5.宿屋での騒動
次の日の朝、目を覚ますとヴェルは俺の腕の中に入っていた。
それもシャツを掴んでいる。いくら外そうともビクともしない。
諦めてヴェルが起きるまで待つことにした。
「うぅ……ん」
目をパチパチさせヴェルは起きる。
「ヴェル、おはよう。よく眠れたか?」
ヴェルに尋ねたけど返事はなく、頭を俺のお腹に擦り付ける。
仕草は可愛いけどくすぐったい。
「まだ眠いのか?」
無言で頷かれた。
「わかった。今日はゆっくり――」
きゅーっ……
可愛いらしい音がヴェルから聞こえた。
ヴェルは耳を赤くなり、顔を埋める。俺は優しく撫でてから言う。
「ふふ、飯にするか」
「……うん」
「その前に顔洗おうか」
そう言うとヴェルは首を横に振る。俺は優しい口調で尋ねる。
「水が苦手なのか?」
ヴェルは首を横に振る。
元気づけるときに水魔法使った時は喜んでいた……てことは、顔に若しくは身体に水を掛けたくないってことか……
俺は溜め息を吐いてから優しくヴェルを抱きしめる。
「ごめんヴェル。嫌な事思いださせちゃったな、忘れてくれ」
ヴェルはか細い声で「ごめんなさい」と呟く。
俺はヴェルの髪をぼさぼさになるまで撫でまくる。案の定、ヴェルはなんでと言いたげな目で俺を見る。
「ヴェルはなんも悪くないんだから謝らない。わかったか?」
「うん」
「よし、約束な?」
俺が小指を出すとヴェルも小指を出し指切りをする。
「水がダメなら……魔法で洗うか」
ベッドからおり、ヴェルに生活魔法の一種、清潔全身に掛ける。
水を節約できる大変便利な魔法だけど、どうも洗っている気がしないから俺はあまり使わない。
「はい、終わり」
「わー、綺麗になった! ありがとうハヤト兄ちゃん!」
ツルっツルになった肌を見てヴェルは嬉しいそうだ。
水で顔を洗うのを諦め、自分にも清潔を掛けてから一緒に食堂に向かう。
食堂は朝から活動する冒険者達で溢れている。殆どの席は埋まっていた。
どうしようかなと悩んでいると、丁度食べ終わった冒険者が席を立ったのでそこに向かう。
「いらっしゃい、二人とも!」
ヴェルと向かい合うように座ると、女将のアリアさんが空になった食器を下げに来る。
「おはよう、アリアさん」
「お、おはよう、ございます!」
席から立ち一生懸命にヴェルはアリアさんに挨拶する。
「まぁ! なんて可愛いらしの! おはようヴェル君」
アリアさんはヴェルを優しく撫でたあと、食器をお盆に乗せる。俺はアリアさんに注文する。
「アリアさん、いつもの朝食セットを二人分で」
「わかったわ、すぐ持ってくるから待っててね」
空になった食器を乗せたお盆を片手に持ったアリアさんはウィンクして離れる。
ヴェルは待ち切れず両足をバタつかせている。
「行儀悪いからやめなさい」
「……ごめんなさい」
怒られてしまい落ち込むヴェルの頭を撫でる。
「次から気を付ける事わかったか?」
「うん」
ヴェルは聞き分けの出来るいい子だ。
その時、知らない連中が俺に声をかける。
「おい、そこのガキを連れた冒険者! そこは俺様の席だどきな!」
「「そうだそうだ! バット様の席だどきな! 」」
如何にもガラの悪そうな三人組だな。ここの宿屋に指定席はないはずなんだが……。
てか、バットって誰だよ!
どうしようかなと悩んでいると、動かない俺に焦れたのかバットは隣の席のテーブルを叩く。
「さっさとどけ!」
その行動でヴェルはビクッとなり、席を立ち俺に震えながら抱きつく。
数日ぶりに怒りが込み上げてくる……こいつらやっちゃっていいよな? ヴェルを怖がらせたし、いいよな?
そんな事を考えていると女将のアリアさんが、騒ぎを聞きつけてやってくる。
「なんの騒ぎだい? また、あんたらかい! 次やったら出禁にするよって言ったわよね!」
アリアさんが怒り口調で言う。
朝じゃなければ亭主が止めに入るけど、現在亭主は狩に出かけていていない。
早く戻ってきて欲しいが……。
「うっせい、ババアは黙っていろ!」
「そうだそうだ! 引っ込んでいろババア!」
取り巻きがアリアさんを罵倒する。
あーあ、アリアさんに言っちゃったよ。その禁句……。
「なんですて! もう一度言ってみろクソガキども!!」
ガチギレしたアリアさんは亭主でも止められないくらい恐ろしんだ。
「アリアさん、アリアさん」
肩を叩いてアリアさんを呼ぶと鋭い視線が俺を貫く。怖えー!
「こ、ここは俺がやるからアリアさん落ち着いて」
三人組を睨んだあと深呼吸して落ち着く。
「……わかったわ、あんな雑魚共さっさとやっておしまい! 避難するわよ、ヴェル君」
「え、あ、うん」
手を引かれアリアさんと一緒に離れていく。ヴェルはこちらを何度も見てくるので笑顔で手を振る。
「俺様が雑魚だって? このランクCの俺様が雑魚だと? オメェの目の前であのガキを八つ裂きにしてやるよ!」
ん?こいつ今なんて言った?俺の目の前でヴェルを八つ裂きにするって言ったような……。
俺は声を低くして引きつったような顔で尋ねる。
「今なんて言った?」
「はぁ? 聞こえなかったのか? オメェの目の前であのガキを八つ裂きにしてやると言ったんだよ!」
――ブチっ
「バット様! こいつ怖くなって黙っていますぜ!」
「ガッハッハ! 謝れば許してやってもいいぞ!」
「バット様が許してやると言っているんだ! さっさと謝れ!」
「お前らは生かしては返さない!」
俺は殺気を込めて三人組を睨むと、取り巻きの二人は泡を吹いて気絶、バットは尻餅をついて怯えながら徐々に後退している。
【無限の収納】から、真っ赤な薔薇のような特大な刃と反対側には小さい刃がついた大鎌を取り出し近く。
俺が取り出した大鎌は切りつけた相手に外傷は与えず、命だけ刈り取る特殊な大鎌だ。
「な、な、なんなんだお前は! こ、こっちに来るな!」
怯えているバットに俺は笑顔で言う。
「ここで死ね」
大鎌を振り上げ、バットに向けて重力に任せ振り下ろす。
「ハヤト兄ちゃん、ダメ!」
その時、ヴェルが俺の足に抱きついたため、軌道がずれバットの股下に刃が突き刺さる。
バットは取り巻きと同じように泡を吹きながら気絶する。
「ヴェル、危ないから離れて」
ヴェルは首を横に振り、抱き着く力が強くなる。
「こいつらはお前を傷つけようとしたんだぞ? やらないとお前が――」
「ダメ!」
涙目になりながらヴェルは必死に止める。
「ヴェル……わかったよ」
大鎌を【無限の収納】にしまい、ヴェルの頭を撫でる。
やりすぎたかな……。
「ごめんなさいハヤトさん、ヴェル君を止めれなくて」
飛び出したヴェルを追いかけてアリアさんがやってくる。
「ごめんなさい……」
ヴェルはアリアさんに謝る。
自分が危ないことをしているとわかってて止めに来たのか。なんか顔がにやける。
「ヴェルありがとな」
もう一度撫でる。
ヴェルはなんでお礼を言われたか理解できず、首を傾けている。
「どこだ! 暴れている冒険者は!」
その時、部下を数人引き連れてきたイヴェール隊長がきた。
俺は思った……もう少し早く来てほしかったと。