第六十七話 団長
部屋の奥にいた、おそらく団長の部下と思われる騎士たちが駆け寄ってくる。
私は彼らを軽く蹴散らして、もう一度団長に剣を突きつけた。
「私が相手よ」
「『剣聖』を騙る不届きな小娘の分際で……よく吠えるな」
団長は鼻先の刃を指でつまみ、顔から逸らした。
「仮に『剣聖』の話が真実だとするなら、前の『剣聖』は大した事のない腕前だったのだろうな? それなら、俺でも『剣聖』の称号が簡単に取れそうだ。……女、称号を騙るなら、もっと現実味のある称号を騙るのだな」
私の体を上から下まで眺めて、嘲るような顔で笑う。
ヨーコ、王子に加えて、今度はマスター・シャープの事まで悪く言っている。
こんな性格の人が、聖堂騎士団の団長だなんて信じられない。
「それに……なんだ、それは。魔族奴隷などという、下賤の者を貴族の部屋に連れ込みおって……全く汚らわしい。自称『剣聖』様とやらは、品位というものがないのか?」
よりによって私の親友を……カナを侮辱して、鼻で笑った。
剣を持った私の手が怒りで震える。
「私の大事な親友よ! 撤回して!」
「親友……ハッ! 奴隷が親友だと? 薄汚れた道具ごときを親友などと……。自称『剣聖』様は、友達ごっこがお得意のようだな。まあ、今日聞いたつまらん冗談の中では、ましな冗談だな」
団長は喉だけを鳴らして嗤笑した。
「よかろう。その冗談に免じて、今回の無礼は許してやろう。ほら、さっさと往ね」
虫でも払いのけるかのように、私に向かって手を振る。
「……そうだ、その奴隷は置いていけ。俺が道具として、正しく使い潰してやろう。そんな貧相な体でも、魔族は魔族。人足に、騎士たちの玩具にと、中々役に立ちそうだ」
「決闘よ! 表に出なさい!」
気がつくと私は、こう叫んでいた。
§ § § §
ゴレンジ邸、中庭。
木々や花々が整然と並び、芝も丁寧に刈り揃えられた、よく手入れの行き届いた綺麗な庭だった。その穏やかな佇まいから、庭師の腕と苦労がうかがえる。
もし、決闘なんて話がなかったら、お茶会だって開けるような美しさだった。
そんな中庭の馬車用の駐車スペースで、私と聖堂騎士団長、男爵や私の仲間たち、それに聖堂騎士たちが一堂に出揃った。
「フン……今謝れば、許してやるぞ?」
「許す……? なんで私が許される必要があるの? カナを、ヨーコちゃんを、王子たちを、悪く言ったあなたを私は許さない……!」
「この聖堂騎士団長バスコ様を許さないだと? 本当に生意気な女だ。よかろう、相手をしてやる。ただし……」
……ただし? どういう事?
団長が右手を振り上げると、団長側、ヨーコ側と二陣ある聖堂騎士の内、団長側の騎士がずらりと私の前に並ぶ。
「こいつらを倒せたらな! ……『三千人斬り』なんだろう? ならば、たかだか十人かそこら、余裕であろう? まあ、こいつらはそれぞれが数人分の騎士に匹敵する精鋭だがな! ハーッハッハッハ!」
大勢の騎士に守られて、にやにやと笑う団長。
「お前たち、やれい! この無礼な女を殺しても構わんぞ!」
団長が手を振り下ろすと、騎士団が一斉に飛びかかってきた。
次の瞬間――。
複数の悲鳴が上がり、四方八方へと騎士団は吹き飛ぶ。
心は熱く、でも頭は冷静に――まだ、そんな境地には達してはいないけど、私が毎日自分の体に叩き込んだ動作は、戦い方を組み立てるまでもなく、一瞬で全ての敵を薙ぎ払った。
「ジル、治療をお願い!」
「はいはい、治し甲斐がありますわね!」
全て急所は外してあるけど、刃が付いた魔法剣での一撃。放っておけば死んでしまう。念のため、ジルに救助を任せた。彼らは団長の命令で攻撃してきただけで、見殺しにしていい程の罪はない。
そして、複数の騎士に『八つ当たり』をした事で、私は少しだけ冷静になれた。
今度は怒りだけではない、正義の心……戦隊魂で、団長へと切っ先を向ける。
「手下に襲わせるなんて、それでも騎士なの? 次はあなたの番……ここからは、私のヒーロータイムの始まりよ……!」
「くそっ、役立たずどもが……後で従士に降格してやる!」
従士――下働きの騎士見習いの事。馬の世話や、騎士が戦で汚した鎧の掃除をやらされる下級の剣士だ。精鋭だって言ったばかりのその口で、あまりにも勝手な言い草。
私は一歩、また一步と間合いを詰める。少しずつ後ろへ、後ろへと下がっていく団長。すると、団長の後ろに隠れていた騎士が前に出てきた。
先程の一斉攻撃に、一人だけ混じっていなかった騎士だ。
「おお、サリイ。流石は俺の側近だ」
もう一度手を振り上げ、指図をする団長。
「行け、サリイ! ……どうだ? 俺が最も信頼する側近のサリイだ! 王室近衛騎士団との模擬戦で、十人の近衛騎士を倒した『十人斬り』の騎士、こいつに勝てるかな……?」
骨の髄まで卑劣な男だった。
「サリイ……これを使って、その無礼な女を殺せ!」
団長は懐を探って何かを取り出し、それをサリイと呼んだ騎士へと放り投げた。
受け取ったサリイは、それを私の前にかざす。
……『変身方体』!
よりによって、聖堂騎士団にまでこんなものが浸透していたなんて……。
「獣王変身……!」
サリイが宣言し、キューブを回す。
キューブが発した光の中から現れたのは……。
「猿獣人!」
猿……というよりは、大きな狒々。
ただでさえ体格のいい騎士が、変身して一回り大きくなっている。そんな狒々が私へと襲いかかってきた。
「キキーッ!!」
獣人化した事で、気合の声まで猿のようになっている。
彼は左右へ横飛びを繰り返して、私への攻撃の機会をうかがう。
「どうだ! 『十人斬り』の最強騎士に、帝国が作った最新鋭の『魔導具』……誰も敵う道理はないだろう。女、貴様の命運もこれまでだ!」
「《剣創世・刃引きの剣》」
団長が丁寧にご高説を垂れていたけど、サリイは今まで戦ってきた獣人の中で言えば、それ程強い相手ではなかった。
普通の剣では殺してしまいかねないから、刃引きを創り直し、それで滅多打ち。
「さあ、今度こそあなた……」
私が言い終わる前に団長は後ろへ飛び退き、もう一つのキューブを取り出した。
「なんのつもり?」
私が聞くと、彼は答えずにキューブを捻る。
同時に激しい光が放たれた。しかし、その光の源は彼ではなく、サリイの体。
サリイが光ると、轟音と共にその体が爆散した。
「きゃあああぁぁぁっ!」
その爆発に飲まれ、私は高く吹き飛ばされる。
地面に激しく叩きつけられ、何度も転がった。その強すぎる衝撃に、ミスリルで出来た剣聖の衣装でもその威力を消し切れはしなかった。
私一人を倒すために側近を自爆させるなんて、どこまでも卑怯な男……。
起き上がろうとすると、上から私を踏みつけて団長は言い放った。
「フハハ……『剣聖』という割には、大した事はなかったなぁ?」
団長のいやらしい笑いが、中庭に木霊した――。