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第六十五話 魔術師

「あー、あれな? ……出来なくは、ねーんだけどな」


 苦笑いをするカナ。


 いつもははっきり、きっぱりしているカナにしては珍しく、歯切れが悪い。

 角がない事は、カナにどれだけの制限を与えているんだろう。


「やっぱり、何か問題でもあるの?」


「ほら、角が折られちまったからな……まー、見てな」


 カナは右手を天に向けると、呪文を唱え始めた。

 呪文……?


 魔族は、威力を落としてでも呪文は唱えない。カナからそう教わっているのに、呪文を唱えている。それに、宙に上げられた手は細かく動き、魔法陣を描いている。


 それは、時間にしておよそ十分。

 詠唱が終わると、カナは一言付け加えた。


「角の魔力がねー分は、こーやって呪文と魔法陣で補うんだけどな……」


 そして、最後に魔法名を宣誓する。


「《火球(ファイヤー・ボール)》」


 カナの手のひらが指す方向、頭上数メートル上空に、《火球》と呼ぶには大きすぎる、二メートルどころか……十メートルはある巨大な球状の炎が、ばちばちという燃え盛る音を立てながら出現した。


 近くにいるだけで、凄まじい熱気が伝わってくる。熱したオーブンに顔を突っ込んだような、いやもっと。それ以上の熱さ。


 私も驚いたけれど、ジルがそれ以上に驚いていた。


 飛び出さんばかりに目を見張って、《火球》に釘付けになっている。

 せっかくの美人が台無しな表情だ。


「な?」


 そう言って、手のひらを上空から正面に向けると、それに合わせて太陽みたいに巨大な《火球》が前方へと飛んでいき、二、三十メートル先の地面に衝突。激しい爆発音を立てて巨大なクレーターを作り上げた。


 えぐり取られた地面から噴出した土や石礫が、遠くにいるはずの私たちの頭上に、雨のように降りかかった。


「せっかく、次にアリサと()る時のために、こんだけ(すげ)ーの作れるようになったんだけどよ、角がなくなったせいで、こんなに時間かかっちまう」


 照れたように、鼻の頭をかくカナ。


「これじゃ、実戦じゃ使いものになんねーだろ? (わり)いな」


 カナはまるで、自分が悪いかのように謝った。

 悪いのはカナを捕らえた奴らで、カナは何も悪くないのに。


 私と一緒にいない間、どれだけ努力をしたのだろう。その努力が心ない他人の手によって踏みにじられた時、どれだけ辛い思いをしたのだろう。


 これだけの魔法が使えるのに、捕まってしまったカナ。これは、『狩猟者(ハンター)』に与えられた『人間を守らなければいけない』という使命を、真面目に守っていたせいだろう。


 そう考えると、私まで辛くなって、カナを強く抱きしめていた。


「凄い……凄いよカナ。でも無理はしちゃ駄目だからね?」


「まー、作んのに時間がかかるってだけだ。呪文と魔法陣使って、足んねー分の魔力を空気中からかき集めてるだけだしな」


 カナは照れた顔で笑う。


 横でぽかんと口を開けていたジルは、出来上がったクレーターとカナを何度か見比べた後、更に大きく目を見開いて、呟き始めた。


「こんなものを食らったら、(わたくし)でも一溜りもありませんわ……これ、何ていう名前の魔法ですの?」


「いや……、ただの《火球(ファイヤー・ボール)》だけど?」


「こんな巨大な下級魔法があってたまりますか……! もう、アリサさんだけでなく、カナさんも非常識ですのね……」


 自らの両肩を抱いて、ジルは呟く。


「くわばら、くわばら。カナさんが敵でなくて、心底ほっとしましたわ」


「『クワバラ』?」


「アリサさんの故郷に伝わる魔法避けの(まじな)いですわ」


「いや、だからレッドヴァルトでそんな呪文聞いた事ねーよ」


 先程した自嘲の苦笑いとは、違う苦笑いをするカナ。


「聖女サマだって、こんな《火球(ファイヤー・ボール)》なんかより、すげー魔法使ってたじゃん。ホラ、二人でアタシを助けてくれた時の、腕がドーンってデッカくなる奴!」


 両手を精一杯広げて、ジルの腕だけを戻す技の大きさをアピールしている。


 私も、あれを味方として使われた時は凄く便利だったんだけど、初めて食らった時は死ぬかと思ったし、めちゃくちゃ痛かったんだよね……。


「あっちの方がよっぽど(すげ)ーって! あれって、やっぱ『竜神教』の聖女サマだから、『竜神サマ』の力を借りて使う上級魔法かなんかだろ?」


「ま……まあ、そうですわね……」


 ジルは、本当の姿が真竜(ドラゴン)だと説明するのが面倒になってごまかしていた。

 カナはジルの正体をまだ知らない。


「ところで、カナさん……先程、『魔力を空気中からかき集めてる』……そう、仰ってましたわね……?」


「あー、そーだぜ。ここら一帯の魔力、全部使っちまった」


「道理で……。(わたくし)、もう……駄目ですわ……」


 目を回して倒れ込んでしまうジル。

 あ……、ジルって空気中の魔力、『魔素(マナ)』で生きてるんだっけ……。


 倒れたジルを背負って、私たちは再び歩き出した。

 カナの巨大な《火球》は、ジルのためにも使わない方がいいかも知れない。



    §  §  §  §



「この先で、馬車が襲われてますわ!」


 一時間程歩いて小高い丘を登りきった頃、ジルが私の背中で目を醒まし、叫んだ。確かに街道の向こう側で、何か騒動が起きているように見える。


「馬車ねえ……」


「どうしましたの? いつものアリサさんなら、一も二もなく助けに行く場面ですのに」


 背中から降りて、法衣の乱れを直しながらジルが言う。

 確かにすぐに助けに行きたいんだけど……。


「ほら、前回が前回じゃない。馬車に乗ってる方が悪かったり……」


 私はカットマンの馬車の件を思い出していた。

 困っている馬車を助けたつもりが、圧政を強いる悪人に加担していた……という経験をどうしても忘れきれない。


「そんなもの、助けてから考えればよろしいですわ」


「それに、なんでこの世界は馬車がこんなに襲われてるのかなって……私、この人生で馬車が襲われてるのを見るの、四度目よ?」


「ああー……」


 ジルも納得したような、呆れたような顔で声を上げる。


 そう、私は四度の馬車襲撃を経験している。一度目は騎士学校に向かう時の馬車で、二度目は王子の護衛の馬車、三度目はカットマン。……そして、今回。


「とにかく助けに行きましょう! もし、罪もない善良な人が襲われていたら、どうしますの?」


「うん……そうよね。いくよ! ジル、カナ!」


「その声を待っていましたわ!」


(おう)!」


 ジルが、やっと私らしさを取り戻した声に返事をした。

 カナも続いて、自身に満ちた力強い声で応えてくれた。


「そして……今度こそ、お姫様か豪商ですわ……! 次こそは馬車ガチャに勝利しますわよ!」


 ちょっと、ジル……結局それ?

 私たち三人は、襲われているであろう馬車へ向かって駆け出した。



    §  §  §  §



 到着すると、そこは乱戦模様。

 全員が立派な鎧を着込んだ騎士で、同じ鎧を着て、同じ盾を持っていた。全く同じ見た目の人たち同士で、どちらが正義でどちらが悪か見分けがつかない状態で戦っている。


 普通、盾や鎧にそれらしい紋章なんかが描かれているものだけど、困った事に両陣営とも全員が全員、同じ十字の紋章を盾にあしらっている。彼ら自身は敵味方の区別がついてるんだとは思うけど、私には分からない。


 馬車に縦走していたであろう馬たちだけが、街道の外へと退避している。


 主戦場である街道では、剣と剣、剣と盾とが打ち合う音が鳴り響き、気合いを込めた叫びが木霊する。野盗に襲われた豪商……といった状況でないのは明らかで、一番近いのは、私が王子の護衛をしていた時に起きた暗殺者の襲撃。


「全員同じ鎧だけど、どれを倒したらいいかな……?」


(わたくし)にも分かりませんわ」


「《千里眼》でなんとかならない?」


「こんな乱戦では流石に無理ですわ。面倒ですから、全部やっつけてお仕舞いなさいな」


「わかった……《剣創世(ソード・ジェネシス)・刃引きの剣》!」


 私は剣を出し、その戦いの中へと身を投じる。


 まず手始めに、近くにいる騎士の胴を全力で薙いで吹き飛ばすと、すぐ奥にいたもう一人も巻き込んで飛んでいく。そのまま、今吹き飛んだ騎士と戦っていた敵騎士に、渾身の力で面打ち。その敵騎士は、頭から地面へと突っ伏す。


 私が入ってきたのを見て、おそらく私を邪魔者だと思ったのだろう襲撃側の騎士が大上段から切りかかってくる。それを横へと躱して、兜を下から打ち上げる。兜が宙を舞い、顎を撃ち抜かれた騎士は脳震盪を起こして倒れた。


 剣道では一本を取れる有効打にはならないけど、下顎側面は相手を気絶させる事が出来る、いわゆる急所だ。


 顎を撃った剣を返して、その隣の騎士を袈裟斬り。刃引きだから、地面に叩きつけられるだけ。鎧を着たまま激しく打ち付けられた衝撃で、その騎士も気絶する。


 その間にもジルが錫杖を取り出して、別の騎士の足を絡め取って転ばせ、とどめに錫杖の柄尻で腹を打って気を失わせている。


 カナは人間が撃つサイズの《火球》で何人かの騎士を足止めしていた。

 《火球》が当たって怯んだ騎士たちを、私とジルがまとめて倒す。


 私たちは、ものの数分で全ての騎士を片付けた。

 それまで長時間打ち合いをしていた膠着状態に、私たち三人が横合いから殴りつけて全部をかっさらった状態になっていた。


 気絶した騎士たちを縛り上げた後、馬車の中が無事か確認をする。


「次こそ、お姫様! きっとお姫様ですわ!」


 小躍りしてはしゃぎながら言うジル。

 私が扉を開けて、中を覗き込むと……。


「アッ……アリサさん!?」


 そこには、私の名前を叫ぶ女の子がいた。


 聞き覚えのある声に、見覚えのあるポニーテール。

 騎士学校で三年間一緒に学んだ同級生、ヨーコ・カニンヘンだった――。

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