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【拾】ー壱

それは、デジャヴと言うのだろう。そう思っていた。


昔から、変な夢を見る事がよくあった。一番印象的だったのは、昨日見た夢が今日そのものだった事だ。


呼ばれる瞬間も、何をしなければいけないかも、どんな食事になるのかも、どんな夜になるのかも全部知っている変な一日だった。


そして、俺はそれを凄く嫌だと思った。


他にもある。

イライラしてる日に急に雷が鳴り始めたのでもっとイライラしたとか、台風が来てたのに、大好きな漫画やゲームに熱中していたら突然台風が消えて快晴になったのでニュースになっていたとか。

あんまりイライラしたのでモノに当たったら、それが大袈裟なくらい吹き飛んだり、破壊されたとか。


いやいや。俺だってどっかの漫画か小説の見過ぎだろうと思っていたさ。厨二病は大概にしろと。


しかし、お母さんから「お前は家事してお金入れて私の言う事聞いていればいいの!」と言われた日は考えずにはいられなかった。


全てを捨てて逃げたいと。


母は自分を人間として見ていない。愛されない生きた屍。母の愛玩動物。母が欲しいのは自分の愛を無言で受け止める動物で俺じゃない。動いていればなんでもいいんだ。父は母の奇行に耐えられずに家を出た事は誰からも言われなくても明白。


「●●君はよくグレなかったね。」


そんな叔母の言葉が頭をよぎった。


どうにかしてこのおかしな「世界」から逃げられないものか。おかしなあの女と永遠に会わなくて済む方法は無いのか?


縁を切ろうか? いっそ、殺してしまおうか。いや、俺の人生をあんな女に捧げてなるものか。あの女の命の為に一生を刑務所で暮らす? ハッ! 馬鹿馬鹿しい!!絶対に嫌だ。


やっぱり家出しよう。でも仕事は?誰が未成年の一人暮らしの保証人になってくれる?お金も全部あの女に持っていかれて貯金も無い。無理だ。不可能だ。


今から貯金して?どうやって?通帳から勝手に下ろされるのをどうやって止める?聞いただけで怒鳴ってくる会話も出来ない女に交渉とか笑える。


どうにかして、別の世界へ…!


そこから、俺の思考は現実逃避になった。

〝もしも俺に超能力があるのなら、それを使ってこの世界を変えてしまいたい。″


その瞬間ー


〝何か″が見えた。人の視線? ここから遠い所で誰かが俺と同じ事を考えている。そんな印象を受けた。


はっとして、顔を叩く。いやいや。18にもなって超能力者の妄想かよ! やめやめ! そうは思っても、それは楽しい想像だった。


それからは馬鹿な事をよく想像する様になった。シャワーで修行の真似をしてみたり、能力を高めるパワーストーンを買ってみたり。異世界へ行く方法、なんてサイトを探して試してみたり。


そんな事をしていると、ある心霊スポットに目が止まった。その霊山が異世界に繋がっているとか、神社の配置で結界が作られているというものだった。


それなら、結界を壊した状態で神社に入ったらどうなるのだろう?そうしたら、異世界へ行けるかもしれない。電車を乗り継げば行ける距離だ。山を登るのは大変だが、休日の暇つぶしには良いだろう。


現実逃避でも、出掛ける理由が欲しかった俺は怪しいパワーストーンだとかをリュックに入れて出掛けた。後ろからババアが何か叫んでるが知った事か。最近は家事も適当で話もしない。


電車の中ので、久しぶりに職場以外の人達を眺める。家族や休日でもスーツを着ている男。ギャルや部活に行く途中の高校生。みんな楽しそうに笑っている。自分だけ笑っていない。


そんな事を考えて、止めた。疲れた顔しているサラリーマンに悪い気がしたからだ。しかし、窓を見るとどうしても考えてしまう。美しい山や川や田んぼ。高いビルやショッピングモール。その全てに誰かが関わっていて、その人達が努力した結果がこの世界を形作っている。


…じゃあ、俺は?


今まで何の努力をしてきただろう? 自分の得意なものさえ知らない。誰かに自慢出来る事も、語り合う相手さえ居ない。


「俺って…どんな人だったっけ?」


山に着くと、ちょっと後悔した。思えば一人で山登りなんてした事ない。明日筋肉痛になる事を覚悟して登り始める。舗装された道があるだけマシというものだ。


最初は気持ちが良いもので、木漏れ日に心洗われながら進んだが、慣れない登山で息が乱れる。ペットボトルのお茶を飲みながら10月にしては高い気温を呪った。


突然思い立って「涼しくなれ!」と叫んでみたが、何も起こらなかったので恥ずかしくなって誰も居ないか確認して、誰にも見られなかった事に安堵してからまた道を進んだ。


時たま通る車のドライバーは必ずこちらを凝視してきた。そういえば、自殺の名所にもなっていた霊山だった。心霊スポットにはよくある話だ。


思っていた時間の倍かかったが、どうにか例の神社にたどり着いた。本当に俺に超能力があれば、結界を消して異世界への扉が開かれるはずだ!


結果が分かっていても、自分でやろうと思った事を誰にも咎められず好きに行って良いというのは俺にとって新鮮な事だった。最高に楽しかった。


ーこの馬鹿なマネが終わったら、ずっと気になっていたお店でご飯でも食べて帰るか! 俺が稼いだお金なんだ! 俺が好きに使っても良いだろう!

そんな風に思えた。


結界を壊す魔方陣を書くチョークと、魔方陣を掃除するブラシと水をリュックから出す。馬鹿のくせに律儀だなぁと考えながら作業を進める。


ーそうだ。通帳からお金を引き出されない様に先に全部引き出して、盗られない様に別の通帳に移せばいいんじゃないのか?でも、そうしたらその通帳のカードを必ず持ち歩くしかないな…


古本屋で見付けた怪しい本に書かれていた魔方陣を書きながらワクワクしていた。


ーお金を貯めたら一人暮らしが出来る! そうしたら、ババアともお別れだ! でも、保証人はどうしよう? 帰りの電車でググってみよう。よく考えたら、保証人が居ないと部屋を借りれないなら、天涯孤独の人はどうするんだ? 保証人が居なくてもきっとあの家から出られるはずー!


「出来た!」


完成した魔方陣はヘロヘロだが、まあ現実はこんなもんだ。怪しい古本を手に、魔方陣の真ん中に立つ。呪文を確認して汗が出る。これ、本当に言うの?


「東を取って、西を取って、南を取って、北から鬼門へ。天が下へ地は上へ。橋の向こうの鬼、川の向こうに渡る船。扉よ開け!」


…静寂が爽やかな風を一層に心地良く感じさせた。顔が真っ赤になるのを感じて本を閉じた。


「さあ! メシ食って帰るか!」


と、ブラシに手を伸ばしたその時だった。


軋む金具の音を立てて、本堂の戸が開いた音がした。誰かの気配がする。神主さんかと思ったが、多分違う。これは、なんだ?


ー見付けた。お前だろう、俺を見ていたのは。


それは、かすれた男の声だった。


(見付けた? 何の事だ!? いや、きっと神主さんだ! 謝って許してもらうしかー)


その時フラッシュバックしたのは、誰かの目線を見た時の事だった。


ーあいつだ!!


確信して顔を上げると、本堂の扉が開き暗い中が見えていた。いや、暗い?そうじゃない。これは部屋に続いているわけじゃない。


(道?)


本堂の中に西洋風のトンネルが見える。光は無くてどこまでも続いている。


後ろを振り返った。そこには魔方陣と自分の荷物があった。


本堂を見ると、やはり本堂の中にそぐわない石畳のトンネルが見えた。


なんとなく、さっきの声の男が待ってる気がして中に入った。本堂の階段を登る時は神主さんに後で謝らなくてはと思いながら中に入った。


中に入っても、入口が閉まる事は無かった。ゲームと違うと思いながら、進む。考えている事はひとつだった。


ー〝あそこ″から、逃げれる。あの女から、逃げれるんだ!


トンネルを抜けると、そこは森の中だった。やはり、振り返るとトンネルは消えてはいなかった。


(なんで消えないんだよ! まあ、どうせ異世界に行くなんて無理だろうから、裏の森にでも来たんだろう。散歩しながら神社まで帰るか!)


そうしてトンネルに沿って森を歩き始めたが、神社は見付からないしトンネルも見失ってしまった。引き返してもトンネルを見付ける事は出来なかった。

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