表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/290

第八十六話 孤村

 男はビッグ・ワンダーと名乗った。

 村の代表……という事らしく、私たちは男の案内で村の中を歩く。


 村には十二軒の家があり、全てこの階層に生えている木で建てたとか。当然、アーチもここ産だった。更に、この階層では果物や野菜も自生していて、生活にも困らないらしい。


「でも、なんでこんな所に村を?」


「ああ、それはな……」


 私の疑問に、男は階層の天井を指差した。


 目を凝らすと、天井の一部に穴が開いている。その穴から、悲鳴を上げて人が降ってきた。そして、下にある池に一直線に落ちて、ずぶ濡れになっている。

 これ、ウォータースライダーだった私たちはましな落ち方だったんだ……。


「こういう訳だ。二階層から、あのクソ人魚(マーメイド)どもに叩き落とされて、上に戻る事も出来ず、この階層の『守護者』が強すぎて……」


「……ボスの事だぜ……」


 カナがそっと小声で補足してくれた。本来、冒険者は『ボス』の事を『守護者』と呼ぶらしく、カナみたいな魔族や異世界から来たジルだけが『ボス』と呼ぶみたい。


「……下にも行けない。仕方なく、ここで生活を始めた冒険者が作った村。それが、『冒険者村』って訳さ。どうせ、ここから出られないんだ。君たちもゆっくりしていくといい」


「ボス……守護者は、本当に倒せないんですか?」


「ああ。あいつらは強すぎる。そこら辺にいるトレントや食人植物とは格が違うんだよ」


 村が出来る程の人数で挑んでも倒せないなんて、一体どんな敵なんだろう。

 この冒険者村は下手な村より賑わっていて、その人口の多さからもボスの強さがうかがえた。


 あいつら、という事は単体でも強い敵が、複数でやって来ると予想出来る。


「まあ、しばらくは宿で体を休めるといい」


 そう言って宿を勧められる。

 彼の話によると、宿の店主や店員も元冒険者だとか。



    §  §  §  §



 宿に泊まった私たちは、ボスへの対策を三人で考える事にした。


「ひいふうみい……十二軒、十二パーティー。あれだけの数でレイドを組んでも、勝てないなんて……今回のボスはバランス悪過ぎですわね」


「「……レイド?」」


 聞き慣れない言葉に、疑問符を投げかける私とカナ。

 レイドトっていうのは一体なんだろう。


「あら……その反応、久しぶりですわね。レイドというのは、複数のパーティで一体のモンスターを倒すクエ……依頼の事ですわ。強過ぎたり、大き過ぎるモンスターは寄ってたかってタコ殴りにすれば勝てる、という理論ですわ」


 爪を噛みながら、小声でもう一言付け加えるジル。


「……ええ。あれは本当に姑息でウザい戦法でしたわ……蟻のような人間がわらわら、わらわらと……」


 大き過ぎるモンスター……ジルもレイド経験者だった訳ね。される側で。

 真竜(ドラゴン)だもの、当然そうなるよね。


「まるで、単騎で真竜(ドラゴン)に挑んだ私が馬鹿みたいじゃない……」


「いいえ。みたい、ではなく『馬鹿』ですわ。ドン・キホーテも真っ青でしてよ」


 よりによって、風車に挑んだドン・キホーテと一緒にされてしまった。

 勝てたのも運良く急所に、あれは痛そうだった……に刺さったおかげだしね。


「……で、ジル。これからどうするの?」


「まずはレイドボスの情報収集ですわね。情報がない事には、対策も練れませんもの」


「ごもっとも」


 私とジルの相談が雑談に変わりかけた時、そこにカナが意見を差し込む。頭をかきながら、面倒くさそうにカナは言う。


「えーと……まずテキトーに挑んで、負けてから対策練るんじゃダメか?」


「負けてからって、死んでからでは遅いですわよ」


 ジルの言う通り、命がけの戦いをしているのに、負けてからでは手遅れだ。

 ちゃんとした対策を考えてからじゃないと、本当に危ない。


「……アリサさん、こういうのを『脳筋』って言うんですのよ……」


 ジルはそっと小声で私に告げた。

 脳筋。それは以前、私がジルに言われた言葉だ。


 ……って、え? じゃあ私、考えなしの子って事?


 カナみたいな子がこうなのは、天真爛漫で可愛いかも知れない。だけど、私がそれだったら、本当にただの馬鹿丸出しじゃない。


 いつもならジルが私に見せる膨れっ面を、今日は私がしてみせた。

 恨みがこもった表情に気付いたジルは、下手な口笛を吹いてごまかそうとする。


「さ……さて、今日は服も乾かさないといけませんし、早めに寝るとしましょう! 細かい打ち合わせは明日ですわ!」


 確かに、服を乾かすのには賛成。

 よく考えると、もう丸一日ずっと迷宮(ダンジョン)を探索して疲れていた。ゆっくり体を休めてからボスに挑むのもありだな、と私も思う。


 ――おやすみなさい。



    §  §  §  §



 そして、翌朝。


 ここの宿屋は、迷宮(ダンジョン)の中とは思えないくらい快適で、ぐっすりと眠れた。

 ジルもお肌がつやつやで、カナも元気になっている。


 ただ……。


「あ、『剣聖の姫君』――おはようございます。夕べはゆっくり寝れましたか?」


 たった一晩で、この村中に私のあだ名が広まった事には、ちょっと不満。

 どうやら、ここに落ちた冒険者の中に王都から来たパーティがいて、それで私の顔を知っていたらしい。王都では私、悪い意味で有名人だからね。


 サービスで出された朝食を食べながらジルに愚痴を零すと、有名税ですわよ、なんて無責任な事を言って笑っていた。ジルの朝食も私の顔で無料(ただ)になってるのに、真面目に考えてくれないなんて、酷い。


 今日の朝食は、酸味の強いオレンジのような果物のジュースに、フルーツサラダ。それに、ヤシのような実から採れる『パンの実』という植物性のパン。食感と香りは確かにパンだけれど、味はお芋のような不思議な果実。


 場所が場所だけに、どうしてもフルーツ中心の食生活になるという話。今日は、『剣聖の姫君』が来た記念という事で、特別に店主が腸詰め肉を振るまってくれた。


 この植物だらけの階層でも、ほんの少しだけ動物系の魔物がいるらしく、それの肉はたまにの贅沢なのだとか。ただ、何の肉かは聞かないでおこう。


「パンの実というのは初めて食べますけど、意外にパンですわね」


「えっ……一万年も生きてて、初めてなの?」


「一万年生きていればなんでも知っている、なんて事はありませんわ。特に食べた事のない食材、行った事のない場所はいくらでもありますの」


「へー……」


 ジルにも分からない事があるんだ。

 今度からは、なんでもジルに聞いてしまわないように気をつけよう。


「一応、パンの実は地球にもある植物ですわよ。アリサさん」


「本当?」


「本当ですわ。真竜(ドラゴン)に分からない事なんて、何一つありませんもの!」


 ……たった今、知らない事もあるって言ってなかった?


 私とジルが雑談をしている間に、カナはパンの実をおかわりしていた。

 カナも、これを大変気に入った模様。

 差し出されたおかわりを、口いっぱいに詰め込むカナ。


 パンを持って来た店主は、カナを見ながら言った。


「しかし、剣聖様が魔族奴隷をお連れになっているなんて珍しいですね」


「奴隷じゃないわ。親友よ」


「それは失礼しました。……そういえば、王都では他国から救出された魔族奴隷の方が、魔法学校の手によって解放された、なんて話もありましたね」


 店主は顎に手を当てながら、思い出すように話した。


「なんでも、折れた角の治療は無理だったそうですけど、奴隷刻印を消して、鎖を外せたとかで……」


 奴隷刻印を消して、鎖を外せた……?


「それ、本当!?」


 私は、思わず両手でテーブルを強く叩いてしまう。

 急に立ち上がった私に驚く店主。


「……え、ええ。魔法学校の先生が刻印を消す魔法を開発したとか」


 私の急変した態度に戸惑いながらも、店主は答えてくれた。


 これで、私たちが迷宮(ダンジョン)を出た後の、次の目的地は決まった。

 カナを……奴隷という立場から開放しよう!


 私は心に固く誓った。


 ……当のカナは、そんな事を気にするでもなく、リスのようにパンを頬ばっていたけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 作者さん、最近の更新はお疲れ様です! ダンジョンはかなり難しいぽいですね、アリサさん達の実力でも手こずったし、多数の冒険者が脱出出来ないし。しかし魔族が管理していても融通が利かないでしょうか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ