23:出立
「これを、フロンティア1のアルカラリサイクルセンターにお願いします」
「はい、確かに。承りました」
復旧中の基地事務局。
そこへ僕が差し出したのは、実家への手紙だ。
あて先をキチンと書いた封筒には封をまだしないで、中身の検閲をしてもらった上で出してもらえるようにしてある。
ヘタな事を書いたつもりは無いけれど、伝える内容が内容だからね。
送った先に迷惑がかからないように、ちゃんと見てもらうのが三方良しってものだし。
昨夜の襲撃事件で大きな打撃を受けた基地は、防衛能力を大幅に削られてしまった。ということで、アルシエルを急いで別の基地に移送することに決まった。
ただ、基地設備に大打撃を与えたのは、当のアルシエルなのだけれど……。
それはともかく、アルシエルの専属テストパイロットとしてのスカウトを受けた僕も、当然その移送に参加する事になった。
叔父さんへの手紙に書いたのはソコのところ。軍に就職することになったから帰れなくなったということだ。
間違っても新型云々とかの理由を書くわけにはいかないから、本題としてはそれだけしか書いてない。
昨夜は忙しかったからこれだけでいっぱいいっぱいだったのもあるけれど。
手紙だけで一方的にっていうのは、叔父さんも怒るだろうけれど、何も知らせずに出発というわけにもいかない。
おっと、出発といえばもう時間がなかった。
「それじゃあお願いします。いくよ、ルカ」
『頼ンダゾー』
手紙を預けた僕はルカと一緒に格納庫へ向かう。
道すがら宇宙用スーツのヘルメットを装着。真空空間に出られる装いになっておく。
「ごめんなさい。お待たせしました」
『おう。後はお前らだけだから早くしてくれな。お前がやらないと頑として動かねえから』
空気のない格納庫に出た僕を、ある方向を指さしたピッコロさんが迎える。
そのある方向にいるのは、ハンガーに固定されているアルシエルだ。
「アルシエルもお待たせ」
こっちを見ている虫顔に向かって手を振りながら、コックピットに向かって歩いてく。
黒い装甲には所々、何度も重ねた衝突の痕が盛り上がってる。
「そういうのも男前じゃない。カッコイイよ」
そんな風に軽口を投げてみれば、疑うような唸り声を返してくる。
「本当だって。戦いを潜り抜けてきたって感じでね」
僕の言葉にアルシエルは傷だらけの自分の体を見回す。
『イチカくん』
「ラティさん。すみません、すぐに準備しますから」
『本当に、良かったの?』
その問いかけに振り返ると、メットの奥にあるラティさんの沈んだ顔が見える。
そんなラティさんに返す答えはひとつだけだ。
「もちろんですよ」
きっぱり、はっきりとうなづいて僕はアルシエルに向き直る。
「心に目覚めたアルシエルをバーサーカーにさせずにいるには、僕がいなくちゃダメみたいですから」
僕のこの言葉を、アルシエルもまた柔らかな振動と合わせて首肯する。
『でも、恐ろしくはないの? あれだけの力が、イチカくんを見失っただけで振り回されるのよ? そんな恐ろしく重い責任をわざわざ背負うことなんて……』
「それはもちろん怖いですよ」
この質問にも、また僕はきっぱりと真っ正直に返事をする。
怖くないわけがないじゃないですか。
アルシエルが本気の本気で力を振り回すのを見るまで、僕は正直なところアルシエルを甘く見ていた。
性能が高いのは分かっていたし、幼児が癇癪起こすみたいに遠慮なく暴れるのも知っていた。
でもどこか低く、簡単に何とかなるものだと見積もってたんだ。
そんな僕の想像なんて軽く吹き飛ばしてくれた暴れぶりは、怖い。
『だったら!』
「でも、ほったらかしにしたらもっと怖いじゃないですか」
そう怖いから。だからこそなんだ。
怖いから自分で背負う。
あの力が無差別に制限なしに振り回されることになるのが恐ろしいから、僕はブレーキとしての役目を果たしたい。
「けどアルシエルのことなら、その内に僕を必要としなくなるかもしれませんけど」
『どうして?』
「だってアルシエルには心が、自分がありますから」
そう。心のあるアルシエルなら成長できるはず。
どれくらいかかるかは分からない。けれどいずれ僕に依存しないように、自立できるようになるって信じてる。
だから僕の役目は、その時までアルシエルのすぐ近くで、いっしょに成長していくことなんだと思う。
「結局のところ、僕がアルシエルを放っておけないって選んだことですから。迷惑にならないように頑張りますから、これからもよろしくお願いします」
『……分かったわ。もう考え直すように言ったりしない』
ラティさんはそう言って、僕がよろしくと出した手を握ってくれる。
『でも、そう言うことなら訓練はビシバシ行くからね? イチカくんの命がかかってるんだから!』
「はい!」
そうしてラティさんとうなづきあった僕は、握った手をそのまま、アルシエルのコックピットに乗り込む。
これ以上輸送機を待たせる訳にはいかない。
「行くよ、アル?」
ラティさんとルカを横にシートから声をかける。するとアルシエルからは任せとけとばかりに弾んだ振動が返ってくる。
さあ、出発だ。
「アルシエルは、イチカ・アルカラで行きます!」
拙作にお付き合いくださりありがとうございました。
まだ続く風ですが、一巻終了程度のボリュームになりましたのでここで区切りとさせていただきます。




