7.弟想いの兄
翌日。俺とヴェルは朝飯を食べ終わるとすぐ教会に向かった。
理由はヴェルのステータスと、実年齢を確認するためだ。
教会で洗礼を行うことで、己のステータスと潜在能力――スキルの事だが――を文字としてみることが出来る。ステータスは一番低いのがE。そこからD、C、B、A、Sと更に上があるが、このように文字としてみれる。そのおかげで得意不得意がわかり、これから行う修行に参照する予定だ。
実年齢は、まぁ、修行には関係ないが。ヴェル本人が何歳になっているかが知りたいと、俺も気になっていたからていうことで確認することになった。
宿屋から歩いてしばらくすると教会が見えてくる。
この教会は治療所でもあるため、怪我をした人、主に冒険者が良く来ている。今は朝方だから、参拝者がちらほらいる。
「おや、ハヤトさん? こんな朝早く珍しいですね」
扉のまで参拝者に、にこやかに挨拶をしている顔なじみに声を掛けられる。
彼女の名前はサラ。この教会のシスターだ。彼女はもともと王都でシスターをしていたのだが、人が少ないということでこの街に派遣された。その途中で、魔物に襲われている時に助けて以来の知り合いだ。
サラは優しくお淑やかな性格で、老若男女問わず好かれている。また美人ということもあり、サラの顔をみるためだけに参拝に来ている者も何人かいるそうだ。特に冒険者だが。
「おはよう、サラ」
「おはようございます。おや、そちらの子供は?」
軽く挨拶するとサラは俺の後ろで隠れているヴェルに気が付く。
俺は頭を撫でながらサラにヴェルを紹介する。
「こいつはヴェル。ちょっと訳あってな、俺が引き取った。ほら、ヴェル挨拶は?」
「えっと、弟のヴェルです!」
お、噛まずに言えたな。どこか誇らしげな顔をしている。
「挨拶出来てえらいわね。サラよ、よろしくね」
子供の目線で挨拶をするサラ。そんなサラに今回来た目的を伝える。
「ヴェルに洗礼を受けさせたいんだけど、今できるか?」
「洗礼は本来なら午後からなんですが、ハヤトさんは命の恩人ですので今回だけですよ」
「助かる」
頭を下げてサラに礼を言う。
「では、こちらに」
俺とヴェルは、サラの後ろをついて行き、洗礼用の部屋に着く。
「では、ハヤトさんは待合室でお待ちを。ヴェル君はこっち」
俺と離れるのが嫌なのか物凄く不安そうな顔をしている。ついて行きたくなりそうになるが、洗礼時はシスター以外の同行は認められていない。こればっかりはどうしようもない。
考えてみればヴェルと会ってからまだ数日だが、夜に抜け出して王都へ行った時以外は片時も離れていないな。そりゃ心細くなるか。
「洗礼はすぐ終わるから、そんな不安そうな顔するな。ここで待ってるから」
頭を優しく撫でヴェルの不安を取り除く。
「ほんとう? ……わかった」
「よし、いってこい。サラ、後は頼んだぜ」
「はい、ヴェル君行くよ」
「うん」
俺はヴェルが部屋に入り、扉が閉まるまでを手を振って見送る。
大人しく待合室にある椅子に座り待っていると、扉が開き、ヴェルは俺のもとまで駆け寄り抱き着いてきた。よっぽど不安だったのか。
そんなヴェルの頭を撫でいると、後から部屋を出たサラは右手に持っている羊皮紙を俺に渡す。
「ありがとう、サラ。これはほんのお礼だ」
俺は【無限の収納】からポーションが入っている箱を大量に出し待合室を埋めていく。その量にサラと、何故かヴェルまでもは驚く。
「ハヤトさん、流石にこの量は……それにこのポーションはどうしたんですか?」
「このポーションは俺が錬金術で作った、品質も最高だぜ。もともとストックしている分だから気にせず受け取ってくれ。これで大分持つだろ?」
「……軽く見積もっても年単位で持ちますよ、この量は」
「なら、よかった。流石にここじゃ邪魔だろうしどこに置けばいい?」
「はぁ……わかりました。ポーションありがとうございます。では、治療院の方にお願いできますか?」
「了解!」
全てのポーションを『無限の収納』に一旦仕舞い、治療院の倉庫に置いてから俺とヴェルは教会を後にした。ちなみに倉庫に置いたとき、神父さんと他のシスターは、案の定、驚いていた。
それから俺とヴェルは街を出て森に向かう。小腹が空いた為、串焼き食べながら歩いている。開けた場所に出た。近くには池があり、程よい広さで修行の場にはちょうどいい。魔物が来てもすぐ分かる。
念のために周囲に威圧を放ち安全を確保しておく。【千里眼】でも確認する。
魔物の気配が消えたな。さて、サラから受け取った羊皮紙を確認っと。
名:ヴェル 性別;男 年齢:8歳 種族:犬獣人
体力:D 力:E 器用:E
敏捷:D 知力:E 精神力:C
スキル:
体力と敏捷と精神力は他よりは高いが、他が低い……。このぐらいの年齢なら、手伝いとかしていれば大体がオールDぐらいにはなる。
スキルは空白ってことは無いのか。
精神力が高いのは過酷な環境で育ったせいだ。本気で奴隷商とヴェルの村を襲った奴らに怒りが湧き上がる。
羊皮紙を睨んでいるとヴェルに話しかけられる。
「ハヤト兄ちゃん、どうだっだ?」
「ヴェルは文字が読めるのか?」
「すこしだけ、お母さんにおしえてもらったの」
ヴェルは心に大事に仕舞った母との記憶を思い出しながら言う。
そんなヴェルの頭を撫でながら言う。
「そっか。じゃあ、今度は俺が教えるぜ」
「えっ、ほんとう! わーい!」
「よし、じゃ今から教えるぞ」
「うん!」
羊皮紙を見せながらヴェルに一つ一つ読みと意味を教える。修行と並行してヴェルが知らないことを教えていこう。
一通り教え終わるとヴェルは言う。
「ぼく、八才になったんだ……」
「最後に覚えている年齢はいくつなんだ? あ、言いたくないなら」
「五才……」
ヴェルの口から衝撃の事実を知る。
三年間、奴隷として過ごしていたのかよ……。目頭が熱くなり、俺はヴェルを優しく抱きしめる。
「ヴェル、今までよく頑張った! これからは俺が絶対守る! 絶対だ!」
「ありがとう、ハヤト兄ちゃん」
しばらく抱き合った後、少し早めの昼飯を食べる。食べながらヴェルに今後の予定を伝える。
「ヴェル、この後なんだけど」
「うん?」
頬を膨らませ食べるヴェルは返事をする。
「ヴェルに合う武器を選ぶ」
俺はすぐ【無限の収納】からヴェルがギリで持てる何種かの武器を取り出し地面に置く。
ヴェルは興味を示した物から手に取り持っている。
「ハヤト兄ちゃん、これおもい……」
一番軽いはずのショートソードで重いのか……現状持てないだけだ鍛えれば扱えるはず。
それから、俺が手本として実際にやっりながら一つ一つ教える。ヴェルが最終的に興味を示したのは弓だ。
理由を聞いたら「弓を使っているハヤト兄ちゃんが一番かっこよかったから」だそうだ……え、そんなで武器決めるなと言いたかったが、あんなキラッキラした目で言われたら言えなかった。まぁ、全部扱えるようにしとけばいいか。
「次はこの玉を持ってくれ」
掌で収まる大きさの透明な玉をヴェルに渡す。すると透明だった玉は薄緑色に変わる。
「ヴェルの属性は風か」
「これなあに?」
「これは一番得意な魔法の属性を調べてくれる魔道具だ。薄緑色だと風の魔法が得意ってことだ。多分、知っていると思うがこの世界には火、水、風、土、光、闇、無の属性が存在する。そして条件が揃えば、複合属性の木や雷、氷なども使えるようになるんだ」
後半の話が難しかったのかこてっと頭を傾けている。
「まぁ要は、ヴェルは風の属性が得意ってことだ」
「わかった」
武器も決まり、伸ばす属性も決まった。俺は頭の中でこれからの流れを考え、ヴェルに伝える。
「明日からは基礎体力をつけるため早朝に走ってもらう。その後は、午前中は弓の使い方、午後からは魔法の指導をする予定だ」
「今日はしないの?」
昨日するって言っときながら明日のことを聞かされたヴェルは尋ねた。
「勿論する。今日はこの森から走って街まで戻る。ほら、行くぞ」
「あ、待って! ハヤト兄ちゃん」
ヴェルのペースに合わせて走しる。最初は軽快に走っていたけど、数分走っただけで肩で息をし始めた。最初ってことであまり無理をさせないために適度に休憩を挟む。結局街に着いたの日が沈みかけるときだった。
街に着いた瞬間にヴェルの足は限界を迎え地面に倒れた。
「ヴェル大丈夫……じゃねぇな」
「はぁ……はぁ……ハヤト、兄ちゃん、ごめん……なさい」
倒れたヴェルをお姫様抱っこように抱き上げる。
「お疲れヴェル、ゆっくり休め」
「うん……」
ヴェルは瞼を閉じた瞬間直ぐに俺の腕の中で眠り就く。門を潜るとヴェルを起こさないように、振動を最小限に走り宿屋に向かう。
「ハヤトさん、おかえりってヴェル君どうしたの?」
「疲れて眠っているだけだ。アリアさん鍵を」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
宿屋に着きアリアさんから部屋の鍵を受け取り部屋に向かう。
ヴェルをベットにねかせてから大量に汗を吸った洋服を脱がせ全身に生活魔法の一種クリーンをかけ汚れを取ってから寝間着を着せた。
しかし、ヴェルは一切起きる気配がなかった。余程疲れたのだろう。俺はヴェルの頭を撫でる。
俺はそっと部屋を出てて鍵をしっかりしめる。念のために結界魔法もかけて下に降りるとアリアさんに呼び止められた。
「ヴェル君を置いてどこにくんだい?」
「ちょっと野暮用を。直ぐ戻ってくるけどヴェルのことお願いします」
「わかったわ」
「お願いします。転移」
もう一度アリアさんにお願いをし、転移の魔法を使い一瞬で王都にある家に移動する。
俺はすぐに【無限の収納】からヴェルのステータスが記載されている羊皮紙を取り出すと、全身白色の梟が現れる。アレーシアが使役している使い魔だ。
こんな時に来なくても……。
『ハヤト様、こんな夜にどうかされましたか?』
梟からアレーシアの声が発せられる。
「ちょっと野暮用で戻って来ただけだ」
『あら、そうでしたか。それで野暮用とは?』
「悪いけど、それは言えない」
『それはこの国の王女である私にも言えないことですの?』
「アレーシア王女殿下にも言えないことです」
「……わかりました、今回の事は見なかったことにします」
アレーシアは渋々納得してくれた。
「ただし、条件として……」
やっぱり条件つけてくるよな……。まぁ今回は仕方ないか。こればかりは誰にも知られては困るからな。
「その……私と……キ、スをしてください」
アレーシアは恥ずかしげに言う。
「ぶっ!! あははははっ。こんな時に言うのかよ」
俺は腹を抱えながら爆笑した。お腹痛い。ほんとにこの子はなんで俺なんかを。
「そんなに笑わなくても……だって……」
梟越しだけど落ち込んでいるのが伝わる。
「わるいわるい。……わかった、野暮用が終わったら王城に向かうわ」
「!! 約束ですよ! 早く終わらせてくださいね!」
そう言いアレーシアの使い魔の梟は光の粒子になり消える。
心中でアレーシアにお礼を呟いた後、【無限の収納】から漆黒の杖を取り出す。
羊皮紙を床に置き漆黒の杖で叩く。
「闇を司る神獣よ、我が声を聞き届けよ。
彼の者の閉ざされし時を見せよ! リーディング!」
漆黒の杖から黒い霧が生まれ部屋を埋め尽くす。黒い霧がヴェルの記憶を全てを見せる。
ヴェルの生まれた頃から始まり、両親との楽しい思い出、友人たちと楽しそうに遊ぶ思い出。記憶の中のヴェル幸せそうだ。
そして、ヴェルが最も思い出したくない記憶を見つける。目的の記憶を見つけた俺は黒い霧を止めた。
よし、ヴェルの幸せを奪った奴らの顔と名前は覚えた。それと違法奴隷商の奴らの一部だが分かればこっちのもんだ。
「闇を司る神獣よ、我が血を対価とし、我の敵を呪え! デススパイラル!」
闇系最上位魔法デススパイラル。
俺が敵と認識したもの、それに携わった者も全てを呪い殺す魔法。条件として、顔と名前が必要だが、記憶を見るリーディングの魔法があれば俺が知らない奴でも発動できる。勿論、代償もある。呪い殺した後、そいつが受けた痛み苦しみを俺も受ける。
以前、一回だけ発動した時には一週間ほど意識が無かったと、その時助けてくれた人から聞いた。二度と使わないって決めたけど俺はヴェルのために使うと決めた。後悔はない。
再び黒い霧が漆黒の杖から発せられ、大地に吸われるよう霧散する。
「っ! これで、ヴェルの幸せを奪った奴らはしん、だか。かっは!」
俺は吐血をしながら床に倒れこむ。
「がはっ! ごほ、ごほ。はぁ……はぁ……」
倒れても吐血は止まらず俺の周りは血の池が出来る。
くそ……やっぱこの魔法は、きついわ……ヴェル……
そこで俺の意識はぷつりと切れた。