている。
私たち三人が二階から降りると、大声で怒鳴る男たちの声が聞こえた。
「俺たちはCランク冒険者様だぞ、飲み代ぐらい無料にしろ!」
「どうせ、迷宮の中だ。金なんて意味ないだろう?」
「なんたって、腕利きのCランク様だからなぁ! 負けろよ」
「負けろ、負けろ、負けろ!」
叫んでいる男たちを囲むように、人だかりが出来ている。
私は、外側にいた冒険者の肩を掴んで聞いた。
「何があったの?」
「あっ……『剣聖の姫君』! なんか、今朝来たばっかりの新入りが揉めてるんですよ。俺たちはCランクだから、代金を負けろって」
「ばかばかしい……。それで、こんな騒ぎになってるの?」
「ええ、まあ。この階層まで来れる奴なんて、普通はCランク以上なんですけどね……」
無茶苦茶な話だ。ここは私がヒーローとして仲裁しよう。
私は人垣をかき分けて、騒ぎの中心に潜り込んだ。
そこには四人の新入り冒険者がいた。奥には、突き飛ばされて震える店主。
店主は女性冒険者で魔法使い。筋骨隆々な男に脅されたら、怯えるしかない。
「ちょっと待った! その喧嘩、私が……って、えっ?」
私は新入りたちの顔を見て、激しく驚いた。
「……ブルーン?」
そう、ナックゴンで私に喧嘩をふっかけてきた冒険者パーティ。ブルーンたち四人組だ。こいつらも迷宮に来てたのね……。
そういえば、私たちがこの村に着いた初日、二階層の落とし穴から落ちていたパーティがいたっけ。あれって、ブルーンたちだったんだ。遠目でよく分からなかったけど、確かにその雰囲気はあったかも知れない。
「ゲッ……ゲゲェッ! 『剣聖』様ぁぁっ!?」
驚いたのは、ブルーンもらしい。
「な……なんで、ここに」
「『なんで、ここに』は、こっちのせりふよ……」
またこの四人組が傍若無人に振るまうのかと思うと、頭痛がしてきた。
……そこに、私の肩を掴む誰かの手。
「どーしたんだ? アリサ」
カナだ。カナも一緒に降りてきたんだ。
そして、人だかりの外には、我関せずといった表情のジル。
「あ、カナ。えっとね……」
私がカナに説明しようとする声を遮って、品のない笑い声が聞こえてきた。
ブルーンが私たちを指差し、腹を抱えて笑い出す。
「奴隷! 奴隷じゃねーか! アーッハッハッハ!」
彼の仲間もそれに連られて笑い、罵る。
「『剣聖』様はとうとう、奴隷まで連れるようなったのか。こりゃ傑作だ!!」
「『剣聖』様も、地に落ちたもんだなぁ? 今なら俺たちでも、『剣聖』に勝てるかも知れねぇな!」
「奴隷……奴隷……奴隷っ! ヒーッヒッヒッ!」
四人全員が、腹を抱えて転げ回る。
ひとしきり笑った後、再び立ち上がって、私に顔を近付けた。
「おい、『剣聖』様よぉ……。この国で奴隷持ちだなんて、みっともねぇ事するんじゃねぇよ。大体、貧相なメスガキの奴隷なんて、なんに使うんだ?」
「その奴隷、俺たちに譲ってくれよ。俺たちが有効活用、してやるからよぉ……」
「その黒い肌、魔族か? 人間に負けたダッセエ魔族とか、笑っちまうよな。角とか無ぇんだろ? それを連れてる『剣聖』とか、本当にみっともねぇな」
「無様! 無様! 無様!」
私の親友を、見た目だけで奴隷扱いして侮辱するなんて……。
刻印があっても、鎖で繋がれていても、カナは私の親友だ。
奴隷なんかじゃない。
「……許さない! 決闘よ、表に出なさい!」
私は怒りに任せて、四人に怒鳴りつけた。
絶対に許さないんだから。




