第八十五話 三階層
「また貴重な素材ですわ!」
ジルが、倒した魔物の部位を胸の中へとしまっていく。
拾っては胸に、拾っては胸に。
ここの魔物はどれも珍しい薬の原料になるらしく、倒した先からジルが大喜びで回収していった。
「流石は三階層ですわ。これで私たち、大金持ち確定ですわよ!」
激しく興奮していて、手がつけられない。
私と命をかけて戦った時よりも、ジルは心を踊らせていた。
「稼いだって、どうせジルの食費になっちゃうのに……」
「胸か腹かの違いだろ? いーじゃん。テメーの分はテメーで稼ぐってコトで!」
「それもそうね」
雑談を交えながら、襲いかかってくるトレントを斬り伏せて進む。
トレント――いわゆる動く樹木だ。大きさは二、三メートル。根っこを足代わりにして歩き、枝を鞭のようにしならせて攻撃する。
「それにしても……三階層が全部、木で出来た森の階層だったなんてね……」
「ああ。それが迷宮ってもんだぜ。面白ーだろ?」
私たちの目の前に広がる風景。
それは見渡す限りの、木、木、木……そして、たまに蔦。
視界が茶色と緑色しか存在しない、鬱蒼とした密林だった。
出てくる魔物も、トレントに、動く蔦、木の精ドリアード、人食いラフレシア、……それに巨大ウツボカズラ。
「きゃああっ……!」
素材集めに気を取らていたジルが、巨大ウツボカズラに丸呑みにされてしまう。植物の気配なんて察しようがないから、厄介といえば厄介な敵だった。
「おっと危ねえ。《火球》!」
相手が相手だけに、カナの《火球》はこの階層でも猛威を振るう。木に蔦に、草に花……全部、《火球》で燃やせる敵ばかり。
カナのおかげで、ジルは少しの火傷を負うだけで無事に生還出来た。
どうしてこの階層が、植物ばかりかというと……。
§ § § §
「きゃあああっ!!」
「これは楽しいですわー!」
「おおーっ! 面白ーっ!」
二階層から三階層へ向かうすべり台。
それは、ただのすべり台ではなく階層間の水を供給する水路でもあった。
いわゆる『ウォータースライダー』になっていて、すべり降りるというよりは、すべり落ちるといった状態。
私たちはもの凄いスピードで流され、落ちていく。
すべりながら見えた景色は、樹齢が何千年もありそうな大樹の周りに木々が生い茂っている密林だった。
二階層から無限に降り注ぐ水が、三階層では沢山の植物を育んでいた。
ここでは、階層同士の共存関係が成り立っている……という訳。
私たちは、ウォータースライダーの心地よさと、絶景の眺めに酔いしれた。そんな折、ふとジルを見ると……。
「ジル、裾めくれてる!」
「えっ……あっ、きゃああっ!」
私はスカートの下がレギンス、カナはホットパンツだからいいけど、ジルはちょっと恥ずかしい姿になっていた。必死に法衣の裾を押さえるジル。
「まあ……女同士だし、いいじゃない」
「よくありませんわ。これは恥じらいの問題ですわーっ!」
叫びながらすべり落ちていくジル。私たちもそれに続く。
長いすべり台の終着点は、大きな池。
そこに三人仲良く突っ込むと、高い水しぶきが上がって小さな虹が浮かんだ。
「びしょびしょですわ……」
「《浄化》と、たいして変わらないじゃない」
「だな」
頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れで、おかしくなって三人で笑いあった。
しばらくして、カナが《火球》で焚き火を起こす。そして、近くの木で服を乾かしながら、裸で座ってこれからの事を相談した。
「どうやら、ここはジャングルで出来た階層のようですわね……」
「そうね」
辺りを見渡すと、どこもかしこも木々ばかり。
さしずめ、植物の楽園……とでも言ったところ。
「これは間違いなく、迷いますわよ?」
「そこは、ジルの『必殺魔法』でどうにか出来ない?」
「そんな都合のいい魔法はありませんわ」
炭鉱のような洞窟に始まり、水の天井、それに今度は密林なんて。
迷宮という場所は、本当に不思議に満ちている。
「じゃーさ、アタシが木に登りながら指示すっから、まずはさっき見たでっけえ木に向かうってのは……どーだ?」
「そうしましょう」
「ですわね……」
カナの意見に二人で賛同する。
行き先は決まった。目指すはあの大樹。
そこまで行けば、この階層を攻略するヒントがあるかも知れない。
……そう思って立ち上がった私たちの周囲で、木々のこすれ合う音が聞こえた。
「……っと、早速お出迎えのようだぜ?」
カナが楽しそうに微笑む。その両手には、いつの間にか短剣が握られていた。
私も魔法剣を創り出す。ジルも胸から錫杖を取り出した。
でも……服は全員、木の上。
三階層の一戦目、ひょっとして私たち丸裸で戦うの!?
――結果としては、相手がトレント数体だったから裸でも勝てた。
すぐさま全員、そそくさと服を着て出発の準備をする。まだかなり濡れているけど、贅沢は言ってられない。
「行くよ、ジル……。どうしたの?」
「こ……こ……」
ジルが打ち震える。
「これは……凄いお宝ですわああーっ!!!」
トレントの根や葉、それに枝にいたるまで全てが、薬の素材だとジルは飛び上がって喜んだ。
§ § § §
……という顛末。その後も素材になる魔物を狩りながら、大樹へと向かった。
進めば進む程、ほくほく顔になるジル。こんなに喜んでいる彼女を見るのは、初めてかも知れない。
薬作りも彼女の仕事だから、余程嬉しかったのだろう。
そんな宝の山ならぬ、宝の密林を彷徨う事……数時間。
カナの的確な案内もあって、ようやく目的地に到達した。
巨大過ぎる程に巨大な木。これが、山の地下に生えているなんて信じられない。
見上げると、遠くに岩肌で出来た天井が見える。……地下なのは確かだ。
「ざっと、樹齢一万年以上はありますわね。私と同い年……と言ったところでしょうか?」
「ジルって、やっぱり凄いお婆……」
「それ以上言ったら、殺しますわよ?」
ジルが顔を真っ赤にして、頬を膨らませながら私を睨んでいる。
このままからかい続けたら、脅しではなく本当に殺されてしまいそうだ。
さておき、この大樹のふもとにはもう一つ、不思議なものがあった。
木を組み合わせて作ったアーチ。それには『冒険者村にようこそ』と、人間の言葉で文字が彫られていた。
大きなアーチをくぐると、木造の建物がいくつも並んでいる。
「迷宮には場違いな建造物ですわね……」
「冒険者……村?」
「なんだこりゃ……」
きょろきょろと見渡す私たち。
そんな私たちに、にこやかな笑顔で男が近付いてきた。古びた革鎧に、腰には小剣と弩弓。見るからに冒険者、といった風体の男だ。
そして彼は私たちの目の前に来ると、大声でこう叫んだ。
「ようこそ『冒険者村』へ! ……ここは、冒険者による冒険者のための村だ!」