第七十〇話 夜中
「うーん……」
確かジルだったら、死んでる人以外はなんでも治せたはず。
「ジル……なんとかならない?」
私は、隣にいるジルに尋ねた。
私の視線の先にいるジルを見た子供たちは、それが『聖女』様の顔だと気付くと、今度は一斉にジルへとすがりついて泣き始めた。
「「「せいじょさま、たすけて!」」」
泣き腫らした子供たちの顔を見て、ジルが困惑する。
いつもなら、ここで簡単に病気くらい治して……。
「ごめんなさい……今は無理ですの……」
ジルは申し訳無さそうな顔をして、子供たちの願いを跳ねのけた。
ジルが治療を断る姿なんて、初めて見た。
より激しく泣き出す子供たち。彼らの背中をなでて、優しくなだめながらジルは言う。
「治して差し上げたいのは山々なんですけど……その、MP……魔力が……」
「魔力? 魔力がどうかしたの?」
「実は、その……。アリサさんは、先日のカナさんの《火球》の一件、憶えてらっしゃるかしら?」
《火球》……。あの十メートルもあった巨大なあれね。二メートルくらいなら斬って避けれるんだけど……あんなの食らったら、私だって一溜りもない。
正直言って、カナは修行のし過ぎだと思う。
あんなのを組手で使われたら本当に死んじゃうから、あとでカナには使わないように釘を差しておこう。
本当の化け物である魔族や真竜から『化け物』扱いされたとしても、私はか弱い人間の女の子なんだから。組手で死ぬなんて、まっぴらごめんだ。
「大きかったわね」
「いえ、大きさではなくて……ほら、あの時私、倒れてしまったでしょう?」
「うん。そういえば……」
確かに、倒れたジルを背負って歩いていたのを憶えている。
真竜だからなのか、胸のせいなのかは分からないけど、あの細さでかなり重かったな……。
「あの時、私のMPが一気に枯渇しましたの……。一応、《治癒》程度なら使えるまでに回復したのですけど……それより高等な《病巣治癒》となると、とてもMPが足りませんわ」
「じゃあ、シスターの病気は……」
「今は、無理……ですわ。せめてもう少しMPが戻らないと。ですが、放っていおいたら彼女はきっと……。どうすれば良いのかは私にも……」
「そんな……」
ジルの奇跡魔法が使えない。
こんな時になって初めて、私がどれだけジルに頼り切っていたかを痛感する。
でも、くよくよしても仕方がない。きっと、何か手立てはあるはず。
「……治せなくても、どんな病気か分かる?」
「いえ……。ですが、例えどのような病気であっても、この世界の文明レベルですもの……。風邪ですら、そのままにしていては生命の危険に繋がりますわ」
子供たちはまた泣き出し、私たちは方策が思い浮かばず思い悩む。
その間にも時間だけが無常に過ぎていった。
ふと、そこにカナが疑問の声を上げる。
「なー。そのエムピーってのが、なんとかなりゃいいんだろ? エムピーをなんとかする方法ってねーの?」
そうだ、ジルの魔力を回復させれば。
それならきっとシスターは助かる。
「マジック・ポーションがあれば可能ですわ……。ですが、マジック・ポーションは今、手元にはありませんの。買うにしても、非常に高価で……」
「それって、いくらすんの?」
カナに顔を近付け、ジルがそっと耳打ちする。
「うわっ……! えげつねー金額だな……」
「でしょう? 現実的ではありませんわ。材料さえ揃えば、私が作る事も出来なくは有りませんけど……」
そういえば以前、ジルはポーションを手作りしていた。
初めて逢った時の依頼でくれたポーションも、確かジルのお手製だったと思う。
……でも、『マジック・ポーション』の材料ってどんな材料だろう?
「材料?」
私と同じ疑問を持ったカナが尋ねる。
材料を採取すれば、『マジック・ポーション』が作れるかも……。
「ええ、魔香草という珍しい薬草ですわ……。もしくは、真竜ですとか魔族ですとか、強力なMPを持ったモンス……いえ、魔物の角があれば、それでも代用出来ますけど……」
「真竜……?」
私は思わず口走って、ジルの頭を見つめてしまった。
私の視線に気付いたジルは、両手で頭を隠しながら、私の隣から飛び退いた。
「駄っ……駄目ですわ! 絶対駄目っ! 誇り高き真竜の角を、使い捨てのポーションなんかの材料にするなんて!」
「ごめん……」
カナや子供たちは、私たちの会話の意味が分からず、呆けてしまっている。ただ、アミちゃんだけはその小さな手を握りしめ、呟いていた。
「まこうそう……」
その瞳に決意の炎が灯っていた事に、誰も気付かなかった。
……そして、ジルが咳払いをして話を戻す。
「ですから、現実的に考えるのでしたら魔香草になりますわ。……けれど、そう簡単に見るかるものでは……」
「ふりだしに戻る……ね……」
「ですわね……」
シスターを治す手立ては結局見つからず、八方塞がりとなった。
それでも、私たちは子供たちの負担を減らすため、孤児院に泊まって看病を手伝う事にした。
§ § § §
その夜。隣のベッドで寝ていたはずのカナの気配が動く。
ずっと剣士として修行を続けていた私は、寝ている時も気配に気付いて起きる事が出来るようになっていた。以前もそのおかげで、ジルに殺されずに済んだ。……あの時は本当に危なかったけど。
音を立てないように気を配りながら部屋を出ていくカナの跡を、私はこっそりとつける。
カナは玄関まで行くと、中腰になって囁いた。
「……オマエ、こんな夜更に何してんだ……?」
カナの声の先には、夜中の屋内で分かりにくかったけど、アミちゃんがいた。
カナ、別室のアミちゃんの動きを察して起きたの?
上には上がいるなあ……って驚いてしまう。そういえば『赤の森』でも、魔物の気配を細かく感じ取って、的確に魔物を探しては狩っていたっけ。
カナには、その大雑把な性格に反して、繊細な洞察力があった。
「先生を……!」
アミちゃんは普通の大きさで喋ってしまった事に気付き、すぐさま自分の口を押さえ、声量を下げてカナに囁き返した。
「……先生を……助けたいの。まこうそう……っていうのがあれば、先生は助かるんでしょ……?」
「……んー。まーそうだな……」
「……私、森に探しにいく……」
小さいけれど力強い声でアミちゃんは言う。
その声には、例え説得したとしても揺るがない決意が込められていた。
「……一人じゃ危ねーぞ。しょうがねーな……姉ちゃんが一緒について行ってやるよ……」
「ありが……!」
思わず声が大きくなってしまい、慌てて口を押さえるアミちゃん。
「……ありがとう、お姉さん……」
囁き声になって、改めてカナにお礼を言い直す。
やがて二人は頷き合うと、静かに夜の闇へと消えていった。
アミちゃんの決心や、カナの優しさに水を差すのも悪いから……私は邪魔をしないように遠くから見守ろう。そう思って、身を隠しながら二人の跡をつける。
こうして、アミちゃん、カナ、私の三人による真夜中の冒険が始まった。




