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Ⅵ-Ⅵ  少女Ⅲ



 僕は猫が生きていることを望んでいるのか、それとも死んでいることを望むのか。



 それはまるでタイミングを見計らったかのように始まった。僕が話すべき人々と話し、その願いの意味を知ったその時。

 いや、始まりはもっと前にあった。ただ僕の視界に映る範囲には見えなかっただけで。

 なぜ釣り人は倉庫に来なくなったのか。森へ行っても何の荷物もなく帰ってくるのか。なぜ倉庫の物は消えていくのか。それがどんな意味を持つのか、僕はようやく知ることになる。

 世界が、終わりかけている。気付かなかったのは無知で愚鈍な僕だけ。



 倉庫の荷物はもはや数えるほどしか残っていない。天井に届くかのように積み上がっていた山はもはや跡形もない。消えていく物の中で置いていかれたかのように転がる絵や本、家具たち。彼らも明日には消えてしまうのかと、まだ僕はこの時明日が来ると自然に信じていた。終わりが近いことを預言されていたにも拘わらず。

 僕はもしかしたら甘えていたのかもしれない。この何処にも所属できない世界とそこに生きる人々を享受していた、いや同情し哀れんでいたのか。何処にも居場所がなく、こんなゴミ箱の中にさえ居場所のない人々を心の奥で見下していたのかもしれない。

 どんなに確かな存在だって、信じなければ、受け入れなければ存在しないも同じだということを僕は忘れていた。

 僕にだって、居場所はない。それがないと、見えないだけのくせに諦めていただけなのに。

 ふと窓から外を見る。一見代わり映えのしない風景。そこにただ一つ異質で、しかしいつの間にか風景の一部としてとけ込んでいた森。朝夜関係なく霧に囲まれ出入りするのは釣り人だけ。僕はあそこから来たはずなのに、あの森の意味を本当の意味で理解はしていなかった。

 釣り人はあの森に残すことで、唯一生きた証が残されるのだと言っていた。村に放置すればそれは消えてなくなってしまう。なのにあの森だけは違う。ならば、あの森には他とは違う意味があるのだろう。おそらく、この世界の根源に繋がるような何かが。

 そして気付く。森を覆っていた霧が薄れていることに。いや、今薄れていっているのだ。森の闇すら通さなかった霧のカーテンが穴を開けたかのように森をさらし始めている。

 何かが起こっている。そしてそれは間違いなく異変であり、この世界にとって良くない事ではないだろうか。この世界に変化は受け入れられない。彼らは変わらないことで自身を保っている。ならばこの変化はこの世界全体に影響をもたらすものではないか。

 僕は森へ向かう。森に入ったのは釣り人と共に芸術家の荷物を運んだ時以来だ。一人で入った事はない。一人で踏みいる事を恐れているのか、それとも釣り人の許可もなしに入ることに罪悪感を感じているのか。僕の足は森の入り口で止まってしまう。

 釣り人の許可が必要とは聞いていない。彼は一度の忠告以外で僕の行動を制限したことはない。ただ、ここは彼のテリトリーのような気がして踏み込むことをためらってしまう。そう、釣り人の言葉は僕にとって導き手だった。釣り人は最初に義務だと言ったが、そこに彼のどんな感情がこもっていたかはわからない。だが、確かに彼は最初に宣言した通り、僕を見捨てなかった。積極的に僕の目的に助力したことはなかったが、それでも僕の疑問に答えられるものは答えてくれた。生き方を教えてくれた。

 右も左も分からない僕にとってそれは灯台の灯りのように、ただ一つの導きだった。

 そんな彼のテリトリーに踏み込むことが許されるのか。僕は庇護を失うのか。

 僕の現状が選択の失敗によるものなのかはわからない。だが、数分後の僕はまるで庇護を失ったかのように倒れることとなる。




 森の入り口、やはり霧は薄くなっている。入り口からすら奥が見えなかった森に光が差し込み、隠されていたベールが少しずつ剥がされている。

 そしてやはり彼女はここにいた。一体彼女は何処に住んでいるのか、いつから此処にいるのか、そして何の為に此処にいるのか、訊いたことはなかったのは必要がなかったからだろう。だが、この時の彼女は確かに一つの目的を持っていた。愚鈍な僕はそれにすら気付いてはいなかったが。

「……」

「こんにちは」

 いつもは彼女の方から行われる挨拶がなかった。なので僕の方から挨拶した。返事は返ってこなかったが。

 いつも微笑を絶やさない彼女。その表情がうつむき始めてわからない状態にある。

 彼女もこの緊急事態に気付いているのかもしれない。訊いてみようかと思ったが、僕の方すら視ようともしない彼女に声をかけるのもためらわれた。

 仕方なく僕は彼女を放置し、森へと足を向ける。釣り人は中にいるのか外にいるのか、先に確認したが家の中にはいなかった。もしかしたら釣り人の叱責を受けるかもしれないと恐れたが、一度も彼はここに入ることを禁じてはいない。それを言い訳に僕は森へと踏み込もうとした。

 だが、僕の足は森に届かなかった。背中に衝撃、それが何なのかを速急に理解するほど僕の頭は働かない。後ろを振り返れば先ほどまでうつむき座っていた彼女が僕の背中に張り付くように立っていた。今の衝撃は彼女がぶつかったためと簡潔な答えを出し、どうしたのかと口に出そうとすればそれは言葉にならず滴る赤い果汁となり落ちる。それがなんなのかにさらに時間を掛ける。そして彼女の言葉を理解するのに時間は足りない。

「貴方なんて、来なければ良かったのよ」

 以前彼女が同じ事を言っていたのを覚えている。だが、その意味を本当の意味で理解していなかったのかもしれない。していれば、こんな無様はさらさなかっただろう。

 背中は一瞬の衝撃から燃えるような熱さへと変わっていく。この世界にも痛みが会ったのかと場違いな事を考えたのは現実逃避なのかもしれない。

 地に吸い寄せられる体を支える物は何もない。無様な様子をさらす僕を彼女は見下ろしていた。彼女が持つ赤く染まった凶器に僕はようやく事態を把握する。

 もう一人、そこに誰かがいた。彼は僕を見下ろしそして彼女を見る。そして言った。

「無様だな」

 それは僕と彼女、どちらに言ったのか。





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