第六十六話 聖堂騎士団
「ほら! やっぱり、馬車の中身はお姫様でしたわ!」
大喜びするジル。
「今度こそ、ガチャに勝利しましたわ!!」
「ジル……本人の前で、それはどうかと思うんだけど……」
ヨーコ・カニンヘン。
私の騎士学校時代の同級生であり、ルームメイト。
代々、聖堂騎士団の副団長という由緒正しい家柄の次期当主。
この国には『王室近衛騎士団』『女神教聖堂騎士団』の二大騎士団があり、その副団長ともなると、団長程ではないにしろ絶大な権力を持っている。
その地位を考えると、彼女はお姫様……といえば、お姫様なのかもしれない。
「そちらの方々は……?」
ヨーコが尋ねる。
私の仲間とは初対面だっけ。
「あー……うん。こっちの踊ってるのがジルヴァーナで、向こうがカナリア。私の冒険者仲間」
ジルとカナを手招きで呼んで、彼女を紹介する。
「この子はヨーコちゃん……ヨーコ・カニンヘン。騎士学校での同級生」
「ヨーコです。よろしくお願いします」
§ § § §
「ところでヨーコちゃん、こんな所で何をしてたの?」
気絶させた騎士たちはヨーコに顔を確認して貰い、味方の騎士だけを起こして、縄を解いた。襲ってきた騎士たちは、中継地点の街で『野盗』としてギルドに報告して、引き取って貰う予定。
「それに、襲ってた人たちも野盗には見えなかったし……。どう見ても騎士よね? あれ」
「あの……実は、王家から聖堂騎士団長宛ての書状を預かっていて、それを届けに行くところだったんです」
「聖堂騎士団長……? こんな王都から離れた場所にいるの?」
普通、騎士団の団長なんて役職の人は、有事に備えて重要都市で待機しているもの。それなのに、どうしてこんな田舎にいるんだろう。
「はい。なんでも国境沿いの大規模戦闘で、たった一人の騎士が三千もの兵を斬って捨てたって話で……団長はその騎士をスカウトしに行くとかで、ゴレンジ領に向かわれたそうなんです」
あ……それ、私の事だ。
それに三千人は気絶させただけで、斬って捨ててはいないんだけど。
とても、それは私ですなんて言い出せる雰囲気じゃないな……。
ジルは私の隣で必死に笑いを堪えている。
彼女は、この状況を他人事だと思って楽しんでいるみたい。
カットマンの護衛をした時も、わざと私の身分を明かさずに、笑いながら私と侍従長のやりとりを見ていたっけ……。ジル、意外と性格が悪い。
「えーと……で、なんで同じ騎士に襲われてたの?」
「それは、その……私のおじい様が副団長だから……なんです」
辛そうな顔で言うヨーコ。
「聖堂騎士団には、団長派と副団長派の二つの派閥があって、副団長の孫娘が任務に失敗したってなったら、団長派が幅を利かせる口実になるんです」
「なにそれ、酷い」
「それに……もし、私を『始末』出来れば、次の副団長はカニンヘン家ではなく、団長派がその椅子に座る事も出来るので……」
妨害や暗殺を企てるなんて、騎士の風上にも置けない。
それに、ヨーコちゃんを殺そうとするなんて。
「許せない……。わかった……私たちが、ヨーコちゃんの護衛をするから!」
私は、ヨーコの両手を握って宣言した。
「いいよね? カナ、ジル……!」
「応よ!」
「勿の論、ですわ!」
こうして私たちはヨーコの護衛を買って出て、北へと逆戻りする事になった。
§ § § §
ヨーコの馬車に同乗して揺られる事、数日。
何度か襲撃に遭ったものの、味方の騎士たちと協力して撃退した。
今度はちゃんと敵味方の区別をつけて。
ようやく到着した、ゴレンジ領中央街ゴレン。
久しぶりのゴレンは、ちょっとだけ懐かしい気もした。
流石の刺客も、こんな街中までは襲ってこない。
「ここに、聖堂騎士団長がいるのね」
「はい」
団長は、領主であるゴレンジ男爵の屋敷にいるという。
屋敷に到着した私たちは、男爵家の下男に案内されて客間へと通された。
「おお、これはこれは、剣聖様!」
入るなり、本来の来客であるヨーコよりも先に挨拶され、男爵から大歓迎される。模擬戦の一件で彼に貸しがあるので、ヨーコに失礼だとは思うけど、こうなってしまうのも仕方がない。
「あの……私、今日はただの護衛で、用があるのは彼女なんですけど……」
そう言ってヨーコへの挨拶を促すも、男爵は私の話など聞いておらず、勝手に次の話を切り出した。
「騎士団長閣下! 彼女こそが、三千人斬りの『剣聖』アリサ・レッドヴァルト様ですよ!」
私を手のひらで指し示し、部屋の奥にいる男性に紹介した。
「ほう……」
頷く男性。多分、彼が聖堂騎士団長だろう。
白いファーの襟がついた真っ赤なコートをまとい、黒い帽子、不敵な表情をした、見るからに猛者といった顔つきの貴族風の男性。
「こんな小娘が、三千人を……だと?」
その顔が嘲笑で歪み、更に不敵さが増す。
明らかに、冗談はよせと言いたげな顔。
確かに私くらいの女の子を目の前に出されて、彼女が三千人倒しました、なんて言われたら誰だって信じるはずがない。
私だって似たような状況だったら、まず信じないと思う。
「馬鹿も休み休み言え、男爵。……まったく、これだから第一王子派は冗談が下手だと言うのだ」
第一王子派……つまり彼は、前に王子が言っていた第二王子派なんだろう。
「こんな小娘を見せて、言うに事欠いて『剣聖』だ、『三千人斬り』だ、などと……。この聖堂騎士団、団長バスコの目がごまかせると思うのか?」
「あの……それよりも、ヨーコちゃん……副団長のお孫さんが持ってきた書状を受け取って貰えませんか? 私が三千人斬りかどうかより、そっちの方が大事なんですけど」
とにかく話を進めよう。
何より、いつまでもヨーコを放っておくなんて失礼なんだから。
「おや、祖父の七光りの副団長候補殿も来ていたのか」
片方の口角だけを高く歪ませて、鼻で笑う団長。
「そうだな……こんな小娘が『剣聖』だ、などという世迷い言よりは、少しは重要かも知れんな。ほら、見せてみろ」
本当に嫌味で、失礼な物言いをする人。
聖堂騎士団長じゃなかったら、私がぶん殴って礼儀というものを教えてあげたいくらい。
私が怒っている事に気付いたジルは、私が握った拳に手を添えて、小さく首を横に振って私を落ち着かせようとしてくれた。
そうこうしている間に、やっと話が進む。
団長がヨーコの持ってきた書状を受け取り、それを読み始めた。
しばらく書状を眺めていたかと思ったら、彼の両手が震え、羊皮紙で出来たそれを破こうとする。……しかし、羊皮紙の硬さに思うように破けず、この書状は余計に彼を苛立たせた。
結局、彼は書状をそのまま床に捨て、足で何度も踏みにじった。
「……なんだと? あの、バカ王子め! 『三千人斬り』の捜索をやめろだと! これだから、第一王子の阿呆は!!」
団長は手を振り上げたかと思うと、一気に振り下ろし――。
「こんな書状を持ってきおって、この役立たず女が!!」
そう言って、ヨーコの横っ面をひっぱたいた。
いきなりの事に私も反応が出来なかった。ヨーコの頬が赤く腫れ、彼女はそれを痛々しく手で押さえる。
「だから女は役立たずだと言うのだ! 栄えある聖堂騎士団に女は不要!!」
卒業試験で私たちを暗殺しようとしたエスケーヴと全く同じ事を言いながら、ヨーコを見下す団長。確か、エスケーヴは聖堂騎士の見習いだったはず。見習いも見習いなら、トップもトップといったところ。
彼はもう一度腕を振り上げ、ヨーコを叩こうとする。
「そこまでよ……!」
私が割って入り、彼の手首を掴んだ。
その腕の張りや力の入れ具合から、女の子を本気で叩こうとしていた事が伝わってきた。
「何をする、小娘!!」
叫ぶ団長。
何をする……は、こっちの台詞。ヨーコちゃんを侮辱した上に叩いて、王子の事まで馬鹿にして。たとえ騎士団長でも許せない。
「命がけで、その書状を持ってきたヨーコちゃんに謝って……」
叩こうとした腕を掴んだまま、視線を書状に落とす。
しかし、彼は私の言う事など聞かずに、怒鳴り散らした。
「ふざけるなよ、女……! 女に下げる頭など、ないに決まっているだろう! この役立たず女が、このようなクソな命令書を持ってきたのが悪いんだろうが!!」
「また、役立たずって……もう許さない! 私が……相手よ!」
私は、彼の腕から手を離して魔法剣を創り、その鼻先に突きつけた――!