第十一話 旅立ち
「てえええぇぇぇいっ!!!」
雄叫びを上げる私の手元に魔力で出来た剣が現れ、それを握る。
あの熊の時とよく似た、軽くて鋭い長剣。
黒色の魔法剣は魔族特有の色らしく、私が創った剣では普通の鉄色になってしまうけれど、形も切れ味も格段に良くなっていた。
創り出した魔法剣を振るって、目の前に迫る巨大な《火球》――直径およそ二メートル。私の身長よりも大きな炎の魔法を縦真っ二つに切り裂く。
炎は二つに分かたれ、私の左右へと軌道をそらしながら後ろへと飛んでいった。
割れた炎に振り返る事もなく前方へと走ると、少し遅れたタイミングで二つの炎が後方に着弾し、激しい爆発音が聞こえた。
その爆風を追い風に、私は加速して距離を詰める。
目の前には高位の魔族……相変わらず背は低く、その愛らしい顔立ちからは想像出来ないような魔法を放つ少女、カナ……が待ち構えていた。
《火球》を撃ち終わり、前へと右手をかざしたままでいるカナへと駆け寄る。
カナも空いている左手で腰の短剣を抜き、私の剣を受け止めた。
魔族のカナと、人間の私……その力の差は歴然。
片手一本、短剣一本で、私の全力の一撃を易々と受け止めてしまう。
その力を脇へとそらして短剣を流し、勢いに乗って回転する体でもう一撃。
今度は右手の短剣で受け止められる。
数度、長剣と二刀の短剣で打ち合わせた後、私の大上段からの唐竹割り。
本気で殺すつもりで打ち込まないと負ける――迷いなく放つ、私の斬撃。
短剣を十字に重ねて受け止められてしまうが、受けた短剣を弾いて喉を突く。
私は喉元寸前でぴたりと剣を止めた。
「――参った、アタシの負けだ」
舌打ちして、両手を上げるカナ。
ふうと一息、互いに緊張を解く。
あれから――九年。
私とカナは十五歳。この世界での成人を迎えていた。
§ § § §
再会したあの日から、二人で毎日のように逢っては修行をしていた。
この世界は以前の世界と違って、鍛えれば鍛えただけ際限なく強くなれる。女神様の言っていた『ゲームのような世界』というのも頷ける。
私は、前の世界での常識からは考えられないような身体能力を得ていた。
更にこの九年で、足場の悪い森の中でも戦えるように、剣道の形とパルクールの技を組み合わせた自己流剣術を編み出した。
そう、『戦隊』みたいに格好よく戦える剣術を――!
カナも九年の研鑽で、直径二メートルもの巨大な《火球》を操れるようになっていた。短剣さばきにも磨きがかかり、段位持ちだった私の剣と肩を並べる程の実力に。
二人共、以前遭遇したキメラ程度なら一撃で屠れる実力を手に入れた。
もう、『赤の森』には私たちの命をおびやかす魔物はいない。
「アリサ……ホント、おまえ強くなったよな」
日に一度の『組手』。今回は私が勝ったけど、勝率は今日でぴったり半分。
「魔族と本気で闘り合ってこれって、かなりバケモンじみてるぜ?」
化け物だなんて、失礼な。私はカナを膨れっ面で睨みつける。
「おいおい、なんて顔してんだ。魔族と互角なんて、バケモンでしかねーだろ」
名前通りの小鳥のような声で笑い飛ばすカナ。
「フツー魔族っつったら、二本角でも人間十人がかりでやっとだって言うぜ?」
話によると、魔族たちの王……いわゆる『魔王』が九本、失踪中の王子でさえ五本。四本も角があるカナは相当に格が高いらしい。
二本角で十人がかりなら、カナは一体何十人がかりになるんだろう。
それなら、そこまでの力の持ち主であるカナが、本気で私の相手をしているとは思えない。
「カナだって、手加減してるんでしょ?」
「してねーよ。本気でやってアレだ。アリサ相手じゃ、殺す気でかかんねーと負けちまうよ」
カナも真剣勝負のつもりだったなんて。
でも、いくらなんでも『二本角でも十人がかり』なんて、結構盛ってるでしょ?
それじゃ、私……本当に化け物じゃない。
「……さてと、今日の狩りに行こうぜ?」
組手と、そして『狩猟者』としての狩り。
これが日課になっていた。
§ § § §
それから、角ウサギや角オオカミ、それに角ヘラジカとも戦った。ヘラジカの時点で立派な角が生えているのに、真ん中にも鋭い角がある大鹿。
……なんか、この森の魔物って角生えてる奴多くない?
ともかく、人々の脅威となる魔物を二人で狩った。
私とカナの連携も九年で磨き上げられ、的確に魔物達を追い詰める。
「アリサ、そっち行ったぞ!」
「任せて!」
森が焼けないよう、小さく撃った《火球》でカナが角ヘラジカを追い立てる。
ヘラジカは巨大だけど、昔倒した熊やキメラよりは小さい。
その進路に私が待ち構え、無詠唱で創り出した剣で一刀両断に斬り捨てる。
魔物を討伐するのにも、とまどいは感じなくなった。
ウサギ三匹にオオカミ三匹、それにヘラジカを仕留めたところで一休み。
でも、今日はいつもの休憩とは少しだけ違っていた。
「……行くんだな」
「うん」
十五になった私は、各所から見合いの話が来ていた。
貴族の娘に生まれた宿命。他の貴族に嫁ぐか、それとも婿を取って家を継ぐか。
どちらにしても、結婚して子を成せという話になっている。
十五で結婚なんて、日本の常識では早過ぎる。
何より結婚なんかしたら、戦隊を目指すという私の夢が潰えてしまう。
だから私は考えた。一度、この領を離れる。
かといって、ただ領を出て流浪の旅をするのでは、両親に申し訳が立たない。
仮にも、私の家は貴族だ。長女が家出なんてしたら、家名に傷が付いてしまう。
そこで、残された選択肢がこれだ。
「私――騎士学校に行くよ」
この国には騎士という職業があって、その養成学校が王都に存在する。
お金さえ積めば誰でも入れるらしい。
……その学校に入学する。
幸い、今まで魔物を狩ってきた報酬は結構な金額で、家のお金――つまり、領民の血税に手を付けなくても、十分学校へ行けるお金を稼いでいた。
質素に暮らせばという条件付きだけど、三年分の生活費も作れた。
このお金と、ジーヤの口添えが決め手で両親を説得出来た。
それに……。
「二年前に妹も生まれたしね。安心して王都に行けるよ」
家督や嫁入りは妹に任せる事が出来る。
まあ……父上には、せっかく第一王子との縁談も有るのにもったいない……と言われたけど、冗談じゃない。王族の妾になっている暇なんて私にはない。
私には『戦隊』……『冒険者』になるっていう夢があるんだ。
騎士学校に入ると、三年間という長い期間、学校に拘束される事になる。
貴族は十五になってすぐに結婚するのが普通で、十八にもなると行き遅れになるから、その頃には私を娶ろうなんて物好きはいなくなるだろう。
それに、騎士という箔が付けば結婚をしなくても誰も文句は言わない。
そうなったら、私は晴れて自由の身。
心おきなく『冒険者』を目指す事が出来る。
女神様に言われた通り『冒険者』になって、仲間の冒険者を四人集めて、私の戦隊を作る。
……最初の仲間はカナがいいな。
その戦隊でこの王国を、大陸を、世界中を護る。
――それが私の夢、私の『冒険』
「今日でお別れ……って事になるのか……?」
辛そうに眉をしかめるカナ。
私は首を横に振って答える。
「ううん、お別れじゃないよ。必ず、絶対。三年経ったら戻って来るから。それまで待ってて……」
隣に座っているカナを見つめて、微笑む。
気を緩めたら、私も泣きそうだ。私が決めた別れだ……私が泣いちゃいけない。
カナも必死にこらえているのだろう。
瞳に涙が溜まって、零れそうになるのを耐えいてる。
「分かったよ……それまで寂しくなるな。それじゃ……」
カナが懐を探る。そして探し当てた何かを、私の胸に拳と一緒に突きつける。
「……受け取れ!」
私にそれを差し出すと、そっぽを向いてうつむいてしまった。
照れているんだろう。後ろ髪で隠しきれてない耳が赤くなっている。
それは首飾りだった。
綺麗な水晶の牙に穴が空けられ、そこに紐を通しただけの簡素なもの。
その首飾りには、まだカナの温もりが残っていた。
「憶えてるか? ずっと前にやっつけたキメラ。……アイツの牙で作ったんだよ」
更に恥ずかしくなってしまったのか、背けたままの顔を手で隠しながら言った。
「……魔族には……一生変わらぬ親愛を誓って、角に似た飾りを贈る……って習わしがあるんだ……」
別れの辛さと慣れない贈り物で照れて、声が震えている。
「やるよ……」
そしてもう一つ、同じ首飾りを取り出して、自らの首にかけて言う。
「お揃いだ」
それを見せようと勢い良く振り向いたカナは、真っ赤な顔で……それでも、今まで見た中で一番可愛い笑顔だった。……魔族だけど、まるで無垢な天使のよう。
揺れる水晶と、あふれて弾け飛ぶ涙が、笑顔を引き立てる宝石に見えた。
「アタシはアリサに、一生の友情を誓う……!」
「ありがとう……大事にするね。私もカナに一生の友情を誓うよ……」
微笑み返して、ぎゅっとカナを抱き締める。
いつしか、私の瞳からも涙が零れ落ちていた。
いつまで抱き締め合っていたのかは憶えていない。
自然と体が離れると最後にカナが力強い、けれど透き通った声で言った。
「じゃーな。絶対帰って来いよ……!」