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1:黎明

 真っ白い地面に黒い空。

 分厚いキャノピーの向こう。地平線でくっきりと別れた景色を見つめて、僕、イチカ・アルカラは軽くペダルを踏む。

 その踏み込みに合わせて、グン、と外の景色が勢い持って流れる。

 後方確認のためについているミラーには、分厚い全身スーツのバイザー奥にある浅黒い顔が写っている。

 黒い瞳に同じ色の眉。

 ヘルメットに隠れているけれど、髪も同じで黒だ。

 顔立ちは彫り浅で、歳からすると少しばかり幼く見えるかもしれない。

 いや、目を逸らしていても何も変わらない。認めるよ。童顔だ。

 もう17歳なんだけれど、よく知らない人には14歳くらいか、もう少し下に見られてしまう。身長もそんなに低い方ではないんだけれど。

 ……四捨五入して170センチあるくらいなら、そんなに低くないよね? いやミリ単位のところで四捨五入して、さらにもう一回やって、だけれども。

 うん、まあ。確かにあんまり大柄でもなくて童顔だから、免許証を取ろうって時も、面と向かって年を疑われたし。

 こうなると、ほぼ100%モンゴロイドな自分の血筋を恨めしく思えてしまう。

 とは言っても、それ関係で文句をつけて困らせられるような相手はもういないのだけれど。

『警告。警告。漫然運転ダメ、ダメ』

「……っと、ありがとう。ゴメンねルカ」

 よそ事に気を取られていたところへの忠告の声に、僕は頭を切り替えて集中を取り戻す。

『ナンノ、ナンノ』

 と、僕の言葉に応えるのは、操作レバーの左前に収まった丸っこいのだ。

 いまは六つある足のうち四つを折りたたんで、増設したシートに収まっている。けれど普段はテントウムシのような姿をしている、ペットロボットのルカだ。

『二時方向。反応アリ、反応アリ』

「オッケー。確認したよ」

 ただペットロボとは言ったけれど、僕自身が色々と手を加えて中身はもうほとんど別物。僕にとってはナビやらなんやらを任せられる頼もしい相棒だ。

『距離100……90……』

 ルカの接近カウントを聞きながら、僕は灰色の塊を正面にペダルを小刻みに踏む。

 カウントに合わせて、みるみると大きさを増す塊に、僕は狭いヘルメットの中で深く息をする。

 白く乾いた土くれの地面。そこに転がった灰色の塊は巨大な腕だ。

 僕をあっさりと包んで、なおあまりある五本指の手。ゴツゴツと硬そうな質感の腕は、肘の辺りまでで途切れている。

「このまま、このまま」

 まるで巨人の落とした籠手みたいなそれを目の前に、僕は握っているレバーを前に傾ける。

 その操作に従って、二本指のロボットアームが巨大な腕に伸びる。

 このアームは、いま僕の乗っているこのウォーカービーグル、タカヨンの物だ。

 僕の手の延長として動く、筒を繋いだような鋼の腕。それは巨人の籠手に殴りぶつかることなく掴み取る。

「これは大物だ」

『大漁、大漁!』

 タカオ4型からしても、明らかにより大きく重たい腕だけれど、問題はない。

 僕の操作に従って、タカヨンは腰を沈めて重心を深くに。そして持ち上げた腕の下に体を滑り込ませて、抱えあげる。

 映像でしか見たことはないけれど、アリが自分よりも大きな獲物を運ぶ様というのは、こんな感じなのだろう。

 からくりそのものは簡単なことだ。

 ここの重力は6分の1。物体は地球や、その重力再現ブロックにある時よりもずっと軽くなる。

 後はこちらも軽くなっているのを、技で帳消しにすればこの通り。

「ね? 簡単でしょう?」

『言ウホド簡単デモナイヨ』

 ルカには冷ややかに突っ込まれてしてしまったけれど、とにかく月面と言う環境と機体捌きを合わせてやって見せただけ。機体の癖に合わせてとか、ちょっとコツはあるけれど、覚えれば誰にでもできることだ。

 タカヨンのようなウォーカービークルを始め、乗り手をサポートするシステムは充実している。マシンと息を合わせられれば難しいことは何もないんだ。

「指欠け無しライムブラッドの腕なんて、ホントにしばらくぶりの大物だよ。近くにまだ別の反応は……」

『小サナ金属反応アリ』

「……だね。小さいのばっかりだ。いま残さず拾ってくほどでもないかな。もったいないけど」

『欲張リヨクナイ。貪欲ハ豚。ブタ、豚ハシネ!』

「どこで覚えてくるのさ、そういうの」

 知らないうちにルカがライブラリに仕入れていた物騒なフレーズに、僕はため息を返してマグネットスイーパーを起動させる。

 これは足元に落ちた細かな金属部品を磁力でもって拾い集める掃除機だ。

 大物を持ち帰るのが優先だけど、それでも貴重な資源のロスは少ない方がいいに決まってる。

『ケチクサイ、貧乏クサイ、欲張リ! 豚ハ肉! カワイソウ、デモシカタナイ!』

「だから、どこから仕入れてくるのさ。そういう言葉」

 騒ぐルカが並べたてる物騒な言葉に、僕はもう一度ため息をつく。

 そしてサブアームも支柱として、巨大な腕をがっしりと担ぎ上げたタカヨンを帰り道に向けさせる。

「とにかく今はこの大物を早く持ち帰らないと……そうだルカ、中身の具合ってどうなの?」

『了解、解析ヲ開始。システム、スキャンモード起動。解析中……解析中……』

 僕の質問に答えるべく、それまでの大騒ぎから打って変わって冷静に解析を進めてくれるルカ。

 この切り替えの早さは、正直歓迎すべきなのか、戸惑うべきなのか。いや、手を加えた僕が言うのもなんだ、と言うのも分かってるんだけれども。

『微弱ナEL反応ヲ検知』

「おぉう! まだ生きてる!? 思ってた以上の大収穫じゃないか!? 通電して、何とか維持して!」

『了解』

 収穫の価値を大幅に引き上げるルカの報告に、僕のタカヨンを操る手足も危うく浮かれてしまいそうになる。

 でもダメだ。急いで戻りたくなるような大収穫だからこそ、慎重に帰り道を進まなくちゃいけない。

 僕の浮かれがタカヨンの足に伝わって転ぶようなことはあってはいけない。

 そう自分に言い聞かせながら、僕はウォーカービークルに一歩一歩確実に月面を踏ませていく。

 それが功を奏して、僕たちは無事に出てきたゲートに帰りつく。

 ムーンフロンティア01。その3番ゲートであるここが、僕の暮らす町の最寄りゲートだ。

 そう。僕たちは月に暮らしている。

 宇宙開拓紀と呼ばれるようになったこの時代。すでに月にはいくつかの都市が建設されている。そこに開拓者として送られ、また自ら向かった人々はこの地を新たな故郷として暮らしを営むようになっている。

 すでに世代も重なって、僕のように地球を遠目にしか知らないのも珍しくはない。

 そうした時代を迎えたきっかけは、あるエネルギー革新が起きたからだ。

 従来の発電システムを圧倒する効率と安全性を持つ新エネルギーは、様々な技術的課題を力業に解決。人類を真空の大地に住まわせるまでに押し上げてくれた。

「それでも、開拓地暮らしっていうのは楽じゃないんだよね」

 無重力ブロックに置いておいた板のような平たい車に収穫を載せ終えて、僕は狭いコクピットと分厚い全身スーツの中で体をほぐす。

 空気にも重力にも安くない税金がかかるし、人口の居住地である月面コロニーを人の暮らせる場所とし続けるには密な点検整備は欠かせない。

 楽して生きれる土地は無いのだろうし、他を知らない僕には実感を比べることもできない。けれど、空気も水も作り出さなくていいところとは違った苦労があるのは間違いない。

『本ブロックに重力と空気を回復します』

 そんなことをつらつらと考えていると、アナウンスが入って体に重みがかかりはじめる。

『重力1Gで安定。空気濃度、適正値』

 ほどなく環境変化終了のアナウンスがかかり、都市内部に向けてのゲートが開く。

「じゃあルカ、電気はそのまま。流し続けて頼むよ?」

『了解、了解』

 それに続けて僕もタカヨンのキャノピーを開放。合わせてヘルメットも外して後ろにやると、収穫物の管理をルカに任せてウォーカービークルから輸送車に移る。

 そうして電気エンジンの輸送車を少しばかり走らせて、職場に今日の収穫を運び入れる。

「おう? イチカ今日はやけに早いな……って、こりゃまた大物引き当てたな!?」

「そうでしょパカル叔父さん。もうこれひとつだけで抱えきれなくなっちゃってさ」

「なるほどな。こりゃそうそうに引き上げるわけだわ」

 僕の運び入れた今日の収穫に目を丸くしているのは、このリサイクルセンターの責任者のパカル・アルカラ。僕にとっては叔父で、男手一つで育ての親をやってくれている人だ。

 浅黒く日焼けした黄色肌。それに黒髪黒瞳は僕と同じで血の繋がりが見える。

 でも似てるのはそこまでだ。

 パカル叔父さんの体はツナギ越しにも分かるくらいにガッチリしてる。顔も彫りが浅めなのは間違いないけれど、角張っていて短く揃えた髭もあってたくましく、貫禄を感じる。

 17歳にもなるのに、髭さえも薄くて幼い顔をした僕とはまるで違う。叔父のは間違いなく、大人の男の顔だ。

「どうしたんだイチカ? 解体に回さないのか?」

「ああ。いや、全部ばらしに回す前に、抜き取らなきゃいけないものがあるんだ。まだこれ生きてるから」

「なんとぉ!? またお前、とんでもない引きの強さだな!?」

 僕の説明に、パカル叔父さんは浮かんだ疑問を手放して目を見開く。

「専用のケースはいま持ってくるから、イチカは始めてろ、な!」

「わかったよ叔父さん」

 あわてて道具を取りにいくパカル叔父さんを見送って、僕は胸を撫で下ろす。

 いや、いけないいけない。また自分の童顔へのコンプレックスに頭が行ってしまってた。

 どうも今日は余計なことに意識が向きがちだけれども、だからこそ意識して集中しなくちゃいけない。叔父さんを心配させてしまう。

「よし!」

 そうして僕は気を入れ直すと、輸送車の荷台に回って仕事にかかる。

「ルカ、EL反応の位置を教えて」

『マカセテ』

 左手に持った端末。そこにルカが示した位置情報を受けて、僕はツールベルトに手をやりながら大腕に向かう。

「なんとかなりそうな反応は……手のひらか!」

 いくつかの光点として表された反応の内、生きて取り出せそうな箇所を見切った僕は、分厚いカッターを抜く。

「ルカ、電気カット!」

『了解』

 助手役のルカが、状態維持のために流していた電気を止めてくれる。

 その直後、僕は巨大な手のひらの中央部にカッターを突き入れる。

 もちろん金属板を力で突き破ったりした訳じゃない。金属板同士の間。装甲の隙間であるそのラインを正確に貫いて肉厚の刃を少しばかり食い込ませただけだ。

 でもそれで充分。ほんの少しばかり入れば充分だ。

 グリッとカッターを傾けて押し込む。するともう一方の金属板を支点としてのテコで隙間が広がる。

 ここは元々、エネルギーラインをつなぐために開くようにできている。だから、道具とコツだけでもこうしてこじ開けられるというわけだ。

「あった!」

 そしてルカの助けを受けて見立てた通り、こじ開けたそこに輝きが見えたのは、まさに喝采ものだった。

「おーいイチカ! 持ってきたぞお!」

「叔父さんイエス! たったいま開いたとこだよ!」

「よっし、受け取れ!」

 パカル叔父さんがいいコントロールで投げてよこしてくれたもの。両端に機械部品を取り付けた分厚く透けた筒を僕はスポッとキャッチ。

 その筒ケースを鋼の手のひらに開けた穴につなぐ。

 すると甲高い音が鳴りだして、ケースの内側に光り輝くどろりとしたものが吸い込まれていく。

 この光を放つスライム状の物体。これが僕と叔父さんが確保しようと躍起になってた物だ。

「生きた、エレックライム!」

 エレックライム。

 これこそが、人類を月に住まわせるまでに押し上げた立役者そのもの。

 理論上は缶ジュース一本分ほどの量があれば、町ひとつ程度のエネルギーを半永久的に賄えるほどの物質だ。

 しかも光を浴びせれば活性化。エネルギーの放出量を上げるばかりか、増殖するかのように体積そのものを増やすのだ。周囲に有機物があれば、それらを分解吸収してさらに増殖の勢いは増す。

 まさに電力を実りとしてもたらしてくれる畑とでもいえるものだ。

 これほどのエネルギー物質の発見は、まさに革新という以外ない。

 ただいいことづくめに思えるエレックライムだけれど、欠点0というわけじゃない。

 光か、あるいはなにか他に代わりになるエネルギーの供給がされなくなってしまうと、塊となっている量にもよるけれど、一日ともたずに輝きを失った粘り気を含んだ液体になってしまう。

 こうなってしまった場合には、もうどれだけ光を浴びせようが、栄養を与えようが、もう元の姿と力を取り戻すことはない。

 この取り返しのつかなさが生き物の死と重なるので、そこに至っていないものを、僕らは「生きている」と呼んでいるというわけだ。

 栄養を得て増殖したりしていることからして、もし本当に生きていたとしても不思議には思わないけれども。

 そのうちに手のひらに集まっていたエレックライムはすべて透き通った筒の中に納まる。

 取り出せた量は筒の容積のうち、5分の1にも満たない程度しかない。

 だけれど、九分九厘全滅しているジャンク品の中からこれだけでも見つかれば御の字だ。

 最初はわずかでも、それを元手に細々と増やすことさえできたなら、町の電力事情も随分と良くなるはず。

「あれ? 明かりが……?」

 だけどそんな事を考えていたせいか、急に明かりがチカチカと弱まり始める。

 そしてその内に、屋内の明かりは非常用の弱々しいものに切り替わってしまう。

「いったい、何が?」

「おいイチカ。ルカを使わせてくれないか。故障か何だかわからんが、電気が通ってこないんじゃどうにもならん」

「わかったよ」

 パカル叔父さんの頼みに、僕はエレックライムを収めた筒を渡して、タカヨンに乗せたままのルカに走る。

「ルカ、行く……よ?」

 でも僕が呼びかけても、ルカは自分の席に収まったまま動こうとしない。

 それどころか返事すらしないで、どこかと通信を交わすのに集中している風だった。

 でも、何かに没頭していても、僕の呼びかけを無視するなんて、こんなことは今までになかった。

「……ルカ?」

 それを変に思いながら、僕はもう一度声をかけてみる。

 でもその瞬間、ひどく大きな振動が上から降ってくる。

「うわあッ!?」

 大きな、けれど一瞬の振動。僕はそれをタカヨンにしがみついてやり過ごす。

 それに続いて、建物の外へ逃げていくように空気が流れる。

 この風の形、まさか!?

「まさか外壁に穴!?」

「そんな!? そんなことになったら!?」

 僕の感じた嫌な予感。それをはっきりと形にした叔父さんの言葉を聞いて、僕はメットを被り直して外へ走る。

 外壁は一枚ではないし、穴が空いても自動で修復する機能はある。だけれど、もしそれで追いつかないような大穴が開いてしまったのだとしたら、急いで修理に回らないといけない。

 開いてしまった穴の具合を確認しようと、僕は空気の流れに乗って外へ向かう。

 出入口に捕まって高くの壁を見回せば、すでにシーリングガムによって穴が塞がりつつあるのが見えた。

 穴が問題なしに埋まりそうなことはひと安心。

 だけど僕は、それとは別に見えたものから目が離せなくなってる。

「なんだ!? なに、アレ!?」

 真っ黒く大きなモノ。それが僕に向かってまっすぐに飛んで、落ちて、いや飛んで来ているからだ。

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