第六十二話 歯車
懐から『魔導具』を取り出したゾディアック兵。
……『魔導具』?
彼が取り出したのは箱型のそれではなく、『ゾディアック・ギア』を大きく、より棘々しくしたような円盤。赤く塗られた円盤で、長めの突起が八方向に伸びている。その中央には、丁度『ゾディアック・ギア』がはまるような穴が空いていた。
「そっ……それは!」
ステイシアと呼ばれた少女が驚きの表情を見せる。
「駄目! それを『ギア』なしで使っては!!」
「煩い! 貴様が『ギア』を渡さないから悪いのだ!」
少女の叫びを気にも留めず、ゾディアック兵が『魔導具』を高くかざし、自身の胸に押し付けた。まるで磁石のようにぴったりと胸に吸いつく『魔導具』
そして、ゾディアック兵はそれの突起を掴むと、おもむろに回し始めた。
あまりの異様な光景に、私も、ジルもカナも、見入ってしまっていた。
「お願い! 止めて下さい! あれを……あなたに渡したあれを付けずに使ってしまうと……!」
少女の悲痛な訴えは、無情にも『魔導具』が吐き出す回転音にかき消された。手で回していた円盤は、いつしか手を離しても回り続けるようになり、今は激しい音を立てて高速回転をしている。
危険を感じ取ったカナが、ゾディアック兵へと駆け寄るも、なんらかの力に阻まれて弾き飛ばされてしまった。
「カナっ……!」
咄嗟にカナを受け止める。その間に彼の体は輝き、私にとっておぞましくも恐ろしいものへと変身を遂げてしまった。
§ § § §
「アーッハッハッハ! どんどん……どんどん、力がみなぎるぞ!」
変身の光の中から現れたのは、獣人……でも、怪人でもなく……黄金に輝く全身スーツ。それはまぎれもなく、『戦隊』のそれだった。
円盤もいつの間にか胸から落ちて、地面に転がっている。
「進化ッ……!!!」
変身の掛け声も、獣王変身ではない。
「これが……これが、『改良型魔導具』の力か! 素晴らしい! 素晴らしいなぁ……ステイシア、貴様の開発したこれの力は!」
「えっ……、開発した……?」
こんな少女が、『魔導具』の開発者?
私が驚いて目を見張り、少女の方に振り返ると……少女は泣いていた。
「ああっ……それを『ギア』なしで使ったら……もう、二度と人間には戻れないのに……」
恐るべき事実をその口から語る少女。
しかし、今の私には彼女が語った言葉より、その姿の方が衝撃の真実だった。
よりによって、私の目の前でそれになるなんて。
私より先に戦隊スーツを着るなんて。
今回といい、シュナイデンたちの件といい、『ゾディアック帝国』は……私に恨みでもあるんだろうか。私の先を越すようなものばっかり開発して!
……許せない。
私は怒りに身を任せて飛び出した。しかし……。
金属同士が激しく打ち合う音が鳴り響き、彼がいつの間にか取り出した剣で、私の魔法剣を軽々と受け止めていた。
「そんな……!?」
今までの中で一番速く、一番鋭い一撃だったはずの攻撃を、いとも簡単に止めるなんて。それに無詠唱での《剣創造》……改良型というのは『本当』なんだと感じさせる。
「女……貴様の力はそんなものだったか?」
嘲るような笑いを含ませながら私を罵り、虚空から取り出した剣で激しい攻撃を繰り出すゾディアック兵。
その絶え間ない連撃に、私も受けるだけで必死だった。
「六人ものゾディアック軍と、十は居た冒険者共を一瞬で蹴散らした猛者を、こんなに圧倒出来るとはなぁ……これは痛快だ!!」
怖ろしいまでの力と、凄まじいまでの速さ。
彼の攻撃のいくつかが私の防御を抜けて、頬を、腕を、脇腹をかすめる。
鋼より強固なミスリルの服に裂け目を作り、私の肌から赤い血が跳ねて飛んだ。
「くっ……」
敵兵が剣を振るうたび、次々と私の体に傷が増え、深くなっていく。
彼らの言う『改良型魔導具』の威力がこれ程のものなんて。
この絶体絶命のピンチに、私は諦めそうになっていた。
§ § § §
「アリサさんっ……!」
「アリサっ!!」
更なる猛攻を受けて倒れてそうになる私の耳に、二人の叫ぶ声が聞こえる。
ごめん、二人共……私が心の中で呟くと、折れそうになっている私の心とは裏腹に、名前を呼ぶだけではない、二人の力強い叫びが木霊した。
「《祝福》!!」
ジルがそう叫ぶと、おだやかな光が私を包む。
そして、カナからも。
「《加速》ォッ!!」
私の中で力があふれ出す。
《祝福》と《加速》……二人がそれぞれ、私に魔法をかけてくれた。
私自身が制御しきれない程の、力と速度。瞬時に敵兵の後ろへと回り込む。
思いきり靴を地面にこすりつけないと止まれない程の超加速で、踵から煙が上がり、甲高いブレーキ音まで鳴っている。
「ハッ……消えた!? どこだ……?」
私を見失って驚く敵兵。
私に背を向けたまま、左右をきょろきょろと見回す。
「こっちよ……」
私が呼ぶと敵兵が振り向く。その振り向きざまに、今度は私が連撃を叩き込む。
私にも見えない程の剣捌き。毎日の素振りで体に憶え込ませた全ての動きを、本能に任せて次々と繰り出した。
「てえっやああぁぁーっ!!!」
無数の剣閃が敵兵の全身を打ちのめす。
私は攻撃の手を緩めず、そのまま詠唱する。
「《剣創世》……大斬刀!! 刃引きっ!!」
今まで突いていた剣を投げ捨て、新たに空に出現した巨大な得物に持ち換える。
その持ち換えの隙を埋めるように……。
「《火球》!」
カナが火球を放ってくれた。人間が撃つのと同じサイズの小さな、文字通りのボールが後ろから飛んでくる。私が小さく身を捻って避けると、丁度、私の影に隠れていた火球が敵兵の顔へと当たる。
そう、カナは角と、その膨大な魔力を失って、あの二メートルもある巨大な火球を出せなくなっていた。それでも目くらましだけなら、この大きさで十分。
「うおおおぉぉぉっ……!」
大斬刀を大きく振りかぶり、横薙ぎに最後の一撃を放つと、敵兵は派手に吹っ飛んでいって轟音と共に壁にめり込んだ。
激しい衝突によって、数瞬遅れて無数の瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。
苦戦の末、ようやく勝負はついた――。
§ § § §
「ジル……カナ……ありがとう」
私は少しだけ涙ぐんで、二人を抱きしめる。
勝てたのは二人のおかげだ。
「構いませんのよ。私たち、『お友達』ですもの!」
「そうだぜ……!」
照れたように笑う二人。
……本当にありがとう、二人共。
そして、なんとか勝利した私たちに残された課題は……。
「それより、これ……どうしよっか?」
目の前には、伸びた兵士が六人と戦隊服男。それに、沢山の冒険者。
冒険者は目が醒めたら勝手に撤収してくれるし、兵士はロープで縛ればいいけど、この戦隊服男はもの凄い力で、ロープなんか引きちぎってしまいそう。
この全身スーツのまま、元の姿に戻れないというのはちょっと同情しないでもないけど、ちゃんと暴れないように捕まえないと後々が大変だ。
「……それなら、これがありますわ」
悩む私の肩にジルが手を置くと、振り向いた私の目の前でするすると胸から太い鎖を取り出した。鉄ではなく鋼の頑丈な鎖だ。これなら確かに、この戦隊服男を縛っておける。でも……。
「なんで、こんなもの持ってんのよ……」
いくらジルが頼りになるといっても、流石に今回は都合が良過ぎる。
呆れて聞く私に、ジルは答えた。
「あら……これ、カナさんの首に繋がれていた鎖ですのよ?」
「あっ……! あれかあ……」
あんなものが役に立つなんて。
それを取っておいたジルにも感心するやら、呆れるやら。
とにかく、私たちはこの金ぴか戦隊服男を鎖で縛って、他の六人ごと衛兵の詰所へと引きずっていった。




