第六十三話 魔導具師
「私の父はゾディアック帝国の魔導具師でした……」
逃亡の少女――ステイシアが口を開いた。
§ § § §
――彼女が話し始める少し前の事。
私たちは戦隊服男が落とした『魔導具』を回収。ゾディアック兵たちを衛兵の詰所へと引きずっていき、街の衛兵へと引き渡した。その時、ジルが金色の男は危険なので注意するようにと指示していた。
そして冒険者ギルドへと行き、殴って気絶させてしまった冒険者たちに謝罪。
ジルが私の前に立って角が立たない謝り方をしてくれたおかげで、私は一緒にごめんなさいと言うだけで済んでしまった。
「いいって、いいって。気にすんなよ、姉ちゃん!」
「そうだそうだ。悪い奴らもやっつけれたしな」
「それよりも、アンタすげぇ強ぇな。俺たちのパーティに来ないか?」
……と、皆、好意的な態度で許してくれた。
たんこぶが引いてない人もいるのに、この街の冒険者がおおらかな人たちでよかった。
こういう時のジルって、本当に頼りになる。
「そうでしょう、そうでしょうとも……!」
彼らの態度に気をよくして、胸を張るジル。
「……何を隠そう、彼女こそ王太子殿下の婚約者にして、辺境伯令嬢、自らも伯爵の地位を持つ、世界最強の剣士にして、三千人斬りとドラゴン退治を果たした、武力において国王と同等の権限を持つ最強の剣聖……そして、この街の奴隷解放の立役者、『剣聖の姫君』アリサ・レッドヴァルトですわ!」
調子に乗ったジルは、私に向けて手を広げ、早口で一気にまくし立てた。
冒険者たちから一斉に納得したような、感心したような声が上がる。
先日の暴動は重税で搾取されたり、女性を奪われたりした市民たちで、冒険者の参加者はいなかった。なので、この場に私の正体を知る人はおらず、皆、今初めて知った事になる。つまり……。
「ちょっ……ジル! 仕事がなくなっちゃう!」
……さっき、頼りになるって思ったのは撤回!
私は困り果てて、ジルに微妙な表情を向けた。
そんな私に、冒険者たちが私を囲んで、肩を抱き、手を握って、好奇と尊敬と親しみの眼差しを向けて、私に語りかけてきた。
「姉ちゃん、『剣聖』様だったのか!」
「そういや、『剣聖』が代替わりしたって噂だったが、アンタがそうだったのか」
「道理で強ぇ訳だ。『剣聖』様にやられたなんて、逆に自慢になるぜ!」
皆がお祝いムードになって、沢山のお酒が酌み交わされた。
私は、子供の頃からの習慣でお酒ではなく、ミルクを飲んだけど。……だって、元日本人としては、十八歳ってまだお酒飲んじゃ駄目な歳でしょ?
§ § § §
そして、宿屋に戻る。
逃亡していた少女、ステイシアも一緒に連れてきた。
保護するという意味合いもあるけど、聞きたい事が山程あったからだ。
「開発者って言っていたけど……あれ、本当なの?」
「はい……。私の父はゾディアック帝国の魔導具師でした……」
「どうしてこんなものを作る事になったのか、教えて?」
私は宿泊部屋に備え付けのテーブルに、『魔導具』と『ギア』を置いて聞いた。
ジルもカナも息を呑んで、少女の言葉を待っている。
そして、少女は少しずつ、ゆっくりと事情を話し始めた。
「以前の魔導具は、ゾディアック公国……今は『ゾディアック帝国』ですが……、公国内で細々と使われるだけの道具でした……」
過去に思いを馳せて、少女は少しだけ表情が柔らかくなった。
「最初は、板や杖に魔法陣と呪文を刻んで、魔法の補助にするだけの単純なもので……」
確かに、シュナイデンが使っていた《火球》の杖もそれだった。
「それをキューブの形にしたのが、私の父ヴァラシタスです……。父はキューブの中に魔石を入れて回転させる事で、魔法名の宣誓も、本人の魔力すらも必要がない魔導具を発明し、それがまたたく間に国内に広がりました」
もしも攻撃や変身ではなく、湯沸かしや鑑定なんかに使えたら便利そう。
「ですが、それに目をつけたのが、先代公爵から爵位を継いだばかりのルーヴ公爵でした。彼は、自ら『暗黒獅子皇帝ルーヴ』と名乗り、公国を帝国と改名。父の魔導具を軍事利用し始めたんです」
彼女の表情が険しくなる。
暗黒獅子皇帝ルーヴ……それが帝国の黒幕。
私は彼女の話を聞きながら、ぐっと拳を握った。
いつもの私なら『戦隊』のお話みたいな巨悪の存在を知って、喜んで戦おうとしたはずだけど、今回だけは怒りがそれを上回っていた。
「軍用となったキューブはより強大な魔法を使うため、魔力源として遥か南方に住む魔族達が乱獲されました」
カナが悔しそうな顔を見せた。カナもその被害者だ。
「中級魔法、絶対障壁、獣人への変身。魔族の角によって作られたそれはとてつもない威力で、みるみる内に他国を占領していき、先日もサジェス国が軍門に下る事になりました」
ジルも瞳に怒りの炎を灯していた。サジェスはジルにとって大切な国だ。
「また、わざと隣国に使用期限のある魔導具を横流しして、魔導具という存在に依存させた上で、期限が訪れる頃合いを見計らって攻め込み、大量の魔導具で蹂躙するという卑劣な戦法まで取るようになりました」
それは以前、王子とゴレンジ男爵が話していた事だった。
つまり、このシュトルムラント王国も狙われているという証拠。
何が出来る訳でもないけど、私も気を引き締めないと。
「ただ……この戦法だけでは、シュトルムラントのような大国は攻め落とせない、そう踏んだ皇帝は……父と共に魔導具開発をしていた私に命令を下しました。むりやり王城へと連れていかれ、そこに監禁されて……」
彼女の瞳から一筋の涙が流れる。
「そうして完成したのが、この『改良型魔導具』と『ゾディアック・ギア』です……。従来のキューブの数倍、いえ……作った私が言うのもなんですが、十倍以上の威力を持っています」
魔導具にそっと手を添えて言う。
「試作品でもあの威力です。怖くなった私は動作の鍵となる『ゾディアック・ギア』を持って、帝国から逃げ出したんです。こんなものが量産されたら、世界はたちまち『改良型魔導具』の暴力によって蹂躙されてしまう……」
雑兵でもあの強さになる……確かに、とても恐ろしい兵器だった。
「お姉さんたちのおかげで助かりました……。なんとお礼を言えば……」
「お礼なんかいいのよ。それよりも、教えてくれてありがとう」
全てを語り終え、泣き出してしまうステイシア。
魔導具の開発者といっても、まだ幼い少女だから。
私は、彼女の頭をなでながら言った。
「とりあえず明日、ギルドに行って保護して貰えないか聞いてみよ?」
そうして私たちは翌日を待つ事となった。
§ § § §
明朝、冒険者ギルド。
早速ギルドに彼女の保護を頼むも、国家の反逆者とあっては、奴隷の少女を預かるのとは訳が違うと断られてしまった。冒険者たちに別の土地までの護衛が出来ないか聞いても、俺たちのランクではそんな大役は無理だと全員に断られた。
「いっそ、『剣聖』様が安全なトコまで連れてったらどうだ?」
「いいな、それ。『剣聖』様なら安心だ!」
「『剣聖』様、がんばれー!」
結局、護衛は私……という事になってしまった。
仕方がない、乗りかかった船だ。私たちがステイシアちゃんを安全な街まで送り届けよう!