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8.兄がいない朝

「うぅ…………ん?」


 意識を少し覚醒させたヴェルはいつも寄り添って寝ていてくれる兄――ハヤトに手を伸ばそうとしたが手ごたえを感じない。


 身体を起こし、重たい瞼を開け周りを見渡したがやはり誰もいなかった。


 「…………兄ちゃん?」


 いつもヴェルより早く起きて、挨拶を返してくれる兄がいないことにヴェルは不安になる。きっと下にいると思い込み、急いで寝間着を脱いでテーブルの上に置いてある綺麗に畳まれた洋服に着替える。普段なら脱いだ服は自ら畳むのだが、いつもいる兄がいない不安が上回り、そのままベットの上に乱雑に脱ぎ捨てて食堂に向かう。


 「あら、ヴェル君おはよう」


 「お、おはようございます」


 食堂に着くとヴェルの存在に気が付いたアリアは挨拶を交わす。

 

 ヴェルは挨拶が終わると食堂を見渡す。何人かいたのだがそこには兄の姿はなくヴェルは明らかなに落ち込み下を向く。


 「ヴェル君どうしたの?」


 そんな様子をみたアリアは心配になり声を掛ける。


 「あの、アリアさん。ハヤト兄ちゃんのことみてない?」


 アリアならなにか知ってると思いヴェルは縋るように尋ねた。


 「昨日の夜に出かけたのは知っているんだけど……その後は分からないわ。ごめんなさいね」


 「ううん、ありがとうアリアさん」


 ヴェルはアリアに無理矢理笑顔を作りお礼を言う。そんなヴェルの頭を撫でアリアは言う。


 「すぐ帰ってくるわよ。お腹すいたでしょ? 今ごはん持ってくるから座って待ってて」


 アリアに言われて昨日の夜から食べていないことを思い出すと、急にお腹が空き始めたのを感じた。ヴェルはアリアに指定されたカウンター席に大人しく待つ。その間も出入りするお客の中に兄がいないかを探す。結局アリアが戻ってくるまで探したがいなかった。


 「ヴェル君、お待たせ。沢山食べてね」


 アリアはこんもり盛られた食事をヴェルの前に置く。


 「わー、ありがとうアリアさん! いただきます!」


 ヴェルはお礼を言うと他のお客の注文をとりにアリアは離れていく。


 「おいしかったね、ハヤト兄ちゃん! あ……」


 黙々とこんもりと盛られた食事を終えるといつも通りにそこにいるはずの兄に話しかけてしまい急激に不安になる。その時、様子を見にアリアが来る。


 「ヴェル君食べてる?」


 「あ、うん。もうお腹いっぱい」


 お腹をさすりながらヴェルは笑顔で言う。


 「それにしても、遅いよね」


 「……うん」


 笑顔で答えてもその奥は不安でいっぱいのヴェルにアリアは思い付きを言う。


 「あ、そうだ。この後なんかすることある?」


 「修行するってハヤト兄ちゃんは言ってたけど、今いないから……」


 ヴェルの肩に手を置きアリアは言葉を続ける。


 「じゃお兄さんが帰ってくるまでうちで手伝ってみない? 気が紛れると思うし、お店手伝いしたよって言えばきっと褒めてくれるわよ」


 「ほんとう! じゃ手伝う!」


 「じゃあ、こっちに来て」


 空になった食器をアリアは片手で持ち、流し台においてからヴェルをカウンター奥にある部屋に案内した。


 アリアはガサゴソと箱を漁り、一枚のエプロンをヴェルに渡す。ひよこの刺繍をした少し可愛い仕様だ。


 「どう?」


 ヴェルはエプロンを着て一回りした後アリアに尋ねた。


 「うん、完璧よ。じゃあ次は仕事ね」


 アリアはヴェルに仕事内容を説明しながらやり方を伝える。最初に食堂のテーブルを拭き、次に床清掃。


 食堂が終わったら厨房に移動。アリアがお皿を洗いヴェルが次々と拭いて行く。その時、宿屋のカウンターの呼び鈴が鳴る。


 「ごめんね、ヴェル君。後任せてもいい?」


 あとは拭くだけになったお皿をみてアリアは尋ねる。


 「うん、だいじょうぶ!」


 「じゃよろしくね? 直ぐ戻ってくるから」


 「はーい」


 アリアは厨房からいなくなり一人きりになるヴェル。お皿をきゅっきゅっと拭く音だけが厨房に鳴り響く。


 「あと一枚、……よし、おわった!」


 事前に教えてもらったところに絞った布巾をかけてアリアの所に向かう。


 「アリアさん終わった!」


 「お疲れヴェル君」


 「もう、お手伝いない?」


 アリアは腕を組みヴェルが出来る範囲の手伝いがあるか考える。ちらっと掛け時計を見ると十時なるころだった。その時、ヴェルが知らない人物が厨房に続く通路から姿を現す。


 「おう、帰ったぞ。そのガキは?」


 白髪まじりの髪に、整った顎髭の筋骨隆々の男性はアリアの足元にいるヴェルに睨みつける。ヴェルは怖くなりアリアの後ろに隠れる。


 「あら、おかえりなさい。この子はハヤトさんの弟よ。ヴェル君、この人は私の旦那のスタッグよ」


 アリアは柔らかい口調で紹介する。それでも怖いのか軽く会釈するだけだった。


 「もう、なに怖がらせているのよ! さっさと厨房にいきなさい」


 「お、おう」


 スタッグは渋々と厨房に引っ込む。


 「じゃ次は玄関先掃いてもらってもいい?」


 「はーい」


 ヴェルは自分の身長よりも長い箒を持って玄関を掃く。宿屋の前を通る人の中に兄がいないかと探しながら掃いているとヴェルが知っている人物が声を掛ける。


 「あれ、ヴェル君? なにしてるんすか?」


 ヴェルが振り向くと鎧姿ではないセゾンがいた。鎧姿でしか見たことないためヴェルの目には新鮮に見える。


 「セゾンだ! お店の手伝いしてるの! セゾンはなにしてるの?」


 「俺っすか? 今日は仕事が休みだから散歩してたっすよ」


 何気ない会話をしていると宿屋の扉が開きアリアが現れる。


 「ヴェル君、そろそろお昼に……えっと、イヴェール隊長のとこの人でしたっけ? ヴェル君に何か用ですか?」


 「はいっす、セゾンと言います。ヴェル君とはただ喋ってただけっす」


 「そうなのヴェル君?」


 「うん!」


 ヴェルの満面の笑顔にアリアはセゾンの警戒を解く。


 「そう。そろそろお昼にするけどあなたも一緒にどう?」


 「いいっすか! お言葉に甘えさせていただきまっす」


 「わーい、セゾンも一緒だ!」


 アリアの後を追い食堂に向かう。そこには既に料理が並んでいた。ヴェルの隣にセゾン、正面にはアリアその隣にはスタッグが座り食事を始める。


 「そういえばハヤトさんは出かけているんすか?」


 和気あいあいと食事をしている時にふと疑問に思ったセゾンは尋ねる。スプーンの手が止まるヴェルは俯き、代わりにアリアが答える。


 「ハヤトさんは昨日の夜から帰ってないのよ。セゾさんンは何か知っているかしら?」


 ヴェルはちらっとセゾンを見る。


 「うーん、今日休みだから分からないっす」


 再び俯くヴェル。セゾンは続ける。


 「そういえばハヤトさんと騎士団長って仲が良いって聞くんでなにか知っていると思うけど……」


 「え、ほんとう!?」


 ヴェルは物凄い勢いで反応する。


 「思うってだけっすよ?」


 話を聞いていたアリアが言う。


 「セゾンさん、お休み中なのはわかっているんだけど、ヴェル君を騎士団長さんに合わせてやってもらえないかしら?」


 「えっと、連れていくのは構わないっすけど、まだ騎士団長がいるかどうか……」


 「連れて行ってください!」


 やっと兄の行方が分かるかもしれと思いヴェルは必死にお願いをする。


 「わかったっす。善は急げ、行くっすよヴェル君! アリアさんごちそうさまでした!」


 「ヴェル君のことよろしくお願いします」


 「はいっす!」


 「待って! ごちそうさまでした!」


 慌ただしく宿屋を出たヴェルとセゾンは走って本部に向かう。案の定、ヴェルの体力は限界を迎え遅くなった。セゾンは見かねてヴェルを背負いながら本部に向かう。



 本部に着いたセゾンは本日担当の同僚に訳を話しヴェルを連れて中に入る。セゾンの上司になるイヴェール隊長の執務室に向かうとそこにはヴェスナー騎士団長もいた。


 「どうしたんだセゾン、今日は休みだろ? それにハヤト殿の弟ぎみと一緒で」


 「実は……」


 セゾンはアリアから聞いた話をイヴェール隊長とヴェスナー騎士団長に話す。その間ヴェルは大人しくしていた。


 「ふむ。私は何も知らないな。ヴェスナー騎士団長は何かご存じで?」


 「私も知らないな。イヴェール隊長、街から出たか至急確認を」


 「はっ!」


 イヴェール隊長は立ち上がり部屋を出る。ヴェスナー騎士団長に促されセゾンとヴェルはソファーに座り待つことにした。それからしばらくするとイヴェール隊長が戻ってくる。


 「只今戻りました。書類と部下の者、全員確認したところ街から出た記録や情報はありませんでした」


 「そうか。なら転移で何処かに移動したということだな……各地確認を」


 「はっ!」


 再びイヴェール隊長は出ていく。


 「ハヤト兄ちゃん、どこにいるの……」


 不安になったヴェルは呟く。その呟きを聞いたセゾンは肩に手をのせて言う。


 「大丈夫っすよヴェル君」


 「う、うん……」


 しばらく待っているとイヴェール隊長が慌てて戻ってくた。


 「ヴェスナー騎士団長! 王都にて重症のハヤト殿を発見。現在治療中との事です」


 「えっ!! ハ、ハヤト兄ちゃんだいじょうぶなの!?」


 ヴェルはイヴェール隊長に涙目になりながら詰め寄る。


 「ヴェル君落ち着くっす!」


 ヴェルをイヴェール隊長から引き剥がしセゾンはヴェルを宥める。


 「ヴェル君落ち着いて! 君の兄さんはとても強い人だ。きっと大丈夫っすよ!」


 「うぅ……ぐす……っわああああん!」


 ヴェルは我慢の限界を迎え涙が洪水のように流れ、泣き声が部屋に響く。


 「クルーレの街から王都までは馬車で四日掛かる」


 そんな中ヴェスナー騎士団長は懐から小さな結晶石を取り出す。


 「これは転移魔法が封じられている結晶石だ。これを使えば一瞬で行ける」


 「とても貴重なものをよろしんですか?」


 「構わぬ。こいつは二人までしか移動できぬ、故にセゾン一緒に行ってやれ。」


 「分かりました」


 「イヴェール隊長、王都に連絡を」


 「はっ!」


 ヴェスナー騎士団長はテキパキと指示を出していく。その姿をみたヴェルはいつの間にか泣き止んでいた。


 「ヴェル君、あいつの傍にいてやってくれ」


 ヴェスナー騎士団長は優しい瞳でヴェルの目を見て言う。


 「うん! ヴェスナーきしだんちょうありがとう!」


 そして、ヴェスナー騎士団長から貰った結晶石を発動させヴェルとセゾンは王都に転移をするのだった。


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