第七十八話 迷宮Ⅳ
先程の宝箱を皮切りに、カナは次から次へと罠を解除……いや、破壊していく。探すのは丁寧で繊細だけど、解除は適当でいい加減。無敵の肉体を使って、無理矢理突破していった。
もし、迷宮の『管理者』がこれを見ていたら、きっと卒倒していただろう。魔族がここを攻略しに来るなんて、当の『管理者』も考えてはいなかったはず。
例えば、通路――。
「おい、アレな。そっから先三メートルに渡って感圧板が仕込まれてて、踏んだら大量の槍が飛んでくるぜ」
カナが、即死レベルの危険な罠を発見する。
「今までの床と少しだけ色が違うだろ? しかける方は、それで区別してるのさ」
なんて説明をしながら、カナはわざとその感圧板を踏み抜く。当然、カナに向かって十本以上もの槍が飛んでいくけれど、魔法の武器しか効かない魔族の体がそれを跳ね返す。
「……カナ! 大丈夫?」
「ちょっと痛ーだけで、怪我はしてねーぜ。安心しな」
「『安心しな』って……」
そう言った頃には、既に槍は地面に落ちている。それを一メートルにつき一回、合計三回も繰り返す。
「あいててて……流石に三回も食らうと、結構痛えな……」
「カナったら……」
それから、しばらく進んで別の罠。
小さな部屋で、その部屋自体が罠だった。
今までの岩を削り出した通路や部屋と違って、石レンガで綺麗に四隅が四角く整えられていた。この小さな違和感を罠だと気付けるのが、『狩猟者』や『鍵開け師』の経験や勘といったものなんだろう。
「こりゃ……入ると壁が左右から迫って、ぺしゃんこにされる罠だな」
「大丈夫なの?」
「問題ねーな……行くぜ!」
カナが、一人で部屋の中央まで走っていく。
すると勢いよく、左右の壁がカナに向かって一気にせり出してきた。
カナを叩き潰そうとする壁。
その壁を、カナは魔族ならではの豪腕でせき止める。
「ふんっ……!」
一声上げると、カナの華奢にしか見えない両腕が筋肉で盛り上がり、同時に壁が左右に吹き飛んだ。轟音を立てて壁が元の位置に収まる。
それと同時に、ただ壁が戻っただけではない、何かの装置が壊れた音がする。多分、罠の発生装置が壊れた音だろう。それを確認したカナは振り返り、私たちに向けて親指を立てながら言った。
「一丁あがり」
「カナぁ……心配させないでよ……」
「だから、問題ねーって言っただろ」
その部屋から先は、石レンガで出来たまっすぐな通路や部屋が続く。
「こー言う通路は大抵、坂道になっててな」
確かに、カナの言った辺りから上り坂になっている。
勾配もややきつめだ。冒険者に坂を登らせて疲れさせる罠……なんて事はなさそうだけど。
「坂の上から、でっかい岩が転がって来るんだぜ」
カナが言った途端に通路の幅と同じ大きさの、巨大な丸岩が転がってきた。あんなのに押しつぶされたら、今度は左右ではなく上下にぺしゃんこだ。
「カナっ……逃げないと!」
「そうですわ! 異界の英雄譚でも、ここは逃げの一手。曲がり角まで駆け抜けますわよ!」
「いや……ここは、こーするんだぜ……!」
カナは、足を肩幅と同じ広さに開き、腰を落としてやや低い姿勢で身構た。
もう目の前には巨岩が迫ってきている。
絶体絶命――!
「……はっ!」
裂帛の気合を込めて、回し蹴りを放つカナ。
「てやっ……!」
その回転を利用して、そのまま裏拳を叩き込む。吹き飛ぶスペースのない巨岩は、見事、その半分を壁にめり込ませた。
「な?」
「『な?』……じゃないでしょ、心配したんだから……」
「ですわ……」
確かに危険は回避出来たし、カナの回し蹴りは格好よかったけど、もし押し潰されていたら……そう思うと、気が気ではなかった。
私が、危ないからもうやめてと言う前に、カナはさっさと先へ進んでしまう。
その細く小柄な体に似合わない強大な膂力に、ただただ驚かされる。
心配をする事が、むしろカナに対して失礼だとすら思えてくる程。
「カナさんを敵に回したくはないですわね……」
「そうね……味方でよかったと思うわ……」
「うん? 何言ってんだ。アタシが二人の敵になんて、なる訳ねーだろ」
冷や汗をたらしながら、顔を見合わせている私とジル。
そんな私たちを笑い飛ばして、カナは楽しそうに大股で先を歩いていた。
§ § § §
更に次の部屋では……。
私たちは魔物、厳密には大型動物が待ち構える部屋に入った。
「「ダイヤウルフ!」」
その動物の名前を私とジルが叫んでいる間に、カナが片付けてしまった。
カナの職業は『狩猟者』
森にいる危険な動物には、口より先に手や足が出る。
頼もしいけど、私の出番は……?
部屋の中では、ダイヤウルフ――普通のオオカミより二回り以上も大きなそれが三匹、首と胴が離れて転がっていた。
「――宝箱があるな」
カナが部屋の奥で宝箱を見つける。
横幅一メートルはある、大きな宝箱だ。きっと財宝が沢山入っているんだろう。
「……と、言いたいトコだが」
カナは、おもむろに短剣を宝箱の天面に突き刺した。
勢いのついた一撃は、短剣だけでなく拳まで刺さり、宝箱の蓋を粉々に砕いてしまった。
「偽宝箱だ。こいつらは宝箱に擬態して、開けようとした人間を喰らうって言う、危険な魔物なんだぜ?」
大きな舌がだらりと箱の中から伸び、少しの間痙攣した後、動きを止めた。
「さて……と、次はボス部屋のようだな」
「ボス部屋……?」
ダイヤウルフと偽宝箱の部屋の奥には扉があった。
とても大きく、豪華なレリーフで飾られたその扉は、いかにもその先に何かありますよ、と言いたげな雰囲気を醸し出している。
「ああ、迷宮には階層ごとに『ボス』ってのがいてな、そいつを倒すと次の階層に行けるんだ……。その『ボス』がいるのが、このボス部屋だ」
「ボス部屋の概念は、異界の英雄譚と一緒ですのね……」
ジルも知ってるみたい。
……っていうか、知らないのは私だけ?
「こっから先は、今までの魔族領で適当にとっ掴まえてきた害獣共と違って、『管理者』に雇われた腕利きの亜人や魔族が部屋を守ってやがるんだ……」
ちょっと……今までの魔物って、ただの害獣だったの?
それにしても、適当って。
あ……そうか、害獣なら冒険者に殺されても魔族側も痛くないって仕組みなんだ。むしろ、害獣駆除を冒険者に手伝わせてるとか、結構賢い手段かも。
「心してかからねーと、命がいくつあっても足りねーぜ?」
とにかく、ここからが正念場。
扉の先にいるのは、カナも慎重になる程の強敵。
この迷宮に入ってから、一度も戦っていない私。
今回、全くなんの役にも立っていない、ただのお飾りでしかない私にも、次の相手が強敵ならきっと出番がやってくる。
今度こそ、私も活躍するぞ……!