第六十八話 決着
こんな卑怯な奴なんかに……。
「負けるかあっ……!」
私は渾身の力を込めて、聖堂騎士団長バスコの足を跳ねのけた。
その拍子でバスコはバランスを崩し、後ろへと倒れる。
手を突いて倒れているバスコに、魔法剣で追撃。
しかし、バスコも聖堂騎士団長。横へと転がって私の突きを避けた。
深々と地面に魔法剣が刺さってしまい、それを引き抜いている間にバスコは起き上がって、体勢を整え直してしまう。
「女の癖になんて馬鹿力だ……。そんなゴリラ女では、嫁の貰い手もないぞ?」
「ゴリラって何よ……」
流石にゴリラ扱いは、私でも傷つく。一から十まで嫌味な奴。
私は、ゴリラ扱いに異を唱えながら、爆発で付いた煤を腕で拭う。
「アリサさんは嫁の貰い手になら、困ってませんわよ! 王太子殿下の婚約者なんですもの!」
私の背後でジルが叫んだ。そんなところで張り合わなくていいから。
それより、ゴリラの方を否定して欲しかった。
「ゴリラには完全同意ですわ!」
……って、あとで憶えてなさいよジル。
ご飯抜きにしてやるから。
私がジルの発言に、ちょっとした怒りを憶えている合間に、バスコは腰のサーベルを抜いて、正面に構えた。
剣の柄には派手な金の装飾と、過剰なまでの大きさの護拳。護拳――鍔から伸びて柄と平行に走り、柄頭へとカーブを描いて合流する、名前通りに手首を守るための部分。特別に作られたのか、それが派手に大きくなっている。
ぎらぎらと鈍く光る刀身は凶々しさと同時に、その切れ味を予感させた。
「小娘ごときに、この聖剣キャリブレードを抜く事になるとは……。屈辱だ! 必ず殺してやるぞ、女!」
彼は吼えるように叫んで、私へと踏み込んでくる。
今までの騎士たちとは次元の違う速さ。聖堂騎士団長は肩書きだけではないと、その卓越した脚力が示している。
私の脇を駆け抜け、その間に、三発もの斬撃を放ってきた。
辛うじて全てを受け切る事が出来たけど、この速さは一瞬も油断が出来ない。
私と同じタイプの剣士。『スキル』に頼らず、自らを鍛え上げて『スキル』と同等の実力を手に入れている。《三連撃》と叫ばずとも、三回もの攻撃が出来る、それがこの――聖堂騎士団長バスコの実力。
それに、彼の力はそれだけではなかった。
私が魔法剣を構え直そうとすると、魔法剣に三つの筋が入り、その筋に合わせて分断され、刀身がばらばらに落ちてしまった。
「アリサさん! その剣は危険ですわ!」
ちらりとジルの方を見ると、ジルの目が光っている。《千里眼》で剣を調べたようで、ほんの少しだけ確認出来たその顔は、焦りの表情を見せていた。
「ほう、そこの白女。この聖剣が分かるのか?」
「聖剣キャリブレード……形状、サーベル。能力、ソード+3ですわ!」
ソードプラスさん?
初めて聞く言葉だった。
「+3……なんだそりゃ?」
私の後ろで、カナがジルに尋ねた。
ジルは悩んだような声で、言葉を選びながら答える。
「ソード+3……ええと、この世界の人間、カナさんは魔族ですけど……には説明が面倒ですわね……。大雑把に申し上げますと、三倍切れる剣ですわ」
「なるほど。三倍切れんのか」
「それと、その剣は使用者の運動能力や技量を、三割増しにしますわ!」
それであの突進力だった訳ね。
切れ味も良くて、持ち主に素早さまで与える剣なんて、ちょっとずるい。
ジルの説明は難しかったけど、一応、私でも『魔法剣すら斬ってしまう程の切れ味』という事は分かった。
ジルが剣の説明をしている間にも、バスコは聖剣の切っ先を回すように何度も返して、次の攻撃のタイミングを計っている。
私も隙を見せまいと魔法剣を正眼に構え、バスコへと向ける。
……それから、三度の突進があった。そのたびに連撃が繰り出され、私は新たな魔法剣を創り直しては、それを受け止めた。無詠唱で刃付きだけれど、この強敵、そしてこの強力な剣相手に、魔法名を宣誓している余裕はない。
「無詠唱の《剣創造》か? 女の癖に、凄い魔力の量だな……だが、四回も無詠唱で魔法を使ってしまっては、もう魔力も残っていないだろう?」
喉を鳴らして笑うバスコ。聖剣を構え直し、姿勢を低くし、足に力を溜めている。腰をより深く落とした姿勢から、今まで以上に本気なのがうかがえる。
「次で終わりにするぞ……!」
一気に間合いが詰まる。私は飛んできた三撃を受けきるも、連撃と同時に発せられた彼の呟きを聞いて、咄嗟に逆の手にもう一本の剣を創った。
「《二連撃》……!」
彼は、三撃をもう一度放ってきた。『スキル』に頼らないのではなく、切り札として『スキル』を取ってあった。二かける三の六連撃に、騙し討ちのフェイント……確かに、剣聖マスター・シャープに近い技量の持ち主だった。
しかし、近い……というのは、同じという意味ではない。
技の切れが圧倒的に足りない。彼の六連撃と、先代『剣聖』の六連撃では、何倍も速さが違っていた。『剣聖』の六連撃は、六連どころか六方向同時攻撃。それを躱した私にとって、彼の六連はただ速いだけの六段攻撃だった。
また、私の魔力に対する予想も外れていた。私なら百本以上、魔法剣を創れる。
左手の剣で四、五、六撃目を受けた瞬間に、私は同時に三撃目までを受け切った右手の剣を捨てて、更にもう一本の剣を創り出し、六発もの斬撃を繰り出して隙を見せた背中に、重さに任せて柄頭を振り下ろす。
それによってバスコは前のめりに。駆け抜けるはずだった足も止まらず、頭から地面へと滑り込んだ。しばらく滑った後、向こうにある庭木へと激突。
そのまま、頭を打ちつけて気絶してしまった。
「私の……勝ちね」
彼とその手下の騎士たちを縛りあげた後、ゴレンジ男爵に頼んで王都へと送り返す事にした。
§ § § §
バスコたちを送り返した事で、ヨーコの使命も果たされた。
彼女には、書状を渡す件の他に、聖堂騎士団長であるバスコを王都に連れ戻す使命もあって、期せずしてそれが達成される形になった。
それと、もう一つ。
帰るために馬車に乗り込んだヨーコから、新しい剣聖衣装を手渡された。
「……『三千人も斬ったのなら、そろそろ服も傷んでいるだろう。アリサ嬢に渡してやって欲しい』と、王太子殿下からです」
剣聖が三千人の兵を倒した、という噂は王子の耳にも入っていたらしく、バスコへの三千人斬り捜索打ち切りの書状は、王子から『私の冒険者活動を邪魔させないように』という計らいだとか。
模擬戦の時は汚れるだけだったけれど、戦闘服男のせいで所々破れていたから丁度よかった。……王子の勘は侮れないな、と思った。そして、相変わらず気配りまでイケメン。
新しい衣装に袖を通すと、皆が似合っていると褒めてくれた。
今度の衣装は、肩マント、赤のジャケット、ミニスカートの構成は前と一緒だけど、デザインがや雰囲気が変わっていて、それは古い戦隊が次年度の新しい戦隊に変わって、お揃いの服まで変わったような気分だった。
「ほら、馬車を助けてお宝ゲットじゃありませんの!」
……なんて脳天気な事をジルが言っていた。
いや、ちょっと違うでしょ。それに、さっきゴリラとか言った事は忘れてないからね?
それよりもヨーコ。王子から全てを聞いて知っていたのに、詳しくないような振りをするなんて……。
「ヨーコちゃんの意地悪……」
「いいえ、確証が持てなかったから、少し濁しただけですよ」
くすくすと笑うヨーコ。これは模擬戦の事を言い出せないでいる私を、楽しんで見ていたのは間違いなかった。
笑い終わると、今度は悲しそうな瞳になって、ヨーコが言う。
「アリサさん、これでお別れなのは名残惜しいですけど……」
「きっと、また逢えるわよ」
「そう……ですね」
馬車の中から手を振って、去っていくヨーコ。
私たちも手を振り返して彼女の馬車を見送った。