第八十一話 二階層Ⅱ
最初の一匹に続いて、次々と天井へと跳び上がっていくサハギン。
見上げながら数えると、一匹、二匹……合わせて五匹もいる。
――五匹。
また戦隊の数。本当にこの世界は私に厳しい。
今度は、魔物が私の先を越してきた。本当は、私を困らせるためだけにそんな事はしない……というのは分かっているけど、心なしかポーズを決めているようにも見え、何者かの作為を感じてしまう。
もう、敵に先を越されたからって、くよくよするのはやめよう。きっと女神様が私に意地悪……いや、試練を与えているんだと考える事にした。
そのためにも、一刻も早く私のパーティを『戦隊』に昇格させないと。
まずは、『ケンセイジャー』の戦隊名……じゃなかった、パーティ名を二人に認めさせるところから……。
なんて考えていると、ふいに天井からサハギンが飛び込むように突進してきた。飛び上がってきたのか、それとも飛び込んできたのか。銛をまっすぐに構えて、私目がけて突っ込んでくる。
間一髪でそれを躱すと、次は横薙ぎに銛を振るった。それも後ろに大きく跳んで避ける。動きが早過ぎて目で追うのがやっとだけど、なんとかぎりぎりで避けきる事が出来た。
しかし、更に上からもう一匹。
一匹目の横薙ぎにぴったりと合わせるように、私の避けた先に降ってきた。目の前の敵に集中している状態では、上からの落下攻撃までは躱し切れない。二匹目の銛が私の頬をかすめ、床へと突き刺さった。
避け損ねた頬から、血が一筋流れる。
床に食い込んだ銛を抜こうとする二匹目。私がその隙に一撃を与えようとすると、そこを狙って三匹目が突撃し、私を飛び退かせた。
速い上に、連携まで取れている。
伊達に五人揃っている訳じゃない。鈍重そうな見た目だからと舐めていた私に、この魔物たちは手痛い一撃を加えてきた。
私が後ろへと跳んだのを見て取ると、一匹目が天井へと戻っていき、新たな攻撃の準備を始める。膝を曲げて両足に力を溜め、私が一瞬でも止まる瞬間を待ち構えている。
そして、一匹目の追撃を二匹目が行い、二匹目の隙を三匹目が消したように、四、五と次々に飛び降りてきては、代わるがわる攻撃を放ってくる。五匹目が終わると、準備の整った一匹目が降ってくるという、終わらない連鎖になっている。
時には交代で、時には数匹が同時に襲ってきて、私を翻弄する。
「ちょっと……これ、一人じゃ無理!」
「分かったぜ、守りはアタシに任せな!」
カナが部屋の中央、私のいる所へと躍り出る。
次々と上から襲ってくるサハギンたちを短剣で受け流していく。
上から、横から、正面から、後ろからと立体的に跳び回って、私たちに大量の刺突が襲いかかる。私を庇いながらそれを受けるカナ。けれど、カナも受けるだけで精一杯。その上……。
「くっ……!」
カナが苦悶の声を上げる。
振り返ると、避け損ねたカナの肩を、銛の三つの刺先が貫通している。
痛みで一瞬動きが止まったカナに、追加で降りてきた残り全てのサハギンが狙う。確実にカナを仕留める気だ。
「このおおぉぉっ!」
私はカナの前に出て、大振りで剣を横に払う。こんな振りでは斬れるものも斬れない。でもこれは一撃を与えるためではなく、サハギンを散らすため。
敵を倒す事より、カナの方が大事だ。
脅しで放った大振りに乗せられ、サハギンは一斉に後ろへと飛びすさる。大きく跳んでくれたおかげで、カナに刺さった銛を抜くための時間は手に入れた。
「カナ! 大丈夫!?」
「大丈夫だ……だから、戦いに集中しろ……っ」
時間がない。早く引き抜かないと。
……しかし、銛には鋭い『返し』が付いていた。無理に引き抜くとカナの肩がずたずたに裂けてしまう。カナはこのままで戦うしかない。ごめん、カナ。
でも、どうして魔法武器しか効かないはずのカナに、一撃を加える事が……?
「付与魔法、《武装付与》ですわ! こいつら、魔法まで使えますわ……!」
……魔法!
部屋全体の淡い光に隠されてしまっていて気付けなかったけど、よく目を凝らしてみると、それぞれの銛が薄ぼんやりと光っている。確かに魔法がかかっているのが分かる。
普通の武器が効かないカナでも、魔法はそのまま効いてしまう。
サハギンの使う《武装付与》は、カナにとっての鬼門だった。
「《加速》……」
苦痛を堪えながらも、私に魔法をかけてくれるカナ。
「こいつを忘れてたぜ……これで、ちったあ楽になんだろ。後は、頼んだ……!」
魔法の効果で体が軽くなる。
これなら、あいつらの速度と対等に渡りあえる!
魔法をかけた隙を狙って、再び飛び込んできたサハギンが同時にカナを襲う。
「《神盾》――!」
ジルからカナへ支援魔法が飛ぶ。いくつもの銛を光の盾が受け止めた。
ぴったりのタイミングでの支援魔法。
「ジル、流石!」
「そんな事よりも、早く倒してしまいなさい!」
「わかった!」
カナとジルの魔法のおかげで安心して戦える。更に――。
「《剣創世》っ!!」
もう一本。二刀でもって、私はカナを襲ったサハギンを切り裂いた。
更に、隣の仲間が倒されて動揺している隙を狙い、もう一匹も仕留める。
二匹が倒れた事で、一気にサハギンたちの連携が崩れ出した。
何より数が減った事で、カナが《火球》を唱える隙が出来た。
肩の苦痛など、まるでないかのように《火球》を連打するカナ。
《火球》連打は、私にはちょっと嫌な思い出があるけど……今は黙っておこう。
十発近く撃ち込んだ《火球》の一つが、飛び込み中の敵を撃墜する。落ちてきた黒焦げのそれを、カナが短剣でとどめを刺す。残るは二匹。
片方は、カナの与えてくれた《加速》のおかげで、簡単に仕留める事が出来た。跳んでくる敵に合わせて、少しだけ体の軸をずらす。そして、そこに切っ先を置いておくだけで、勝手に刺さって自滅してくれた。
最後の一匹はジルが対峙していた。突撃をジルの《神盾》に阻まれると、そいつは即座に天井へと戻った。しかし、部屋に味方が一匹もいない事に気付くと、途端に降りるのをやめた。
「卑怯ですわよ!」
錫杖の柄尻、その端を持って精一杯間合いを延ばして頑張るジルだけれど、天井に穂先を届かせるのがやっと。鋭い攻撃にはならず、ひょいひょいと簡単に避けられてしまっている。
ジルが疲れて息を荒げたところで、特有の声のない高笑いで挑発をしてきた。
「まったく……失礼ですわ! 降りて来なさい!」
そこに手の空いたカナが、《火球》を大量に打ち込む。
それを必死に避けているところに、今度は私が魔法剣を投げつける。カナは《火球》を、私は剣を創っては投げてを繰り返した。丁度、私が最初に受けた攻撃とは逆の立場になる。
いくらサハギンが素早いといっても、いつまでも逃げ続ける事は不可能で、最後には私の剣が命中。腹に深々と剣が刺さり、床へと落下した。
そこにカナが駆け込んで、首をかき切ってとどめを刺す。
――私たちは、サハギンに勝利した。
§ § § §
「ごめん、ちょっと痛いと思うけど我慢してね?」
私はカナに刺さった銛を押し込む。痛みで叫びを上げるカナ。
素早く後ろに回って、急いで……でも冷静に、カナを傷つけないように『返し』だけを正確に切り落とす。
すぐさま、ジルが銛の本体を正面から引き抜いて――。
「《治癒》」
肩の傷を治す。ついでに私の頬も治してくれた。
「全く、とんでもない迷宮ですわ!」
「そーかー? アタシは面白ーと思うぜ?」
私はジルの意見に賛成。
だけど、カナはあんな怪我をしたにもかかわらず楽しんでいる。
六歳の頃からずっとカナとは組手をしているけど、カナは……というより、魔族は強敵と戦うのが好きな種族みたい。それが、命がけの戦いでも。
そして部屋の奥にあるもう一つの扉を開け、私たちは探索を再開した。