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Ⅶ-Ⅴ  ウォルガ



 図書館を出れば、いつも通りの村が広がっている。今日が最期になるかもしれないことなど関係もなく、村はいつもの静けさを保ち続けている。

 僕は森へと向かうべく脚を進め、すぐに違和感に気付く。ズボンのポケット、そこに何かが入っている。

 取り出してみれば、それはあの砂時計だ。あの倉庫の僕が使用している部屋に置いてきたはずのそれが、いつのまにか僕の手元に戻っている。そして気付く。止まっていた時が動き始めたことに。

 決して下には落ちないはずの砂があるはずのない穴を落ち下の器へとこぼれ落ちていく。ゆっくり、ゆっくりと。

 砂は落ち始めたばかりだ。だが僕はこれがタイムリミットを指していることに気付く。これは最初からその為に存在したものなのだ。僕の元へと渡るよう用意されていたものだ。誰に聞かずともそれを理解している。

 砂が落ちきるまでが制限だ。僕は改めて止めていた脚を進めようとする。すると、そこにいるはずのない姿を目にする。

 ウォルガだ。

 釣り人の家に繋がれているはずの彼がなぜかそこにいた。手綱も何も付けず、体一つで彼はそこに立っている。

 ウォルガは僕と視線を合わせると、ぐるりと方向転換する。そしてちらりと僕を振り返り、誘うように尾を振っている。

 彼は僕をどこかに案内しようとしている。いや、どこかではない。それは一つしかない。僕は頷くと、ウォルガの後を追う。僕がついてくるのを確認したウォルガはゆっくりと進み出す。その足取りに迷いはない。

 僕達は図書館を離れ、釣り人の家も倉庫も通り過ぎ、森へとたどり着く。森の入り口、そこにいたはずの彼女の姿はない。ただ彼女がよく腰掛けていた岩だけが残されている。べっとりと服に付いたままの僕の血。それだけが彼女が存在した証。彼女がいた痕跡はそれしかない。それすら気付かないかもしれないほど薄い。消えたくないと叫んでいた彼女の声はもう聞こえない。

 もう彼女と会うことはないだろう。だからもう誰にも聞きはしない。

 ウォルガは立ち止まっていた僕を催促するようにブルルと鳴く。僕はごめんと一言誤り、再び歩き始める。

 それで終わりだ。僕と彼女の話は。彼女が言った通り僕は犠牲を払う。彼女は怨嗟の声すら残すこともできず消えた。たったそれだけで終わってしまう僕達の関係。

 それは悲しいことなのかすら、僕には分からない。ただ、消えてしまった泡沫の夢を名残惜しく思い返すだけだ。

 ウォルガに案内されるまま僕は森の奥へと踏み入る。やはり霧は薄くなっている。そして森中に放置されていたはずの品々の姿も減っている。ああ、ここも終わってしまうのだなと淋しくさえあった。無責任な感情だ。それを引き起こしたのは紛れもなく僕自身だというのに。

 ウォルガは突然ピタリと止まり、僕に道を開ける。ここから先は僕一人で行けということらしい。

 ここまで案内してくれたウォルガに礼を言うように頭を撫でる。しかしすぐにそれは『人』にたいして失礼かもしれないと感じ、手を止めた。しかしウォルガは続きを催促するように僕の顔に自分の顔をすり寄せる。

「僕はこの世界を終わらせる。けど、君の物語がいつか君の望む形で終わることを願うよ」 僕は彼が待つ少女ではないから彼の名前を呼んであげることができない。だが、いつか彼の名前が呼ばれる日が来ることを切に願う。それが無責任な願いだとしても。

 ウォルガを撫でる手を放し、僕は前に進む。二度と会うこともないだろう彼に、今日何度目になるか分からない別れを告げる。

 言葉を発することのできない彼は、僕の顔を舐めることで答えてくれる。

 どうして君達はそんなにも優しいのだろうか。彼女以外、誰も僕を責めてはくれない。いや、それすら傲慢なことなのだろう。僕には責められるほどの価値すらないのだから。





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