2-2 魔術師認定試験
魔術協会の建物に入った私と瑠璃ちゃんは、とりあえず受け付けのお姉さんの所に歩いていった。因みに私は少しキョドってる……もっ、文句あるかコラー。
前に魔術の道に入るに当たって、登録に来て以来になるけれども、相変わらず外見も中も、協会は小綺麗な所だよ。
観葉植物は青々と立派だし、床面は輝いている…………はっ! 何を考えて居るんだ沙紀っ! 観葉植物がなんだっ! 床面がピカピカで何が悪いっ! …………悪くないです……
すぐ後ろで、瑠璃ちゃんが笑うのを必死に我慢して居るのを気にしつつ、私は受け付けで、こちらは少し笑っているお姉さんの前に立った。
「ゴホンっ、あ~魔術師認定試験を受けに来ましたっ、沙紀っとっ!」
「同じく認定試験を受けに参りました瑠璃です」
「はい、本日はよく来ましたね二人とも……そんなに堅くならなくてもいいのよ? 捕って食べちゃおうなんて思ってないからね? ……あっ、でもお姉さん、沙紀ちゃんは少し苛めてみたいかも?」
っ! ……受け付けのお姉さん、浅野さんは永久さんと知り合いらしくてね、前に私が協会に来た時、私のことを弄るのが気に入ったみたい。浅野さんは魔術協会の事務方の仕事で、協会の外でも会う機会が多くて、会う度に私のことを弄る二児のお母さんだよ。永久さん曰わく、可愛い物を愛でるのが趣味だそうだよ。……えっへん、どんなもんだい。
「それじゃあ未来の大魔術師のお二人、試験会場は二階の1A会議室になりますからね。頑張っていらっしゃい」
うむ、未来の大魔術師|(予定)の私と瑠璃ちゃんは浅野さんに頑張りますっと返事をしてから、会場に向かって歩き出したぞっ。
「う~っ、いよいよか~筆記試験不安だな……」
「似合いませんよ、沙紀の表情が暗いのは……筆記試験は大丈夫ですよ、きっと……実は、私の義理の兄が何年か前に認定試験を受けたんですけれどね、その兄曰わく、認定試験自体は落とす試験ではないそうですよ。筆記試験も点数が足らなかった人は、後日名ばかりの再試験をするらしいですから」
「えっ? そうなの? 永久さんそんなこと一言も……言うわけないよね~そんなこと前々に知ってたら、私絶対にサボるだろうし……流石永久さん、分かってらっしゃる」
あっ、瑠璃ちゃんのお兄さん魔術師なんだ……ああ、そういえば、前にあった同期の集まりに瑠璃ちゃん来てなかったけど、どうしてかな?
「ねえ、瑠璃ちゃん? ちょっと前に有った同期の親睦会なんで来なかったの? 私瑠璃ちゃんと色々お喋りしたかったよ~」
「親睦会、私も本当は行きたかったんですけれどね、ちょっと、義理の兄と喧嘩をしてしまって……気分が載らなかったんです」
私も沙紀とお喋りしたかったですって、瑠璃ちゃんは笑ってくれて、私もうんうん頷いた。
そうこうお喋りをしていたら、試験場の部屋が見えた。私は試験が終わったら一緒に遊ぼうねって約束をしてから、ふと気になったことを最後に聞いてみた。
「因みに瑠璃ちゃん、義理のお兄さんとは仲直り出来たの?」
私は何気なく聞いたつもりだった。けれども、瑠璃ちゃんは今まであんなに楽しそうにしていた顔を引っ込めてしまって、悲しそうな笑い方をまたして、私に教えてくれたんだ……
「いいえ……まだなんです」
会議室の扉をそろそろ~っと開けて、私はカチカチになりながら「おはようございます」って試験会場に瑠璃ちゃんと一緒に入って行った。
部屋の中には私と同じ、未来の魔術師を目指す人達がもう長机に並んで座って居てね、ひ~ふ~み~よ~、うむ、今期の魔術師候補は私と瑠璃ちゃんを合わせて六人みたいだよ。
そうやって周りをキョロキョロしている間に、私の隣に立っていた瑠璃ちゃんは正面のホワイトボードを指差しながら、「沙紀は三番で、右側の机の所ですね」って教えてくれた。それから、頑張りましょうねって笑いかけてくれてから二列になっている机の左側に方に歩いていってしまった。うむ、私も行かねば。
私は自分でもぎこちないと分かる動きをしながら、指定されて居る机の椅子に座ったよ。
「さ~きっ! おはよう~、相変わらず面白い生き物やってるわね」
「あっ、緋乃ちゃんおはよ~、緋乃ちゃん隣だったんだ。よかった、やっぱり話が出来る人が隣だと安心できるよ~」
話相手はしてあげるけど、カンニングは駄目だからねって緋乃ちゃん、前に親睦会で仲良しになった子は私に釘を刺しつつ、ちらりって後ろの机に座った瑠璃ちゃんを確認した。それからあの子はだれ? って聞いて来てから、私は瑠璃ちゃんって子で色々あって前の親睦会に来れなかった子なんだよ~て答えた。
「ふ~ん、今期の魔術師見習いに『青』は居ないと思ってたんだけれどね……」
「すごーい、流石は緋乃ちゃん、もう相手の色見極められるんだ……やっぱりライバルは気になるの?」
ふんっ! 私のライバルを名乗るなんて三年早い! って勝気な性格の緋乃ちゃんらしい反応を見せてくれた後、緋乃ちゃんは今度は私のことをじっと見始めたものだから堪らない。蛇に睨まれた蛙よろしく、私は固まって緋乃ちゃんが気が済むのを待った。
「…………沙紀、あなた……」
「うっ? うん、何かな?」
おっ? もしかして、私の正体が緋乃ちゃんにばれちゃったのかな?
そうですっ! 私の正体は花も羨む美少女で、す~ぱ~な魔法少女なのですっ!
「相変わらず力が弱いわね……大丈夫なの?」
……すみません、調子に乗りました。もちろん美少女でもなければ、魔法少女なんて、某夢の国で夢見るぐらいです。
たぶん、私は今期の魔術師見習いの中で一番魔術の力が弱い子なんだと思う。永久さんは気にする必要なんてないよ~って、言ってくれたけれどもね……やっぱり不安だよ。
「あっ、先生達が来たみたいね……それじゃあ沙紀、頑張りなさいよ」
緋乃ちゃんが隣の席に戻るのと同じくして、私達が入って来た扉が開いた。今期の魔術師見習いの指導を勤めているお師匠さま達が続々と入って来て、正面のホワイトボードの前に並ぶ。
おっ、永久さん真ん中じゃないか。流石『黒の魔術師さま』だよ! えっへん。
「はーい、皆さん一度立って下さーい……はいっ! 魔術師を目指す皆さんおはようございます。……うん、皆さん元気でよろしい。私は『黒の魔術師』永久、本日の総監督を勤めさせて頂きます。皆さんよろしくね。それでは、これより魔術師認定試験を始めたいと思います」
遂に試験が始まったぞ!
最初は指導を勤めるお師匠さま達の紹介と、注意事項の説明からだね。因みに、魔術師認定試験の試験官は各魔術師見習いの、お師匠さまみんなで勤めていらっしゃるんだよ。永久さん曰わく、テストも全部お師匠さま達の手作りらしい。プチ情報だけれど、永久さんは外国語のテストを担当していたみたいだ。
……夜な夜な、私が寝てる間に起きて作っていた模様……ちっ、チラッとだけ永久さんの部屋を覗こうとしたけれど、サクッと見つかって、次の日永久さんはにっこり笑いながら、一日日本語禁止令を出されたのだよ。永久さんがペラペラなことをこの時嫌と言う私は程思い知った。
「――っと、なっていますから皆さん注意するように……あーとー、皆さんもう知っているとは思いますが、例年通り試験が終わったら、速やかに皆さんのお世話になっている住まいに帰るように」
魔術師認定試験が終わった見習い同士で、ひゃっほーって羽を伸ばしちゃいけないのは例年の決まりなんだよ。前に永久さんから説明してもらったけれどね、前に試験終了したその日の内に、見習い同士の打ち上げの場で喧嘩があったそうなんだ。それはもう魔術も悪用した大事になっちゃったそうなんだよ。以来、試験終了直後は風紀が乱れやすいから、あなた達宴会禁止! ってなっちゃったそうなんだ。
……むむっ! 諸先輩方々、やってくれるっ!
因みに、魔術師はお酒の類は厳しい。お酒は二十歳になってから。飲んだら魔術は使うな! 使うなら飲むな! が絶対原則なのだよ。
永久さんの説明自体はあっという間終わって、最初のテスト用紙が配られ始めた。
試験の始まりは国語のペーパーテストからだよ。国語が終わったら数学、社会、理科、外国語と魔術師に求められる一般常識のペーパーテストが午前中一杯続いて、魔術の試験は午後からになるみたいだよ。
……永久さん! 私信じてますからっ! 永久さんが「ペーパーテストなんて簡単な問題しか出ないから大丈夫よ」って凄い気楽に言っていたことっ!
「はい、それでは最初の試験を始めます。……始めっ!」
よしっ! いくぞっ!
……え~と、最初は漢字の読み書きか……うん、これぐらいなら大丈夫だね……
…………
…………
……
うむ、メロスはこの時どう思って居たでしょう? ……
……
はっ!? 古文だとっ! まっ、まず現代仮名遣いにっ! ……
ふぅ……、これだけ自信がないテストも久しぶりだったぜぃ……
うん、次だ次っ!!
し、小数点を含む分数の計算は……因数分解は要らないと思います!
卑弥呼さま~……いい国作ろう……し、シリコンバレー?
っ! カエルの解剖なんてやってないぞ!? イオンってなんだっ!? リトマス試験紙は赤くなるっ!
永久さんの語学力はこの前十分堪能しましたから……リスニングはネイティブに話さないでっ! …………あい、きゃん、のっと、あんだーすたん、えいご~……
…………
……
……
「沙紀、大丈夫ですか? 口から半透明な何かが出て来てますけれど……」
「あれよ、半透明な何かは、一般に魂とか云われている物よ。きっと」
……はいそうです。今私の口からスルスルと抜け出て行こうとしている物の正体は、緋乃ちゃんの言う通り私の魂ですよ~ついでに付け加えれば、抜け殻はまっしろ白助だ。
「沙紀、あまり気を揉みすぎると、この後の試験に響きますよ。取りあえず、私の杏仁豆腐を食べて気を取り直しなさい」
ううう……ありがとう瑠璃ちゃん、今私には瑠璃ちゃんが天使に見えるぞ。あっ! 緋乃ちゃんズルい! それは茜さんの愛が一杯詰まったミートボール! 最後の一個なのにっ!
午前中のペーパーテストで、ヘロヘロのペラペラに燃え尽きた私は、何でもない顔をしている緋乃ちゃんと瑠璃ちゃんの二人と一緒にお昼の時間を過ごしているのだよ。
ふっふっ~、どうだ羨ましいだろう! 少し離れた所でヒソヒソ話してる男共よ! 美少女二人に挟まれて、慰めて貰っているわ・た・しがっ!
はっ! 男共め、下心のある眼差しを向けて来ても、絶対にこの二人に手を触れさせないぞっ! 携帯の番号交換も断固として阻止してくれる! さあっ羨ましがれ! 私の携帯に、瑠璃ちゃんの番号がたった今登録されたことをっ!
「まあ、大丈夫じゃない? 私の先生が言ってたことだけど、一般常識で落ちる奴なんてまず居ないらしいから。あっ、このミニサイスのお稲荷さん中身、炊き込みご飯だ。美味しい……」
「まず居ないってことは、落ちる人も居るには居るってことだよね? あっ、緋乃ちゃん! 待ってっ! それは私が楽しみにしていたプチトマトっ! ……ぐすん」
う~、なんでだろう? 初めはコンビニで買ったオニギリと杏仁豆腐しか持ってない瑠璃ちゃんのために、茜さんが持たせてくれた私のお弁当をつついても良いよって、お弁当を広げたのに……緋乃ちゃんに、私の好物だけ食べられてしまうこの状況っ! テストの内容も含めて、不条理な世の中だよ。まったく!
「私が思うに、沙紀はペーパーテストより魔術の試験の方が不安だと思うわよ? だって、この前の親睦会の時と、魔力の強さが相変わらず弱いもの……幾ら実習試験で、課題技能が基本の『壁面』だけとは言え……大丈夫なの?」
うっ、緋乃ちゃんの指摘はなかなか鋭い。
試験の直前に緋乃ちゃんが指摘した通り、私は魔術の力が弱い。
魔術を行使する行為は、生き物が持っている、魔力を貯める器、魔力の受け皿に貯まった魔力を取り出して使うことだ。一つ勘違いしてはいけないポイントとして、魔術師でない一般人でも、魔力の器から魔力の出し入れは自然とやっていることらしい。
永久さん曰わく、魔力すなわち生命力。自然界に空気のように存在していて、生き物はそれを取り込んで自らの生命力として、ごく自然に使っているものだそうだ。だから魔力を使い過ぎると言うことは生命力を使い過ぎることだから、気を付けてねって前に永久さんから言われたことがある。確かに無理に魔力を使い続けると、頭がガンガン痛くなってくるんだ。
話を魔術の行使に戻して、魔術師は器から取り出した魔力を、一般の人と違って、直接力として使うことが出来るんだよ。
魔力を水と例えると、一般の人は水車と言えて、魔力の使い方は水車を回すためにしか使えないんだ。対して、魔術師は魔力を水車を回す以外に……水鉄砲に入れて使うことが出来るみたいなものだよ。例え方が悪いけれど……本当は水鉄砲以外にも色々出来るんだけれどね。
魔術を行使すると言うことは、つまり本来生命力として消費される姿も形もない魔力に、姿や形を与えて、ときには火に、あるときは水に変えて使うことなのだよ。分かったかいワトソン君?
魔術とはそんなファンタジ~な技術なのだ。た・だ・し! ご都合主義な世界でも限度と言うものがある。決して越えられない壁だよ。
魔術を行使するためには魔力を消費しなければならない。うん、どんなファンタジックなゲームでも、マジックポイントがなければ魔法は使えないんだ。そして、魔力とは生命力とイコール。ゲームならマジックポイントが無くなっても魔法が使えなくなるだけだけれども、私達魔術師は、魔力を使い切ると死とイコールなのだよ。
だから、魔術師は魔術を行使するとき、魔力を一定量残すようにしなければならないのだけれど……
私の魔力の受け皿はどうやら小さいらしい。そして、私みたいな見習いは魔術を行使するとき、必要以上に魔力を消費してしまうのだよ。経験を重ねて、最小の魔力で魔術を行使出来ればいいのだけれどね……経験を重ねようにも、一度に行使出来る魔術は多くないし、私、器用貧乏な無色なんだよ。条件悪すぎだ。
なら、魔力の受け皿を大きく出来ないのかって思うけれども、器は基本、生涯不変のものなんだそうだ。
そして、緋乃ちゃんが言っている魔力の強さというものは一種のオーラ? みたいなものだそうでね。魔術師の力量に応じて体から発しているらしい……私は分からないけれど……。
魔力の受け皿が小さい→魔術の練習量もおのずと限られる→無色で器用貧乏、練習量は他の人より必要→魔力の受け皿小さい→他の人より成長が断然遅い→焦って頑張ろうとする→受け皿小さい→オーラなんて当然出ない→私泣いちゃう。
因みに、泣いた後で永久さんに慰めて貰うのが最後に付いたりする。
まあ、ね? 蒸し返しになるけれど、永久さんは気にする必要はないよ言ってくれているから、不安に思うと同時になんとかなるとも思ってる。だって、生まれ持ったもの、どうすることも出来ないものね? それに、あんまり掘り下げすぎるっと、魔術と言う力を持って生まれたこと事態を考え直さないといけないような気がする。
とにかく、この魔力が、強い弱いのお話は今の私にはどうすること出来ない。私は永久さんの言葉を信じるしかないんだよ。
取りあえず、魔術のペーパーテストは出る内容がある程度決まっているし、実習試験の『壁面』の魔術、私の場合は『無色壁』の完成度なら問題ないレベルになったって、永久さんからもお墨付きを貰ってるもんね!
大丈夫! 自信を持つんだ沙紀!
「まあ『黒の魔術師』がお墨付きしたなら大丈夫そうだけれど……沙紀がパニくる姿が、私には目に浮かぶわ」
「あっ、その沙紀の姿、簡単に想像出来ますね」
「ちょ! 二人ともやめて! フラグたてないで!」
二人にクスクス笑われると、うぐっ、自信があった筈なのになんだか不安になってきたぞ。
「だっ、大丈夫だもんね! 永久さんの眼は確かだもんね!」
「弘法にも筆の誤りって諺もありますけれど? ……くふっ」
うっ……瑠璃ちゃん可愛い顔して何気に辛口だね。
私はそう思って膨れ面を作ったら、また二人はクスクス笑った。仲良いんだね二人とも! 私も仲間に入れて欲しいぞ。
「……ところで沙紀、少し黒の……沙紀の師匠さんのこと教えてくれませんか?」
「えっ? 永久さんのこと? ……え~とっ、例えばどんなこと、かな?」
ふっと、瑠璃ちゃんが永久さんに興味を示したことを私は一瞬だけ疑問に思った。まあ、永久さんは黒の魔術師だから気になるのは分かるかな~って、一瞬だけ思ったんだけれども、瑠璃ちゃんの真剣な顔を見て、私は思わず居住まいを正した。
どうしたんだろう? さっきまで私を弄ってた時と比べて、瑠璃ちゃんはまるで別人になったように私には感じられた。
「黒の魔術師はとても責任がある立場で、魔術師が絡む事件、事故の解決に協力していると思います。それで……最近魔術師の襲撃事件があったと思いますけど、沙紀の師、永久さんは何か犯人に繋がる情報を得たり、または……」
瑠璃ちゃんの、後に続くであろう言葉が、何時もは鈍い私でも容易に想像出来てしまった。あの悲しげな笑顔と共に……
「……処分を下したりしていませんか?」
どうしてだろう? 胸の中に、もやもやした正体が解らないものが急に現れて、私が口を開くことを邪魔してくる。
私は瑠璃ちゃんにどう言えばいいのだろう? ……在ったことをそのまま話すべきなんだろうか? 永久さんは黒の魔術師としての責任を、果たしただけなのだから、何も悪くない、非難されることもないんだ。……でも、本当のことを口にすることは、嫌だった。
なんで嫌なの沙紀? 大好きな永久さんが非難されることが嫌なの? 永久さんは責任を果たしただけだよ? 悪いのは……あの人……だよ?
そう、繰り返しになるけれど、永久さんは悪くないんだ。嫌がる必要なんてないんだよ。在ったことを、そのまま話せばいい。元々嫌がる必要なんてない。刺激が強いお話になるから、口にするのを躊躇してしまっただけ……
自分の中で声をあげる何かを無視して、結論を出した私は、自分でも知らない内に、迷いを誤魔化すために明るい調子で口を開いた。
「え~と、永久さんはね…………」
結局、私は途中で口を閉じた。出て行こうとする言葉を無理やり喉の奥に押し込めて、胸の中のモヤモヤの中に沈める。
自分を誤魔化すことは簡単だと思って居た。でも、迷いは別のものに変わって、誤魔化すことを許してくれなかった。
私と向かい合った瑠璃ちゃんは、とても真剣に私の言葉を待っていた。私が話す一言一句、一言も聞き逃さないと、少し紫が差している双眸が語っている……
私は、色々なものから逃れるように目を閉じた。
私はどうするべきなのだろう? すべてを、明らかにするべきなのだろう……か?
私の頭の中でぐるぐる廻る色々なものが、新しく生まれた迷いを巻き込んでその大きさを増していく……
大きくなっていくそれは、私のなかをぱんぱんに満たしていって……とても苦しいのだよ。息がし辛い、込み上げてくるものがある。助けて欲しい。
私は……どうしたらいいの?
「沙紀どうしたの? 苦しそうよ……もしかして、食べ過ぎでお腹痛いの?」
緋乃ちゃんの、私を心配する声にはっとして、伏せてしまっていた顔を私は上げた。大丈夫だよっと、心配顔の緋乃ちゃんに笑って返す。
顔を上げた私は緋乃ちゃんにそうしたように、瑠璃ちゃんにも笑って見せる。向き合っている瑠璃ちゃんは、黙って私の返答を待つだけだった。
誤魔化してはくれそうにない……よね……
私は精一杯の笑顔を貼り付けて、口を開いた。
「ごめんね、よく、分からないんだ」
瑠璃ちゃんは、私のとてもとても卑怯な返事を聞いて一瞬眼を伏せた。
怖い、瑠璃ちゃんがなんと言うかとても怖かった。臆病者で卑怯な私は恐ろしかったんだ。
瑠璃ちゃんが口を開までのほんの僅かな時間が長い。
そして、紫が差す双眸に宿った色は、私が恐れたものではなかった。とても温かなものだと思った。
「そう……こちらこそごめんなさい沙紀、変なことを訊いてしまって」
とても温かな笑い方をした瑠璃ちゃんは、このことは忘れて欲しいっと続けて、私はとっさに言葉を洩らした。
「……変なことなんて……言わないで……」
とても卑怯で、逃げ出した私の言葉。瑠璃ちゃんは眼を伏せて、私に言い聞かせるみたいに言葉を重ねてくれた……
「いいんです。沙紀が気を病む必要なんて少しも無いんですよ。沙紀も、それに永久さんも何も責められることは無いんです」
最後に、瑠璃ちゃんは私にありがとうっと言って笑ってくれた。晴れ晴れと……
「それでは午後の試験を開始します」
永久さんの明朗な声で、試験は後半戦に入った……けれどもね、私はとても集中なんて出来てなかった……
お昼の休憩時間、瑠璃ちゃんは私を責めることはおろか、まるで何事も無かったように私に話しかけてくれた。どういうことを話したのか、気もそぞろだった私はよく覚えていないけれど……
最後に、私のことは気にしないで、一緒に試験頑張りましょうって、笑顔で言ってくれたことだけははっきりと覚えてる……
目の前の試験用紙をぼうっと眺めながら、私は瑠璃ちゃんにどう返事を返すべきだったのだろうかと考えた。
逃げずに、在ったことをそのまま話すべきだったのだろうか? それとも嘘を並べて知らんぷりをしたほうが良かったんだろうか? 分からないと、瑠璃ちゃんが求めていたものから逃げ出したことが正しかったのだろうか? はたまた、あの人がみんな悪いと断罪して……
「……最後は絶対違う気がする……」
名前しか書かれていない答案用紙にそう言葉を落とした私は、何気なく正面に置いてある時計を見て……泡を吹きそうになったぞっ!
試験時間がもう直ぐ半分を切ろうとしているっ! なっ、何をしているんだ沙紀っ!
だっ、第一問! 魔術師の禁忌を全て答えよっ……! 落ち着け沙紀っ! 大丈夫だよ! 魔術のペーパーテストは時間が一般常識より多めに残るように作ってあるみたいなこと、前に永久さんが言ってたもんね!
第二問! 近代魔術史の中で、唯一闇の眷属を使役することに成功した魔術師を挙げよ。これは私の大好きな魔女さまのことだよ!
第三問! 黄色の特徴を述べよ……
…………
……
……
「その様子だと、魔術のテストもヘロヘロのペラペラだったみたいね、沙紀?」
「…………ご明察です。緋乃ちゃん」
魔術のペーパーテストが終わった私は、緋乃ちゃんの言ったようにヘロヘロのペラペラになって長机に突っ伏した。
一般常識はともかく、魔術のテストだけは自信があったつもりだったのだけれど……手応えは全くないのだよ! それどころか空振り三振、ゲームセット! っな気がする……惨敗だよ。
ふっと、気になって長机に突っ伏して顔を上げた私は、瑠璃ちゃんの横顔を盗み見た。
瑠璃ちゃんは相も変わらず涼しい顔して……居ない? 瑠璃ちゃんはとても気難しげな表情を手元に向けていて、おかしいなと私は思った。……瑠璃ちゃんも、もしかしてテストの内容が私と一緒で不安が一杯なのかな? っと一瞬だけ思ったけれども、瑠璃ちゃんの顔に浮かぶものはそんな軽いものではないような気がした。
なぜだろう? とても嫌な予感がした。私は緋乃ちゃんに瑠璃ちゃんはどうだろうね? っと話しを振って席を立った。
「瑠璃ちゃん、どうしたの?」
私の言葉に瑠璃ちゃんは驚いたみたい。はっと顔を上げた拍子に、手元から携帯電話が長机の上に滑り落ちた。
「沙紀……いえ、なんでもありませんよ。それより私は沙紀のテストが気になりますねぇ?」
「うっ……惨敗です」
瑠璃ちゃんが驚いたのはほんの一瞬だけだった。次の瞬間には少し意地悪な笑い方をしながら、携帯電話をしまい込んでしまう。瑠璃ちゃんはすこし面白そうに、私に声を掛ける。
「ふふっ……大丈夫なんですか? 魔術のテストは再試験とはいかないと思いますよ?」
「うっ……神様! お願いです! この私に慈悲をお掛けください!」
私の神頼みに瑠璃ちゃんはクスクス可愛く笑っくれて、お昼に見せたあの真剣な顔の気配は何処にも無かった。でもね、今さっき瑠璃ちゃんが手元に向けていた気難しげな顔は、私の中に引っかかりを残していた。私は瑠璃ちゃんと一緒に苦笑いを浮かべながら、椅子に座ったままの瑠璃ちゃんの後ろに立ってから、華奢な肩に両手を置いた。私は思いのまま、素直に自分の気持ちを瑠璃ちゃんの耳元に言葉を落とした。
「……瑠璃ちゃん……ごめんね……」
「……沙紀が謝ることなんて、何もありませんよ」
私の言葉に瑠璃ちゃんは肩に置いた私の手に自分の手を重ねながら、静かにそう言葉を返してくれた。その後立ち上がって、私を抱きしめてくれる。私は透き通った水の匂いに顔を埋めて、ごめんねっと小さく繰り返した。私の隣に立っていた緋乃ちゃんは不思議そうにしていた。
「私……沙紀にお願いしたいことがあるんです」
「……お願い? 私に?」
体を離した瑠璃ちゃんは、小さく頷きながらふんわりと私に笑ってくれて、私は小首を傾げたよ。
「これからも、私の友達で居てください」
今度は私から瑠璃ちゃんに抱き付いた。もちろんだよ! って返事を返したぞっ!
私は一生の友達、いやいや一生の親友を獲得したのだよっ!
魔術のペーパーテストが終わった私達はトイレ休憩を挟んだ後で、魔術協会の敷地内に併設されている体育館に移動を始めた。試験の最後を締めくくる魔術の実習試験を受けるために、みんなでぞろぞろ移動したよ。
体育館の大きさは小さめだよ。でも、そこは魔術協会の体育館だよ。外からではよく分からないけれども、中に入るととっても驚きの建物なのだよ。体育館と名乗っているから、ワックスで光ってる板張りの床にはバスケットボールとかバトミントンのラインがカラフルに引いてあるけれどもね、カラフルな色の中に特別な意図を持って引かれた線があるんだよ。それらの線は床面に留まらないで壁、天井まで引かれているんだ。
私にはこの特別な線、いやいや結界を成している全てを理解することは出来ないけれどね、とても凄い物だと言うことは分かるんだ。何故なら、永久さんの受け売りになるけれど、すっごい魔術は総じて美しいものなのだよ。そしてね、この体育館に施されている結界はとっても美しいのだよ。
私がそんな美しい、いやいや芸術的だと思う結界に見惚れている間に、お師匠さま達が体育館の中央に並んでいて、緋乃ちゃんに小突かれてしまった。
「はいっ! 魔術師を目指す皆さん。これより魔術師認定試験、最後の試験を始めます」
それじゃ~みんな並んで~って永久さんの声に、みんなでお師匠さま達に対するように並んだ。
魔術師認定試験の最後の試験内容は、実際に魔術を行使する実習試験と簡単な面接だって私は永久さんから教えて貰っている。因みに、行使する魔術は事前に決まっていて『壁面』の魔術だよ。壁面の魔術と言う物は、読んで字の如く魔力で壁をつくる魔術のことなんだ。壁面を形作る魔力は各々の色を用いるから、緋乃ちゃんの場合だと『赤壁』瑠璃ちゃんの場合は『青壁』私の場合は無色だから『無色壁』になるんだよ。
壁面の魔術は魔術師の必修能力で、自分の身は自分で守れるようになりましょう~って意味があるらしい。なんでかって言うと、私達が魔術師見習いに正式に成った暁には、お師匠さまの魔術師のお仕事に同行することが許されるんだよ。
魔術師のお仕事は危険が一杯! 見習いの小童は、お師匠さまの足を引っ張らないように壁面の魔術で自分のことぐらいは守りなさい! ってことなんだよ。
うむ、二日前のことで私も『無色壁』の重要性は痛感したからね、自分の身は自分で守る、とっても重要なことだよ。
「まず、皆さんに私からお話があります」
難しいことじゃないからね~って前置きをしてから、永久さんはみんなを見回す仕草をして『お話』を始めた。
「皆さんはこれから魔術師として歩んで行くことになります。魔術師の世界は皆さんにとって驚きと戸惑いに満ちた世界です。ときには魔術に心奪われる程の魅力を感じ、またあるときは、自らの死を直ぐ近くに感じることもあるかもしれません。いえ、必ずそう言った状況に遭遇すると、私は断言します。何故なら、魔術とはそういった力だからです」
皆さんは耳にたこが出来る程、聞かされている話しだと思いますけれどね? って一回おどけた調子で話しを区切った永久さんは、お師匠さま達の中で一番小さい姿で、でも一番大きな存在として、声を張り上げて私達に語ってくれた。
「皆さんがこれから進もうとする世界は、決して生温い世界では在りません! 悩み、また悩む、その繰り返しだと思います! そして、魔の力はそんな皆さんに爪を! 牙を! 研ぎながら待っているのです!」
永久さんは、その小さな輪郭からは信じられないぐらいの力強い声でそこまで口にすると、胸に手を当てて、私達に言い聞かせるように静かに、でもはっきりとした言い方で続けてくれたんだ。
「繰り返しになりますが、皆さんは決して強い存在では在りません。これから毎日のように悩み、失敗を重ねるでしょう。ときには弱音を吐いてしまうこともある筈です。でもね、それはごくごく当たり前のことなのです。何故なら、私達『魔術師』は『弱さ』を持って居るからですから……」
永久さんはこれから魔術師として歩みだそうとしている私達一人一人に、笑い掛けてくれた。
「私達魔術師は弱さを持っています。逆に言えば、私達は弱さを持っているから魔術師なのです。弱さを持つことは恥ずかしいことではないのです。後は、その弱さをどうやって自分のものにしていけるか……」
今度は、胸に当てていた手を大きく広げた永久さんは、それまでの固い面持ちを忘れ去ったように、晴れやかに私達に笑ってくれた。私はその笑顔に、心惹かれるんだよ。
ああ、やっぱり私はこの人が大好きだ。
「私は信じています。皆さんが魔術師として、確かな歩みを進めて行けることを……」
『我と共に歩む赤の乳飲み子達よ。我を守りし盾となれ。赤壁っ!』
緋乃ちゃんの周りで、遊ぶようにたゆたっていた精霊達が、緋乃ちゃんの呪文を合図にして壁を形作っていく。私は緋乃ちゃんの目の前に出来た『赤壁』の出来に、思わず声を漏らしてしまった。
「……綺麗」
とにかく、緋乃ちゃんが行使した赤壁は美しいのだよ! 透明度が高いルビーのような色をした壁は、一点の淀みもない緋乃ちゃんを守る確かな力とし存在していた。緋乃ちゃんの性格をそのまま現しているようだよ。完成度は先に壁面の魔術を行使した男三人とは比べようもないくらいだもんね!
緋乃ちゃんは余裕しゃくしゃくと言った様子で、予め決められている時間『赤壁』を完璧に行使し続けた。試験官を勤めているお師匠さま達も頷きながら手元のバインダーに何やら書き込んでいる。
力を行使し終わった緋乃ちゃんの顔は自信に満ち溢れていて、私は羨ましく思ってしまったぞ。お願いだから、私にその自信の十分の一でも分けて欲しい……順番が近づくにつれてソワソワ緊張した私は、思わずそう思ってしまった。
カリカリとバインダーに書き込み終わったお師匠さま達は、ふむふむなる程っと言った風に手元を見た後で、永久さんの方を見た。永久さんは他の試験官全員が手を止めた所を見計らって、緋乃ちゃんに質問を投げ掛けた。面接のスタートだよ。
「大変見事な赤壁でしたね。魔力の制御の仕方、精霊達との意志の疎通、共に見事で及第点を上げられる物です。さて、緋乃さん、質問ですけれどね? 緋乃さんは将来どんな魔術師になりたいですか?」
面接の始めとしてはとても在り来たりだけれど、とても大切だと私は思う。永久さんの問い掛けに、緋乃ちゃんは自信を少しも揺らがせないで自分の未来像を話し始めた。
「私は赤の魔術師として、周りの魔術師から絶対の信頼を獲得出来る、赤の魔術師に緋乃あり! そんな魔術師になりたいです」
緋乃ちゃんらしい答えだね。うん、緋乃ちゃんとコンビを組めばどんな敵にも勝てる気がするっ! ……私がものすごい足を引っ張りそうだ。
永久さんはうんうん頷きながら、緋乃さんならその素質は十分ですから、これからも努力を続けて行って下さいって、笑い掛けて次のお師匠さまに質問権を譲った。
試験の流れとしては、始めに壁面の魔術を行使して見せて、次に永久さんがアナタはどんな魔術師になりたいですか~? って聞いてから他のお師匠さま達で面接を行うみたいだよ。永久さんはどちらかと言うと進行役に徹しているようだね。
魔術のお仕事に不安はないか? 少し先の話しで独り立ちした時の計画は有るのか? そう言ったことをお師匠さま達に聞かれながらも、緋乃ちゃんは淀みない返事を返していて、ますます私はその自信の千分の一でも分けて欲しいと、切実に思った。
最後に緋乃ちゃんの、ありがとうございますっで面接を締めくくったら、次は瑠璃ちゃんの番だよ……つまり、私は最後なのだ。並んだ順なんだね……
名前を永久さんに呼ばれた瑠璃ちゃんは、はいって返事を返してお師匠さま達の前に進んで行く。その歩みに迷いはまったく無い。
うむ、瑠璃ちゃんも緋乃ちゃんに負けず劣らず自信がありそうだね……もしかして、ソワソワ、キョドってるは私だけ……か?
衝撃の事実――いえ、こうなるとは分かってたけどね! ――に私が打ちのめされてる間に瑠璃ちゃんの試験が始まったよ。
『我と共に在りし青の幼き精霊達よ。汝、我と共に進むべくその力を示せ。青壁』
淡々とした調子で唱えられた呪文に応えて、瑠璃ちゃんの周りで目まぐるしく精霊達が踊り始めた。もちろん実際に肉眼で見ることは出来ないけれども、私にはそう思えるのだよ。
魔術師が魔術を行使するとき、自分の魔力の器から魔力を取り出して火だったり水に、とにかく魔力を任意の存在に変えて力として行使する。これが魔術の原則だよ。でも、実際はもっと複雑なのだよ。
魔力の器から魔力を取り出す。ここまでは原則通りに魔術師は手順を踏んでいる。ときと場合によっては、この後も原則通りに魔術を行使することもあるけれど、この原則通りに魔術を行使しようとするととても効率が悪いのだよ。魔力のバカ食いなんだ。このバカ食いを避けるために、実際に魔術師が魔術を行使するときは『精霊』を『触媒』にして魔術を行使しているのだよ。
私達はその姿を直接見ることは出来ないけれども『精霊』は至る所に居んだ。魔術師は魔術を行使するとき、精霊に魔力を分け与えることで、本来自分自身で魔力を任意の存在に変えると言う作業を肩代わりして貰っているのだよ。魔術を行使するとき精霊を介するメリットはなんと言っても効率が格段に良くなるからだよ。極端なときは一の力を行使するときに魔力の消費する量を百分の一以上にすることも出来るのだよ。精霊様々だよ。だから、ときとして魔術師は精霊使いと謂われているんだ。
直接見えなくても、瑠璃ちゃんの魔力を含んだ言霊を受け取った精霊達が縦横無尽にまるで踊るように周りを飛び交う。瑠璃ちゃんの望むように魔力を変異させていくのがよく分かった。緋乃ちゃんに比べると若干時間は掛かってしまったけれど、紺碧の海を思わせる『青壁』の完成度は、私を見惚れさせる程だった。
うむ、今期の魔術師見習いの中で、緋乃ちゃんと瑠璃ちゃんは間違い無く飛び抜けてる。先に壁面の魔術を行使した男三人には悪いけれど、三人の完成度を合わせても、どちらか一方にも勝てないだろうね。……私が断トツだけどね! ……悪い方で。
瑠璃ちゃんは緋乃ちゃんと同じように完璧に青壁を行使して見せた。お師匠さま達も納得の様子で手元のバインダーに書き込みをしていく。
魔術を行使し終えた瑠璃ちゃんは、緋乃ちゃんと違って表情は特別変えなかった。ただ永久さんから掛かるであろう言葉を待っているようだよ。うむ、スラリと立って待つ後ろ姿はとっても凛々しくて、思わず恋に落ちてしまいそうなくらい格好いいぞっ! ああ、いっそのこと、あの細くも魅力的な背中に抱き付きたい。
「はい、大変見事な青壁でしたね。先程の緋乃さんも大変素晴らしい出来でした。ここまで完成度が高い子が二人も居ることは今後当分の間無いでしょうね。それでは質問に移りますけれど、瑠璃さんは将来どんな魔術師になりたいですか?」
永久さんの賞賛の後に続いた質問に、瑠璃ちゃんは一瞬だけ考える素振りを見せた。それから静かに、でもはっきりとした物言いで、自分がこう成りたいと言う魔術師像を話し始めた。
「……私は助けたいと、守りたいとそう思った存在を守り通せる、そんな魔術師に成りたいです」
瑠璃ちゃんの成りたい魔術師像を聞いた永久さんは、そう……って深々とした物言いで反応を返した。永久さんは今まで他の子に向けていたものとは違う、慈悲深い表情をしながら、とても楽しみな将来像ですねって言った後で、でもって言葉を続けたんだ。
「守ると云うことは、口にすることは簡単ですけれどね? 実際に守り通すということはとても難しいものです。……少しだけ、私の昔話をしましょうか……」
永久さんは昔を思い浮かべるように眼を閉じて、あれはまだまだ私が未熟な頃のお話って、お話を始めてくれたんだ。
「私は魔術師としてある人物を守る仕事をしていました。後々になってですけど、魔術師にとってとても重要な働きをしてくれた人です。その人と私は親友と言える間柄で、私は日頃からその人に私が貴女を守ってあげるっと口して居ました。当時の私はそれなりに実績も積み始めていましたし、守り通せると自信も有ったのです」
そこまで口にした永久さんは、途端に渋い顔をして続けたよ。
「ある日のことです。私が守ってあげるっと口にした人が、ある用事で出掛けることになってね、私は護衛のために一緒に付いて行ったの。彼女は当時から特別な存在だったから、私の他にも彼女とその伴侶も含めて、大人数と言っていい程の護衛体制で出発しました。十重二十重の守り、まさか破られるなんて私も含めて、誰も夢にも思っていませんでした……でも、少しの油断が元で、脆くも私達の自信は消し飛び、私が守ってあげるっと口にした彼女は為すすべもなく攫われてしまったのです……」
永久さんの昔話を聞くことはこれまで殆どなかったから、なんだか新鮮な気がする。
永久さんは閉じていた双眸を開いて瑠璃ちゃんを見据えると、諭すような口調で言葉を掛けていったんだ。
「人を守る、物を守る、兎に角自分が守りたいと思った存在を守るということはとても大変な事です。私は『黒の魔術師』を名乗って居ますけれどね、そんな私でも守るということは難しいものです。でも……」
永久さんはまた瑠璃ちゃんに対して、慈悲深い表情を向けて続けたよ。
「瑠璃さん。貴女ならその成りたい自分になることがきっと出来るでしょう。貴女にはそれだけの可能性が有りますから。……あっ勿論、可能性が有るのは瑠璃さんだけじゃ有りませんよ。皆さん誰しもがその可能性を持っている。魔術と言う形でね」
永久さんは少しだけ苦笑いをして、これだけは覚えて置いて下さいって前置きをしてから、話しの締めくくりを瑠璃ちゃんだけじゃなくて、私も含めたみんなに話し始めたんだ。
「魔術には皆さんの可能性を広げる力、夢を実現させる力があります。でもね、何度も言うことになりますけれど、魔術は皆さんの力となると同時に皆さんを絶望させる力でもあるのです」
瑠璃ちゃんが頷いたのを合図にして、最後に、瑠璃さんも今言ったように努力を欠かさなければ貴女の成りたい魔術師に成れますからねって永久さんが笑い掛けた後で、次のお師匠さまに永久さんは質問権を渡した。