【拾】ー弐
森を歩いていると、おかしな事に気が付き始めた。山を登ってここまで来たのに、ここは平地だ。トンネルは斜面じゃなかったから、麓まで降りたという事は無い。
さらに言えば、この辺りにこんな大きな森は無かった。山の周りは住宅地で人もまあまあ居たはずだが、ここは完全な森で建物すらない。木にはきのこが生えて、川も流れていた。獣の様な声も聞こえたが、この世のものとは思えなかった。
「見た事の無い植物だーってか?」
この歳で迷子になったのかと焦りつつ、ケータイを置いてきた事を後悔した。植物がガサゴソ動いている気がしてあんまり見れていないが、こんなに綺麗な実を付けたり、罠みたいに実がぶら下がっていたりするものだろうか? まるで南国のジャングルに来たみたいだ。
歩き続けてもジャングルは続く。そろそろ夕方になってきた。どうしたものかと考えていると、人の気配がする事に気が付いた。
(え? でも人の気配? こっちから…え!?)
目を向けると、視界が飛んで4人の男女が見えた。全員甲冑を着ていて、まるで傭兵か騎士みたいだ。しかし、それどころではない。
漫画で見た千里眼の様だと思った。目を閉じると感覚が戻ってきた。その拍子に転んで尻餅をつく。
「痛って!!」
しかも、女の子のひとりと目が合った気がする。すると、4人がこちらに気が付いたらしく、向かってくる。まだ距離があるはずなのに、声が聞こえる。
(誰か居るよ! 向こうもこっちに気付いてるみたい!)
(旅人が迷ったんだろう。街まで案内しよう。)
野盗だったら逃げようと思ったが、どうやら親切そうな人達で安心した。それと同時におかしな事が頭をよぎる。
(ーまさか、成功した?)
そんなワケは無い。分かった!コスプレイヤーの方たちだ!その方が現実味がある!
そんな事を考えていると、足音が近づいてきた。
「誰か居ますかー? あっ! 居た居た!」
「服がボロボロじゃんか! 何かあったのか?」
「旅の人…? 変わった服装ですけど、遠くから来られたんですか? ここは王都の近くですよ!」
俺は、自分の記憶を辿って異世界小説にありきたりな返答をした。
「…あの、何も覚えてないんです。」
顔を見合わせる4人。
最後に3人が若い男(と言っても俺と同じくらい)を見たから、この金髪碧眼のイケメンがリーダーらしい。このゴツイおっさんの方が頼りになりそうな気がするが。
女の子はしっかり者の印象を受ける黒髪の子とゆるふわ系の魔法少女っぽい服の子で、俺と目が合ったのはゆるふわ系の子だ。
「あー。えっと、それは…記憶というか…自分が誰かお分からないって事?」
「…はい。」
若い男が困った様な調子で聞いてきたので、その様子にちょっとイラッとしながら、状況が掴めず混乱しているので答えた声がめちゃめちゃ小さくて恥ずかしかった。
また顔を見合わせる4人。すると、ゆるふわ系の魔法少女が前に出て来た。
「でもさ、でもさ! 記憶無いのに探索魔法使ったの? 魔法の記憶はあるの?」
一瞬の沈黙。
「魔法? 俺が?」
黒髪美女が声を荒げる。
(よく見ると、この子エルフだ!耳がとんがってる!!)
「とぼけないでよ! 今だって威嚇の魔法使ってるでしょ! さっさと止めなさいよ! 通りで今日は魔物が少ないと思った!」
(え、俺に言ってんの?)
「俺、魔法なんて使えませんけど…」
そう言うとまた4人は顔を見合わせ、黒髪美女がため息を付いた。
「セシリア、お願い。」
ゆるふわ魔法少女はセシリアと言うらしい。大きな青い石の付いた杖を向けられると、身体の力が抜けて気分が落ち着いた。
「??」
「緊張して警戒の魔法が暴走してたから、効果を消しただけだよ。リラックス効果のある魔法も使っておいたよ! もう大丈夫!」
それを見た若い男が何か言いかけたが、黒髪美女が遮った。
「うんうん! ありがとう! 流石セシリアね!♬」
「えへへー♬」
「じゃあ、王都に戻りましょう。この人を安全な所まで連れて行きましょう。」
「えー!? 大丈夫かよ!?」
「このまま放っとくワケにいかんだろう。」
「そうだよー!」
4人がわいわい話し合いする中、さり気なくおっさんが手を貸してくれて立ち上がった。
「あ、ありがとうございます。」
「良いって事よ!」
輝く白い歯が眩しい。実は見た目より若いのかもしれない。髭のせいか45歳くらいに見えるが…
「アンタ、名前は?」
「えっと…」
スミスという名前は日本で言う佐藤さんだと漫画のセリフを思い出した。
「覚えてないので、スミスとでも呼んで下さい。」
と言ってから、ファミリーネームを名乗ってどうするんだ? と気が付いたが、ここは異世界。
「そうか! よろしくな! スミス!」
と爽やかな笑顔で返され、めでたく俺の名前はスミスとなった。
ーそう、ここは異世界らしいー
道すがら4人の話を聞いていると、ここが異世界なんだと実感してきた。巨大なイベントに巻き込まれた可能性を考えたが、こんな事は夢の国でも起こるまい。
「私も私もー! スミスさん! 私セシリア! よろしくね!」
「あ、よろしくお願いします…」
「私はケイティ! こっちのデカイのはベン! こっちの細いのがアイクよ!」
アイクが一瞬、俺も喋らせろよ、という顔をしたが、すぐに笑顔で挨拶されたので、俺も笑顔で返した。俺は凄く良い人達に拾われたらしい。
「記憶が無くなるなんて、大変だったわね! 何か覚えてる事は無いの?」
「えっと…お金で物を買うとか普通の事は分かりますが、お金の単位とか覚えてません。」
「一般常識以外覚えてないのね! 分かったわ!」
何が分かったのだろう? という俺の顔を見て取ったのか、やっとアイクが喋った。
「ケイティは王都の貴族で、ナンバー、あー。役所で住民登録を担当してる貴族が知り合いに居るんだ。事情を説明して、王都で生活出来るようにしてくれるよ。」
「そうなんですか。ありがとうございます。」
…と、返事をしてから
「あっ、ケイティさん、貴族なんですね。えっと俺、礼儀とか全然知らないんですが…」
すると、4人がまた顔を見合わせて大笑いし始めた。
??よく分からないが恥ずかしい。どうしたものかと考えていると、ケイティに鼻をつままれた。
「痛っ…!?」
「貴方に記憶が無いから許してあげるけど、そっちの方が失礼じゃない!?」
すぐに放してくれたが、凄い怪力だ。
「すみ゛ません…!」
「私は傭兵みたいな事もやってるから、もう貴族扱いはしてほしくないの。だから普通に話しかけてね!」
そう言った時の笑顔はほんとうに美人だった。
自分のコミュニケーション能力の低さに悲しくなったが、これから直して行けば良いと前向きに考える事にした。




