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異世界に転生したら、『剣聖の姫君』と呼ばれるようになりました。  作者: 姫騎士はるか
第三章 『剣聖、冒険者になる』編

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第七十〇話 夜中

「うーん……」


 確かジルだったら、死んでる人以外はなんでも治せたはず。


「ジル……なんとかならない?」


 私は、隣にいるジルに尋ねた。

 私の視線の先にいるジルを見た子供たちは、それが『聖女』様の顔だと気付くと、今度は一斉にジルへとすがりついて泣き始めた。


「「「せいじょ(聖女)さま、たすけて!」」」


 泣き腫らした子供たちの顔を見て、ジルが困惑する。

 いつもなら、ここで簡単に病気くらい治して……。


「ごめんなさい……今は無理ですの……」


 ジルは申し訳無さそうな顔をして、子供たちの願いを跳ねのけた。

 ジルが治療を断る姿なんて、初めて見た。


 より激しく泣き出す子供たち。彼らの背中をなでて、優しくなだめながらジルは言う。


「治して差し上げたいのは山々なんですけど……その、MP(エムピ)……魔力が……」


「魔力? 魔力がどうかしたの?」


「実は、その……。アリサさんは、先日のカナさんの《火球(ファイヤー・ボール)》の一件、憶えてらっしゃるかしら?」


 《火球》……。あの十メートルもあった巨大な()()ね。二メートルくらいなら斬って避けれるんだけど……あんなの食らったら、私だって一溜りもない。


 正直言って、カナは修行のし過ぎだと思う。

 あんなのを組手で使われたら本当に死んじゃうから、あとでカナには使わないように釘を差しておこう。


 本当の化け物である魔族や真竜(ドラゴン)から『化け物』扱いされたとしても、私はか弱い人間の女の子なんだから。組手で死ぬなんて、まっぴらごめんだ。


「大きかったわね」


「いえ、大きさではなくて……ほら、あの時(わたくし)、倒れてしまったでしょう?」


「うん。そういえば……」


 確かに、倒れたジルを背負って歩いていたのを憶えている。

 真竜(ドラゴン)だからなのか、胸のせいなのかは分からないけど、あの細さでかなり重かったな……。


「あの時、(わたくし)MP(エムピー)が一気に枯渇しましたの……。一応、《治癒(ヒール)》程度なら使えるまでに回復したのですけど……それより高等な《病巣治癒(キュア・ディジーズ)》となると、とてもMPが足りませんわ」


「じゃあ、シスターの病気は……」


「今は、無理……ですわ。せめてもう少しMPが戻らないと。ですが、放っていおいたら彼女はきっと……。どうすれば良いのかは(わたくし)にも……」


「そんな……」


 ジルの奇跡魔法が使えない。

 こんな時になって初めて、私がどれだけジルに頼り切っていたかを痛感する。

 でも、くよくよしても仕方がない。きっと、何か手立てはあるはず。


「……治せなくても、どんな病気か分かる?」


「いえ……。ですが、例えどのような病気であっても、この世界の文明レベルですもの……。風邪ですら、そのままにしていては生命の危険に繋がりますわ」


 子供たちはまた泣き出し、私たちは方策が思い浮かばず思い悩む。

 その間にも時間だけが無常に過ぎていった。


 ふと、そこにカナが疑問の声を上げる。


「なー。そのエムピーってのが、なんとかなりゃいいんだろ? エムピーをなんとかする方法ってねーの?」


 そうだ、ジルの魔力を回復させれば。

 それならきっとシスターは助かる。


「マジック・ポーションがあれば可能ですわ……。ですが、マジック・ポーションは今、手元にはありませんの。買うにしても、非常に高価で……」


「それって、いくらすんの?」


 カナに顔を近付け、ジルがそっと耳打ちする。


「うわっ……! えげつねー金額だな……」


「でしょう? 現実的ではありませんわ。材料さえ揃えば、(わたくし)が作る事も出来なくは有りませんけど……」


 そういえば以前、ジルはポーションを手作りしていた。

 初めて逢った時の依頼でくれたポーションも、確かジルのお手製だったと思う。


 ……でも、『マジック・ポーション』の材料ってどんな材料だろう?


「材料?」


 私と同じ疑問を持ったカナが尋ねる。

 材料を採取すれば、『マジック・ポーション』が作れるかも……。


「ええ、魔香草(まこうそう)という珍しい薬草ですわ……。もしくは、真竜(ドラゴン)ですとか魔族ですとか、強力なMPを持ったモンス……いえ、魔物の角があれば、それでも代用出来ますけど……」


真竜(ドラゴン)……?」


 私は思わず口走って、ジルの頭を見つめてしまった。

 私の視線に気付いたジルは、両手で頭を隠しながら、私の隣から飛び退いた。


「駄っ……駄目ですわ! 絶対駄目っ! 誇り高き真竜(ドラゴン)の角を、使い捨てのポーションなんかの材料にするなんて!」


「ごめん……」


 カナや子供たちは、私たちの会話の意味が分からず、呆けてしまっている。ただ、アミちゃんだけはその小さな手を握りしめ、呟いていた。


「まこうそう……」


 その瞳に決意の炎が灯っていた事に、誰も気付かなかった。

 ……そして、ジルが咳払いをして話を戻す。


「ですから、現実的に考えるのでしたら魔香草になりますわ。……けれど、そう簡単に見るかるものでは……」


「ふりだしに戻る……ね……」


「ですわね……」


 シスターを治す手立ては結局見つからず、八方塞がりとなった。

 それでも、私たちは子供たちの負担を減らすため、孤児院に泊まって看病を手伝う事にした。



    §  §  §  §



 その夜。隣のベッドで寝ていたはずのカナの気配が動く。


 ずっと剣士として修行を続けていた私は、寝ている時も気配に気付いて起きる事が出来るようになっていた。以前もそのおかげで、ジルに殺されずに済んだ。……あの時は本当に危なかったけど。


 音を立てないように気を配りながら部屋を出ていくカナの跡を、私はこっそりとつける。


 カナは玄関まで行くと、中腰になって囁いた。


「……オマエ、こんな夜更に何してんだ……?」


 カナの声の先には、夜中の屋内で分かりにくかったけど、アミちゃんがいた。


 カナ、別室のアミちゃんの動きを察して起きたの?

 上には上がいるなあ……って驚いてしまう。そういえば『赤の森(レッドヴァルト)』でも、魔物の気配を細かく感じ取って、的確に魔物を探しては狩っていたっけ。


 カナには、その大雑把な性格に反して、繊細な洞察力があった。


「先生を……!」


 アミちゃんは普通の大きさで喋ってしまった事に気付き、すぐさま自分の口を押さえ、声量を下げてカナに囁き返した。


「……先生を……助けたいの。まこうそう……っていうのがあれば、先生は助かるんでしょ……?」


「……んー。まーそうだな……」


「……私、森に探しにいく……」


 小さいけれど力強い声でアミちゃんは言う。

 その声には、例え説得したとしても揺るがない決意が込められていた。


「……一人じゃ危ねーぞ。しょうがねーな……姉ちゃんが一緒について行ってやるよ……」


「ありが……!」


 思わず声が大きくなってしまい、慌てて口を押さえるアミちゃん。


「……ありがとう、お姉さん……」


 囁き声になって、改めてカナにお礼を言い直す。

 やがて二人は頷き合うと、静かに夜の闇へと消えていった。


 アミちゃんの決心や、カナの優しさに水を差すのも悪いから……私は邪魔をしないように遠くから見守ろう。そう思って、身を隠しながら二人の跡をつける。


 こうして、アミちゃん、カナ、私の三人による真夜中の冒険が始まった。

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