22:奪還
瓦礫と化した建物や残骸の転がる基地。
アルシエルの嵐のような暴走に巻き込まれた痛手で、襲撃者たちはすでに撤退に踏み切った後。
そんな景色がモニターに流れる中、僕に襲い掛かる横殴りのG。
右、左へと揺さぶるそれに、僕は歯を食い縛ってシートにしがみついてこらえる。
合わせてモニターの隅をエネルギー弾の光が通りすぎる。
ラティさんの操縦でのブーストステップ。
そのために大きく揺れるモニターには、四つのブレードをこちらへ突き出したアルシエルの姿が。
「止めて! アル、僕だよ! 分からないか!?」
少しでも攻撃が鈍ればと、僕はルカを通じて声を投げつける。
けれどアルシエルからの返事はやっぱり、ブレードからのエネルギーガンだ。
グン、と迫る光弾にラティさんはまたブースト。乗機を傾け、かわし切れない分をシールドバリアで受け流す。
でもこの動きを追いかける形で、さらにエネルギー弾が続いてくる。
対するラティさんは鋭く息を吐きつつシールドを振り回した勢いも加えて回転。ライフルがターゲットに向くのに合わせて応射する。
その三連射はアルシエルの足元で弾けて、アルシエルはそれから逃げるようにして跳ぶ。
けれど飛び上がったところを横合いからのエネルギー弾が襲撃。
バリアで止まってしまったけれど、アルシエルの意識は狙撃したピッコロさんに向く。
「あれは対バリアスナイプライフルなのにッ!?」
驚きを口にしながらも、ラティさんの動きは止まらない。
それに従って投げつけられたグレネードがアルシエルの頭上へ。そして爆発。
頭を押さえつけるこの爆発が、アルシエルの飛翔を止める。
落ちながらアルシエルは、こちらへ頭のエネルギーガンを乱射。
それをラティさんはシールドバリアを盾に、牽制のライフルを織り交ぜつつジグザグと間合いを詰める。
役目を終えたとばかりにライフルを放るラティ機。
これに対するアルシエルは、迎え撃とうと半身の構えに。
けれどラティさんが抜き放ったのは刃じゃあない。
フラッシュグレネードだ。
あらかじめかけて置いた対閃光シールドの向こうを塗りつぶす輝き。
思っていたのと違う攻撃に面食らったアルシエルは混乱のまま、間合いの外れたタイミングにも関わらず剣を振るう。
ラティ機はそれを飛び越えて、放り投げたライフルをキャッチ。
その下で光学センサーが焼き付いたままのアルシエルに大きく分厚いものがぶち当たる。
「さすが隊長! 最高のタイミングですよッ!」
体当たりをかましたのは大型シールドを構えた重装機。ハンス隊の隊長機だ。
目のくらんだアルシエルを思いっきり吹き飛ばした隊長機はライフル付きのグレネードを発射。バリアに阻まれないそれでだめ押しをかける。
アルシエルは受けた衝撃に反応して、その出どころへ当たりをつけてブレードを振り回す。
でも隊長は当てずっぽうの剣を振り終えたところを盾で抑え、再びの体当たり。大きく勝る質量でもって、瓦礫と残骸が敷き詰められたところへと押し込む。
「これで第一段階……ひとまずのところは良し、ね」
防御力に秀でたハンスさんが前に出て、ピッコロさんが狙撃で援護。ラティさんはその中で、僕をアルシエルに届けるチャンスを計って実行する。
それがハンス隊の作戦で、今はそのための形が整ったところだ。
今のところは作戦どおり。
視界の焼きつきがおさまったらしいアルシエルだけれど、その斬撃は隊長機がシールドとブレードでもってあしらう。
さらに隠し腕による手数の差を活かそうとするも、ピッコロ機の狙撃とラティ機の牽制がそれを許さない。
対して抑えられているアルシエルの方は、いらだたしげに攻撃を繰り返して囲みを破ろうとする。
確かにそれは強力で、当たれば崩れかねない。けれど大振りなぶん、ハンス隊の皆さんにしてみれば逆に読みやすいようだ。
そんな攻防の中、アルシエルは残骸を踏んで足を滑らせ、大きくバランスを崩す。
「イチカくん!」
「はいッ!」
ここが勝負どころだと、ラティさんがペダルを踏み込む。
スラスターが火を吹き、グン、とアルシエルが近づく。
だけど同時に、アルシエルとその周りから明るさが失われる。
「マズいですッ!!」
この現象に続いて何が起きたか。
日蝕じみたアルシエルの姿が何の前触れだったか。
それを知っている僕は警告に叫ぶ。
そんな僕とラティさんの目の前で、アルシエルの顔から光が爆ぜた。
「うわあぁああああッ!?」
「きゃああッ!?」
放たれた太いエネルギー光は、僕らの乗る三番機を掠めて突き進む。
直撃はしていない。にもかかわらず、その衝撃、その威力は容赦なく機体を揺さぶってくる。
LBのコックピットが、まるで嵐の海にもみくちゃにされる小舟のようだ。
どれほどこの揺さぶられ続けただろうか。
一晩は晒され続けたような気がする。けれど実際はほんのわずかな、数秒にも満たない間だったのかもしれない。
衝撃が過ぎ去り、倒れ伏すラティさんの機体。
けたたましいダメージアラートが、機体が左半身不随に陥っていることを報せてくる。
でも赤く明滅する画面の中では、アルシエルがまた暗闇を纏っている。
「イチカくん無事ね!? やるわよ!?」
「でも!?」
「暗くなるアレがチャージだとしたら、今しか無いわ!」
「……はいッ!」
僕の返事を受けて、ラティさんは再び踏み込む。
倒れた姿勢からの強引なスラスターは、機体を引きずりつまづかせながら、それでも前に進ませる。
ラティさんが言うように、アレをまた撃たせたらダメだ。それに撃った直後なら、チャージにかかる時間も長引くに違いない。
だからここで一か八か。賭けるしかない!
「こんのぉおおおッ!!」
ラティさんの叫びと共に、僕たちは地面から離れる。
そのままラティ機はアルシエルに覆い被さるようにタックル。スラスターの勢いは緩めず押し倒す。
「今よ!」
「はい!」
続けてコックピットハッチが開放。
僕はルカを腰に着けて飛び出す。
斜め下方向で開きっぱなしのコックピットハッチ。
そこへ跳び移った僕は、足下からの強烈な振動に揺さぶられる。
それはアルシエルの憤りの声だ。望まぬ相手に乗り込まれて、その嫌悪と怒りをぶつけようにも空振りばかりの、そんないら立ちの声だ。
「アル! 待ってて、いま助けるから!」
僕は叫びながら、暴れる機体から振り落とされないよう、四つん這いにしがみつきながらコックピットへ。
でもアルシエルの動きに変わりはない。
アルシエル自身の声が大きすぎるのか、接触して直にぶつけた声も聞こえてないみたいだ。
これは急いでコックピットに入らなくちゃ!
アルシエルへの呼びかけは続けながら、僕はコックピットの中へ向かって這い進む。
「……落ち、着いて……ってば!」
そうして僕はようやくの思いで出入口に手をかけ、頭を突っ込む。
そんな僕の目の前には、レバーとシートに振り回される黒いパイロットスーツの男の姿がある。
右、左、前に後ろと、本体以上に荒ぶり暴れるシート。それにしがみついてロデオしているのは、間違いなくルカをアルシエルから追い出したヤツだ。
ヤツの方も僕の姿を認めたんだろう。振り回されながらも、アルシエルを渡すまいと拳銃を僕へ向ける。
けれど支えのひとつを無くしては暴れるシートにしがみついてもいられず、泥棒の体がシートから飛ぶ。
その弾みで放たれた銃弾は、僕から逸れてモニターに跳ねる。
同時に浮かんだ泥棒の体も、コックピットの天井を跳ね返る。
ここしかない!
コックピットに飛び込んだ僕は、まだ暴れまわるレバーのひとつを掴む。
「アル! 僕だ、戻ってきたよ!」
振りほどこうとするレバーを体ごと押さえ込みながら、僕は相棒へ呼びかける。
するとアルシエルはようやく僕を認識したのか、暴れるのを止めてくれる。
「良かった。僕を分かってくれたんだね」
これでひとまず、これ以上の被害は出ない。
「ウグッ!?」
けれど、その事に息を吐いたのもつかの間、僕の体が上から押さえつけられる。
『……そのまま、そのままだ。ちょっとでも暴れたら胸に穴が開くぞ?』
首をねじって振り返れば、僕にのし掛かって銃を押しつけるLB泥棒の姿があった。
『どういう仕組みかは知らんが、ろくでもない個人認証仕込みやがって……ッ! 今から俺の言う通りに操縦しろ、いいな?』
接触回線を繋いだ泥棒は、忌々しげに呻いて僕に命令する。
この状況で逆らうのは得策じゃない。
だけどアルシエルを奪いにきて、暴走させたこの男に大人しく従ってやるのも気に入らない。
『おい。接触回線で聞こえてるだろうが? ハイかイエス。でなきゃオーケー、了解。好きなので答えろ』
泥棒はそうしてさらに強く銃を押しつけ、僕に返事を迫ってくる。
だけど、それが命取りだ。
ルカはすでに僕の腰から離れているんだ。
『ガァッ!?』
声を上げてのけ反る泥棒。その体にはルカのスタンガンが突き刺さっている。
「ナイスだルカ!」
頼れる助手ロボの手際に喝采を送りながら、僕は泥棒の体を押し退ける。
「アル! 摘まみ出して!」
そのままコックピットの外へと押し出すと、待ってましたとばかりにアルシエルの手がキャッチ。無造作に放り投げる。
「ごめんな、アル。嫌な思いをさせて」
そうしてコックピット前に戻ってきた指先を、僕は労いとお詫びの気持ちをこめて撫でる。
『イチカくん、お疲れさま』
そこへラティさんが降りてきて、背中側からハグしてくれる。
月面の真空だけれど、暖かく包まれているみたいに感じる。
「ラティさんこそ、ありがとうございました」
そうしてラティさんの抱擁を受けていると、少し離れた場所で、ピッコロ機にハンス隊長の機体が瓦礫から掘り出されているのが見える。
色々と酷いことにはなってしまったけれど、とりあえず見知った人たちが無事だったことが、今はただ嬉しい。




