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第八十四話 ボスⅡ

 私たちの目の前に現れたのは、巨大なクジラ。

 こんなのに押し潰されたら、きっとひとたまりもないだろう。


 部屋は完全な行き止まりだし、今度こそボス……だと思う。


 私とカナは、それぞれの武器を構えて臨戦態勢を整えた。

 しかし、そこにジルが叫んで静止をかける。


「二人共、お待ちなさい……! 何やら様子がおかしいですわ!」


 ジルに言われて確認してみると、本当に今までの敵とは雰囲気が違う。


 その巨体で私たちに迫ってくる訳でも、何かしらの攻撃手段を繰り出してくる訳でもなく、ただ広い部屋の中央でおとなしくしている。しかし、何もしてこないからといって、不用意に近付く訳にもいかない。


 しばらく私たちが武器を持ったまま何もしないでいると、クジラは頭を軽く揺らした。まるで、こっちに来いと言っているかのよう。そして、きゅうんと大音声ではあるものの、優しげな声で鳴いた。


「近付け……と、言っているようですわ」


 ジルも同じように感じた様子。


 私たち三人はおそるおそる、警戒しながらクジラの下へと近付いた。

 すると、クジラが私たちの方を向いて、ゆっくりと口を開く。そして小さく頭を振った。まるで、『口の中に入れ』と言っているように見える。


 殺気や敵意といったものは全く感じられない。


「入れ……と、言っているようですわね」


「そうね……」


「食われたりしねーだろうな……?」


 三人で相談をしていると、クジラは一旦口を閉じて、目をこちらに向けてきた。つぶらで澄んだ瞳が私たちを見つめる。


「信じましょう。触っても……ほら、何もしてきませんわ」


「それなら、私も信じる」


「いざって時は、口ん中で暴れりゃいいしな」


 三人の意見は一致した。

 私たちの話している内容が分かるのか、クジラはまた口をこちらに向け、ゆっくりと開いた。


「行ってみましょう……」


 口の中へと入る。

 このまま飲み込まれてお終い……なんて事はなく、開けた時と同じように静かに口を閉じてくれた。中は温かく、でも決して不快ではない。


 少しすると、口の中が地震のように大きく揺れる。


「動き出しましたわね……」


 ジルが言う。


「どこへ連れていこうと言うのでしょうか?」


 乗ってしまったからには後戻りは出来ない。例え騙されていたとしても、このクジラが次に口を開けるまで待つしかない。


 私たちを口に入れて、クジラは天井……深い水の中を泳ぎ続けた。



    §  §  §  §



 やがて、目的地にたどり着いたのか、中がまた強く揺れた。

 緩やかに……しかし大きく口が開いて、光が差し込んでくる。


 そこは今までの二階層とは逆さまの場所。


 壁と同じ石によって出来た天井。本来なら見慣れている普通の建物の構造だけど、ずっと二階層を彷徨い続けた私たちには、違和感というか不思議な奇妙さを感じさせた。


 逆に足元が水で満たされている。クジラの体がある場所だけが深い淵になっていて、口から先だけが浅瀬……と言っていいかは分からないけれど、浅い段になっていた。水の深さは膝か、それより少し上程度。


 私たちが口から出ると、クジラはもう一度きゅうんと鳴き、水しぶきをあげて淵の底へと去っていった。


 そして目の前には、巨大な鋼の扉。豪華な装飾も施された『ボス部屋』の扉があった。彼――それとも彼女は、本当に迷宮(ダンジョン)の案内役だったのだろう。


 クジラに心の中でお礼を言うと、私たちは扉に手をかけた。



    §  §  §  §



 部屋の中は、やはり膝上程度の水で満たされた、上下が逆さまではない部屋。

 広さは二十メートル四方といったところで、天井も結構な高さがある。


 部屋の中央には小さな岩場。岩礁とでも言った方がしっくりくる岩が水面から顔を出していた。


 その岩の上には、裸の女の子。

 長い髪をたなびかせ、岩に手をついて座っている。ボス部屋にいるわけだから勿論、普通の女の子ではない。


 下半身が魚。まるでおとぎ話に出てくる『人魚姫』だった。


人魚(マーメイド)……ですわ」


 ジルが説明した。


「クジラに人魚……海の生き物ばかりこんな山奥に……。あの天井といい、もう(わたくし)の頭がどうにかなってしまいそうですわ」


「……タコやサメ、それにサハギンも海の生き物ですわよ?」


 頭をかきむしりながら混乱するジルに、カナと比べても劣る事のない可愛らしい声が答えた。……確かに言われた通り、タコやサメも海の生き物だ。


 その声の主は、人魚。

 そういえばおとぎ話の人魚姫も、魔女に奪われる程の美しい声という話だった。


「久しぶりに冒険者さんが来たと思ったら、そんなどうでもいい事に驚くなんて。普通、冒険者さんというのは、何の理屈も考えずに私たちに襲いかかってくるものですわ」


 確かに目の前の人魚が言う通り、今まで私が見てきた冒険者はあまり理屈では動かない。とりあえずぶん殴って、難しい事は後から考える人が多かった。


「ねえ、カナ。あれも魔族……なの?」


「いや、亜人(デミヒューマン)だ。多分、管理者に雇われているだけのボスだろーな」


「ご名答。私たちは、この迷宮(ダンジョン)の管理者さんからご飯と棲む場所を貰って、この階層を守護してますの」


 カナの予想に人魚が即答する。声の美しさと相まって、その反応が小気味よい。

 嘘は言っていなさそう。何故か信用できる声だった。


「私……たち?」


「ええ。代表で私一人がここに立ってますの。だって、冒険者さんに皆殺しにされたら、ここに棲んでる意味ありませんもの」


「ごもっともな話ね。で、戦うの?」


「いいえ。一応、管理者さんから武器は貰ってますけど……」


 岩の後ろから、サハギンの持っていたものと同じ三叉の(もり)を取り出す。

 しかし、彼女はその銛をぽいっと投げ捨ててしまった。

 そして私に向き直ると、話を続ける。


「私たち、争いは苦手なんですの。ですからここは、戦わないで次の階層に行って戴けると嬉しいのですけど。……冒険者さんたちが来るたびに死人魚や怪我人魚が出るのは、私たちも不本意ですの」


 とても穏やかな笑顔で人魚が微笑む。


「いつもなら適当に逃げ回って、そこにある次の階層への落とし穴に落とすのですけど、お姉さんたちは話が通じそうですから……」


「ただで通してくれるって事?」


「勿論ですわ。私たちはここで平和に暮らしたいだけですもの。特別に落とし穴ではない抜け道にご案内して差し上げますわ」


「悪くない話ね……」


 流石に、こんなに声も見た目も可愛らしい女の子を斬るのは私も忍びない。

 何の苦労もなく次に行けるなら、それに越した事はない訳だし。


「その話、乗ったわ」


 カナもジルも、私の言葉に頷く。


 私たちは人魚に案内されて、奥の扉へと案内された。

 人魚が軽やかな歌声を響かせると、その歌声に合わせて次第に扉が開いていく。


 やがて扉が開き切ると、そこには下へと降りる坂……というよりは、すべり台が用意されていた。下は真っ暗で見えないけれど、罠ではなさそう。だって、人魚の声に嘘は感じられなかったから。


「さあ、ここから滑り降りて下さい。お姉さんたちのご武運をお祈りしてますわ」


 人魚に促され、私たちはすべり台に腰をかけた。

 ……次は第三階層。次の階層では、何が私たちを待っているんだろう。

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