第七十三話 竜眼
「またお逢いしましょう――。どうか、お元気で」
村を発つ事を告げると、ギルドのお姉さんは名残を惜しんで、抱きしめてくれた。色々と助けてくれたお姉さん。……お姉さんも、お元気で。
孤児院の子供たちやシスターも、村の入り口で私たちを見送ってくれた。
§ § § §
ナックゴンを出た私たちは、南へと向かう。
東はカットマンから改名して、フィーバジェイ領。南はジャッカ領。
ジルは新しい布教の地へ、私は『戦隊』……ヒーローのような冒険者を目指すため、カナは『ダチと一緒にいると楽しいから』……。それぞれの目的で、初めて見る土地へ。
三人でのんびり、街道を進む。
「それにしても、よかったよね。アミちゃんの目がなんともなくて」
「ですわね。本当に一安心でしたわ」
「なー。そういやさー、昨日聖女サマが使ったあの魔法、一体どんな魔法だったんだ?」
ジルが使った魔法について、カナが尋ねた。
「どの魔法ですの?」
「ホラ、あの目がビカーッって光ってさ。アタシの嘘を見抜いちまった奴!」
「ああ、あれですわね。もう二度とあんな事はしてはいけませんわよ。魔族の角は一度失ったら、二度とは生えてこないのですから」
「本当、私も心配したんだから!」
私とジルで、カナをたしなめる。
もう、二度とカナにあんな痛い思いはさせたくない。
それはジルも私も一緒だった。
「すまねー……。ま、それより聖女サマの魔法だ!」
角が失くなった事は、本人は全然気にしていないらしい。
それよりも、《竜の千里眼・能力値》という、やたらと長い名前の『必殺魔法』の方が気になるみたい。
実は、私も少し気になっている。
ジルは『人物、生物、アイテムの全てが分かる』と言っていたけど……。
「私も気になる! ねえ、あれどこまで分かるの?」
「私の『必殺魔法』、アリサさんも気になりますのね?」
「うん!」
私とカナが目を輝かせてジルの回答を待つと、彼女は少し間をおいて咳払いをした後、魔法の説明を始めた。例によって、自慢げに胸を張って話している。
「数値化出来る全ての能力が分かりますわ。レベルに経験値、HP、MPに始まって、筋力、知識量、敏捷性、器用さ、魔法耐性、魅力度、業の深さに犯罪歴、称号に受勲歴、習得した魔法、スキル、持っている装備に、その装備の性能……」
指を折ったり、くるくる回したりしながらの身振りも踏まえての解説。
次々と羅列される謎の数値群。筋力とか器用さまで数値になるんだ……。
全て分かる、という言葉に偽りはなさそう。
「結構、色々と分かるのね」
「それに、身長、体重、年齢、スリーサイズから、体脂肪率に、前回計測した時から何グラム太ったと言う事まで!」
「その後半のは要らないから……」
私は本能的に胸を隠して、上半身をジルの視線からそらしてしまう。
本当に体重やスリーサイズ、体脂肪率を見られたみたいで恥ずかしかった。
そこで、カナが爆弾発言をする。
「試しに使ってみてくれよ、アリサで!」
「なんで、私? カナが頼むなら、カナを見て貰えばいいじゃない」
「えー……だって、全部見られるとか、なんか恥ずかしくね?」
「私だって恥ずかしいから!」
特に体重とか、スリーサイズとか、体脂肪率とか。
もし日本でそんなもの勝手に見られたら、それは立派なセクハラだ。
「そうですわね……。私もアリサさんの能力値は気になっておりましたの。では、実際に試してみますわね……」
「ちょ、ちょっと……ジル……!」
「《竜の千里眼・能力値》……!」
ジルの目が光る。
「ふむふむー……えっ? ええっ? ……げげげっ!」
私の能力値とやらを読み解くジル。最後、聖女らしからぬ下品な声が聞こえたような……。
そんなに声を張り上げるようなおかしな数値でもあった?
もし体重が多いなら、それはきっと筋肉だから。贅肉じゃないから。
体重が測れない世界だから、ちょっとは油断をしてたかも知れないけど……。
「なんて事ですの……! レベルが限界突破してますわ!」
ジルが謎の言葉を発する。レベルが限界突破。
それが、げげげっ……の正体だろうか。
「限界突破?」
「人間の限界を超えて、ありえない数字になってますの。……正真正銘の『化けもの』って事ですわ……」
「やっぱなー。いくらなんでも人間のアリサが、魔族のアタシと互角ってちょっとおかしーなーって思ってんだよ。限界突破とかすげーな、アリサ!」
「いや、私、人間だから。普通の人間だから! 化けものじゃないから!」
「ま……予想通りですわね」
予想通りって、ジルも本気で私を化けもの扱いしていたらしい。真竜に本気で化けもの扱いされる私って……。
「何より、経験値がありえない数値を叩き出してますの……」
「「経験値?」」
「……コホン。どれだけ沢山のモンス……魔物を倒したか、という数値ですわ。この世界を始めとする通称『異世界』では、魔物を倒せば倒す程、人間は強くなりますのよ」
私とカナの疑問に、ジルが経験値の解説をしてくれる。
「特にアリサさんの経験値は、この私ですら見た事もない桁数の数字が並んでましたの」
「具体的には、どれくらい?」
「私と戦った分を差し引いても、魔王軍四天王を軽く千人以上は倒さないと得られない値ですわ……」
「「魔王軍四天王?」」
また謎の言葉。魔王が棲むという魔族領出身のカナも知らないみたいだ。
四天王というからには四人、そういうのがいるのかな。
「魔族のカナさんがご存知ない……という事は、この世界には四天王はいませんのね」
「いねーな。つーか、『異世界』って……まるで聖女サマが、どっか知らねー世界からやって来た……みてーな話だな」
「その事については、後ほどカナさんにだけ詳しく……。そんな事よりも、アリサさんの経験値ですわ!」
「そんなすげーの?」
「すげーもクソもありませんわ。世界に四人しか居ない魔王配下の最高実力者を三千人分ですわよ? どこをどう計算しても、そんな経験値を手に入れるのは不可能ですわ」
クソとか言ってる。ジルから見ても、相当驚きの数値なのは理解出来た。
「でも、魔王配下の最高実力者なんて……あっ!」
私はカナを見つめた。釣られてジルも同じ方向を見る。
カナ……この世界の魔族は、角の数でその地位や実力が決まる。彼女は、今でこそ折られて一本もないが、相当の実力者『四本角』だった。
「あー……」
ジルも得心がいったという顔をしている。
「な、なんだよ……アタシがどうかしたってのかよ?」
「納得」「納得しましたわ」
六歳の頃から十五歳まで、ほぼ毎日カナと組手をしていた。――お互い『殺すつもり』で。それが経験値って奴になったのね。
確かに計算は合う。
……計算は合うけどそれじゃ、私は本当に化けものじゃない。
それにカナ。カナも同じ経験値を持ってないとおかしい。
「カナは? カナも同じ経験値がないと変じゃない?」
「あー……それは、ですわね。モンス……魔物……」
「モンスターでいいわ。流石に私でも、モンスターって言葉くらい知ってるから」
「モンスターを倒した経験値と、人間を倒した経験値には天と地程の差がある、という訳ですわ。人間を倒しても貰える経験値は、雀の涙。これっぽっちですの」
親指と人差し指で小さな隙間を作ってみせるジル。
「レベルと経験値だけで、こんなにも驚かされましたもの……他の数値は……げげげっ!」
また叫んだ。私の中で聖女の威厳が完全に崩れ落ちた。
「以前、アリサさんに喧嘩を売った事は謝りますわ……。爪の一薙ぎ、尻尾の一振りで幾千もの勇者を屠って参りましたのに、道理でアリサさんにだけは、どんなに撃ち込んでも軽く防御されてしまっていた訳ですわ……」
「爪、尻尾……あー。あの『竜神サマ』の力を借りる聖職者魔法か! 勇者すらやっつけれるって、聖女サマも凄過ぎじゃね?」
「凄いのはアリサさんですわ……それを全部、受けたり流したりしてましたのよ」
「あー……アタシの《火球》も簡単に斬られるんだよな……。普通、魔法を斬るなんて出来ねーのに」
二人は頷き合って、私を見る。
「化けものだな」「化けものですわ……」
私、普通の人間だから!
二人共、どうして恐ろしいものを見る目で、私を見るのよ!
「あとは、スリーサイズと体脂肪……」
「やめて」
「分かりましたわ……」
私たちはこんな他愛のない話をしながら、気ままな旅を続けている。
次に向かうのは、ジャッカ領。
そこでは、どんな冒険が待っているんだろう――。




