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III-VI  証明



「じいさんによるとこの世界の存在を証明する手立てもまたないそうだ」

 読み終わった本を放り投げ、司書は新たに読む本を探している。

 彼の周りは既に床が見えないほど本で埋め尽くされていた。

 片付ければいいのにと僕が言うと、面倒くさいの一言で一蹴された。

「そもそも俺達の存在自体証明できるものじゃないんだから、俺達がいるこの世界だって本物だとは限らないわけだ」

「こうして僕達がいるのに?」

「それこそじいさんの言葉を借りるならだまし絵ってやつさ。俺が見ている風景とお前が見ている風景が必ずしも同じだとは限らない」

 司書は手に取った本をパラパラとめくる。

「たとえば」

 司書は開いたページを僕に見せた。

「お前はこの色を何色だと思う?」

 そのページに描かれたのは、抽象的な図柄で描かれた赤い太陽だった。

「赤だと思います」

「そうか、俺は朱色だと思った」

 それはそれほどの差ではないと思う。色あせた太陽は朱色にもオレンジにも見える。僕にはそれが赤だと感じられただけだ。

「たいした違いじゃないと思うかもしれないが、それは俺とお前の感覚が近かったからの話だ。人によってはこれが青に見えるかもしれないし黒に見えるかもしれない」

「そんなことあるの?」

「あるさ。俺達が赤だと認識している色が、そいつの中では青として認識されているかもしれない」

「それは結局同じ色が見えてるってことじゃないの?」

「いや、そいつがそれを青だと信じればそれは青なのさ」

「?」

「たとえば、神様ってやつを信じる奴と信じない奴がいる。信じない奴からすれば信じる奴は頭のおかしい奴だ。でも信じる奴にとっては神が存在することが真実だ。確かに神の存在を証明する術はない。しかしいないとは言い切れない」

 僕は二度目の疑問詞を口にする。

「悪魔の証明っていうやつだ。哲学分野の話なんだがな。神や悪魔の存在を証明することはできない。しかしそれが存在しないことを証明することもまたできないって話だ」

「いないものをどうやって証明するの?」

「さあな。しかし証明されたことしか真実にならないのなら、『神は存在しない』ということも証明されていないんだから真実とは言い切れない」

 科学の力に頼ってきた人類は、伝説や神話といったものを信じられなくなっていった。しかしそういった存在がいないこと、神話が偽りであると誰も証明できていない。

 僕達人間は、目に見えるものしか信じなくなっていった。

「俺達の存在も神や悪魔とそう変わりはないのさ。俺達が人間であるのは俺達自身が人間だと信じているからだ。信じなければ何も見えない」

「信じなければ僕達は存在できない」

「そのとおり。実態と精神の区別はかなり曖昧なものだ。こういう話は知っているか?

ある男が夢を見た。蝶になる夢だ。蝶になってひらひらと飛び回った。目が覚めたとき男は考えた。自分は蝶になる夢を見ていたのだろうか。それともあの蝶が現実で、今の自分は蝶が見ている夢なのではないだろうか」

 夢と現実の曖昧さ。人がそれを現実と信じればそれは現実となるのだろうか。それともどうやっても現実は変えることができないものなのだろうか。

 この世界では常識が通用しない。現実と仮想の区別がつかない。それこそがこの世界の常識。

 僕は今、どこに立っているのだろうか。

「俺達は胡蝶。そしてこの世界は胡蝶の夢。夢の終わりは世界の終わり」





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