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III-III  少女II



 家に帰る頃には太陽が隠れ始め、空が真っ赤なベールを被っていた。

 釣り人は何も言わないままウォルガを小屋に入れて、さっさと自分の家へと入っていった。僕は何もすることがないので再び森の入口へ行ってみた。

 森は朝来たときと変わらず霧に覆われていた。今朝見たときは朝だからだと思っていたが、既に日が暮れる今でも霧はそこにあり続けている。まるでそこが自分の定位置だと言わんばかりにだ。僕がここに来たとき、霧はなかった。あの時が以上だったのか、それとも今が異常なのか。おそらく後者だろうと僕は思った。特に理由があるわけではない。ただの直感だ。

 あの時この世界は僕を迎え入れた。普段は霧によって阻まれる森は、来訪者の為に道を開いたのだ。

 そう、僕は知っている。

 世界は僕を迎え入れたのだと。

 まるで教科書を開くかのように知識があふれてくる。この世界のありよう。それは誰もが知っていることだ。ただ忘れてしまっているだけで、一歩この世界に入れば記憶は蘇る。そういうふうになっているのだ。

 ただ僕はそのすべてを思い出してはいない。まるで白線の外から足を出さないようにして中をのぞき込んでいるような。僕は内側から押し出されている。外側から引っ張られるのではなく。

 この森は境界線。村の住人は入ろうとしない。この森の向こうは別世界だからだ。

 しかしただ一人森を自由に行き来する人間がいる。彼はなぜ平気なのだろうか。この世界の者なら本能的に入ろうとしないはずなのに。

 彼は違うと僕に教えてくれた少女がいた。この世界にあってこの世界の者とは一線を引く彼は何者なのだろうか。




「こんにちは」

 彼女はまた同じ挨拶をする。

「こんにちは」

 僕もやはり同じ返事をする。

 そしてやはり同じように会話が始まる。

 森の入口にある石に僕たちは二人並んで腰掛ける。座り心地は良くないが、この際文句は言えない。

「今日はどこへ行っていたの?」

 少女は問う。

「村をまわってたんだ」

 僕は答える。

「そう。それで感想は?」

「変わった人たちが多いなと思ったよ」

「でもあなたの言う『変わってる』が私にはわからないわ。だって彼らは私からすればどこもおかしくないもの。変わっているというのは私のような人を言うのよ」

 そうだね、と僕は相づちを打つ。他人と関わらないのがこの世界の人々の生き方だ。関わっているように見えて、実は自分の世界だけを見ている。他人など世界の付属品に過ぎないのだ。

 そう、僕は知っている。僕や彼女の方が異端なのだと。もう僕はそれを思い出している。

「あなたと一緒にいる彼の方が異端だわ」

 少女は僕の心の声を読んだかのように言う。

「彼は他人と関わることで世界に存在する。自分だけの世界が存在しないの。どうして彼だけがそうなのかはわからないけど」

 僕は何も答えられない。意味がわからないのではない。思い出せないのだ。僕はおそらく唯一彼以外で彼のことを知っている人間だ。しかし今はまだ思い出せない。彼の世界がどこにあるのかを。

 少女はすくりと立ち上がった。

 やはりまたねと言って彼女は村の方へ帰って行った。

 僕は返事をしなかった。

 きっと僕は彼女の世界がどういうものなのかに気付いている。彼女の世界も他人がいて成り立つものなのだと。きっと彼女は気付いていないのだろう。自分の世界のあり方に。




 その日、倉庫に戻った僕の元にやってきた釣り人は、僕の話を聞いてこう言った。

 彼女の世界は月なのだと。

 僕はそれを聞いて納得した。





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