II−II 少女I
少女は僕に微笑みかけた。僕もつられるように微笑む。
春の風のような暖かい笑顔は、僕の心を暖め、早朝の冷たい外気など忘れてしまう。
「そこ、座っていい?」
僕の隣を指さした彼女に、僕は「いいよ」と答える。
僕の隣に座った少女は、絶えず笑顔を僕に向ける。
「あなた、いつここに来たの?」
「昨日来たばかりだよ」
そう言うと、彼女は口調だけ驚いた風に変える。
「そうなの? ずいぶん最近ね」
普通、村に知らない人間が来れば気付くものではないだろうか? 特にこんな小さな村なら。
そんな僕の心中を見抜いたように、少女は話を続ける。
「ここの人たちは他人に滅多に会わないの。家から出ることもほとんどない人もいるみたい。知っているのは自分のことぐらいなの」
なるほど。他人と干渉しない村。見るのは自分自身だけ。それがこの村の基本。ならば、釣り人は? そしてこの少女は?
「君はどうして僕に声をかけたの?」
僕の質問にも少女は笑顔を絶やさない。
「純粋な興味よ。たまたま外を覗いたら君が見えたから、話がしたくなったの。私、この村では変わり者なのよ」
人との接触を好む者が変わり者で、誰とも触れあわない人間が普通。他人を求めて来た僕もここでははみ出し者。いや、それ以前に僕はこの村の住人ではない。いられない。僕の望みがある限り、僕はこの村の住人になることはできないのだ。
【ここは僕の帰るべき場所じゃない。少なくとも今は・・・】
釣り人との会話が思い出される。僕がもしここの住人となる日が来たのなら、それは僕が望みを捨てた日。
僕はまだ望みを諦めるわけにはいかない。
「ここで他人と関わる人は彼ぐらいよ」
僕は思考を途中で切った。少女が言った「彼」の言葉に反応したからだ。
「彼って、釣りをしている彼のこと?」
そう言うと、彼女の口調は不機嫌なものとなる。
「そうよ。彼だけ村の人たちと関わりを持っているの。何をしてるのかは知らないけど。きっとろくでもないことよ」
顔は笑顔のままなのに言っていることは全く違う。
「彼が嫌いなの?」
僕が思ったのはそのことだ。
「嫌いよ。彼は他の人たちと違う。私のような変わり者でもない。全く別の次元の人だから」
「違うから嫌いなの?」
僕の質問に彼女は顔を変えない。
「それだけじゃないわ。彼は――――」
「何してる」
少女の言葉を途中で打ち切るように割り込んできた声に僕は驚き、森から出てきた声の主を見つける。釣り人はどこか不機嫌そうな顔で僕たちから視線をそらさず、そのままこちらに歩いてきた。僕はそこに何かおかしいことに気付く。しかしその答えが出ない。
「話をしていただけよ。悪い?」
不機嫌な口調そのままで彼女は釣り人を見上げる。笑顔なのにその目は何か強い力がこもっていた。
「別に。でも君のくだらない遊技に他人を巻き込むのはやめといた方が良い」
そう言った釣り人は、返事も聞かずに村の方へ歩き去っていった。
少女はそれをしばし見た後、立ち上がり、僕の耳に小さな声を入れた。
「彼を信用しては駄目よ。彼はいつかあなたを裏切るわ」
僕が驚きに浸っている間に少女は「またね」という言葉を残し去っていった。
追いついた僕に、釣り人は言った。
「彼女にあまり関わらない方が良い。というよりこの村の人間とあまり関わりを持たない方が君のためだ。彼女に何を吹き込まれたかは知らないが、鵜呑みにはするな」
そう言った彼は彼女が言った言葉の意味を知っているのだろうか。
不機嫌そうな顔をようやく戻した彼を見て、僕は先ほどから出ていた違和感にようやく答えを出した。
僕は彼女の笑顔しか見ていなかった。
遅筆で本当に申し訳ありません。お心が広いかた、良ければ次話も気長にお待ちいただけると幸いです。




