I−II 釣り人II
村の中は、まるで早朝の住宅街のように静まりかえっていた。村の中を歩く人は僕たちの他にはおらず、僕たちの足音を打ち消している、蹄が石畳を叩く音だけが響いていた。釣り人は村の隅にある家の前で立ち止まった。
釣り人は僕に先に入るよう言い、自分は家の裏へ向かった。僕は言われたとおりにした。木製の戸は何の抵抗もなしに僕を迎え入れた。家の中はキャンプ場にあるコテージに似ていた。この家の主は必要最低限の物しか置かないらしい。がらんとした部屋は、まるで世界に自分一人しかいないように思わせた。
部屋の主(であろう人物)はすぐに戻ってきた。彼は部屋を見回していた僕に椅子にかけるよう言い、自分自身は机の縁に腰掛けた。机も椅子も一人分しかない。食器棚に入っている食器も全て一人分だ。彼は客が来ることなど想定していなかったのだろう。一人分しかない家に、こうやって二人の人間がいることは、ひどくおかしな感じだ。
彼は帽子を取った。初めて見る彼の顔は思っていたよりも幼く、あの獣の毛と同じ色の眼をしていた。しかし彼から出る雰囲気は、彼自身を見た目よりも年長に見せていた。そしてそれよりも僕はなぜか、その顔が懐かしく思えた。見たこともないはずの顔を、僕は無遠慮に見つめた。彼は僕の視線を全く気にせずに話し始めた。
「ここは君のような人間が来るべき場所じゃない」
知っている。ここは僕が来るべき場所ではない。ここに僕の居場所はない。しかし、僕はここに来るしかなかった。僕はここに来る目的を持っている。
「君はここがどういう場所なのかを知っている」
僕は何も言わずにうなずく。
「でもここでの生き方を知らない」
ぼくはまたうなずく。
「そして君は目的を持ってここに来た」
彼は僕の返事も待たずに続ける。
「しかし、その為に何をすべきかを知らない。だから僕に声をかけた」
「その通りです」
僕はいつの間にか敬語で話している。
「そしてあなたは僕の目的を知っています」
彼はうなずく。そして敬語で話さなくてもいいと言う。彼は僕が何も言わなくても、僕の名前を知らなくても、僕の目的を知っている。そしてその理由も知っている。彼は大きなため息を吐いた。
「僕は君に何かをしなければならない立場ではない。しかし、君を放っておくことはできない。なぜなら、僕が君にとって、最初の人物だからだ」
僕がすまないと言うと、彼は謝らなくて良いと言う。そしてさらに言葉を続ける。
「だが、僕は君の目的を手伝わない。質問には答える。答えられるものには」
そして答えても良いと思うものだけ――。
僕はわかっていると答える。それで良いと、彼は満足したように言う。そして帽子を被り、立ち上がった。
「これから君を、君が住んでも良い場所に連れていく。文句は言えない。わかるね?」
わかると僕は答える。彼はそれを確認すると、家の外へ出ていった。僕はその後を追う。僕は家の外に出てすぐ、最初の質問をする。
「君は僕のことをどう思っている?」
釣り人は僕の顔を見ない。
「ノーコメント」
僕の最初の質問は空振りに終わる。




