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『剣聖の姫君』

「嫌……やめて……! 助けてぇ……っ!!」


 方々から火の手が上がり、村が焼け落ちようとしている。


 その片隅で、耳を(つんざ)く悲鳴が聞こえる。

 (うずくま)って怯える娘を取り囲んでいるのは、三体の鬼。

 ゴブリンと呼ばれる、何処にでも存在する一般的な魔物だ。


 緑色の肌に、禿げ上がった頭。小さな角。

 口元から鋭い牙を覗かせ、常に威嚇し続けているかのような獰猛な顔付きは、人の似姿であっても間違いなく異形の怪物だった。


 それぞれが襤褸(ぼろ)を申し訳程度に(まと)い、棍棒を(たずさ)えている。

 やや小さな体躯に大人以上の膂力、この世界で最も身近な脅威の存在。


 そのゴブリンが村娘を、激しく打ち()えている。


 気を失わない程度に、何度も何度も執拗に殴る。この残忍さ、陰湿さこそがゴブリンの怖れられている理由だ。


 激しく打たれながら、娘は意識を手放しそうになる。


「も……もう……」


 もう、駄目――。

 脳裏にその言葉が(よぎ)った時、背後から声が聞こえた。


「そこまでよ! ゴブリンども!」


 鈴の鳴るような、美しく凛とした少女の声。


「お待たせ! 間に合った?」


 少女は優しく、そして力強く娘に語り掛ける。

 腰まである乱れ一つ無い金の髪、強い意志を秘めたマリンブルーの瞳。あどけなさを残しつつも、歴戦の勇士を思わせるような凛々しい顔立ち。


 長身ですらりとした体を包むのは、鮮やかな赤の騎士装束。左肩にはひらりと外套(マント)を棚引かせ、右手には切れ味の良さそうな漆黒の剣。

 

「赤の剣士――! 剣聖レッ……」


 颯爽と名乗りを挙げようとする少女。

 だが、無粋にもそれが終わる前に、ゴブリンは突進して来た。


「ちょ、ちょっと……名乗りは最後まで聞きなさいよ!」


 少女は愚痴を零しながら、迫り来るゴブリンを優雅に(かわ)して行く。

 その姿には、余裕すら見て取れた。


「……馬鹿ですか貴女は。ゴブリンどもにそんな知能があるはずがないでしょう?」


 闘う少女とは別に、大人びた女性の声が脇から聞こえて来た。

 その声の主は娘の傍らに歩み寄り、倒れそうな娘を抱え起こす。


「《治癒(ヒール)》……」


 女性が小さく呟くと、娘の体が淡い光に包まれて、見る間に痛みが引いて行く。


 抱え上げられながら、娘は礼を述べようとした。

 しかしその女性を見た途端、思わず息を呑み、その姿に魅入られてしまう。


 長く透き通った銀髪を上品に束ね、髪と同じく銀色に輝く涼やかな瞳。女神と見紛うばかりの秀麗な美貌。美の化身とも呼べる存在が、金銀の刺繍で美しく彩られた純白の法衣に身を包んでいる。


 聖女。


 一言で表すならば、それしか無かった。

 その美しさに、娘が言葉を失うのも道理であろう。


 娘が固唾を飲んでいると、聖女が良く通る上品な声で少女に命じた。


「さっさと片付けてしまいなさい」


「――わかった」


 少女は一言だけ答えると剣を構え直し、閃光のような速さでゴブリンの間を駆け抜けた。その速さは、熟練の猛者でも目で追う事が出来るか否か。


 少女が過ぎ去った後には、合わせて三本の銀光が華麗な弧を描いた。数瞬遅れて、ゴブリンが次々に両断されて行く。


 一体は縦に、もう一体は斜めに、最後の一体は横一文字に。


 当のゴブリン達は、何をされたか分からないまま絶命していた。

 大の男ですら、数人掛かりでようやく互角と言われる魔物。それを三体も同時に斬り伏せるとは、一体何者なのだろうか。


 少女は返す踵で、別の村人を助けに向かう。


「……あの御方は?」


 娘が尋ねる。

 聖女は次々と魔物を(ほふ)る少女に目を馳せながら、その問いに答えた。


「彼女は、剣聖アリサ・レッドヴァルト。――『剣聖の姫君』ですわ」


「『剣聖の姫君』……」


 その二つ名を呟くと娘もまた、少女の後姿を見詰めていた――。

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