王都へ
ニコニコしている男の人は僕が移動をしても後を付いて来る。
怖いから。いったい何の用事なのだろう?
「あの」
立ち止まって振り向くと待ってましたと言わんばかりに笑うから。
怖いって。
「僕に何かご用ですか?」
「君がそれを着られるって事は、私には君を連れて行かなければいけない案件が出来たって事でね?」
ええと。
「分かり易くお願いします」
僕が言うと、我が意を得たりと頷いてから男の人が話し出した。
「そのローブには人探しの魔法が掛けられていたんだよ。普通の人には全く反応しない特別な人にだけ反応する、それはもうみんなが必死に探さなきゃならない人を探し当てる魔法がね」
「特別な、ひと」
僕が呟くと、その人はまた頷いた。
「勇者だよ」
僕が半歩引いたのを見て、その人はにこりと笑った。
「どこかで彷徨っている最後の勇者様を迎えに来たんだよ、私は」
その魔法があの犬をやたらと突進させるものならば、なんだか良い魔法には思えない。
目の前で笑って立っているこの人も、うさん臭くて信用できない。
「君に拒否権はないよ、勇者様」
僕の背後から金属の音がする。
振り向くと中世的な甲冑を着た人たちが数人立っていた。大きな槍を手にしている。あんなもので刺されたらひとたまりもないだろう。
「最後の勇者様がこんなに可愛い子なら、他の勇者様達もさぞお喜びになるだろう」
その人はそう言ってからまるでダンスの挨拶のように腰をかがめてお辞儀をした。
「我が国へようこそ勇者様。姫と王様がお待ちです。馬車にお乗りください」
僕はあたりをちらりと見る。町の人達が不思議そうに見ているだけでガルトの姿は見当たらない。
もっと後になっていこうと思っていたけれど、向こうから来てしまったのなら仕方ない。計画は変更だ。
奴らの懐から狙ってやるしかないな。
「何処へ行くの?」
「王都へ行きますよ、もちろん」
「…宿に荷物が置いてあるんだ。取りに行ってもいいかな」
「分かりました、お供します」
ニコニコとした表情のまま、その仕立ての良さそうな服を着た大人の男は僕の後を付いて来る。ガルトが見えないのはどこかに隠れているか。
それともさっきので怒って、もう何処かへ行っちゃったかな。
もしこれっきりだとしたら少し悲しい。お礼ぐらい言わせてほしかったな。
理由も聞かなかったけれど。どうして僕を助けてくれていたのか。
無償の何かを受け取れるほど僕は自分に自信がない。勇者と言って召喚をした相手なら利益があると思って対し方も考えられるけれど、ガルトにどんな利益があったかは推測が出来ない。
居なくなったのなら仕方が無い。
割り切れるものではないけれど。
宿には僕の学生服があって、その上に小さな袋が置いてあった。
見慣れない袋の中身はお金で。多分ガルトが置いたのだろうけれど。
本当に。次に会えたらお礼しないと。
どこへとなく頭を下げてから服と一緒に布のカバンに入れる。
他に荷物なんてないから、下で待っていた男の人が促すままに豪奢な馬車に乗り込んだ。
本来なら、みるちゃんが迎えられるはずの王都。
僕はこれからそこへ向かう。
目の前でニコニコしている人の話によると、僕の他にも勇者がいるみたいで溜め息が出る。力が有る人間と上手く付き合える自信がない。なにせ暴力が全てみたいなカーストに居た僕としては、またいじめられないか不安だらけだ。
ましてや勇者なんて、力の象徴のような立場の奴がまともに僕を相手にするかどうかなんて見当もつかない。
馬車は舗装されていない道をがたごとと走っていく。
小さな窓から見える景色は緑ばかりで、何処へ向かっているのか北なのか南なのかもわからない。
「あの、王都ってどれぐらいで着くんですか?」
「この馬車なら、二日ぐらいですよ勇者様」
あんまり勇者とは呼ばないで欲しいのだけれど、仕方ないか。
身体を揺すられてちょっと気持ち悪くなってきたころに馬車が止まった。どうやら此処で野営をするらしい。
後ろの馬車から甲冑の人達が降りて来て、僕の乗っていた馬車の近くにテントやたき火を設営しはじめた。勿論頭にかぶっていた兜は脱いでいるから、大人の男の人ばかりがたくさんいる状況がよく分かって何だかやるせないけれど。
お世話されるのが、慣れない。というか、嫌だ。
何だか気持ち悪い。
現代日本人の大半はこんな仕様になれていないんだ。
さも当たり前のようになって受け入れられない。
「あの、僕にも手伝えることありますか?」
「勇者様はそこに座っていて下さい」
甲冑のお兄さんがさわやかな笑顔で言った。
うん。手際が良い人に手伝えるか聞いた僕がいけないんだけれどもさ。
出されたご飯も美味しかったし、馬車の中の寝心地も悪くはなかったけれど。誰も大した話はしていなくて、緊張状態が続いて困る。居心地が悪くて眠れない。
ガルトと居た時は緊張してなかったな。
…どうしてるだろう。
この世界の住人を心配するのは変なのかもしれないけれど。
ウトウトしている僕の横に何かがするりと入って来た。
「ん?」
それは黒い大きな何かで。
布団の間から顔をのぞかせるから僕もそれをじっと見る。
トカゲ?
僕の肩口にいて顔を見ているそれは大きな黒いトカゲだった。紫色の舌がチロリと覗く。じっと僕の顔を見ているトカゲを僕も見つめ返す。
「…なんで、そんな形になってるの?」
小さな声で聞くと、トカゲがふっと笑った。
『分かるのか?』
「分かるよ。…怒っていなくなったのかと思った」
『奴らに俺の姿は見られない方が良いからな』
ああ。やっぱり魔族なのかな。
そんな事を思った僕は、けれど急速に睡魔に襲われる。
「あなたがいて安心したのかな、眠いや」
『…光栄だな。寝るといい』
「うん。おやすみなさい…」
寝入る僕の横でガルトが小さく笑った気がしたけれど、気のせいだろうか。