頭の中の誰かが僕のことを嫌悪した
イジメ。
一人の女生徒を嬲る数人の有力者達。
誰もがこれを黙認し今の立場に安住している、誰もが変わろうとしない、僕もその一人。
自分が可愛いのは当たり前のこと、わざわざ身を呈してまで他人を救おうと動く馬鹿な者はいない。
犠牲者は独り、加害者は僕等全員。この関係性を覆すことはない、何たってこのクラスには偽善者すらいないのだから。
僕は変わらず被害のない毎日を過ごしている。だけどいつだろう、僕の心は騒めいた。
ほんの少しの揺らぎ、そこから僕は急に意識し始めた。
『彼女はもう限界なんじゃないか?』
崩壊。そんな単語が脳裏をよぎった。
『事態は切迫しているんじゃないか?』
自殺。そんな単語が脳裏をよぎった。
『助けなくちゃいけないんじゃないか?』
救済。そんな単語が脳裏をよぎった。
『話しかけた方がいいんじゃないか?』
偽善。そんな単語が脳裏をよぎった。
『僕は何をしてやれるんだ?』
無力。そんな単語が脳裏をよぎった。
僕は深い思考の沼に沈んで行く。
その沼にはエゴイストが住んでいる、そこは自分以外の因子を排除した自分本位な世界。
彼等は僕を誘惑して来る、その誘惑はどこまでも甘美で魅力的だった。
彼等の言葉を聞くたびに、沼に沈めば沈むほどに、僕の心の騒めきはかつての平穏に近づいていく。
その沈む先には思考を停止した自分が見える、見えるのに僕は速度を上げ沈んで行く。
もう考えるのは止めよう、僕は変われない、今まで通りに過ごすだけだ。
彼女に向けた意識も薄れ消え行く、僕の思考は停止した。
それからしばらく経った頃、彼女が自殺した。
いじめっ子達は責任を逃れる為にお互いに罪をなすりつけた、僕らはこの件について関係ないと相変わらず知らんぷりした。
結局何も変わらない、人が死んでさえ僕らは自分が可愛いようだ。真実は僕らの意思によって消された、そして再び普段が訪れる。
いじめっ子の次の標的は僕だった。懲りない奴らだと思ったが、人は誰かの幸せを奪わなければ生きていけない生物なのでこれは仕方の無いことだ。
そしていじめられていく中で僕にはあることが鮮明に見えた。それはいじめっ子の怯え、クラスメイトの怯え、加害者達は総じて怯えていた。
もしかしたら彼女も皆んなのこの怯えを感じていたのかもしれない、そして怯えの原因は自分にあると思い至ってしまった。そして彼女は自殺した。
彼女のイジメによる心の穴は深かったのだろうと伺える、だから死ねば楽になるという考えは勿論存在しただろう、だがそれが自殺した理由ではないと僕には分かる。彼女はどこまでも加害者のことを想っていたのだ。自分が犠牲になれば皆んなは幸せになれるという自己犠牲の精神がイジメられる中で培われ、それが彼女にとって真実になったのだ。
しかし彼女は感じてしまった、皆んなは決して幸せなのではなく、ただひたすらに怯えていると。自責の念に囚われた彼女は自らが死ぬことでそれを払拭させようとした。
一種の洗脳、自分は必要な存在だと思い込むことで辛いイジメを肯定化させた。僕にはそれが分かる。当事者になったことでようやく彼女の心を理解した、理解したことにより死ぬ怖さもなくなった。しかし、僕が死んだとこで彼らの怯えは決して払拭されない。それを考えると死ぬのは懸命な判断とは言えない。
どうしたら怯えを消し去ることができるのか、それを考えている内にイジメはなくなっていた。
いじめっ子に立ち向かった子がいたのだ、彼の勇姿はクラス中に伝わり、加害者達が一斉に心を一つにした。
彼はいじめっ子を説得して懐柔した、イジメはなくなり僕は解放された。すでに僕にとって自分がいじめられていることはどうでもよかった為特に感謝もなかったが、彼は僕と彼女にはできなかったことをした。心の見える僕には分かる、彼は皆んなから怯えを取り去ったのだ。
クラスは上下のない理想の姿となった。僕は嬉しかった、僕の追い求めた真実が実現したのだから。
しかし僕には心につっかかるものがある、それは嫉妬と言ってもいいだろう、彼に対する嫉妬が心につっかかっていた。僕ができなかったことを彼はしてしまったのだ、僕は皆んなの為に人知れず考えていたのに感謝されるのは彼だけ。更には僕が彼に助けられたという認識が存在することに理不尽さが否めない。僕は助けてなんて言っていない、これはただの偽善だ。しかし偽善が結果として皆んなの怯えを消したのだ。
僕は苦しんだ、あわよくばもう一度イジメにあいたい。それは酷く利己的なことで、僕は酷く自分を非難した。
彼女に今の僕の心を見られたらきっと嫌悪されるに違いない、彼女は皆んなの為に死に、僕は自分の為に生きてしまったのだから。
僕は首に縄をかける、僕はちゃんと遺書を書いた。
あのクラスにはイジメがあって、僕はそれに耐えられずに死んだと。
イジメはダメ!絶対!