第六十〇話 購入
カナとの奴隷契約が交わされてしまったその翌日。
私たちは三人で街へ買い出しに来ていた。いつまでも悩んでいても仕方がない。いつか解決方法が見つかると信じて、気分を切り換える事にした。
前向きに突っ走る。これも『戦隊』の心得の一つだから。
§ § § §
「カナ、このままじゃ……変質者よ?」
「痴女ですわね」
宿から借りた前開きのローブだけしか着てないカナ。
その下は全裸だ。
「別にアタシは気にしねーけど」
「私が気にするのよ!」
街を三人で歩きながら、話し合う。
カナは自分の買い物だというのに、とても面倒くさそうにしている。
一方ジルは、友達と一緒にする買い物が楽しくて仕方がない……といった表情で、終始満面の笑みをたたえている。
二人の態度が対照的だった。
なんとか私がまとめ上げて、ちゃんとカナの服を買ってあげないと。
私たちは、喋りながらとにかく服屋へと向かった。
ジルも私も思っていた事だけど、この世界の庶民用の服は選択肢が少ない。時代や文明が中世そのものだから仕方がないと、二人でちょっと諦めていた。
その中でも、出来るだけいい服を着せてあげたい。
私もジルもそう思って、コーデを選んだ。
まずは私の趣味で、可愛い服を試着させる。カナに絶対に似合う奴!
フリルの付いた膝丈スカート、トップスもフリルとリボン。
大きな帽子は、折れてしまった角を見事に隠している。
キュート系に褐色の肌がミスマッチだけど、それが余計に可愛く見えるように選んだ。我ながら完璧なコーデ。これならカナも気にいるはず……。
「やだよ、こんなヒラヒラしたの。動き辛ーじゃん」
「女の子ならお洒落しないと!」
「ですわね。それまで丸裸だったんですもの、その分綺麗になる権利がありますわ」
「でもなあ……」
当のカナはとても不服そう。
彼女にとっては、可愛さより動きやすさが優先されるらしい。
さっさと脱いで、元の裸ローブに戻ってしまった。
せっかく可愛いのを選んだのに。
……次はジルが選んだ服。
ジルがカナに着せたものは、淑女然とした上品なドレス。
「ジル……よく庶民の店で、こんな格好いいの見つけたわね」
「ふふん! これが『聖女』の目利きですわ!」
「なー、なんでオマエら、こー……スカートばっか選ぶんだ? これじゃ、冒険とか出来ねーだろ」
やっぱり、カナは嫌がる。
以降、何度か二人で選んだものの、どれもカナのお眼鏡には適わなかった。
「だああぁーっ!! アタシは着せ替え人形じゃねえーっ!!」
カナは怒って、自分で選ぶと言い出してしまった。
「お、これでいーよ、これで」
カナが選んだのは、短パン。裾が全くないから、ホットパンツと呼んだ方が近いようなボトムス。適当なパンツと、この短パンを引っ掴んで試着する。
「よし、これでいい!」
ホットパンツに、足には適当に巻いたバンデージ。
森で動くには動きやすそうだけど……。カナ、ここは赤の森じゃないからね?
「カナっ……! 胸くらい隠して!」
「えっ? いいよ。アタシはアリサや聖女サマみたいにばいーんって出てないから!」
「いや、女の子なら隠して! お願い!!」
しょーがねーなー、なんて頭をかきながらカナは近くにあった布を手に取って、それを乱暴に胸に巻きつけた。ただの適当な黒布だけど、一応……本当に一応、かろうじてループブラみたいには見える。
「ホラ、これで文句ねーだろ?」
カナ……いくらなんでも、大雑把すぎるよ。
唖然とする私の横から、ジルが乗り出してきて……。
「あら、可愛らしいじゃありませんの。悪くないと思いますわ!」
「だろ?」
そう言うと、その服の上からローブを羽織ってしまった。
カナ、それじゃ服を買いに来た意味がほとんどないよ……。
カナとジルは上機嫌、私はどっと疲れて服屋を後にした。
§ § § §
カナの服も買って、食料の買い出しも終わり、後は……冒険者ギルド。
奴隷にされて身ぐるみを剥がされていたせいで、カナは冒険者プレートを紛失していた。その再発行に来た。
「……でも、これだけは死守したぜ?」
首飾りを取り出して、私に見せてきた。確かにあの日、私がカナだと気付けたのはこれのおかげだった。私にとっても大事な友達の証だ。
「カナはいつも無茶ばかりするんだから……」
「アリサ程じゃねーよ」
「仲がよろしいじゃありませんの。私にはそういった特別な物はないんですの?」
頬を膨らませて、ジルが割って入る。
「ないわね」
「ねーな」
冗談交じりで否定する私たちに、ジルは小さくぼやいて拗ねてしまった。
そうやって笑いながら冗談を言って歩いていると、程なくしてギルドに到着。
「レッドヴァルトと違ってデケーなー! アリサ、これ凄くね?」
「王都のはもっと大きいわよ」
「まじかよ……王都ってのも行ってみてーなー」
実は『赤の森』はあまりにも危険過ぎて、相当の腕前じゃないと挑戦出来ないとかで、活動している冒険者があまり多くない。
そのため、冒険者が少ない地域に対して予算が割けないという事で、森近くの酒場を改装して冒険者ギルドにした……というのが、私の故郷、レッドヴァルトの冒険者ギルドの実態だった。
オヤジさんも、元はただの酒場のオヤジさん。
だから、他のギルドを初めて見るカナには大きく、新鮮に見えているんだろう。王都のギルドを初めて見た時の私のように。
カナは早速、受付へと足を急がせる。建物で走ると人にぶつかるよ、と注意する前に、列の最後尾に並んでいた戦士にぶつかって、すまねえ……とか言ってる。本当に楽しそう。
やがてカナの順番がきて、冒険者プレートの再発行が始まった。
§ § § §
「アリサ……聖女サマ……、本っ当ーにすまねえ!」
しばらくすると、酒場スペースの席で座って待っていた私とジルに、カナが両手をあわせて謝ってきた。
「どうしたの?」「どうしましたの?」
二人で口を揃えて聞くと……。
「プレートの再発行料金……金貨一枚」
「うん」
「アタシ、金なんか持ってねーから、借金になっちまった! すまん!」
「別にいいけど……。それくらい、いくらでも出すわよ?」
私の言葉に今度はジルが青ざめる。
テーブルには、料理の山。
「ごめんなさい! 私、もうすっからかんになるまで注文してしまいましたわ!」
「つまり……?」
「私たち、無一文な上に、借金確定ですわ」
ジルの大食らいは今に始まった事じゃないし、カナのプレートも再発行は必要。それは問題ない。でも、借金は不味い。
私は軽くため息をついて、二人に言った。
「じゃあ、働こ……?」
三人になって初めての冒険は、借金返済だった。
世の中、本当に思った通りにはいかないなあ……。
そう思った矢先、立ち上がった私に誰かがぶつかった。
「あっ……ご、ごめんなさい! 急いでるので! あの……」
私にぶつかったのは少女。ボブカットの髪で片目を隠し、目鼻立ちがくっきりしている。何故か焦っているその表情も可愛らしい美少女だった。
「あ、私こそごめんなさ……」
「これ! 預かって貰えませんか!」
私も謝ろうとしたその瞬間、被せるように少女から何かを手渡される。
それを私に手渡した後、少女はギルドの裏口から逃げるように去っていった。
「どうしよう、これ……」
私が少女から託されたのは、コイン。
五センチ程度の、周囲に歯車ような突起の生えたコインだった――。