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第九話 再会

 待ちに待っていた日がやって来た――。


 一週間の謹慎が解けて、森に出られるようになった。

 ようやく、カナに逢いに行ける。

 初めて出来た友達に逢える――そう思うと、心臓が早鐘のように鳴り出した。


 厨房の裏口を抜け、森へと踊り出る。

 久しぶりに見た森は、相変わらず薄暗くて陰鬱な森だけど、今日の景色だけは何故か明るく感じた。


 森を駆け巡り、カナの姿を探す。


 森の入り口、初めて出逢った巨木、語り合った大岩、魔法を教わった更地。

 知っている場所を全部、走って、走って、走り尽くす。

 息が切れるまで、記憶に残っている場所を何度もぐるぐると回っていた。


 だからと言って、知らない場所にまで行く気にはなれない。

 そんな所でカナが待っているとは思えないし、血染めの森とされる『赤の森(レッドヴァルト)』はそんなに優しい場所ではないからだ。


 ……見つからない。


 そうだ。『狩猟者(ハンター)』を生業にしている彼女が一つの場所にじっとしているはずがなかった。彼女もまた森中を駆け巡って、魔物を退治して回っているはず。


 今日この日に森に来ているのか、それすら分からなかった。休みたい日だってあるだろう。それに、前に別れてから一週間も経っていた。約束をしておいて逢いに行かないという不義理をしたのは私の方だ。


 どうしよう。


 闇雲に探しても見つからないし、またねと約束をして別れたけど、本当にまた逢えるかの保証はなかった。


 やり場の無い不安が込み上げ、その熱が目を伝い涙となって零れ落ちていく。


 ――カナ、逢いたいよ!


 心の中で叫ぶと、堰を切ったように涙と嗚咽が、私の目から喉から溢れ出した。


 生まれ変わった新しい人生で初めて出来た友達。

 前の人生でも変わった趣味から、友達らしい友達が居なかった私には本当の意味で初めての友達。


 たった一週間逢えないだけで、こんなにも寂しくなるなんて。

 私ってこんなに弱い子だったかな……?


 それとも六歳の体が、私を弱くて我がままな子にさせているのか。

 泣くのをやめてと自分に言い聞かせても、まだ涙は止まらない。

 泣きながらあてどなく彷徨う。


 気がつくと森を出て、城下町に着いていた。

 城下町――そうだ、ギルド!

 冒険者ギルドに行けば、何か分かるかもしれない!


 散々走り回って疲れた体をもう一度だけ鞭打って、あの建物へと急いだ。



    §  §  §  §



 ――冒険者ギルド。


 まだ夕方にもなっていない時間で、前と違って騒がしい声は聞こえはしない。

 涙を拭って両開きの扉を開け中に入ると、懐かしさすら感じる素朴な内装が私を出迎えた。


「おや、お(ひい)さんじゃないですか。久方ぶりですなあ」


 オヤジさんが、カウンターの奥から笑顔を見せた。


「今日はどうしたんですかい?」


 そう言いながら、手拭いを差し出し、自らの目尻をちょんちょんと突いて、私の顔が涙で汚れている事を教えてくれる。


 手拭いで顔を拭きながら、私は取りとめのない言葉を紡いだ。


「あの、カナ来てない? カナ……カナリア! 約束をしたの。逢いたいの……!」


 小さな子供のしどろもどろな言葉。

 それを読み解いて、オヤジさんが答える。


「カナリアちゃんかい? カナリアちゃんなら、毎日のように来てますぜ」


 つるつるの頭を、人差し指で掻きながら教えてくれた。


「そうさなあ……。夕方頃には狩った獲物を持って来るはずでさあ。それまでちぃっとだけ、待って戴けやすかい?」


 拭いたはずの涙がまた、私の瞳から零れ出す。とめどなく落ちる雫が、床に水跡を作っていく。


「あーもう。一体どうしたんですかい」


 オヤジさんは私の手から手拭いを奪い取って、ごしごしを拭いてくれた。

 それからミルクを出してくれて、これでも飲んで落ち着いて下さいと肩を叩いてくれた。



    §  §  §  § 



 窓から夕陽が差し始め、店内を幻想的なオレンジに染め上げた頃、ギルドの門を乱暴に開いて、忘れようもない綺麗な声が飛び込んできた。


「おう、オヤジ! 換金だ。今日は角ウサギを五匹やっつけたぜ!」


 私は、子供にはやや高過ぎるカウンターの席から飛び降りて、声の主の元へと駆けよって行き、思い切り抱きついた。

 彼女は私の勢いに驚いて、狩ってきた獲物を手放し、床に落としてしまう。


「アリサじゃねーか。久しぶりだな」


「ごめん。ずっと、ごめん。逢いに行けなくてごめん――」


 また泣いてしまう私。

 ギルドの床だけでなく、今度はカナの服まで涙で汚してしまった。


「いや、いいって。アリサにも色々あんだろ?」


 指で涙を拭いながら言った。


「それに、いつ、どこで逢おうなんてのも全然決めてなかったしな。アタシも悪かった」


 苦笑いしながら謝るカナ。


「じゃあ、こういうのはどーだ?」


 私を抱き返して、カナが提案する。


「逢いたい時は、昼にギルド(ここ)で落ち合う。用がある日は無理に来なくていいし、待つ必要もねー……って、こんな感じでどーよ?」


「うん……うん!!」


 私も頷く。

 そこにオヤジさんの声が聞こえた。


「じゃあ、あっしはお二人の再会を祝して、一杯奢らせて貰いますぜ!」


 

    §  §  §  §



 奢りのミルクを飲みながら、逢えなかった一週間の事を語り合った。


 カナは、あの熊のような大きさではないものの、自分より大きな魔物が狩れるようになったという話を。私はあの後、帰りが遅くなって謹慎処分を受けた話をした。


「やっぱりな。お姫様があんな夜更けまで出歩いてたら、ま、そーなるわな。いや、ホント悪かった」


 カナが高らかに笑う。

 私も笑いながら言い返す。


「もう、お姫様はやめてよ」


「でも、オヤジも『お(ひい)さん』って言ってるぜ? オヤジは良くて、アタシは駄目なのか?」


「友達でしょ!」


(わり)い、(わり)い」


 それから、一週間外に出られない間、ずっと部屋で《剣創造(クリエイト・ソード)》の……今は《剣創世(ソード・ジェネシス)》の練習をしていた事をカナに報告する。


 毎日、練習したおかげで十分間は消えなくなったとか、形がまあまあ不格好ではなくなったとかを話した。


「お、《剣創造(クリエイト・ソード)》に慣れたか。じゃあ、明日見てやるよ」


「明日?」


「ああ。外を見てみろよ。もうこんな時間だぜ? とっとと帰んねーと、また閉じ込められちまうぜ?」


「あ――!」


「城に囚われたお姫様、って奴だな」


「もうっ!」


 慌てて椅子から跳び降り、奢ってくれたオヤジさんに軽くお礼を言うと、大急ぎで城へと帰る。また外出禁止になったら、悔やんでも悔やみきれないところだった。



    §  §  §  §



 約束の翌日。

 カナはギルドのカウンターで待ってくれていた。


「じゃ、行くか。狩りをしながら、練習の成果……見てやるよ」


「うん!」


 二人で揚々と森へ出かける。


 鬱蒼として薄暗く、ここで迷ったら生きては帰って来れない、血染めの森。

 どこまでも岩と大木が続き、少しでも気を抜けば生きて帰る事が出来ない天然の迷宮だ。過酷な自然が、私たちの小さな体に牙を剥く。


 そんな怖ろしい森の奥地でも、カナと一緒なら何も怖くはない。


「アリサ、そっち行ったぞ!」


「任せて!」


 角の生えた狼、角オオカミ。そのままの名前の魔物が、カナの《火球(ファイヤー・ボール)》の魔法で私の下へと誘導され、私は《剣創世(ソード・ジェネシス)》で創った剣で、腹部を強打。


 とどめは、カナが腰に隠し持っていた短剣で刺した。


 あれだけ大きな熊と命をかけて戦った後だから、剣を振るう事に躊躇いはなくなっていた。


 まだ少しだけ、殺してしまう事には抵抗があるけど。

 カナはその点に関しては、容赦はない。私と違って、人々を危険から守る仕事と割り切っている。


「ふう……こんなもんか」


 カナは地面に座り込んで、汗を拭った。


「角ウサギ二匹に、角オオカミ二匹。まずまず……だな」


「そうね」


「しっかし、アリサもすげーな。たった一週間で、こんなに魔法を使いこなせるよーになるなんてな」


「そんな事ないよ。まだ形は不格好だし」


「不格好と言や、《剣創世(ソード・ジェネシス)》だっけ? なんで、魔法名をそんな変ちくりんな名前に変えたんだ?」


 あまり、聞かれたくない話だった。

 正直に言っても、信じて貰えなさそうな予感がする。


「変えたのは私じゃないよ」


「人間がほとんど使わねー《剣創造(こいつ)》を、一体誰が?」


「女神様」


「……はあ?」


「創世の女神様」


 途端、カナの顔が『おかしな子』を見るような表情に変わった。


「本当だってば。礼拝の時に女神様がやってきて、祝福だから名前を変えたって!」


「アリサ、オマエ……頭、だいじょーぶか?」


「大丈夫だよ! 実際に、ほら!」


 目の前で、同じ呪文を詠唱し、最後に《剣創造(クリエイト・ソード)》と叫んで魔法を使おうとしてみる。勿論、剣は出てこない。


 ……女神様のばか。


「マジかよ……」


「マジだよ」


 次は《剣創世(ソード・ジェネシス)》と唱え、剣を出す。


「マジだな……女神の祝福か……。(すげ)ーのか、凄くねーのか全く分かんねーな、これ」


「でしょ?」


「まあ、祝福ってんなら、ありがたく受け取っとけ。あんまカッコよくねー名前だけど」


「だよね」


 二人で苦笑いする。

 その時、ふと。


(格好よくないとは、何事ですか!)


 どこからか、声が聞こえた気がした。

 慌てて辺りを見回したけど、私たち以外には誰もいなかった。



    §  §  §  §



「よし……結構狩ったし、遅くなる前に帰っか」


 カナが言い、私も賛同した。

 かなり奥まで入り込んでしまった森から、町の方へと戻っていく。


 もうすぐ城下町、といったところで何か嫌な気配を感じる。

 近くの小動物達が一斉に走り去って行き、木々がざわめき出した。


「おい、なんだ? 一体何があったってんだ?」


 カナが不安そうな声を上げる。


「カナ……」


 カナにつられて私も不安になり、カナのローブの裾をつかむ。

 そして――。


 上空から低く大きな羽音が聞こえる。

 日の光をほとんど通さない木々の隙間を縫って、何者かが舞い降りて来た。


「これは……!」


 その言葉は私が言ったのか、それもとカナが言ったのか。

 天空から降って来た()()は、どすん……と大きな音を立て大地に足を下ろす。

 以前の熊と同じか、それ以上。


 禍々しい巨体。


 鋭い眼光を放つ獅子の体と、肩には山羊の頭。尻尾にも蛇の頭があり、合わせて三つの頭が睨みを利かせる。背中には大きな蝙蝠の羽。さまざまな動物をむりやりかけ合わせたような魔物――それは最早、怪物と呼ぶべき異形。


「キメラ!!」


 私とカナは声をそろえて、その魔物の名前を叫んだ――。

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[一言] また強そうなの来ちゃった
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