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悪魔の仕業  作者: N
4/5

四話

 教室に入るとまだ授業は始まる前で、クラスメイト達はそこかしこでグループを作って談笑していた。

 彼はすぐに紗川の席を確認した。彼女の席は空いていた。しかし、これだけでは本当に彼女が死んだのかは分からない。遅刻やただの欠席の可能性もある。そう彼が思っていたら一人の男子生徒が興奮した様子で教室に駆け込んできた。

「やべえって! 朝何か紗川の家に救急車とパトカー止まってた!」

 じわりと彼の中に実感が広がった。教室が少しざわついた。クラスメイト達の視線が空いている紗川の席へと注がれる。

「なんかあったのかな」

「アヤのお母さんが倒れたとか?」

「いや紗川自身になんかあったんじゃねえのか?」

「え! 何それすごい心配」

 俄に教室中が騒然となった。男子達が先程の男子生徒に群がり、女子達は口々に憶測を話し合い始めた。彼等は口では心配だなどとのたまいながら、確実にこの状況に興奮し、歓迎していた。退屈な日常に突如流れ込んだ非日常の風を楽しんでいた。今彼女のクラスメイト達は目を輝かせ、心の底から彼女の不幸を願っていた。

 彼女が教室に入ってきて欲しくない。そんな考えが全員の心の中にあった。少なくとも悪魔を横に付き従えている彼の歪んだ目にはそう映った。

 始業の鐘が鳴っても、紗川は姿を見せず、教師も来なかった。クラスメイトの期待と緊張ははち切れんばかりだった。口々に唾を飛ばして話し合い、何時もはほとんど話さない生徒までにやにやとしながら会話の輪に入っていった。

 始業の鐘が鳴ってから大体十五分くらい後になって禿頭の強面の男教師が教室に入ってきた。心なしか彼の顔は青ざめていた。それを見てとったクラスメイトの緊張が一気に張り詰める。

「自習をしていろ」

 焦点の定まらない目の教師はそれだけ言って張り詰めた顔で教室を出ていってしまった。彼が出ていった瞬間、教室のボルテージは一気に上がった。それはもうヒステリーの領域だった。その熱は既に収拾のつかないものになっていた。もう目の前まで来た非日常を彼等は兎を目の前にした飢えた野犬のように涎を垂らし、荒く息を吐きながら凝視していた。異様な熱気が教室中を覆っていた。

 そうやって長い時間が流れた。彼等の興奮はいつまで経っても静まることは無かった。正午近くなってまた、先程の教師が教室に入ってきた。今度は確実に分かるほどひどく青ざめた顔をしていた。

「皆、落ち着いて聞いてほしい」

 その言葉に、全員が本当は喜び狂いたい衝動を抑え息を呑む。

「今日の朝、このクラスの紗川彩奈さんが亡くなった」

 彼等は歓喜の叫びを高らかに上げたいと思ったが流石はもう少しで成人となる学生達である。そこはぐっと堪えた。それを見ていた彼の背中にひやりと冷たい汗が流れた。彼もまた、笑いを堪えるのに必死だった。

 あの女が死んだ。しかも間接的ではあるが自分のせいで。

「指示があるまでここで待機していてくれ」

 そう言ってまた教師は教室を出ていった。

 教室は打って変わってしんと静まり返っていた。今、クラスメイトは各々を主人公とした各々の物語を創っていた。その物語のシナリオに沿って友人の死を目の当たりにした悲劇の主人公たる彼等は、悲しみの仮面を即座に被ったのだ。しくしくと泣き出す女子や、露骨に机を殴る男子もいた。皆が皆、紗川の死を悲しむ自分を完璧に演じ、自分に泥酔していた。あわよくば事故死ではなく他殺か自殺であったほうが自分の物語は更にドラマティックなものになる。そんなことを考えている生徒までいた。

 彼等は下らなく単調で退屈な彼等の人生にスパイスを加えてくれた彼女と彼に感謝すべきであろう。しかし彼等はそれさえ忘れている。それさえ忘れて自分を主人公にした物語を遂行することに必死だった。

 彼は寒気がした。悪魔はずっと横で笑っていた。

「見てみなよ、彼等の顔を! ああ、面白い。皆悲痛な顔をしてるよ。内心嬉しいくせに。友人の死を悼み、受け入れ、それを胸に未来に向かって進んで行く。そんなドラマが欲しいんだろうね!」

 悪魔は尚もケタケタと笑い続けている。何故か彼は笑うことが出来なかった。上手く咀嚼できない歯痒さがずっと残っていた。

 昼過ぎに校長が彼等の教室に入ってきた。

「今から皆さんには下校してもらいます。落ち着いて聞いてほしいのですが……。紗川さんは何者かに殺されました。犯人はまだ捕まっていません。本当に気を付けて下校してください。可能な限りご両親を呼んで車で下校してください」

 教室はまたざわざわと騒がしくなり始めた。

 他殺であったことは大歓迎だったが、犯人が捕まっていないとはどういうことか。自分に危害を加えられたら堪らない。主人公が死んでしまっては物語が終わってしまう。

 そんな考えが教室中に充満した。

 その心配は無い彼はただ一人さっさと教室を出た。怪訝な視線が四方から彼を貫く。彼は疑われる筈は無いとは思っていたが、幾らか不安になった。


 彼は汚いアパートの汚い自室に帰り着くとスマホを開いた。確かめたいことがあった。彼はTwitterやらLINEやらInstagramを片っ端から開いて、自分が殺した女、紗川彩奈の名前を検索した。彼は戦慄した。

 SNSの海には彼女を悼む、莫大な文章が漂流していた。

 忘れないよ。唯一無二の親友。犯人を許さない。あんなにいいこだったのに。掛け替えのない友達。ウチの胸の中で生き続ける。一生忘れない。まぢでいいやつだった。あの娘とウチは超仲良かったのに……。まぢで分かり合えるのはアヤちゃんだけだった。

 彼は吐き気を催してスマホを放り捨てた。いつの間に親友というもののハードルは下がったのか、そこには彼女の親友を名乗る人物が山ほどいた。各々が親友を失った痛みを嘆き、それでも前に進もうという健気な姿勢を周りに向かって必死になって叫んでいた。

 知り合いは仲のいい友達に、クラスメイトは親友に、親友はただ一人の理解者に、紗川はまるで死んで二階級特進でもしたようだった。全員が彼女を祭り上げることで己を祭り上げようとしていた。彼等は彼女の死体に群がっていた。群がって貪り食っていた。大勢の自己承認欲求と自己顕示欲を満たすために彼女の死体は食われ、もう原型を留めてはいなかった。

 その中でも特に活発に彼女の死体を食べている女がいた。その女の名前は柊ということを彼は知っていた。柊は紗川の親友を名乗り、平気で彼女の本名を載せ、思い出の写真と涙ながらに語っては目やら輪郭やらを歪ませたプリクラの画像を投稿していた。その上自作の詩なのだか、何かの歌詞なのか、中々にポエミーな文章も投稿していた。

 彼は憤った。彼女を殺したのは自分であり、その死体を辱めるも崇めるもその権利は殺した自分にあると見当違いな怒りを感じていた。

 彼は黙ったままシャワーを浴びてベッドに倒れ込んだ。

「おい」

 悪魔が振り返る。

「柊という女を殺せ」

 一度人を殺した彼の心にはブレーキというものは存在しなかった。最早砂一粒程の迷いも無い。

「かしこまりました」

 にっこりと悪魔が笑う。太陽が沈み、彼は前回よりはスムーズに意識を手放した。

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