第八十六話 孤村
男はビッグ・ワンダーと名乗った。
村の代表……という事らしく、私たちは男の案内で村の中を歩く。
村には十二軒の家があり、全てこの階層に生えている木で建てたとか。当然、アーチもここ産だった。更に、この階層では果物や野菜も自生していて、生活にも困らないらしい。
「でも、なんでこんな所に村を?」
「ああ、それはな……」
私の疑問に、男は階層の天井を指差した。
目を凝らすと、天井の一部に穴が開いている。その穴から、悲鳴を上げて人が降ってきた。そして、下にある池に一直線に落ちて、ずぶ濡れになっている。
これ、ウォータースライダーだった私たちはましな落ち方だったんだ……。
「こういう訳だ。二階層から、あのクソ人魚どもに叩き落とされて、上に戻る事も出来ず、この階層の『守護者』が強すぎて……」
「……ボスの事だぜ……」
カナがそっと小声で補足してくれた。本来、冒険者は『ボス』の事を『守護者』と呼ぶらしく、カナみたいな魔族や異世界から来たジルだけが『ボス』と呼ぶみたい。
「……下にも行けない。仕方なく、ここで生活を始めた冒険者が作った村。それが、『冒険者村』って訳さ。どうせ、ここから出られないんだ。君たちもゆっくりしていくといい」
「ボス……守護者は、本当に倒せないんですか?」
「ああ。あいつらは強すぎる。そこら辺にいるトレントや食人植物とは格が違うんだよ」
村が出来る程の人数で挑んでも倒せないなんて、一体どんな敵なんだろう。
この冒険者村は下手な村より賑わっていて、その人口の多さからもボスの強さがうかがえた。
あいつら、という事は単体でも強い敵が、複数でやって来ると予想出来る。
「まあ、しばらくは宿で体を休めるといい」
そう言って宿を勧められる。
彼の話によると、宿の店主や店員も元冒険者だとか。
§ § § §
宿に泊まった私たちは、ボスへの対策を三人で考える事にした。
「ひいふうみい……十二軒、十二パーティー。あれだけの数でレイドを組んでも、勝てないなんて……今回のボスはバランス悪過ぎですわね」
「「……レイド?」」
聞き慣れない言葉に、疑問符を投げかける私とカナ。
レイドトっていうのは一体なんだろう。
「あら……その反応、久しぶりですわね。レイドというのは、複数のパーティで一体のモンスターを倒すクエ……依頼の事ですわ。強過ぎたり、大き過ぎるモンスターは寄ってたかってタコ殴りにすれば勝てる、という理論ですわ」
爪を噛みながら、小声でもう一言付け加えるジル。
「……ええ。あれは本当に姑息でウザい戦法でしたわ……蟻のような人間がわらわら、わらわらと……」
大き過ぎるモンスター……ジルもレイド経験者だった訳ね。される側で。
真竜だもの、当然そうなるよね。
「まるで、単騎で真竜に挑んだ私が馬鹿みたいじゃない……」
「いいえ。みたい、ではなく『馬鹿』ですわ。ドン・キホーテも真っ青でしてよ」
よりによって、風車に挑んだドン・キホーテと一緒にされてしまった。
勝てたのも運良く急所に、あれは痛そうだった……に刺さったおかげだしね。
「……で、ジル。これからどうするの?」
「まずはレイドボスの情報収集ですわね。情報がない事には、対策も練れませんもの」
「ごもっとも」
私とジルの相談が雑談に変わりかけた時、そこにカナが意見を差し込む。頭をかきながら、面倒くさそうにカナは言う。
「えーと……まずテキトーに挑んで、負けてから対策練るんじゃダメか?」
「負けてからって、死んでからでは遅いですわよ」
ジルの言う通り、命がけの戦いをしているのに、負けてからでは手遅れだ。
ちゃんとした対策を考えてからじゃないと、本当に危ない。
「……アリサさん、こういうのを『脳筋』って言うんですのよ……」
ジルはそっと小声で私に告げた。
脳筋。それは以前、私がジルに言われた言葉だ。
……って、え? じゃあ私、考えなしの子って事?
カナみたいな子がこうなのは、天真爛漫で可愛いかも知れない。だけど、私がそれだったら、本当にただの馬鹿丸出しじゃない。
いつもならジルが私に見せる膨れっ面を、今日は私がしてみせた。
恨みがこもった表情に気付いたジルは、下手な口笛を吹いてごまかそうとする。
「さ……さて、今日は服も乾かさないといけませんし、早めに寝るとしましょう! 細かい打ち合わせは明日ですわ!」
確かに、服を乾かすのには賛成。
よく考えると、もう丸一日ずっと迷宮を探索して疲れていた。ゆっくり体を休めてからボスに挑むのもありだな、と私も思う。
――おやすみなさい。
§ § § §
そして、翌朝。
ここの宿屋は、迷宮の中とは思えないくらい快適で、ぐっすりと眠れた。
ジルもお肌がつやつやで、カナも元気になっている。
ただ……。
「あ、『剣聖の姫君』――おはようございます。夕べはゆっくり寝れましたか?」
たった一晩で、この村中に私のあだ名が広まった事には、ちょっと不満。
どうやら、ここに落ちた冒険者の中に王都から来たパーティがいて、それで私の顔を知っていたらしい。王都では私、悪い意味で有名人だからね。
サービスで出された朝食を食べながらジルに愚痴を零すと、有名税ですわよ、なんて無責任な事を言って笑っていた。ジルの朝食も私の顔で無料になってるのに、真面目に考えてくれないなんて、酷い。
今日の朝食は、酸味の強いオレンジのような果物のジュースに、フルーツサラダ。それに、ヤシのような実から採れる『パンの実』という植物性のパン。食感と香りは確かにパンだけれど、味はお芋のような不思議な果実。
場所が場所だけに、どうしてもフルーツ中心の食生活になるという話。今日は、『剣聖の姫君』が来た記念という事で、特別に店主が腸詰め肉を振るまってくれた。
この植物だらけの階層でも、ほんの少しだけ動物系の魔物がいるらしく、それの肉はたまにの贅沢なのだとか。ただ、何の肉かは聞かないでおこう。
「パンの実というのは初めて食べますけど、意外にパンですわね」
「えっ……一万年も生きてて、初めてなの?」
「一万年生きていればなんでも知っている、なんて事はありませんわ。特に食べた事のない食材、行った事のない場所はいくらでもありますの」
「へー……」
ジルにも分からない事があるんだ。
今度からは、なんでもジルに聞いてしまわないように気をつけよう。
「一応、パンの実は地球にもある植物ですわよ。アリサさん」
「本当?」
「本当ですわ。真竜に分からない事なんて、何一つありませんもの!」
……たった今、知らない事もあるって言ってなかった?
私とジルが雑談をしている間に、カナはパンの実をおかわりしていた。
カナも、これを大変気に入った模様。
差し出されたおかわりを、口いっぱいに詰め込むカナ。
パンを持って来た店主は、カナを見ながら言った。
「しかし、剣聖様が魔族奴隷をお連れになっているなんて珍しいですね」
「奴隷じゃないわ。親友よ」
「それは失礼しました。……そういえば、王都では他国から救出された魔族奴隷の方が、魔法学校の手によって解放された、なんて話もありましたね」
店主は顎に手を当てながら、思い出すように話した。
「なんでも、折れた角の治療は無理だったそうですけど、奴隷刻印を消して、鎖を外せたとかで……」
奴隷刻印を消して、鎖を外せた……?
「それ、本当!?」
私は、思わず両手でテーブルを強く叩いてしまう。
急に立ち上がった私に驚く店主。
「……え、ええ。魔法学校の先生が刻印を消す魔法を開発したとか」
私の急変した態度に戸惑いながらも、店主は答えてくれた。
これで、私たちが迷宮を出た後の、次の目的地は決まった。
カナを……奴隷という立場から開放しよう!
私は心に固く誓った。
……当のカナは、そんな事を気にするでもなく、リスのようにパンを頬ばっていたけど。