表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師のお仕事  作者: 雲先
魔術師ここに立つ
6/10

2-3 魔術師と無限の鍵



 さて、私はどうするべきなのだろう? 尻尾を巻いて逃げ出してしまいたい衝動が、私の首に縄を括り付けて後ろから引っ張って居る気がしてならないぞよ。

 そう! 瑠璃ちゃんの面接内容をバインダーにカリカリ書く音が無くなれば、私の試験が始まるんだよっ! 

 落ち着け沙紀! 冷静になるんだ沙紀! 大丈夫! 足は笑ってないし、喉の渇きも無いっ! お前なら行けるっ! 

 ふっと、バインダーから視線を上げた永久さんと私は眼が合った。

 ……永久さん、いきなり吹き出さないでください。笑うことを堪えないでください。ガチガチに固まって居ることは私も分かってるんですからっ! 


「……ふふっ……ゴホン、それでは沙紀さん前へ」


「はっ、はいっ!」


 右手右足を同時に前に出した私は、眼が回りそうになりながら中央に立った。お願いしますっと頭を下げる。

 当然だけれど、私の前に居るお師匠さま達の視線は一斉に私に向かってきて、後ろからは魔術師見習いを目指すみんなの視線が感じられる……

 おえっ、吐いてしまいそうだよ。


「それでは沙紀さん、これより沙紀さんの魔術師認定試験を始めます。では、初めに実習課題の壁面の魔術を一分間行使し続けて下さい」


 何時始めるかは沙紀さんのタイミングでいいですよって、ほんわかと笑いながら言ってくれた永久さんの言葉に、はいっと返事を返した私は、すーはーっとまず深呼吸をした。それから両手を前に出して、今から私が造る『無色壁』の姿を頭の中で描き出した。


 魔術を行使するときに、魔術師は初めに自分がこれから行使する力を頭の中で想像する。その想像したイメージを呪文なりに乗せて、精霊達に魔力と一緒に渡すんだよ。もっと単純に言うと、行使する力をイメージしながら呪文を唱えると精霊さんが、よしっ来たっ! 任せとけっ! ってお仕事してくれるんだよ。


 前に永久さんが言って居たことだけれどね、この時のイメージは一種の設計図みたいな物なんだ。しっかりとイメージが出来ている程に、効率良く強力に魔術が行使出来るとのことだよ。

 うむ、設計図が不確かじゃあ精霊さんも、お嬢ちゃん、こんな落書きじゃあ仕事出来ないぜぃ! ってことになっちゃうもんね。

 とにかく、今はイメージだっ! 妄想癖を今こそ発揮しろ沙紀っ! 




 私が行使しようとしている『無色壁』はその名の通り無色透明な壁だよ。

 見た目は板ガラスのようだけれども、一度に何枚重ねて行使しても、ガラスみたいに不透明にはならない。存在は希薄な、透明な壁。魔術師の力量次第ではあらゆる物を弾き返す力を備えている、とっても頼もしい壁面の魔術なんだよ。

 ただね、無色透明だから……イメージし辛いんだよ、これまた……


 緊張も相まって、一向に頭の中で私が行使するべき力の姿が思い描けない。ゴクリと私は喉を鳴らす。

 いけない、とにかく冷静になるんだ沙紀っ! そう自分に訴え掛けるけれども、緊張は増すばかりで、私は自分でも駄目だと分かっているのに、眼をきつく閉じてしまった。


 どうしよう……私、駄目かもしれない……永久さんに申し訳なさすぎだよ、本当……

 半分諦めが入り始めた私の頭に、ふっと、永久さんの笑っている姿が浮かんだ。とても楽しそうな笑顔。私の大好きな、一点の曇りも無い笑顔……

 あっ、と思わず私は閉じていた目を開く。するとそこには、永久さんが頭の中とだぶるように笑っていたんだ。



 私は知らない間に止めてしまって居た息を吐いてから、私が行使する力のイメージを一から作り直す。今度は直接無色壁の姿を思い描くことはしないで、代わりに別の物、違うか、光景を思い浮かべる。

 どこまでもどこまでも、雲一つ無い突き抜けるような青空。ついでに地平線まで続く碧い草原! 私の髪の毛を撫でるそよ風! うんっ! とっても素敵な光景だよ! 特に重要なのは雲一つ無い青空だ。

 私はどこまでもどこまでも、雲一つ無い突き抜けるような青空を頭の中に思い浮かべながら、私の言葉を紡いでいった。


『私と共に歩んでくれる心優しき精霊達よ。私の願い叶えるために、協力願う! 無色壁!』


 私の周りでたゆたう精霊さん達が私の言葉に応えてくれる。少し私のことを笑うように、小馬鹿にするような気配はあるけれども、でも、仕方がないな~って言いながら私の意識を汲み取ってくれる。

 時間は瑠璃ちゃんの二倍は掛かってしまったけれどね、私の前に、確かにそれは出来たのだよ! 


「……出来た」


 私が行使した無色壁は、水の膜みたいに完全な透明ではなかったけれども、うんっ! 今までで最高の出来だよ!! 後は一分間、このまま力を行使し続ければいいんだ。


 チラリと、行使した無色壁を通して、永久さんの様子を窺った。永久さんは変わらずに笑って居て、私と目が合うとウインクをしてくれたぞ! うん! 完璧だっ! 




「なかなか上手く力を行使出来て居ましたよ。少し精霊達に見くびられている様子はありましたけど、意志の疎通自体はとても良かったです。これからも修練を続けて行くように……それでは質問に移ります。沙紀さんは将来、どんな魔術師になりたいですか?」


 自分でも驚く程、上手く無色壁を行使することが出来た。私は一番の難関を越えたことに内心ほっとしつつ、永久さんの質問に予め用意しておいた、私のなりたい魔術師像を話すのだよ。


「私がなりたい魔術師は、みんなとときには泣き、ときには笑う、そしてみんなから好かれる、そんな魔術師になりたいです」


 私のなりたい魔術師像を聞いた永久さんは、一瞬だけ眼をぱちくりさせた後で私が期待した通りに楽しそうに笑ってくれた。


 緋乃ちゃんのように絶対の自信がある訳でもなければ、瑠璃ちゃんのように強い決意もなかなか出来ない私。でも、そんな私でも、みんなと一緒に笑ってみんなを和ませることは出来る筈だから。

 もちろん、この魔術師像のモデルは永久さんだよ。いつも楽しげに笑っている永久さんと一緒なら私も笑って楽しく暮らせる。私もそんな魔術師になりたいのだよ。つまり、私がなりたい魔術師は永久さんその人なんだ。


「とても沙紀さんらしい魔術師ですね。確かにそう言った魔術師も良いと思います。いえ、私個人の意見を言えば、そう言った魔術師は必要でしょう。何故なら私達も一人の人間、気を何時も張って居ることはとても大変です。そんなとき、沙紀さんのような魔術師は絶対に必要になってくるでしょう」


 期待して居ますよって言葉を私に掛けて永久さんは他の人に質問権を渡した。




「それにしても……よくあんな将来像はっきりと言えたわね。直前の瑠璃まで堅いこと言ってたのに……まあ、あの先生じゃないけど、沙紀らしいけどね」


 缶ジュースを開けながら呆れ顔をしてそう言った緋乃ちゃんに、私はえへへっと笑って返した。

 無事に試験を終えた私と緋乃ちゃん、瑠璃ちゃんの三人は、魔術協会のロビーにある休憩スペースに陣取って、お茶会の真っ最中なのだよ。

 本当は試験終了後は直ぐに帰らないといけないのだけれども、缶ジュースの一つぐらいは良いよね? 


「沙紀は今でも楽しくて、面白いですから私は好きですけどね。そう言えば壁面の魔術も危なげなかったですね。呪文を唱える前はハラハラしましたけれど……」


 一人だけ缶コーヒーに口を付けた瑠璃ちゃんの言葉に、私はそうなんだよ~って苦笑い気味に返して、自分のオレンジジュースに口を付けた。


「呪文を唱える直前まで吐きそうなくらい緊張しちゃって、私駄目かもって、泣きそうになっちゃったんだよ。そんなときに思ったんだけどね、永久さんの笑ってる顔思い出したらイメージがしゃきーんって思い浮かんだんだ」


 あれは啓示だねって話したら、二人に揃って笑われちゃった。


 さてとっと、私は時計を見た。時刻はもう直ぐ十七時になろうとしている。今頃お師匠さま達は試験結果を基にして、合否を判断して居る頃だろうね。

 ペーパーテストは不安ばかり、実習課題はなんとかなった気がするけれども、面接の受け答えはちょと不安だよ。試験結果は当日の内に、各々のお師匠さまから直接言い渡されることになっているから、帰り道の道中ずっとドキドキしないといけない……果たして、私は魔術師になることが出来たのかな? 


「それじゃあ、そろそろ私は帰るから。自粛期間過ぎたら三人で何処か遊びに行こうね」


「あっ、うん! 分かったよ~計画練っておくね!」


 夢の国が第一候補で良いよねって私が言ったら、緋乃ちゃんは、うん! って大きく頷いてくれた。またね~って私と瑠璃ちゃんに手を振って緋乃ちゃんは帰って行ったよ。

 うむ、本人は隠そうとしているけれども、緋乃ちゃんの可愛いもの好きはこの前把握済みなのだよ。恥ずかしがらなくて全然良いのに、女の子が可愛いもの好きなのは普通のことなのにね。

 ふっ、と瑠璃ちゃんはどう思っているのかな? っと思った私は、携帯電話に視線を落としている瑠璃ちゃんに声を掛けようとして、戸惑った。


「……瑠璃ちゃん? どうしたのそんなに怖い顔をして……」


 私の声にハッとした様子で携帯電話から顔を上げた瑠璃ちゃんは、なんだか狼狽えた風に携帯電話を私から隠した。それから、私でもすぐに分かる作り笑いを顔に貼り付ける。


「なんでもありませんよ。あっ、夢の国のことですよね? 私も行きたいです。夢の国」


「……なんだか怪しいな~……もしかして、彼氏?」


 何気なく、女の子の常套句で私はそう聞いてしまったんだけれども、瑠璃ちゃんは途端に顔を伏せて、今まで聞いたことがなかった、仄暗い声音で返事を返してくれた。


「……まさか……とんでもない。あんな男っ! …………ごめんなさい、沙紀には関係のないことです。私の問題ですよ」


 とにかく、違いますから……そう言葉短く拒絶を現した瑠璃ちゃんに私はたじろいだ。どうしたんだろうっと私は瑠璃ちゃんが心配だったけど、瑠璃ちゃんは残っていた缶コーヒーを一気に煽ってゴミ箱に捨てると、ごめんなさい沙紀って申し訳なさそうに私に謝って、用事が出来てしまったと教えてくれた。


「今日はこれで……また今度会いましょう」


「うん、気を付けてね」


 瑠璃ちゃんの後ろ姿が完全に消えるまで手を振り続けた私は、ポツリと思ったことを思わず呟いた。


「瑠璃ちゃん……怖かったな…………」




 パタンと車のドアを閉めた私は、一度大きく背伸びをした。もうすっかり暗くなって風も冷たいけれど、頬を撫でる風は車を降りた開放感も相まって、試験を終えた私には気持ちよく感じられる。

 迎えに来てくれた茜さんと一緒に私は部屋に向かった。茜さん曰わく、今日はご馳走を作って置いてくれたそうだよ。うむ、遂に茜さんの料理が食べられるっ! 


 茜さんはクスクス笑いながら、献立を私に教えてくれた。だけど、部屋の前に来て、途端に思い出したように私に忠告してくれた。


「今日は永久ねーさんもお酒飲むと思うけど……沙紀ちゃん、抱き枕よろしくね」


「……はい」


 お酒が入ると性格が変わったりする人は沢山いるみたいだけれど、永久さんも例に漏れず、お酒を飲むと悪い癖がでるのだよ。永久さんの場合は抱き付き魔なんだよ。朝まで離してくれなくなる。茜さんに言わせると、極度の寂しがり屋さんモードらしい……


「抱き枕にされるのは嫌じゃないですけど……なんで酔いが醒めてる次の日もスキンシップが極端に多くなるんですか?」


 私を朝まで抱き枕にした永久さんは、私と一緒に朝風呂に入り、一緒に朝ご飯を作って食べて、お昼まで私の隣で私を構い続け、お昼も一緒に、そして寝るまで私と接したがるんだ。極めつけは、私沙紀ちゃんのお嫁さんになる! と言ってベッドに潜り込んでくるのだよ。

 永久さんには悪いけれど、ちょと度が越えた愛情表現だと思う。


「基本、永久ねーさんは寂しがり屋さんだからね。何時もは表に出すことはないんだけど……ね」


 色々気苦労が絶えない人だから……心配そうな顔で呟いた茜さんは、私の髪を優しく梳きながら、嫌いにならないであげてねって続けた。私は茜さんの心配を打ち消すために、飛び切りの笑顔で答えるぞよ! 


「私が永久さんを嫌いになることなんて、ぜーったいにありません」


 うむ、絶対だよ! 

 私がそう答えると、茜さんは自分のことのように喜んでくれた。微笑みながら、嬉しいっと言ってハグしてくれたぞ。美人のおねーさまに抱きしめて貰える。これも永久さんの弟子と云う役得だね。


「それじゃ中に入りましょう」


 茜さんが何気ない動作で部屋のドアを開けて、私は、あれって思った。永久さんはまだ魔術協会の事務所で、部屋に誰も居ないはずなのに……鍵を掛けないなんて不用心じゃないかな? 


「公ちゃんただいま~」


 ……なるほど、あやつ来ているのか……

 私はため息をついて茜さんの後に続いた。そして決意する。公の分のデザートは私が頂くっ! 




 気になって私は時計を見た。時計の針はもう直ぐ19時を差そうとしていた。そろそろ永久さんが帰ってくる頃だと、茜さんが作ってくれて居たご馳走をテーブルに並べてそう思った。


 食卓用のテーブルに並ぶ茜さん特製のご馳走たち。この子たちは私が魔術師になったことを祝うために作られたのだよ。

 色取り取りのちらし寿司は、刻み海苔をふりかけて貰うことを待っているし、綺麗に焼かれた鳥さんは、青い葉っぱのベッドで切り分けられることを待っている。主菜を引き立てるように、周りに控えているポテトサラダや肉じゃがたちも、どれも美味しそうなご馳走たちだよ。

 そして、極めつけは四人分のワイングラス! 

 繰り返し言おう。このクリスマスのようなご馳走たちは私、魔術師の沙紀の誕生を祝うものなのだっ! ……まだ決まったわけじゃないんだけれどね……


「おい沙紀、あんまりキョドっるなよ。見ててこっちまでソワソワしちまう。どんっと構えろよ。お前は永久さんの弟子だろうが」


「うっ……わっ、分かってるやい!」


 茜さんのクスクス笑う声を聞きながら、公にそう言って返した私だけれど……やっぱり不安なものは不安なんだよ。

 午後の試験はなんとかなったと思う。無色壁は今までで一番の出来だったし、永久さんのあの言い回しから判断しても大丈夫だ。その後の面接も印象は悪くなかったと私は思う。緋乃ちゃんのお師匠さまだけ視線が鋭かったけれど、緋乃ちゃん曰わく、普段から厳しい人らしいから判断に困るところだね。それより、問題は午前のペーパーテストなんだ。


 まず一般常識。はっきり言おう。厳しい。以上。…………ぐすんっ……

 一般常識は全教科を通して赤点が二つまで、合計点数が一定以上なら合格と教わった。けれども、永久さんには悪いけれど、一番外国語だめだった。実を言うと、永久さんのリスニングテストの部分……真っ白か山勘だけで答えている。言い訳させて貰うならね、永久さん、貴女はネイティブ過ぎだよ。それと喋るの速い! 瑠璃ちゃんも難しかったて言ってたもんね! 合格ラインが何点なのかは教えて貰えていないけれど、多分駄目だろうね……

 他の教科で挽回出来ていれば良いけれど、他も似たり寄ったりだから……瑠璃ちゃんの言って居た、再テストが本当だと信じたい。

 魔術のペーパーテストについては……五分五分かな? 一応解答欄が白いところは無いけれど、時間がギリギリだったから見直ししてないんだ。一般常識で見直ししたら間違って答えてるところもチラホラあったから、何カ所か泣いてるのあるだろうね……


 パスンって音を立てながら、居間の三人掛けのソファーに座った私。考えれば考える程に不安が高まって来る状況に、うよよっとうなだれる。

 もし、不合格だったらどうしよう……確か、不合格だったら、また一年私の専属メイドさんにしてあげるって永久さんは言って居たね。語尾にハートマークが付きそうな言い方で……

 それも悪くないかもしれない……かな?


 ずぃと、伏せがちになって居た私の視界の中に、目に鮮やかな彩をしたオレンジジュースが強引に入ってきて、私はぎょとして顔を上げた。


「だ~か~ら、シャキッとしろっうーの。ほれ、ビタミンC」


 私の鼻先まで公がコップを突き付けて来て、私は慌ててオレンジジュースがなみなみと注がれたコップを受け取った。それからありがとうと公に言って、コップに口を付けた。


 甘過ぎない自然な甘味と少しの酸っぱ味が、どうしてだろう? 後ろ向きの私を一時的に忘れさせてくれる。

 隣りに座った公の奴が得意気にしていることが気に入らないけれども、効果が有ったから仕方がない。ぶっきらぼうにまたありがとうを言ってやんよ。


「可愛げがない女だな。せっかく人が気を利かせてやってるのに」


「あら、そんなことはないわよ公ちゃん。沙紀ちゃんは可愛さに溢れてる生き物だって、永久ねーさんも言って居たし、私もそう思うわ」


 ただ、照れ屋さんなだけでって、茜さんは続けてくれたけど……私は素直に喜んで良いんだろうか? ……生き物って、私は愛玩動物か何か? ……あっ、でもそれも美味しいポジションかな? 

 公は茜さんの言葉に生返事を返して、自分もオレンジジュースを飲み始めた。


「さてと、それじゃあ沙紀ちゃんの運命を握る重要人物も帰って来たことだし、私は料理の仕上げに取り掛かりましょうか?」


 ……にょ? 私の運命を握る重要人物? 

 私は茜さんの表情をちらりと見てから、オレンジジュースを公に預けてバタバタと玄関に走ったよ。

 私の運命を握る重要人物。茜さんがうふふと笑ってそう言う人。そんなの一人しか居ないもんね! 


 私が玄関前に到着したのとほぼ同じくらいのタイミングで、黒い木目調の玄関ドアが開いた。黒いシルエットがスルリと顔を覗かせる。


「おおおおっお帰りなさいご主人さまっ! ……」


 ち・が・うだろ私っ! いや、確かに私は永久さんの専属メイドだけどっ!? 

 ドアを開けた体制のまま、ポカーンとして動きを止めた永久さんは、でも直ぐにクスクス笑って、後ろ手に玄関ドアを閉めるとパッと両手を広げて言ったのだ。


「さあ、いらっしゃい。私の可愛いメイドさん」


 ……取り敢えず、私は永久さんの胸に飛び込むことした。一瞬ぐらいは迷ったよ!? ほっ、本当だよ!? わーい、ご主人さま~って嬉々として抱き付きに行った訳ではなっ、ないよ! 


「は~い、よしよし、私の可愛いメイドさん今日は良く頑張りましたね~」


 永久さんはうふふっと笑いながら、私を抱きしめてポンポンって背中を軽く、子供をあやすように叩いてくれる。

 うむ、この日向の匂いと、この所作は私を殊更落ち着かせてくれるものなのだよ。特別なのだよ。

 知らず知らずの内にバクバクと不安と期待で高鳴って居た私の心臓が、永久さんの鼓動に合わせるように落ち着きを取り戻してくる。ある程度の落ち着きを取り戻した私は、えへへと恥ずかしさを誤魔化すように笑って永久さんから離れた。


「もういいの? 何だったらもっと抱きついてて良いのに?」


「だっ、大丈夫です! そっ、それで! ……試験の結果なんですけど……」


 あわわっとまた少しパニックになりながらの私の言葉に、永久さんはまたクスクス笑って、取り敢えず玄関から移りましょうっと言って私の手を引いた。場所を茜さんと公が待っている居間に移した。



 永久さんに対するように、私は直立不動になって言葉を待った。


 私はテンパって居たから気が付かなかったけど、永久さんはまず、手に提げていた紙袋から大きな茶封筒を取り出して、更にその茶封筒から紙を数枚取り出した。厚みがないから、裏からうっすらとだけど内容が輪郭から分かった。あれは私の答案用紙だよ……ペケが所々付いているのが分かる。

 答案用紙から顔を上げた永久さんの表情はすっごく悲しげで、私の背筋に寒気が走った。……まじですか? 


「……まず、結果を言う前に各試験結果から沙紀さんにはお伝えします」


 …………永久さんの口調が他人行儀だ……まじで怖くなって来た……ぞ……


「まず一般常識のペーパーテストですが……赤点が一つ、全教科の合計点数は基準となる点数を超えていました。ですので、一般常識は適性ありと判断します」


「……ありがとうございます」


 ははは……一瞬息が止まったよ。赤点が一つ……良く出来た方だね……ただ、赤点の教科が問題だけど……


「因みに沙紀さんは赤点になった教科、自分で分かりますか?」


「…………永久さんの外国語です」


 っ! 永久さん! ごめんなさいごめんなさい! そんなに悲しそうな顔しないでください! 


「……まあ……ね? 私の外国語は平均点が一番低かったけれど……沙紀ちゃんには頑張って欲しかったなー……っと思ってしまうわけです」


 直接教えて居る立場としては……永久さんはそう半分愚痴りながら、私に答案用紙を渡してくれた。……うむ、思わず唸ってしまいそうな内容だよ。


 後日沙紀さんは外国語の補習をやって貰いますので、覚悟しておくようにっと、怖いことを私に言い渡した永久さんは、また紙袋から茶封筒を取り出した。茶封筒から同じように答案用紙を取り出す。今度は魔術の方だね。


「魔術の筆記試験は、一部ポカミスもありましたが概ね良好でした。基準点を超えています。落ち着きを持ちましょう~」


 良かった。こっちまでボロボロだったら永久さんに泣かれてしまいそうだよ。

 受け取った解答用紙を見た私は、取り敢えず胸をなで下ろした。うむ、順番的に次は実技と面接結果だ……ガクブル。

 またまた紙袋から三つ目の茶封筒を取り出して、永久さんは中身を手に取った。


「さて、次は実技と面接官からのアドバイスです。実技試験について、A評価と私達試験官は判断しました。最初緊張してイメージがなかなか組めなかったようですので、もっと精神的な余裕を持てるようにしましょう。あと、面接のアドバイスと重なりますが、沙紀さんはもっと自信を持ちましょう。これは他の面接官の方からもお話が出ましたけれど、面接の内容も少し気弱な受け答えが目立ったようです。沙紀さんは着実に力を付けて居ますから、それに見合うだけの自信を持つようにしましょう」


 やったー! まさかのA評価っ! つい最近までまともに形にも出来てなかった私がっ! うむ、人生分からないもんだね? 

 自信を持て……っか……増長して、天狗になってしまいそうだよ。


 ふっと、手渡された試験結果から顔を上げると、永久さんと目が合った。永久さんはとても嬉しそうに笑っていて、私も思わずにやけてしまう。

 私はある意味の緊張で、頭の中がごちゃごちゃになりそうだよ! 


 沙紀ちゃん後ろ向いて~っと永久さんに言われて、私はワクワクドキドキしながら返事を返した。うむ、ちょーハイテンション状態だよ! 



 さらりっと、永久さんの細い指が私の肩口の髪の毛を優しく撫でるように梳いていく。私は永久さんが何をしようとしているか分かって居たから、じっと待ったよ。

 永久さんが私の直ぐ後ろ、その熱も感じられる位置に立ったことを合図に、私の興奮は最高潮に達した。ほんの僅かな時間だった筈なのに、とても長く時間が感じられる。さっきオレンジジュースを飲んで潤っている筈の喉が、乾き切っている気がする程に。


 すっと、私の目前に『それ』が上から現れて、私はとても綺麗な物なんだなっと、しみじみと思ったよ。



 魔術は無限の力を秘めていると昔から云われていて、無限を示すインフィニティのシンボルは魔術を示す物でもあると昔から魔術師は考えて居る。あと、無限とは闇を、黒を示すとも考えられていて、黒を殊更特別視する魔術師にとって、インフィニティの記号は特別な物なんだよ。ゆえに、魔術師はその証としてインフェニティのシンボルを模したアクセサリーをこぞって身に付け始めた。いつからか、魔術協会も魔術師に証しとしてインフィニティの記号を模したアクセサリーを支給するようになったのだよ! 私の目の前にあるこれをっ! 


 親指より少し大きいぐらいのインフィニティの記号を縦にした形をしたそれは、頭に銀の細い鎖を通して吊され、縁は鈍色に光り、二つの円にそれぞれ透明な板ガラスのような物が嵌められてはいる。この二つは持ち主が魔力を吹き込むことによって色を変えるのだよ。まだ魔力が吹き込まれていないから無色透明だけれど、私が魔力を吹き込めば私の色に変わるのだよっ! ……私は無色だから透明なままだけれど……。

 もちろんこれは只のガラスなんかじゃないよ。聞いて驚けっ! オリハルコンだっ! …………本当かどうかは私には分からないけれど。



 すいっと、私に魔術師の証し『無限の鍵』を見せてから、永久さんは私の首筋でコチョコチョやって私に『無限の鍵』をつけてくれる。

 私は改めて、自分の胸元に魔術師の証しが確かに在ること確認して、感動のあまりに思わずため息をついた。


「意外と似合うじゃねえか。魔術師の沙紀さま?」


 公のおちょくり半分お祝い半分の言葉に私はえへへっと笑って返してやる。うむ、今の私に公のちょっとした言葉なんか全然気にならないもんね。

 茜さんはうふふっと微笑んで、おめでとうっと手をパチパチ小さく叩いて祝ってくれた。私は、ありがとうございますっと込み上げてくる嬉しさを噛み締めて応えたよ。


「よし、沙紀、一つお祝いに、明日駅前に買い物に連れて行ってやる」


「あらあら、デートのお誘いじゃない? 良かったわね沙紀ちゃん?」


「ちっ!? 違います! 誤解ですってば!」


 うふふっと笑う永久さんと茜さんに、私は声を上げて誤解を解こうとするけれど、二人は取り合ってくれない。それどころか公の奴も、否定どころか肯定するように、たまには女らしい格好して来いっと注文を付けてきた。まったく! 私はお前の彼女じゃないぞ! 



 さあ、皆で乾杯しましょうって永久さんの声に、みんなでご馳走が並んだ席に座った。永久さんに私はワイングラスにシャンパンを注いで貰う。みんなが準備出来たのを見計らって、永久さんが、えーとっと笑ってから乾杯前に言葉を続けたよ。


「ごほんっ、えーっと本日は誠に喜ばしい日と相成りました。これまでの沙紀ちゃんの頑張りが実を結んだ結果だと思います。指導に当たっていた私も鼻高々と言ったところです。沙紀ちゃんには、これからも期待を寄せて行きたいと思います。つきましたは~沙紀ちゃんから一言頂きまーす?」


「いっ、いきなりですね? えーと、私がこうして、無事に魔術師としての第一歩を踏み出すことが出来たのは、ひとえに私のような若輩者を辛抱強く支え、指南して下さった方々、特に永久さんのお力が有ったおかげだと思います。このご恩は、これからの私の魔術師としての活躍を持って返して行きたい所存です!」


 むむっ! どうしてみんな笑うの? 私だってときには堅いこと言ってみたい時もあるのに! 


「はい、大変期待を持って、沙紀ちゃんの活躍を見守って行きたいと思います。それでは乾杯しましょう」


 永久さんも含めて、みんなでくすくす笑いながらグラス持ち上げて、準備万端。

 永久さんがとても嬉しそうに笑ってくれて居ることに、私はとっても嬉しくて顔の筋肉が緩み放しだよ。


「それでは沙紀ちゃんが魔術師になったことを祝いまして、……あっ、そうだ。言い忘れてた」


 永久さんが後一言の所で乾杯の音頭を止めてまで、口にしようとしていることに、私はふむふむ何でございましょうかっと聞き耳を立てたよ。


「魔術師の世界へ、ようこそ沙紀ちゃん」


 満面の笑みでそう言ってくれた永久さんに、私は、はいっ! って大きく返事返した。


「それじゃあ、改めまして、かんぱ~い!」


「「「かんぱ~い!!!」」」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ