90話「余生①-エベレスト登頂」
『ノーベル平和賞・2110年受賞者、結城博之前へ』
ヒロユキがノーベル平和賞の受賞者として呼ばれて壇上へと上がる。
関東大震災が起きて3年が経過し未だに復興作業は続いているが、復興に大いに貢献したのが復興支援ロボット助天使による物が大きい。
瓦礫の撤去を始め、重機が入れない危険な場所への潜入等で役に立つ。何よりも操縦者への二次・三次災害防止にも繋がっている。
難点として50m圏内でしか動かせない仕様に操作範囲限界を伸ばせないのかと他から言われているが助天使は復興支援の為であり軍事利用をさせない処置だと大体的に発表する強気発言に他国からも拍手を送られる程だ。
ピッ
テレビを消して、稲穂が広がる田園畑を見る。
農業機械によって効率化され少ない人数で大量の土地に稲を植える。
水質管理、田園の内部管理も小型ドローンが自動的に行って大量に食料を作り出す。
カチャカチャ
この屋敷にはマコト、ヨミ、スターニアに少ないお手伝いさんが居るだけで殆どが出払っている。
ヨミの父母は政界に顔が聞き、今でも各地の避難場所の治安維持・食糧配給確保等を指示を出している。
同じく天城家、陸奥家、真部家の三家も柊家を支えるようにアチコチに人を派遣して支えているようだ。
「ん~。いつもここのお味噌汁は美味しいですねぇ~」
「お褒めの言葉有難うございます」
「お米も最高ですねぇ。一番最初は不味かったですからねぇ」
「俺達が作った時か?」
「えぇ」
「・・・ちょくちょく、米の備蓄が消えていたのはお前の仕業か」
ある時期、米の備蓄が少量減っていたのはスターニアだと発覚した。
「雑味はあってとても食べられた物では無かったですよぉ。品種改良前だったので尚更ですけどぉ」
「頑張っても玄米4割、白米6割の混合物が出来上がったからな」
「でもでもぉ、豊穣の村が発展したのはアオイさん達のお陰でしたよ。あの時代では考えられないくらいの水準でしたからぁねぇ」
「それは、どうも」
「やはり信じられません。この人が私達のご先祖様である初代椿アオイその人で戦国時代に生きていた人なんて・・・」
「これ夜未。失礼じゃよ。アオイ様は椿家の初代なんじゃ」
「御伽噺の類にしか感じられません」
「う~ん。では、これなら信じられますかねぇ」
スターニアが両耳横の何もない空間を掴む。
まるで何かがあるように
カパッ
ピョンッ
人間の耳だと見えていた部分が何かの装置を外して本来の耳が出てきた。
「「・・・・」」
その光景にマコトとヨミが驚きを隠せないでいる。
「不思議だとは思わなかったのですかぁ?初代から続く柊家を始めとした四家を手助けしていた私がぁ今も普通に生きていることにぃ」
「スターニア様、そのお耳は本物なんですか?」
「本物ですよぉ。触ってみます?」
長い髪を掻き分けてヨミに笹の葉の様な耳を向ける。
ピョコピョコ
「確かにワシも昔は不思議に思っておったのじゃ。ただ、伝承上にスターニア様の素性について触れてはならぬとあったのでな聞かなかったのじゃ」
「私は鬼か何かですか! 怒っちゃいますよぉ」
「で、では、スターニア様の正体とは」
「夜未ちゃんはぁ、宇宙人というのぉ信じますかぁ?」
「う、宇宙人ですか?」
スターニアはニコニコと笑って自分を指差す。
「え? 嘘・・スターニアさんが宇宙人?」
「正解なのですよぉ!」
パチパチパチ
「ちなみにソコにいるアオイさんも宇宙人ですよぉ」
「え?」
事情を知っているマコトは驚かない。
「教えていなかったのか?」
「息子達には話しております。まだ、お前さんには話していなかったのじゃな・・・」
「し、知らなかった・・・ということは」
「お前の中に流れている血には地球外生命体の血も混じっている事になる」
「そ、そんな・・・でも人間じゃ」
「一応人間でいいんじゃないですかぁ?」
「まぁ、一応は人間だな」
「なんで一応なんですか!?」
「俺は人間の枠を超えている。何歳に見える?」
「え?20歳後半でしょうか?」
「俺はマコトに50年前も同じ姿で合っている。この意味が分かるか?」
「・・・え?不老??」
「惜しいが不老じゃない。俺の寿命は150年程と言われている。その間は老化が抑えられているだけに過ぎない。もちろん死ぬことだってある」
「ど、どういう事ですか?」
「俺はハイヒューマンという種族なんだ。人より長く生きて頑丈な生き物なんだ」
「因みに私はぁ寿命1000年位はあるハイエルフという種族なのですよぉ。あと100年位はこの若さで生きていけますねぇ」
「は、ははは・・・ちょっと待ってください。そんな2人が地球になんの用で」
「正確には四家の初代と二代目までの殆どが異星人なんだ・・・数年前に月の裏側から地球外生命体の宇宙船が見つかったと報道があったろ」
「・・・ありましたね。アレに乗ってきたのがアオイさん達なんですか」
「そういう事だ」
俺とスターニアはヨミに何故異星人である俺達が地球に来たのかの説明をする。
「では、あの事故は」
「前世の俺が死んだ理由を探るためだ」
「凄いですよねぇ・・・前世の記憶があるというだけで銀河を超えてやってきたのですものぉ。ロマンを感じますよぉ」
「スターニアさんもですか?」
「私も前世の記憶持ちですけどぉ、地球にくるという目的はなかったのですよぉ」
「そういえば、なんで地球じゃなく俺について来たんだ」
「そうですねぇ、以前の約束を果たしましょうか」
スッ
ニコニコと笑っていたスターニアが無表情になった。
『イロハ。コレあげる』
≪イロハからトレードの申請がありました。許可しますか?≫
チリッ
スターニアのセリフ・・・マザーから通信機越しで言われるトレード申請のアナウンスに記憶がフラッシュバックが起こる。
「・・・イロハなのか?」
「気づくの遅い。ずっと傍に居たのに」
「お前・・・だったのか。でも、なんで」
「私もぉ裏フリースタイルオンラインに居たんですよぉ」
「なんで?」
「マザーに頼んで入れて貰いました。前世の私もデスゲームという形はぁ本当に良い環境だったのですよぉ・・・。アオイさんが前世の自分に会っても何も起こらなかったので私も前世の私に会い本人の了承を得た上でした。なのでぇ社長を辞めたんですよぉ」
100年近く社長をしていたスターニアが俺にその座を譲った理由が明らかとなった。
裁判沙汰はその隠れ蓑に持って来いという訳だったか・・・
「死んだ理由は同じなのか?」
「いいえ。死んだ理由は裏フリースタイルオンラインの攻略が完了した直後だったのですよぉ」
「それは何時の頃だ」
「3年前ですよぉ。あの大災害に巻き込まれて死んでしまいました」
「なら、イロハの記憶をもったお前が偶然俺と再会した?」
「あの時は本当に驚いたのですよぉ。だから着いて来たのですよぉ」
「ブレインエレクトロニックゲームズ株式会社を作ったのも」
「全てはアナタが関わってくると思って作りました」
「はははっ、全ては運命神の手のひらか・・・」
「運命神ですか?」
「あぁ、一度だけ神を名乗る奴が接触してきた」
俺はあの時の出来事を話す。
「なるほど、全ては繋がっていたのですねぇ」
「怒らないのか?」
「もう、過去のことですよぉ? 今が楽しければ良いじゃないですかぁ」
「それもそうだな・・・全ては過去の事・・・今を楽しめか」
「そうですよぉ。その神様も自由に生きろと言ってきたのでしょう」
「あぁ・・・もう俺には用が無いってな」
「なら、それで良いじゃないですかぁ。残りの寿命分は自分の為に生きたってね」
「だな」
暫く、沈黙が続く。
「ゴホン、ワシ等には高度な話しすぎてついて行けんが初代は初代なのじゃから。いつまでも居てくださっても構いませぬ」
「私、すこし整理してきます」
長い朝食を終えて各々は解散した。
スターニアの過去は衝撃の事実だった。
「マザーはどの程度まで把握しているんだ」
《殆どの秘匿情報は開示されました》
「アイツ等は・・・リリィ達もそうなのか?」
《いえ、偶然かと思われます》
俺と出会った転生者や転移者達も何かしらの運命で引き合わされたと思ったが違うようだ。
確かにスターニア以外は死んだ日を覚えていて俺が生きていた時代とは違っていたな。
ドクンッ
「うぐっ!?」
唐突に心臓が強烈な痛みを発した。
一瞬で収まったが意識を失い掛けるほどだった。
「今のは・・・」
翌日、スターニアに相談するとその理由が判明する。
「老化が始まってますねぇ」
スターニアが俺の様子が変わっていることに気づいて告げる。
「老化し始めているのか?」
「今は若干の変化ですが、寿命が近づくほど老化速度が増すと思いますよぉ。私がぁお世話になったハイエルフの長老達もそう言っていたのでぇ」
「ヒューマン基準ですとぉあと10年で50歳近くに近づくかと」
「そんなに加速するのか」
「今までが若い肉体だったんですよぉ。その反動だと思ってください」
「あ、あぁ」
唐突に告げられた老化現象・・・その速度は俺に衝撃的な事実を突きつけた。
「これは急激な変化に身体がついて来られる様に体が調整しているので避けられませんよぉ」
「分かった」
あと10年もしたら体は50歳以上の肉体となり、もう10年したら80歳近くに老化が進行してあとは寿命を待つとの事だ。
俺が何不自由なく動けるまでのタイムリミットは20年しかないという訳だ・・・
「だからって無茶しますねぇ」
ヒュォオオオ
残り20年で出来ることを考えて、1つ目はエベレストの登頂であった。
ネパールのルクラからエベレストを見上げる。
後ろにはスターニアが居る。
「一度は登ってみたい山だったからな・・・今の俺なら行けるだろう」
「私が行けたくらいですからねぇ」
実はスターニアは幾度かエベレスト登頂を数度クリアしているらしい。
今よりも装備も充実していない時代にだ・・・頼もしい限りだな。
今回の挑戦にスターニアが案内人としてついて来てくれるそうだ。
《私のことも忘れないで下さいね》
「わかっている」
マザーが通信機を通して言う。
スターニアの現地での案内に加えマザーによる人工衛星をつかった上空からのルート確保は心強い。
「アオイさん、ネパール政府の許可が降りました。本当に行くつもりなんですか?」
ヨミがここまでついて来てくれて難なく書類申請などしてくれる。
俺は日本語しかわからないからこういった時は辛いな。
「幾ら柊家の力を持ってしても海外には通用いたしませんよ。今回も審査を通すのに苦労したんですからね」
「俺のわがままに付き合わせて悪かったな」
「まぁ、観光ができるのは良かったと言えましょう。ただ、2週間しても帰ってこなかった場合は」
「先に帰ってくれ。恐らく二度と帰ってこないだろう」
エベレスト登山には危険が沢山付いてくると言われている。
それは肉体的にも精神的にも言えるものだ・・・途中で遭難してそのまま死ぬケースだってある。
「うふふ、私に任せてください。責任を持って帰国しますからぁ」
そういうスターニアは余裕そうだ。
登頂事態は数百年ぶりだそうだが、見た感じ変わった様子がないと言う。
「装備も最低限しか持っていかないなんて自殺行為ですよ」
登山に必要な標準装備、エベレストはそれに加えて何十キロという荷物を抱えて登頂が必要なのだが・・・
「俺たちのステータスから鑑みてこれ位が丁度良さげなんだよ」
普通の登山する荷物、大体20キロ程度しか背負わない。
違っている点と言えば耐雪装備と防寒具等が含まれている程度だ。
食べ物は約2週間分の最低限人間が活動できるカロリー摂取出来るもの、水はエベレストの表面にある雪を溶かして確保する為殆ど持っていかない。
エベレスト経験者では有り得ない軽装備だ・・・自殺行為と言われても反論はしない。
「これも最速登頂記録の為だしな」
ただ、エベレストに登るのは面白くない。
登るなら最速記録を叩き出す為の挑戦だ。
現在、確認されている最速記録は標高5,360mのベースキャンプから標高8,848mの山頂までの距離(約3,500m)を4時間弱で登りきったという記録だ。
これは公式ではなく個人での自己申告による物で本当かどうかは不明だがコレを指標にした。
「行くか」
「えぇ」
「ご無事に戻ってくる事を祈っておきます」
ここでヨミと別れを告げて俺とスターニアの2人だけで標高2840mのルクラから標高3440mのナムチェバザールを通り、標高5360mのベースキャンプへ向けて歩き出す。
その距離大体40kmという、普通は体を慣れさせるのも考えてゆっくりと時間を掛けて1週間程使うそうだ。
40キロ・・・走れば一日で到着する距離だな。
・・・
「予想通り、着いてしまったな」
途中のナムチェバザールには立ち寄らず・・・言葉が通じないからな・・・走り続けてベースキャンプへと簡単についてしまった。
「疲労は感じますかぁ?」
「耳が痛い位か?」
「急激な気圧変化になる奴ですねぇ。来る途中の飛行機でもなりましたよね?」
「アレか・・・ポテトチップスでも持ってくれば良かったな」
「何でですか?」
「あの膨らむ奴を間近で見ておきたかった」
「エベレストだと気温変化で膨らみませんよ」
「どういう事だ?」
「気温がマイナスに落ちますからね。中の空気も冷やされてしまいますよ」
「博識だな」
「こんなの中学生レベルですよ」
俺は中学生の知識すら持っていなかったのか?
「落ち込む事はありませんよぉ」
「慰めになっていない」
「とりあえず、今日は一泊して朝方トライしますか?」
「そうだな」
一日中走り続けて多少なりとも体は疲労しているだろう・・・高山病を警戒して今日は寝るとしよう。
持ってきたテントを張り、翌日を待つ。
ボォオオ
翌朝、ガスバーナーを使って近くの雪を溶かしてインスタントコーヒーを飲む。
「空気が澄んでいるな」
「標高が高く、気温が低いですからね」
朝からでもベースキャンプ地点の気温はマイナスを下回っている。
日が昇り太陽が出ていれば多少は暖かく感じるだろうが生憎ガス(霧)が周囲を覆っている。
『Where are you from?(あなた達はどこから来たの?)』
唐突に隣のテントに居た外国人女性から知らない言語で話しかけられた。
「From Japan。(日本からですよ)」
スターニアが同じ言語で答えた。
『Japan! ? I heard that it's hard now...(日本!? あそこは今大変だと聞きましたが・・・)』
「Do not worry(ご心配なく)」
『Do you also climb?(アナタ達も登頂を?)』
「Yes」
『so. We are where we arrived yesterday(そう。私達は昨日ついた所なのよ)』
「It's strange, we ’ve also arrived yesterday.(奇遇ですね、私達も昨日ついた所です)」
『Let's work hard(お互い頑張りましょう)』
「Yes, let's do our best(はい、頑張りましょう)」
グッ
スターニアと外国人女性が握手をして俺にも握手を求めてくる。
グッ
笑顔で握手を交わす、隣にいた女性のパートナーと思われる外国人男性とも握手を交わしておく。
「準備をするか」
日が高く昇り始めて、テントを片付ける。
バサッ
防寒具である分厚い登山服を脱ぎ、身軽になる。
マイナスの気温にいっているらしいが寒さは然程感じない。
これが環境適性能力上昇の力という訳か。
「う~、寒いですねぇ」
俺ほどでもないがスターニアも薄手の登山服に着替えていた。
環境適性能力上昇を持たない為に寒がっている。
「お前まで(服装を)合わせなくてもいいんだぞ?」
「それだと(ペースが)合わせにくいじゃないですかぁ」
「俺が(ペースを)合わせるんだが」
「最速記録を狙うんですよねぇ?ペースを落としてどうするんですかぁ?」
「それもそうだがな」
「行きますよ」
「待て待て、準備運動は必要だぞ」
「そうですねぇ」
入念にストレッチをして身体をほぐす。
「さ、行くか」
耐寒腕時計、GPS携帯、ビーコン、アイスピッケル、スパイクブーツ等の氷面にも対応した装備以外はこのベースキャンプに置いていく。
重量を少しでも軽くする為だ。
ピピッ
タイムウォッチ機能を起動させてタイムを計る。
「行くぞ」
「えぇ」
バフッ
雪道に踏み込んだ痕を残し俺達はエベレスト最速記録を目指して走り始める。
『Going to the top with such light equipment that is crazy(狂っている、あんな軽装備で登頂しに行ってしまうなんて)』
『I'm dead. Licking the summit of Everest(死んだなありゃ。エベレスト登頂を舐めている)』
『I'll come back soon(直ぐに引き返してくるだろうよ)』
ベースキャンプで出発の準備をしていた周囲の登山家達は2人の後姿を見てそう呟く。
「あの2人は」
「さっきの2人ですねぇ」
走り始めてから30分も経たずに先に登山を開始した今朝話した2人の後ろ姿が見えた。
俺は無言で通り過ぎる。
「I'm sorry for you.(お先に失礼しますね)」
スターニアが追い抜く際に一言だけ囁いていた。
『Lies, those two are idiots(嘘、あの2人は馬鹿なの)』
『Calm down, it ’s the same climbing style(落ち着け、アレもあの人達なりの登山スタイルだ)』
『You can't be calm! ?(落ち着いてられる訳ないでしょ!?)』
『Now think about your own pace. Everest climbing was your long-standing dream?(今は、自分達のペースを考えるんだ。エベレスト登頂はお前の長年の夢だっただろう?)』
『Yeah ... Let's pray for their good luck(そうね・・・あの人達の幸運を祈りましょう)』
1時間もしない内に標高7,300mのキャンプ3へ到着を果たす。
ハァハァハァ
全速力での標高差2,000mを登って少し体力が削られていた。
かなり、酸素が薄くなっているようで呼吸が浅く早い。
「順調なペースですねぇ」
「なんで、俺より余裕そうなんだよ」
「一応は登頂クリア者ですよ。色々とノウハウを持って登っていますからね。アオイさんの無茶な登り方とは違います」
「疲れない登り方があるのかよ」
「アオイさんなら問題ないでしょうぅ。既に順応してきている見たいですしぃ」
直ぐに体が環境に慣れつつある。
「次は標高8,000mにあるキャンプ4を目指しましょう」
「標高差1,000mか」
「大丈夫ですよ」
「行くか」
ダッ
『Are we even dreaming?(俺達は夢でも見ているのか?)』
『You said you were pulled out by those guys who came only after that licking equipment?(後から来た、あの舐めくさった装備だけの連中に抜かれていっただと?)』
『Are you resting for only 5 minutes?(たったの5分しか休憩していないぞ?)』
キャンプ3で休憩を取っていた登山家達は嵐のように去っていた超軽装備の2人組を見て呆然と見ている事となった。
ハァハァハァ
標高が上がるに連れて外気温が急激に下がり始めた。
これがエベレストの恐怖。
「寒いですよぉ」
「掴まれ」
「はぁ、アオイさんは温いですねぇ」
薄手の登山服しか身に纏っていないスターニアには極寒の地である此処はそうとう堪えているのだろう。
腕時計についている温度計はマイナス35度を指している。
「頂上は・・・アレか」
ガスで見え隠れしているが先に進んでいる登山家達がチラホラと同じ場所を目指している。
「ハァハァ、ここからはぁ、デスゾーンと・・ハァ・・呼ばれているのですよぉ。少しの気の緩みが死に直結するのですよ」
「そうか、って大丈夫か?」
「流石にキツイですねぇ。ペースを上げすぎましたぁ」
「掴まれ」
グイッ
「ちょっ、何をしているんですか?」
「背負っているだけだが」
「降ろして下さい。恥ずかしいです」
「暫くの辛抱だ」
「もぅ」
残り1,000m以下となった今引き返すわけにも行かない。
スターニアも登頂まで付き合ってくれるだろう。
グイッ
ガッ
アイスピックを氷面に刺して黙々と登っていく。
次々に先行していった登山家達を抜いていく。
グイッ
標高8,300mに差し掛かった所で最大の難所であるヒラリーステップという岩壁に突入する。
落ちれば岩肌に激突して死亡する危険性が最も高い場所を己の肉体のみで2人分の体重を持ち上げて登る。
ズルッ
ガララッ
凍った部分に足を取られて砕けた氷が下に落ちる。
「残り500m」
十数分で難所を越えて、山頂までの一本道へと到達する。
「大丈夫か?」
「平気ですよぉ」
背負われているスターニアは徐々に体力を回復させているが無茶した分を取り戻すには時間が掛かる。
ザッザッザッ
既に何名もの登山家達が踏み固めた雪の上を歩き、登頂を開始してから僅か3時間で山頂へと辿りついた。
先に到着していた登山家達は記念に山頂の写真を撮ってから下山を開始する。
そして俺達の番がやってきた。
バッ
俺はポケットから柊家の家紋が縫いこまれている布を取り出した。
「センキュー」
後ろに並んでいる登山家に携帯のカメラで俺達が登頂を果たした写真を撮ってもらい下山を開始する。
登山中の迷惑にならないように道を外れて全速力でベースキャンプへと戻る。
「温まったか?」
僅か1時間でベースキャンプへと辿り付き、置いてきた荷物からテントを再び張りスターニアを寝かせる。
2人分のカスバーナーを最大火力で焚き、テント内を温める。
「随分楽になりましたよぉ」
今は防寒具に身を包み暖を取っている。
ズズッ
コーヒーも飲ませ内側からも温める。
「昔はこれほど疲弊はしなかったんですけどねぇ。年ですかねぇ」
スターニアは今年で約770歳、人間で数えると80歳近い年齢だ。
「ハイペースに付いてこれなかっただけだな。マイペースなら余裕だっただろ」
途中までは余裕を保っていたのだから、俺に合わせなければ問題は無かった。
「もう、暫くしたら下山しましょうか」
「お前に合わせる」
スターニアの体調が戻るまで休憩をしてから、ルクラへと戻っていく。
携帯を使って、ヨミと連絡を取り観光から一時戻ってきて貰う。
「残念でしたね。元々無茶だったんですよ」
ヨミが早い帰還に対して登頂を諦めて帰ってきたように見えたようだ。
「頂上には行ったぞ」
「は?」
「無事ではなかったですが、最速チャレンジも完遂しましたよぉ」
「ちょっと、待ってください。たったの2日間でエベレストに登って戻ってきたんですか?」
「あぁ、現地の登山家達に頼んで記念撮影も終えてきた」
柊家の家紋入りの布を広げた俺と疲弊しているスターニアがエベレストの頂上で写っている写真を幾つか見せる。
「2週間は見ていましたが、もう目的を達成しましたか・・・しかもこの格好で登ったんですか」
ヨミは信じられないような表情をしている。
「とりあえず、目的は達成したからな。このまま帰ってもいいんだが」
「私はまだ帰りませんよ」
「俺達に付き合ってくれたんだ。今度は俺達が付き合おう」
「え、嫌です」
「なに?」
「一人がいいんです。その方が楽じゃないですか」
あぁ、一人で行動するのが良いタイプか。
「分かった、俺達は別行動をして帰る」
「それでお願いしますね」
ヨミとは少なからずコミュニケーションを取っておきたかったが本人が嫌なら無理強いはできないな。
数日だけ滞在して俺とスターニアは先に日本へと帰国した。
その日の内にエベレスト登山家の間ではクレイジーな2人組が登頂成功を果たしたという話が持ちきりとなった。
その超軽装備故にすれ違う登山家達がこっそり写真を取りSNS上にアップしていた事で広まっていったのがキッカケだ。
登山家達の撮っていた写真の日時を照らし合わせると2人組がベースキャンプを出て3時間ほどで山頂にいた事が分かり、世界に衝撃を与える事となったのは別の話。




